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開戦

 ガーラント国の東に位置する、隣国ザーシャ国。


 そのザーシャ国との国境付近にある一つの村が、ザーシャ国の兵と思わしき者達に襲撃された。


 小さな村だった為に軍は駐屯しておらず、自警団だけでは対抗する事は不可能で、連絡を聞き、村から近い国境の砦の守る軍隊が村へ着いた時には遅く、そこには凄惨な光景が広がっていた。


 知らせを受けたベルナルトは急ぎバーハルの訓練所から王宮へと戻った。



「全く、私の所まで上がってくるほどの案件ではないだろ、レイス」


「いいですから、執務室に上がってきている大量の報告書に早急に目を通して下さい」


「はぁ……折角息子達と祭りに行けると思ったのに」



 恐らくザーシャ国の兵に成りすました賊による犯行だろうと、軽く考えていたベルナルトだったが、次から次へと上がってくる報告書を読むにつれ、表情は険しくなっていく。



「これは………」



 言葉を無くしたベルナルトが無言でレイスに視線を向けると、不安を感じるほど真剣な眼差しが返ってくる。



「事は急を要します。

 出来る限り早く、主立った官を召集して議会を始めましょう」


「アレクシスとフィリエルにも直ぐに戻るよう連絡してくれ」


「かしこまりました」



 ベルナルトの指示通り、お祭りを終え訓練所に戻ってきた所の二人に帰還命令が下り、その日の内に転移門を使い王宮へ帰還した。



 そして今、謁見の間では、官の中でも高い地位の者達が集まり、議論を重ねている。


 フィリエル達が戻った日に最初の会議を行ってから、連日の会議と情報収集や対応に追われた彼等の顔には、濃い疲労の色が見えていた。



「状況を説明します。

 まず始めに、ザーシャとの国境付近の村が、ザーシャの兵の格好をした何者かによって襲撃。

 しかし、この村だけに留まらず、ここ数日の間に次々と周辺の村々が同様の被害に遭っています。

 やり方は残虐非道で生き残った者はほとんどいませんが、そのわりに村に残る遺体が少ないと報告書にあります。

 数名の生き残りの者の話によりますと、殺された者達以外は、女子供、老人や病人に関わらず全員連れ去られたと言っています」



 レイスからの報告を一語一句取り漏らさぬよう、誰もが真剣に耳をかたむけ、自らの報告書と照らし合わせる。



「人身売買を行うつもりで、連れ去ったのではないか?」


「しかし、それでは老人や病人まで連れては行かないだろう」



 次々と官達から意見が飛び交う。



「しかし、ザーシャ国ではなく、賊の仕業だろう。

 賊が成りすまして自分達へ目を向けさせないよう、小細工する事はよくあることだ」


「しかし、最近のザーシャ国は何かと、きな臭い噂が絶えないようだが……」


「ザーシャ国はなんと?」



 ベルナルトは外交を司る行政の長に問う。



「ザーシャ国に問い合わせましたが返答はありませんでした」



 ザーシャ国はガーランド国から東に位置する隣国で、ガーランド国と比べると国力も国土も小さな国だ。

 国王は穏やかな気性の持ち主で、善政を敷いて国に尽くし、国民からの支持の厚い人物だった。


 しかし、王の妻が亡くなった辺りから王はがらりと変わり、隣国との国交を断絶し、表舞台に立つ事も無くなり、圧政を敷くようになったという。


 ガーランド国も世継ぎ争いで、ここ数年間は国内がごたごたしていた為、積極的に関わる事をしていなかったので、ベルナルトも変わったと噂になってからのザーシャ王とは顔を合わせていない。



「噂では、王妃様が亡くなり気が狂われ、国民を捕らえては無実の罪を着せ虐殺を繰り返しているとか」


「私はご病気で起きられないと聞きましたが」


「むう………どうしたものか………」



 ザーシャ国か賊かで、対応は全く変わってくる。

 犯人を捕まえるのが一番確実だが、未だ手掛かりすら掴めていないのが現状だ。


 その会議の最中、続報が入る。


 重要な会議中にも関わらず、兵が血相を変えて室内に踏み込んできた。

 しかし、誰も兵を咎める者は居ない。

 もし、動きがあった場合には、直ぐに知らせるよう通達されていたからだ。

 なので、兵が報告に来たという事は、何かしらの動きがあったという事。


 一気に室内の空気に緊張が走る。



「申し上げます!

