落城
到着したザーシャ王都。
大軍が押し寄せる以上混乱を予想していたが、予想に反し、王都は閑散としていて店は軒並み閉まり辺りに人の姿は全くない。
これが王都とはとても思えない寂れた街並みだった。
あまりに静かすぎる周囲に、兵達の足音だけが響く。
呆気に取られながらも警戒しつつ、しんと静まり返った王都を進む。
「以前ザーシャ王都に来た時は、賑やかで人が行き交っていたというのに………」
まさか、数年でここまで様変わりすると思っていなかった大元帥の、信じられないといった言葉が静かな街にやけに大きく聞こえる。
「税が急激に増えたせいで物を買う金もなく、物が売れなければ当然店を続ける事もままならない。
その上研究の為と言って、何ら罪も無い者達が連れて行かれるので、王都の者達は家から出なくなったり王都から逃げ出していったのです。
特にここ最近は連れて行かれる頻度が多かったようで怖くて外は歩けないのでしょう。
この数年で、いったいどれだけの者達が研究の糧とされ、また飢餓で死んでいったのか………」
ぎりっと歯がみするザーシャの大将軍。
王や大元帥も近年のザーシャが不安定だという事は報告を受けていた。
しかし、国内部の事までは分からず、それよりも自国内の次期継承者争いの方が熾烈を極めていたので、そちらの方にばかり目がいっていた。
相手が国交がなくなっても大した痛手にならない小国だからと、後回しにしていた事は、王や上層部の失態だ。
圧倒的にガーラントの軍が有利ではあるが、兵達の命を預かる者として軽んじるわけにはいかない、と今一度大元帥は身を引き締める。
それに今回は、後学の為に後継者と目されるフィリエルがいるのだから。
そうしてザーシャ城の門の前を陣取るガーラントの大軍。
ザーシャの大将軍が門を開けるよう声を張り上げるが、地方の関所や砦と違い、王都で王の傍近くに仕える城の兵達は忠誠心と使命感が強く、これだけの非道な行いをした王でもまだ守ろうとする者達により、門は固く閉ざされたままだった。
「仕方ない。攻撃を始める………よろしいですな」
説得だけでは埒が明かないと判断した大元帥は、大将軍へ告げる。
大将軍は唇を噛み締め悔しさを滲ませながらも、反対する言葉はなかった。
「全軍攻撃準備!!」
大元帥の指示する叫びに、全軍が攻撃の為武器を取り、前衛の兵達が魔法の詠唱を始める。
「放てぇぇ!!」
その言葉を合図に前衛が魔法を城門に叩き込む。
ガーラント王宮は、攻撃に備え、ちょっとやそっとの攻撃を受けたぐらいではびくともしないよう、魔法による防御策が施されている。
ガーラントの兵達もそれを考慮し、渾身の魔力を込めて放つと、城門は粉々に破壊。
苦も無く壊された城門に、魔法を放った前衛から間の抜けた声が聞こえたが、それも仕方が無い。
魔法技術の発達したガーラントでは過去の研究者達により、ありとあらゆる対策が施されているのが当たり前でも、周辺諸国を見るとガーラントほど強固な防御策を施している国は少ない。
しないのではなく、それをするだけの技術がなく出来ないのだ。
「城門が壊されたぞ-!!」
「逃げろぉ!」
「待て!逃げずに立ち向かえ!!」
呆気なく壊された城の門に、ザーシャ兵は混乱状態に陥り、阻む物が無くなった城内に武装したガーラント軍が雪崩込む。
力の差は歴然だった。
中には果敢に立ち向かって来る者もいるが、数以前に個々の能力からして圧倒的な差があった。
軍の最高指揮官を失い、国情が荒れた事で日々の訓練も疎かになり、王の圧政で財政も傾き食事も粗末になり、小国故元々の財源は少なく武器や防具もそれなりのザーシャ兵と。
実力者揃うガーラント軍に入軍を果たし、鬼のような大元帥や部隊長に毎日訓練を受け、ここまで戦いもなく食事も睡眠もしっかりと取り、最高の武器や防具を身に付けたガーラント兵とでは比べるべくもない。
皆早々に戦う事を拒否し、逃げ惑ったり、武器を捨て命乞いをする者が後を絶たなかった。
予想以上の手応えのなさに、初めての戦争に意気込んでいた者も緊張で震えていた者も、本当に城で王を守る兵なのかと疑ってしまうほどだ。
だが、王への不信や、大将軍という指揮官の不在、圧倒的なガーラント軍の数を見れば、戦意を喪失してしまうのは仕方ないのだろう。
次々と制圧されていく城内を、周囲に指示を出しながら突き進んで行く大元帥。
「攻撃の意思の無い者は武器を取り上げ一カ所にまとめ、抵抗する者にも降伏を呼びかけよ。
無駄な血は流すな!
