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【書籍化&コミカライズ】リーフェの祝福  作者: クレハ
2章

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89/136

一つの終わりと一つの決意

 本隊出発を目前にして、王宮内は最高潮に慌ただしくなっている。


 そんな中、出発前の僅かな休憩を取っていたフィリエルは、自室の机に頭を突っ伏し、何度となく繰り返した後悔をして落ち込んでいた。


 そんなフィリエルの様子を、部屋に訪れていたテオドールは呆れながら見ていた。



「そんなに後悔するなら取り消すなど言わなければ良かろうに」


「仕方がないじゃないですか。

 ユイの将来を考えたら、それが一番だと思ったんですから」


「それでもいいから俺に付いて来い!ぐらい言わぬか。

 漸く最近はへたれを返上して男気を見せていたと思っていたのに、へたれに逆戻りだのう」



 やれやれ、とテオドールは頭を横に振る。



「なら、お祖父様だったらどうしてましたか?」



 ここは年長者の意見を聞いてみようと、顔を上げテオドールを見る。



「フィリエルの気持ちも分からんでもない。

 戦場に行くとなって、怖じ気づくのもな。

 わしも昔はリーシャを妻にすべきか悩んだ事がある」



 テオドールがまだ王子だった頃、次期国王を決める際に、兄弟間で誰が王になるかで争いが起こった。

 貴族達もそれぞれの王子に付き、内戦に発展した骨肉の争いは、テオドールの勝利で終わった。

 それにより、他の王子は戦死、彼等に付いた多くの貴族が粛清された。



 今は亡きテオドールの妻リーシャは体の弱い人であり、王妃としての務めに加え、内戦の残党者から命を狙われる事も考え、何度となく諦めるべきかと悩んだが、それでも最終的にテオドールはリーシャを妻にした。



「じゃがな、諦めるという事は、自分ではない男と愛を囁き合い、笑いかけ、口づけをし、結婚するという事じゃぞ。それを耐えられるのか?