 ラグッツの街から救援要請!

 ラグッツの街が破壊され死傷者多数!!」


「ラグッツの街がか!」


 ベルナルトはあまりの驚きに顔を強張らせ勢い良く立ち上がる。


 ラグッツの街は国境付近で被害が報告された村々から最も近い、人の多い場所でもある。

 しかし、その街は今、近隣の村々の警護する為の拠点場所ともなっており、多くの軍人が居るはずなのだ。


 にも関わらず、街が破壊された。



「駐留していた隊からの通信によりますと、街の外に例の集団が現れ、大規模な魔法を行い、街を破壊したと報告されました!」


「街を破壊するほどの魔法……」


 街一つ。

 しかも、その街には軍が駐留していたのだ。

 軍では当然、全員が防御魔法を使える上、ガーランド国の軍人は周辺諸国と比べて優秀な者が揃っている。

 それでも破壊された……つまり、彼等でも防ぎきれない程の威力があったという事になる。



 もう、ただの賊の仕業だと思う者は一人も居ない。


 騒然とする室内に、冷静な声が響く。



「クライヴ、直ぐに部隊を編成し、急ぎラグッツの街へ兵を送れ」


「はっ!」



 治癒術士で中心の部隊、青の部隊長クライヴに指示したのは、全ての兵士を統率する、軍の頂点に立つ大元帥ディーリアス。



 大元帥は、テオドール即位から大元帥としてテオドールを支えた武人であり、テオドールとそう大して違わない年齢ながら、自分より遙かに若い兵達相手に稽古をつける、現役ばりばりの御仁である。


 年齢からは想像出来ないがっしりとした体躯に、若い頃は女性から騒がれただろうと思われる、きりっとした容姿。


 圧倒的な存在感を持つが、ギルドの総帥のように足が竦むような威圧感とは違い、静かで凪いだ、けれど安心感を与えこの人に付いていけば大丈夫だと思わせるような雰囲気があった。


 次に大元帥はベルナルトに視線を向ける。



「陛下、緊急事態ですので、転移門の使用を許可して頂きたい」


「許可する。

 それから、生き残った者の話も聞きたい。

 クライヴを送ると共に、報告してきた兵をこちらに送るのだ」


「御意」



 大元帥がクライヴに視線向けると、クライヴはベルナルトへ礼を取り、救援部隊を送る為部屋を退出した。


 クライヴが退出した直後、再び兵が入ってくる。



「申し上げます!