王と側妃、ローブの者達を探し出し、囚われている王太子を保護するのだ!」
「おそらく王は玉座の間にいらっしゃるかと」
大将軍からもたらされた情報に肯くと、追従していたフィリエルに視線を移す。
「案内してくれ。
………殿下は私の側を離れず付いて来て下さい」
「はい」
大元帥の言葉にしっかりと頷き、フィリエルは周囲へ視線を走らせる。
戦意を喪失する者が後を絶たなくとも、中には抵抗し戦う者がいないわけではない。
そして、いくら力の差が大きかろうと、命がけで立ち向かって来られれば、手加減する余裕があるとは限らない。
ガーラント兵の死傷者は少ないようだが、血の臭いと辺りに響く呻き声と転がる死体は、戦争を経験したことの無いフィリエルには衝撃が強かった。
命を狙ってきたり、悪事を働いた賊を殺した事が無いわけでは無いが、それらは殺されても文句を言えない罪を犯した者達だ。
だが、ここに倒れている者達は、ただ己の役目を果たそうとしただけの、王の事情に巻き込まれた何ら罪も無い者達だ。
言い知れない空しさと無念さを感じつつ、大元帥とフィリエルを守るように周りを囲む兵達と共に、王が居るだろう玉座の間へ向かう。
重厚な扉を開け、玉座の間に入ると、部屋の中にたった一人の男が待ち構えるように玉座の椅子に座っていた。
「ザーシャ王……?」
面識があるはずの大元帥が、ザーシャ王本人と確信出来ず聞き返すように声を発したのは、目の前にいる人物が大元帥の記憶にあるザーシャ王とあまりにも違っていたからだ。
痩せてこけた頬に、骨が浮き出た手。
顔は青白く、目は虚ろで、まるで幽鬼を思わせるような異様な雰囲気。
生きているのかと疑ってしまうような有様に、誰もが絶句してしまう。
一同の心配とは逆に、思いのほかしっかりとした足取りで立ち上がり、己の城を立ち入る侵略者を睨み付ける。
「如何にも、私がザーシャ王だ。
大将軍、ザーシャの大将軍でありながら、妻を殺した虐殺者の手下を我が城に招き入れるとは何事だ!恥を知れ、反逆者よ!
温情を与え、生かしておいてやったと言うのに………やはり、さっさと殺しておけば良かったのだ」
「王………」
激昂するザーシャ王を、大将軍は悲しげに見つめる。
そこには、長年仕えた主に、敵を見る目で殺しておけば良かったと言われた悲痛さと、どうしてこんな事になってしまったのかという無念さが滲み出ていた。
「残念だが、ザーシャ王は勘違いをされておられる」
「何だと!?」
相対するようにザーシャ王の前へ出た大元帥に、ザーシャ王は怒りの眼差しを向ける。
「ガーラントは、貴国の王妃の死に一切の係わりは無い」
「この後に及んでまだしらを切るか!
貴様の国の王が、我が妻に好意を寄せ、叶わぬと分かり王妃を害したのだ!!」
「しらを切るも何も、ベルナルト王と王妃は会った事も無いはず。
どうやって、王妃に好意を寄せる事が出来るというのか」
「身分を隠し、我が国を訪れて王妃を見初めたのだ。
王妃はよく、孤児院などに顔を出していたからそこで王妃を目にしたのだろう」
そうローブの者達から言われたのだろう。
だが、ベルナルトを知る大元帥もフィリエルも絶対に無いと自信を持って言える。
「それは無いと断言致しましょう。
先王陛下ならば疑ったかもしれませんが、現王は臣下を困らせてお忍びで他国を訪問するような破天荒な方ではありません。
それに、王妃が亡くなられた頃、我が国では貴族達が起こした次期王位継承者の争いが激化し、王が国を離れられるような状況ではございませんでした。
あなたは騙されたのですよ、ローブの者達に」
「違うっ違うっ!!