 わしは、そんなの耐えられると思えんかった」


「…………」



 自分以外の男とユイがそんな事になるなど考えられない。

 フィリエルは、まだ居もしない男を想像して殺意を抱いた。



「だから、危険な目に合わせると分かっていてもリーシャと結婚したのじゃ。

 早過ぎる死が王妃としての心労が影響しなかったと否定は出来んが、後悔はしておらん。

 死の間際リーシャは幸せだったと笑っておったし、わしも幸せじゃったからな。

 それに、リーシャがいるからこそ、死なないと強く思い、戦場を生き残れた。

 いざという時強いのは、何かを背負って死を恐れている者じゃ」



 経験者からの言葉はとても重い。

 あまり聞くことのないテオドールと祖母との話を聞きながら、ユイの事を考えていた。



「ユイはそれでも良いと言ってくれるでしょうか………」



 力無く呟いた言葉は、自信のなさと、これから戦場へ向かう不安が現れていた。



「ユイには父親の事もあるし、他にも色々躊躇いも多いじゃろうな。

 じゃがな、いざ決断した時、女は強いぞ。

 男がいつまでもうじうじしておったら、平手打ちして引っ張っていきおるからな」



 テオドールが、妻を思い出してしみじみと語るその言葉には、実感がこもっていた。

 体が弱く大人しい印象を持っていた祖母が、その言葉でがらがらと変わっていく。


 祖母がどんな人だったか、もの凄く気になってきたフィリエルは、祖母の事を聞こうとしたその時、来客が訪れた。



 部屋に入ってきたエリザは、テオドールもいる事に気付き視線を向ける。



「お祖父様もいらっしゃったのね」


「何、話はすんだからエリザと交代しよう。

 フィリエル、後はゆっくり考えるといい。

 戦争を経験して考え方も変わるかもしれんからのう」


「………はい」



 テオドールは年齢を感じさせない動きで立ち上がり、フィリエルに言葉を残し部屋から退出した。




 エリザと二人っきりになった室内はとても静かで、何とも言えない空気が流れた。 

 それは、どこかエリザの雰囲気がいつもとは少し違っていたからだろう。



「座らないのか」


「………そうね」



 沈黙を払拭しようとフィリエルが声を掛け、エリザはフィリエルの向かいのソファーに座る。



「…………もう直ぐ出発ね」


「ああ………」



 取り止めのない話をするが、エリザの頭の中は別の事に占められていた。

 再び沈黙が落ち、いつもの快活なエリザとは違う様子に、フィリエルがどうかしたのか問おうとしたが、先にエリザが重い口を開いた。 



「ねえ、以前に婚約話が出たのを覚えてる?」


「あ、ああ」



 突然変わった話に戸惑いながらも、フィリエルは頷いた。



「私ならずっと側にいてフィルの事もよく知ってるから気を使う必要なんてないし、貴族社会の事もよく分かっているから、フィルの奧さんとしてフィルを支えられるわ。

 フィルが好きなの、私じゃあ駄目?」



 普段からのあからさまな態度で、好意を抱かれていたのは気付いていたが、こうして直接的な言葉で伝えられた事は初めてだった為、フィリエルは息をのみ、目を見開いた。


 しかし、直ぐに表情を引き締め、真剣な顔で告げる。



「俺はエリザの事を兄妹のようにしか思えない。

 政略によって結婚しなければならなくなったとしても、俺が異性としてエリザを見ることはこの先も絶対にない。

 確かにエリザなら貴族相手でも上手く立ち回れるし、王族の伴侶として十分すぎるだろう。

 だけど、俺が一生を共にしたいと思うのはユイだけだ」


「…………そう、分かったわ」



 予想外にあっさりと納得し、一言で終わらせたエリザ。

 もっとごねたり、感情的になるかと思っていたフィリエルは内心凄く驚いた。


 落ち込んだようには見えるものの、始終冷静なエリザに、フィリエルが訝しげな視線をむけていると、それに気付いたエリザが不満を訴える。



「なによ、私が嫌だって泣き叫ぶとでも思ったの?」


「あ、いや、そんなことはない……」



 否定をしつつも、ばつが悪そうに逸らされた視線が全てを物語っていた。



「私だって引き際ぐらい、わきまえているわ。

 私はずっとフィルと結婚するつもりでいたのよ。

 なのに、突然見ず知らずの女が現れて、私なんかより仲良さげで……っ!

 そんな人がいるんだったら最初っから言いなさいよ!」


「すまない」



 エリザの迫力に押され思わず謝るフィリエル。

 言わなかったのは、そんな女がいると知ったエリザの行動が怖かったからとは言えない。



「まあ、これで邪魔者もいなくなったし、後は宰相さえ何とかすれば、晴れて婚約者になれるわね」


「…………」


「何かあったの?」



 刺のある言い方だったのは致し方ないのかもしれない。

 が、それに答えず、視線を逸らし沈黙するフィリエルをエリザは訝しげに見る。


 そして、戦争に怖じ気づいて、告白を取り消したと聞いたエリザの怒号が室内に響き渡る。



「ばっかじゃないのぉぉ!