 ラグッツに駐留していた兵から、ザーシャ国の兵の格好をした者数名を捕縛したと報告がございました!」


「なに、まことか!?」



 行き詰まった事態を打開出来るかもしれない報告に、一同驚きと共に表情を緩める。



「はっ、近隣の村の警戒にあたっていた兵が、ラグッツに帰還する途中、身を隠すように潜むザーシャ国の兵をした者を発見。

 しかし、逃げるでもなく、あちらから捕まりに来たとの事です」


「どういう事だ、それは」


「何かに怯え、助けを求めたと聞いておりますが、詳細までは………。

 急ぎ転移門のある街まで護送すると報告を受けました」


「どういう事か分からぬが、直接話を聞くしかないか………。

 生き残った者と共にその者も王宮へ送れ」


「はっ」



 そして数時間後、ベルナルトの命令通り、ラグッツで生き残った兵と、ザーシャ国の兵の服を着た数名が王宮へ連れて来られた。



 まず最初に、生き残った兵の話を聞く。


 着替える時間も惜しいと、兵は破壊された街からそのまま来たと分かる出で立ちで、服は砂埃をかぶって至る所が破れ、兵の顔色は青ざめるというより白い。

 目には恐怖を体験した者が持つ不安定さを写していた。


 その姿を見ただけで、ラグッツが今どれだけの被害を受けているのかと考え、幾人もが息をのむ。



「そなた自身に怪我はないのか?」



 あまりにぼろぼろの兵に、状況説明より身を案じた言葉が口から出る。



「ご心配ありがとうございます。

 しかし、私は問題ございません。他の……仲間達に比べたら………っ」



 言葉を詰まらせる兵に、多くの兵が被害にあったと分かり、集まった高官の中でも軍に属する大元帥や隊長達の顔には沈痛の面持ちを浮かぶ。



「辛いかもしれぬが、当時の状況を説明してくれ」


「はい。

 私はラグッツの街の外から来る不審人物の警戒にあたっていました。

 すると、街から離れた丘に多数の人の姿に気が付きました。

 肉眼では離れすぎていたので望遠鏡で確認すると、ザーシャ国の兵の格好をした者とローブを着た数名。

 そして、民間人と見られる服装の者がいました。

 私は直ぐに報告し、報告を受けた隊が捕縛の為向かったのですが………」



 兵は何かを思い出したのか、肩を震わせ言葉に詰まりながらも、先を続ける。



「民間人と見られる者達を中心に、巨大な魔方陣が地面と空に浮かび上がったのです。

 魔方陣は街からでも視認出来る大きさでしたので、どんな魔法かは分かりませんでしたが、念の為直ちに街の残っていた全ての兵達で防御魔法を張ったのですが、防御しきれず………。」