ガーラントの王が妻を殺した。だから、愚かな王の国に報いを与えただけだ!!」
半狂乱になって否定する王には、もはや聞く耳は無いようだ。
もう、ザーシャ王の中ではガーラントの王が殺したと信じこみ、それが間違いかもしれないと考える余地はなくなっていた。
「あなたが信じようとなかろうと、あなたが行った非道な行いにより罪無き多くの命が失われた。
身柄を拘束させて頂く、大人しくなされよ」
ザーシャ王の身柄を拘束するよう、控えている兵へ指示を出す。
武器も持てない程の細腕で、抵抗は出来ないだろうと思いながらも慎重に近付いて行く。
すると、ザーシャ王はゆらりと動き、狂ったように笑い始めた。
「あははははっぁぁぁ」
気味の悪さに、兵達は躊躇して立ち止まる。
「ガーラントの民を全て根絶やしにするまで私を止める事は叶わぬ!
お前達、こやつらを皆殺しにしろぉぉぉ!!」
その王の言葉を聞き、大元帥はいつでも魔法を放てる準備を行い、兵達はフィリエルの周りを固め身構える。
………が、どれだけ待とうと、攻撃や他の人の気配は現れない。
「全然来ないぞ」
「はったり……か?」
感覚を研ぎ澄まし周囲をきょろきょろと見回すが、やはり攻撃はされず、困惑する兵達。
それはザーシャ王とて同じだった。
「おい、何をしている!早く殺せ、殺すのだ!!」
わめき散らすが、それに答える者は現れない。
「どういう事だぁぁぁ!!」
怒り心頭でふるふると体を震わせ叫び声を上げると、その体でよくぞと言える程の俊敏さで、玉座の後方にあるカーテンの奥へ走り去って行った。
「その奥は例の地下室に繋がる階段があります」
「すぐに追え!!」
「はっ!」
ザーシャの大将軍を聞いた大元帥の命令で、慌てて数名の兵士が後を追おうと走り出したその時。
突然、地面がぐらぐらと揺れ始めた。
「何だ、地震か?」
次の瞬間、激しい爆発音がしたかと思うと、それまで以上の激しい揺れが襲った。
爆発音は一度ではなく、近くや遠くからも何度となく聞こえてくる。
「まさか王が何かしたのか!?」
「他の皆は無事なのか!?」
「落ち着け!!直ぐに城から退避だ!」
慌てふためく兵達を一喝し、急いで玉座の間を出ようとするが、それまでで一番近い場所から爆発音が鳴り響き、衝撃がフィリエル達を襲う。
その衝撃により、石造りの床がひび割れ、天井が崩れ落ちる。
「天井が落ちるぞ!」
落ちる瓦礫に押し潰されないよう逃げ惑う。
更に、どこからともなく火の手が上がり、玉座の間をじわじわと覆っていく。
どうにか扉近くまで逃げおおせた大元帥は、周囲を見回してフィリエルの姿が見えない事に気付き、顔色を変える。
「殿下!!殿下はどこにおられる!?」
「申し訳ございません!今の騒ぎで見失ってしまって………」
同じく逃げた兵達に問うが、大元帥の望む答えは返って来ない。
皆、降り注ぐ瓦礫から逃げるので精一杯で、フィリエルに気を回す余裕がなかった。
近くでフィリエルを守っていた者も、炎と瓦礫に間を阻まれ、フィリエルの姿を見失ってしまったのだ。
後ろは既に火の手が周り、最悪の事態が大元帥の頭を過ぎる。
「火だ、火を消せ!!」
この燃え上がる炎さえ消せれば助けに向かえる。
そう思い兵達に命じ、兵達は水の魔法を炎に向かって放ったが、炎は何事も無かったかのように燃え続けている。
「魔法が効かない!?」
「どういう事だ………!?」
「もう一度だ!」
大元帥も加わり何度水の魔法を放つも、炎の威力は全く衰えない。
全員に絶望の色が浮かぶ。
「ただの炎ではなく魔法という事か………?