 軍に入る事は分かってたんだから、俺に付いて来いぐらいの男気見せなさいよ!!」


「お祖父様と同じ事を……」


「それって彼女の事を考えてじゃなくて、ただ単にあなたがそれを理由に断られるのが怖かっただけじゃないの?」


「うっ………」



 痛いところを突かれ、ぐうの音も出ない。

 ユイの為は確かにあったが、かと言ってエリザの指摘したような感情が無かったのかと言われたら、否だ。



「しっかりしなさいよ。帰ってきたら速攻で告白し直したら?」


「問題はそれだけじゃなくてな………」


「どういう事よ」



 一瞬話すか躊躇ったが、エリザならどうするか気になったフィリエルは、あまり深い所までは話さず、ユイとオブライン伯爵の折り合いが悪い事。

 それを理由に告白を断られていた事を話した。



「そんなの、宰相に頼んで貴族社会から抹殺して貰えば良いじゃない」



 清々しいほどの、一刀両断。

 全くもって予想通りの答えに、フィリエルはがっくりと肩を落とす。



「まあ、エリザならそうするだろうな。

 そうすれば簡単だが、気持ち的な問題で出来ないからユイも悩んでるんだよ……」


「そんな事で悩んでたら貴族社会で生きていけないわよ、王族の妃として大丈夫なの?」


「それ以外は至って強かなんだがなぁ」



 難癖を付けてきた輩は地に沈めるだけでなく精神的にも追いつめ、陥れようとした教師は返り討ち。

 助けに入る前に大概の事は自分で何とかしてしまう。



「そう。まあ私には関係ないし、勝手に頑張ってちょうだい」



 エリザは話を強制的に切り上げ、おもむろに立ち上がる。



「無事に帰ってきなさいよ、フィリエル」



 そう言って手を差し出した。

 今まで呼んでいた愛称のフィルではなく、フィリエルと。

 きっとそれが、エリザなりのけじめの付け方だったのだろう。



「ありがとう、エリザ」



 お互いの気持ちを知りつつも、これまでの関係を壊すのを恐れ踏み込めなかった一歩を踏み込んだ事で、今までとは違ってしまう事に寂しさを感じながら、その手を取り握手を交わす。


 フィリエルは、自分を怖がる者の多い中、わざわざ自分に会いに王宮を訪れ、何かと構い孤独を埋めてくれた、これまでのエリザへの感謝を込めて。


 エリザは、一つの恋の終わりとフィリエルの無事を願って。




 ***




 王弟とフェイバス公爵令嬢との間に生まれたエリザ。

 先王の孫で、母のイライザがアリシア王妃と幼い頃から親しい事もあり、物心つく前から王宮に出入りをしていた。



 必然的に王子のアレクシスと顔を合わせる事も多かったのだが、もう一人の王子で同い年のフィリエルと初めて会ったのは何年も経ってからだった。


 それも会ったというよりは、庭園でお茶会をしていたエリザ達を建物の窓から眺めている姿を見たという方が正しい。


 離れた所からでも分かる、綺麗な顔立ちと王家の者が持つ緑の瞳の中でも印象的な深い色を持った従兄に、何度か両親や祖父に会ってみたいと聞いた事はあったが、揃って悲しげな表情を浮かべて、今は会えないと言われるばかり。




 魔力の強い王子は、魔力が安定するまでほとんど自室周辺から出る事はなく、エリザが初めて言葉を交わしたのは十歳を越えた頃だった。


 漸く会えた従兄に興奮気味のエリザとは違い、魔力を暴走させないよう怯えを含んで一定の距離感を保つフィリエルとの温度差が激しかった事をエリザは今でも覚えている。


 早く話を切り上げたがるフィリエルに、楽しみにしていたエリザは失望感から腹が立ったが、後々祖父に、魔力を抑えるのがまだ不安定で長く続かないのだと助言され、渋々納得した。