「その民間人はどうなったのだ」


「分かりません……っ。

 魔方陣が光ったと思ったら、あっという間に街も光に包まれ、激しい音と衝撃が来て意識を失いました。

 気が付けば、周囲にあったはずの建物は見る影もなく………死体や瓦礫が散乱し、怪我や瓦礫に押し潰されて助けを求める声が………っっくっ……」



 耐えきれず頭を抱える兵。

 これ以上話を聞くのは酷だろう。



「もうよい、もう十分だ。

 誰か、この者を休ませてやるのだ」


「はっ、…………立てるか?」



 控えていた兵に支えられながら部屋を後にする。


 その生々しい状況を聞いた誰もが顔色を悪くし絶句している。

 街が破壊され死傷者が出ているのは知っていたが、やはり当事者からの悲痛な声を聞くのは心情的に違ってくる。



「陛下、これがもしザーシャ国の仕業ならば、由々しき事態ですぞ。

 再び何処かが襲われる前に対処しなくては」



 それは戦争も辞さないという勢い。

 年嵩の官の訴えに、誰も否定する者はいなかった。



「分かっている。

 ただし、まだザーシャ国と決まった訳ではないのだ、捕まえた者の話も聞こう」



 軽々しく戦争するとは言えない。


 次に捕縛された者達が連れて来られた。

 報告通りザーシャ国の兵士の姿をした男達は、後ろ手に拘束され部屋の中央で跪かされる。

 元々、本人達から捕まりにきた為か、騒ぐでもなく大人しく従っている。


 先ほどの生き残った兵へ向けていた、いたわるような眼差しとは違い、今にも刺し殺さんばかりの険をはらんだ眼差しが四方から彼らに突き刺さる。



「嘘偽りなく、真実のみを話しなさい」



 いつも以上に冷ややかで、背筋が凍りつくような酷薄な笑みを浮かべたレイスに、彼等は脅えて顔を蒼白にさせながら、何度も頷く。



「あなた方はどこの国の者です」



 逆らうべきではない相手と判断したのか、レイスの質問に素直に答えていく。



「俺……いや、私達はザーシャ国の兵士です……」



 ザーシャ国と聞いて、室内に緊張が走る。



「間違いなく、あなた方はザーシャ国に仕える兵士なのですね?」


「そうだ」


「何故ザーシャ国の兵がガーラント国内にいるか説明しなさい」



 これまで素直に従っていた彼等だが、兵としての矜持がまだあるのか中々話し始めようとしない。



「拷問して無理矢理吐かされたいですか?」


「ま、待ってくれ、言うからっ!」



 彼等は互いに顔を見合わせ、その中の一人が話し始める。



「俺達はザーシャ国王の命令に従って、ローブの者達の指示通り動いただけだ」



 ローブの者達は、先ほど生き残った兵の話の中にも出て来ていた。



「どのような指示を受けたのです?」


「まず軍の居ない村を襲わせ、数名の村人を浚うようにと言われた。抵抗する者は皆殺しにしろとも。

 浚った村人は一旦隠し、幾つかの村を襲った後、全ての村人を連れラグッツの街近くまで行った。

 そしてローブの者達が魔法を使って街を破壊したんだ」


「何のために村人を浚ったのですか?」


「生贄だ………」


「はっ?」


「ローブの奴ら、村人を生贄に魔法を使ったんだ!」



 一人の叫ぶような声が室内に響き、数拍の後、どういう事だとざわめきが起きる。



「静かにするのだ!

 生贄にしたとはどういう事だ。もう少し詳しく話せ」



 ベルナルトにより静かになった室内に、再び男が話し始める。



「……奴らは村人を一カ所に集め、そこを中心に円に並んで詠唱を始めたんだ。

 そしたら村人を中心に、地面と空に大きな魔方陣が浮かび上がって……」



 魔法陣の話は生き残った兵からも聞いた話で、ここまでは嘘ではないのだろう。



「急に村人達が苦しみだしたと思ったら、体中から血を噴き出して倒れ始めた。

 俺達は呆然とそれを見てたら、奴らがまだ足りないって言いだして………。

 俺達の仲間の兵を何人も魔方陣の中に突き飛ばしたんだ。

 そいつらも村人達と同じように血を流して動かなくなった………。

 魔方陣が光り始めて、その光が一直線に街に向かったら、次には街が破壊されててっ!」



 最初は冷静に話していたが、次第に冷静さを欠き、興奮したように声が荒々しくなっていく。



「では村人達は亡くなったのか?生き残った者は!?

 ローブの者達は今どこに居るのだ!!」


「し、知らない!

 怖くなって……俺達まで同じ目に合わせられるんじゃないかと…………。

 だから直ぐにその場から逃げ出したから、村人達がどうなったとか、ローブの奴らがどうしたかは知らない。

 本当だっ、信じてくれ!!」


「俺達は、ただ、王の命令に従っただけだ!