だが………」
いくら魔法だとしても、火が水に弱く、それを相殺するどころか効果も無いという事は、それだけの魔力が必要になる。
しかも、ここにいるのはフィリエルを守る為に集めた精鋭。
その者達が揃って魔法をぶつけてもびくともしない魔力量が込められているとなれば、それなりの人数が必要なはず。
あちこちで発生している爆発にしてもだ。
ラグッツの街を襲った時のように、それなりの人数を生贄にした魔力量を込めたという事も考えられるが、それならばラグッツの街のようにこの王都ごと吹き飛ばせば良い、そうしないという事は…………。
大元帥は燃え盛る炎を見ながら頭に浮かんだのは、ローブの者達と地下の研究の二つ。
「他にもローブの者達の研究していたものがあったのか………?」
もしかしたら、ガーラント軍に研究の情報が知られるのを避ける為に、隠滅を図ったのかもしれないと、大元帥は思った。
そう考えると、ローブの者達は既に城から逃げ出しているかもしれない。
だが、今すべきはフィリエルの救出だ。
大元帥は呆然と立ち尽くす兵達を一喝し、自らも魔法を放ち続ける。
その時、フィリエルは大元帥達同様、炎に向かって水魔法を懸命に放っていた。
しかし、フィリエルの魔力を持ってしても、炎の威力は全く衰える事は無く、フィリエルの周囲は炎に包まれ、完全に逃げ道を無くしていた。
じりじりと焼けるような熱さがフィリエルを襲う。
転移魔法でこの場から逃げるという選択肢が浮かんだが、転移出来る距離は視界に映る範囲まで。
四方を炎に囲まれ、時折見える炎の隙間の向こうは、瓦礫の山が築かれ、転移出来る視界は全て遮られてしまっている。
冷静になれと自分に言い聞かせるが、良い案は思いつかず気は焦る。
死という文字が過ぎり、唇を噛み締める。
そんな中でフィリエルの頭に思い浮かんだのはユイだった。
もう会えなくなるかもしれないと思うと、後悔が押し寄せる。
「こんな事なら、ぶちまけておくんだったな……」
我慢などせず、自分の正直な気持ちを。
例えユイを悲しませる事になっても側に居たいのだと。
ユイの為だ何だと言いつつ、やっぱり側にいられなくなるのが、酷く悲しい。
「………くっ、気弱になったら駄目だな」
両手で頬を叩き、どこか諦めようとしていた自分を奮い起こす。
諦めるのはまだ早い。
無事に戻って、もう一度ユイに告げる。
後悔しないように。
この先、死の危険が付きまとうというなら尚の事、少しでも長い時間をユイと共にありたいとそう思った。
ユイが嫌だと言っても権力でも何でも使って貪欲になってやる!と、どこかやけくそ気味になりながらもう一度魔法を放ったが、やはり効き目は無く、がっくりと肩を落とす。
フィリエルの魔力量では、全力だとこの城ごと壊して城にいる者達も巻き込んでしまうと考え、ある程度手加減していた。
「このままだと死ぬのを待つだけだし、全力でやってみるか……。
それとも大元帥達がなんとかしてくれるのを待つべきか………」
考えを巡らせていた時、ミシミシと嫌な音が頭上から聞こえてきた。
勢いよく天井を仰ぎ見ると、かろうじて無事だった天井が耐えきれなくなり、フィリエルへと崩れ落ちてきた。
「ッッ!!!」
逃げようにも周りは火に包まれ逃げ道はない。
目前に迫る瓦礫の雨を前に、フィリエルはぐっと目を閉じた。
***
ザーシャ王都を見渡せる小高い丘の上で、煙が上がるザーシャ城を見ている者達がいた。
ラグッツの街を襲った魔法を使ったローブの者達だ。
ローブを目深にかぶった、ローブの中の一人は、遠く離れたこの場でも聞こえる爆発音に、逃げ惑う人達を想像して、口元に笑みを浮かべた。
「どうやら、例の魔法は上手く作用したようですね」
多くの命を奪うと分かっていながら、後ろめたさや、やましさなど彼からは一切無い感じられない。
「ですが、長。王と側妃は殺しておくべきでは無かったでしょうか?
もし、我々の正体が知られでもしたら……」
ローブの中の一人が、この中で最も偉いと思われる長と呼ぶ人物に心配そうに問うが、長は変わらず笑みを浮かべている。
「あの炎の中で生き残るのは不可能でしょう。
あれは人の身で消し去る事は出来ないもの。
万が一生き残ったとしても、我々を繋ぐ証拠など一切ないのです。
我々の顔すら知らないのだから」
長は振り返り、仲間が持っている荷物に視線を向ける。
それは、ザーシャ王をそそのかし、国王の権力と財を使い研究した成果の数々。
ローブの者達は最初からザーシャ王の復讐などどうでも良かったのだ。
ただ、研究をするために必要な場所と研究で使用する人の確保方法を考えていた時に、利用出来そうな話を側妃と王妃がしていたのを小耳に挟み利用しただけの事。
そして、それを信じてしまう愚かな王だっただけ。
「さて、良い報告が出来そうで、我が君もお喜びになられるでしょう。
急いで帰りますよ」
「御意」
もう興味は無くなったのか、もう城を一瞥する事なくローブの者達はその場から立ち去って行った。