 そして、祖父は普通にフィリエルと接している事を知り、頻繁に祖父の元へ訪れては防御の仕方を請うた。


 家でも両親に願い出て防御魔法の得意な家庭教師を付けて貰い、防御魔法のみに心血を注ぎ込みひたすら特訓に明け暮れた。

 公爵令嬢の勉学を疎かにする事もあったが、両親は「やるなら徹底的にやれ」と見守っていた。



 元々王家の血を継いでいるエリザは魔力が多かったおかげもあるが、努力の結果、少しの間だが、フィリエルに触れられるようなった。


 初めて手を握った時、フィリエルが目を見開いて驚き、次いで泣きそうでいて嬉しそうに笑った顔をエリザは忘れられない。




 学園に入り、王族でありながら交友関係の少ないフィリエルとやけに親しげな双子に、僅かな嫉妬を感じたが、フィリエルに一番近いのは自分だと、自信を持っていた。


 同年代でフィリエルに触れられるのは自分だけ。

 だからいつか、フィリエルと結婚して、フィリエルがフェイバス公爵家を継ぐものだと、そう思っていた。



 彼女が現れるまでは。



 アレクシスに触れてしまい部屋に籠もってしまったフィリエル。

 何度声を掛けても出て来なかった。

 そのフィリエルが一声掛けただけであっさりと出て来てしまった。


 自分ではない少女の声で。



 翌日王宮に様子を見に来たが、フィリエルはユイというその少女をとても優しい目で見つめていた。

 自分には決して向けない、穏やかで愛おしそうな目。

 何も聞かなくとも、その子が以前に言っていたフィリエルの初恋の相手だと分かった。



 ただ、悔しかった。

 自分ではフィリエルの力に助けられなかった事、助けを求めてくれなかった事が。


 それ以上に悔しくて悲しかったのは、血の滲むような努力をしてやっと触れるようになったフィリエルに、何の努力も無しに当然のようにユイが触っている事だ。



 そして、フィリエルもまた当然のようにユイに触れる。

 自分にはフィリエルから触れたことなど無いのに……。

 それを見て、思わずフィリエルに会わず帰っていた。



 最初フィリエルに好きな女がいると知って、憎くて憎くて仕方が無かった。

 けれど、そんな思いが変わり始めるのは思いのほか速かった。



 気持ちを落ち着かせ数日後に訪れると、部屋に集められた面々。

 ユイに何かの魔法をかけられたアリシアが、それまで無理とされていたフィリエルに触れ抱き締めた。

 その後にベルナルトも続き、そこに広がるフィリエルが幼い頃より望んでいた家族と触れ合う光景。


 後々聞くと、彼女はフィリエルの為に魔法の研究を長年して、その魔法を作り出したと聞いた。



 エリザに取って衝撃だった。

 自分が努力して触れられるようになったように、ユイもまた別の努力をしていた。


 ただ違うのは、エリザは自分の為に自分を強める方法を取り。

 ユイはフィリエルの為にフィリエルが喜ぶ方法を取った。

 その違いにエリザは気付いた……気付いてしまったのだ。



 決定的だったのは、合宿の時。


 毎年誘っても頷かないフィリエルに、エリザもいつの間にか諦めていた。

 けれど、ユイが誘うと噓のように外に出る事を選んだ。



 楽しそうなフィリエルの表情。

 きっと、自分が何年掛かっても引き出せない、無邪気な表情。



 自分の時は誘っても断られたのにと憤ったが、ユイはフィリエルの不安に思う事への対処を全て行っていた。


 公爵令嬢のエリザならユイよりも簡単に手配出来た。

 ユイのような魔法を使えなくとも、別の手段があったはずなのに、今までそうしなかった。

 フィリエルが嫌だと言っているなら仕方が無いと諦めていた。


 そこが、エリザとユイの信頼の差なのだと。


 認めたくはないが、認めなくてはいけない。

 自分ではフィリエルを幸せにしてあげる事は出来ないのだと。




 そして、フィリエルが立って数日後、今度こそフィリエルの為に、エリザはカーティスの屋敷へと向かった。




 ***




 その日、ユイは鏡の前で、映った自分の姿を見て変な所が無いか最終確認をする。

 それというのも、この日公爵令嬢から家に伺うといった手紙が届いたからだ。


 公爵令嬢の正式な来訪とあって、屋敷で働く者達も準備に余念が無く、ユイも失礼のないよう朝から身だしなみを整えていた。



 しかし、ユイがエリザと会ったのは王宮とこの間の合宿の時の二回。

 しかもその両方とも、会話らしい会話はした覚えがなく、何故会いに来るのかさっぱり分からない。

 疑問を抱きながら、エリザの来訪の知らせ受け、エリザが通された部屋へとおもむく。



「この度はようこそお越し下さいました。

 心より歓迎致します」


「急な来訪を受けて下さって感謝致します」



 お互いお決まりの言葉を言い終わると、その場に気まずい沈黙が落ちる。

 何か話さねばと思うものの、エリザが来た理由も分からず気の利いた言葉が出てこない。


 オブラインにいた頃は、上流階級の学校に行っていたが、リーフェであることから家に呼ばれる事も無く、友人付き合いというものを全くしてこなかった。


 貴族の令嬢が訪れる事など初めてと言っていいユイには緊張もあり、どうすべきか悩んでいると、先にエリザが口を開いた。



「堅苦しい言い方は止めましょう。

 私、あなたに言いたい事が会ってきたのよ」


「言いたい事ですか?」


「フィリエルに告白したわ。

 良い返事をもらえたから、あなたにも一応報告しておこうと思ってね」


「えっ………」



 良い返事とは、どういう意味だ。

 頭が真っ白になり、直ぐにはエリザの言っている事が理解出来なかった。

 フィリエルがエリザの告白を受け入れたという事なのかと顔が強ばる。


 しかし、次の瞬間。



「噓よ」


「へっ……?」


「告白はしたけれど、きっぱり断られたわ」



 呆気に取られるユイを気にせず、エリザは更に続ける。



「あなたは、フィリエルが好きなの?」


「……好き……です」




 第三者に告げるのは気恥ずかしく、躊躇いがちなユイに、エリザはあざ笑うかのように表情を歪める。



「本当かしら。

 ただ、見目も良い、地位も権力もある王子が自分を好きだって言っているから、玉の輿に乗れると思って気のある振りをしているだけじゃないの?」


「違います!!私は本当にエルの事が………!」



 まだ気持ちに気付いて日が浅いが、私欲などなく、フィリエルが好きだ。

 ユイに取ってフィリエルは、安心出来る場所であり側にいたいと思える人、それだけは間違いないと言える。

 しかし、必死に否定するユイを、エリザは一喝する。



「だったら信じてあげなさいよ!!

 彼はあなたが好きだと言ったのでしょう!?

 へたれな所もあるけど、好きな女ぐらい最後まで守りきるわ。

 フィリエルを心から好きだと言うなら、恐がらずに信じなさいよ!」


「………っ!」



 何を指してなのかを察したユイは、反論の言葉も出ず口を閉ざす。

 エリザはお茶を一口飲み気を落ち着かせ、今度は落ち着いた声で口を開く。



「フィリエルはね、小さい頃から何かを強請るような事は滅多に無かったわ。

 望んでもそれがそれが手に入らないと分かったら、あっさりと諦めていた。

 子供なら、もっとごねたりしても良いのに、その頃から感情的にならないよう、魔力を暴走させないよう抑え込んでいたのよ。

 そのフィリエルが、諦めず必死になって手にしようとした。

 それはあなたが初めてなのよ」



 まるで覚悟を問うかのようなエリザの視線がユイを貫く。



「フィリエルはあなたの幸せを思って身を引こうとした。

 じゃあ、あなたは?

 あなたはフィリエルの幸せを願うほど彼が好きなの?」


「勿論、好きな人には幸せになって欲しいと思います」


「じゃあ、彼が一番幸せに感じる時が何なのか分かっているの?」


「………ご両親と触れ合えるようになる事……では?」



 そう思ったからこそ、ユイは何年も魔法の研究をし続けてきたのだ。

 だが、エリザはそれを否定する。



「確かに、ずっと両親と触れ合う事を望んでいたけれど、違うわ。

 一番はあなたといる事よ。

 あなたと一緒にいるフィリエルは、とても穏やかで楽しそうな顔で笑ってる。

 ずっと彼と一緒にいたけれど、あんな幸せそうな顔を初めて見たわっ」



 段々と感情が高ぶってきたエリザは、ユイの側で穏やかな笑顔を浮かべるフィリエルを思いながら、ユイにぶつける。



「だから、フィルを幸せにしてあげられるのは、あなたしかいないのよ!!」



 泣いているようにも感じるその怒声は、激しくユイの心に響いた。



 感情が高ぶったエリザは自然とフィルといういつもの呼び方に戻っていたが、それにも気付かず続ける。



「あなたが、父親と会いたくないのは聞いているわ。

 あまり詳しく聞いたわけじゃないから、分からない事もあるけど。

 あなたには、あなたを守ってくれる人が沢山いるじゃない!

 それなのに、あなたの中では、フィルを好きだという思いよりも……共に歩く未来よりも、父親と会いたくない思いの方が優先されるの!?

 フィルの為に魔法を作る気概があるなら、父親にだって立ち向かえるはずでしょう!」


「………っ」



 ユイに取って何が大事かと問うたシェリナの言葉を思い出す。


 ずっと、父親が怖くて、逃げる事しか考えていなくて、そんな自分の事だけを考えていた。

 自分の為では無理だけれど、フィリエルの為になら、ユイは出来る気がした。


 僅かに動き始める心と共に、ユイは目の前で自分を叱咤するエリザの事が気になった。 



「あの………どうして私にそんな事を………?」



 これまでのエリザからは、嫉妬というか敵意のような目で見られていたように感じた。

 それが何故、フィリエルとの間を取り持つような事をするのか、分からなかった。



「フィルが自分からあなたに触れたから………。

 フィルは今まで一度も自分からは私に触れてきたことはなかったのに」


「でもそれは………」



 フィリエルがエリザに触れないのは、万が一を考えての事で。

 ユイに触れるのは、元々ユイがフィリエルに触れられるので、安心していたからだ。



「それだけじゃないわ。

 アレクシスが倒れた時も、侍女が死んだ時も、フィルを救ったのはあなただった。

 私じゃあ駄目なのよ、フィルの心を守れるのは………」



 見ているユイも切なくなるほどに、悲しげに話すエリザの表情に、ユイの心は決まった。


 失恋の直後でここに来るのは辛かったはずだ、悲しかったはずだ。

 けれど、エリザはここに来た。

 フィリエルの為に。



 まだ、父親への恐怖心はあるが、自分もエリザのように、フィリエルを守る為の強さを見せようと思った。


 ユイの目が何かを決めたように強い力を持った眼差しに変わったのを気付いて、エリザは表情を和らげる。



「私の大事ないとこをお願いね」


「はい」



 強い人だと、ユイは思った。

 エリザに託された思いを受け止めるように、しっかりと頷く。

 エリザは満足そうにして、カーティス家を後にした。



 エリザが帰った直後、ユイはシェリナの部屋を訪れた。

 部屋に入ってきた娘の顔を見て、シェリナは優しく微笑む。



「決めたのね」


「うん」



 迷いの一切無いユイの返事に、喜んだのも束の間、シェリナは重大な問題に気付き、一言。



「まだ、レイスに言っちゃ駄目よ」


「……………分かった」



 戦争真っ只中だと言うのに、宰相が使い物にならなかったらしゃれにならない。


 母子は、国の為にしばらくの間口をつぐむ事を決めた。




 ***




 カーティス家を出たエリザはそのまま王宮へと向かい、祖父の部屋へと訪れた。


 テオドールとエリザだけの部屋の中には、押し殺したエリザの泣き声が響く。


 自分の膝の上に顔を伏せ涙を流す孫娘の頭を、慈しむように優しく撫でるテオドール。



「よく、頑張ったのう。

 さすがわしの孫じゃ、偉かったぞエリザ」



 祖父の優しい声に、今まで我慢していた想いが涙となって堰を切ったように溢れ出す。



「どうして……っどうして私じゃないの。

 今まで魔法の勉強も、フィルに好かれるようにも……ずっと努力してきたわ、なのに……」


「そうじゃな。

 だが、もうフィリエルに捕らわれ続ける必要はなくなった。

 今は無理かもしれんが、落ち着いたら周りを見てみるといい」



 エリザは涙に濡れた顔を上げテオドールを見る。



「どういう事です」


「お前はずっとフィリエルにしか目を向けていなかったから気付かないだけで、エリザがフィリエルを思っていたように、エリザの事を好いている者はおるかもしれんぞ」



 この言葉にならない切ない思いを誰かが自分に向けている。

 周囲に年頃の異性は沢山いるが、そういう対象として見ていなかったエリザには想像が出来ない。



「相手に好かれていても、私が嫌かもしれないわ」


「まあ、確かにそうかもしれんが、そうじゃないかもしれん。

 もし見つけられなかったら、わしが直々にエリザが幸せになれる男を選りすぐってやろう」


「フィルより良い男性じゃないと嫌よ」


「勿論じゃ」



 散々泣き喚いて、テオドールに思いをぶちまけた事で、幾分気持ちが浮上した。



 泣きすぎて腫れぼったく感じる目蓋。

 瞬きをする度にこぼれ落ちる涙を拭う。

 全ての悲しみを昇華できたわけではなかったが、エリザにはいつもの快活さが戻ってきていた。



 こうしてエリザの初恋は幕を閉じた。






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