 こんな事になるなんて………っ」


「間違いなくザーシャ王の命令なのですね?」


「ああ、間違いない!直接王ご自身から命令を受けた。

 知っている事は何でも話す、だから助けてくれ!」



 頭を床に擦りつけ必死で懇願する男達を、誰もが冷ややかな眼差しで射抜く。


 一体どの口が言うのか……。

 たとえ王命だろうとも、彼等が数々の村を襲い多くのガーラント国民の命を奪ったのは紛れもない事実なのだ。


 しかし、今は罰するとも、助けるとも言わない。

 彼等にはまだまだ聞く事が出てくる、安全だと勘違いしている内は素直に情報を喋ってくれるだろう。

 だが、全ての事が片付いた暁には、然るべき罰をもって償って貰う。


 それまでは…………。



「取りあえず、ザーシャ国から口封じの刺客が送られる可能性もありますので、問題解決まで兵の監視下で生活していただきましょう。

 よろしいですか、陛下」


「ああ、連れて行け」



 控えた兵に立たされた男達は、罰せられる事も無かった為、安堵の表情を浮かべて部屋を後にした。

 その後に苦しい罰が待っているとも知らず。



 室内に残された面々は、一様に緊迫した表情を浮かべる。

 考えている事は皆同じ。



「最悪の事態になってしまいましたね。

 どうなさいますか、陛下」


「まずは、あの者達の言っている事が正しいかだ。

 あの者達がザーシャ国の兵であるか確認してくれ」


「分かりました。

 しかし、彼等の話には、生き残った兵の話とも合致します。

 それに、わざわざ捕まりに来てまで嘘を言うとは思えません」



 確かにレイスの言う通りなので、ベルナルトも頭を悩ませる。



「直ぐに挙兵するべきです!」


「第二のラグッツが生まれる前にザーシャ王を止めなくては」


「陛下、ご決断を!」



 ザーシャ国の兵が、しかも王命でガーラント国を襲ったとなれば、黙っているわけにもいかない。


 侵略に等しい行為。

 当然、これ以上の被害を出さない為にも、軍を出し武力によって制圧する必要がある。

 次の被害が出る前に、出来うる限り早急に。


 しかし、戦いを口ずさむ年嵩の官と違い、ベルナルトは戦争という言葉を中々口に出すことが出来なかった。


 テオドール治世の初期の頃は何かと周辺国家と戦争が絶えなかったが、それからは情勢も落ち着き、テオドールの働きにより国力を増したガーラント国に喧嘩を吹っ掛ける命知らずな国もなく、ベルナルトが生まれた頃には平和そのものだった。


 つまり、ベルナルトは戦争という物を経験した事が無く、自分の一言で戦争が始まる事が恐ろしくてならなかったのだ。


 助けを求めるように、数々の戦いの指揮を取ってきた父親に視線を向けたが………。



「今はお前が王じゃ、己の思った通りにするといい」



 と言い、手助けは与えられなかった。


 側には心配そうにベルナルトを見る二人の息子。

 王としても父親としても、無様に狼狽える姿は見せられない。


 ベルナルトは自ら奮い立たたせ、王として決断する。



「まだ、男達がザーシャ国の兵と決まったわけではない。

 しかし、間違いなくザーシャ国の兵であった場合、王が命じたかに関わらず、王はザーシャ国の者がした事への説明責任がある。

 速やかにザーシャ国王に、三日以内に説明を行うようにとしたためた親書を送り、

 万が一期日までに返事が無かった場合は反意があるものとし、武力を持ってザーシャ国を制圧、国王を捕縛して直接事情を聞くことにする」



 その後、ガーラント国の諜報員の活動により、捕縛された男達が、ザーシャ国の兵である事が確認された。


 直ちにベルナルトは、ザーシャ国王へ親書を送った。


 ラグッツの街及び国境周辺の村々を襲った、ザーシャ兵並びにローブの者達の説明を求める。

 三日以内にこれが果たされなかった場合、武力をもって、ザーシャ国内に進軍する。


 そうした内容の親書がザーシャ国王に届けられたが、期日を過ぎても返答はなく、沈黙を守ったままだった。


「やはり、返答は無しか………」



 謁見の間で高官達が居並ぶ中、ベルナルトは疲れ切った顔で呟いた。


 ザーシャ国からの返事を誰より心待ちにしていたのは、戦争を指示しなければならないベルナルトかもしれない。

 平和な時代しか知らないからこそ戦争は回避したかった。


 それはレイスも同様で、冷酷だとそこかしこから言わるレイスだが、多くの無実の人達が死ぬ可能性がある戦は望むところではない。

 しかし、レイスの力を持ってしも回避は不可能だった。


 今回は分からない事が多すぎるのだ。



「仕方がありません。

 そもそも、簡単に折れるぐらいならば、最初から仕掛けないでしょう」


「分かっている。

 ただ、何故ザーシャ国王はガーラントに喧嘩を売るのだ。

 武力から言っても勝てるはずがないだろう」



 小国のザーシャと大国のガーラントでは、武力に圧倒的な差がある。

 それも、赤子が武器も鎧も付けた部隊長に喧嘩を売るようなものだ。


 確かに、正体不明の魔法は脅威かもしれないが、魔法の発動にはかなりの時間と魔力を要するらしい。


 ラグッツへ向かった救援部隊が魔法が行われた場所へ趣くと、複数のミイラ化した遺体があった。

 服装から村人達だろうと判断された。


 共に向かった王宮の研究者によると、魔力の枯渇によるものだと言う。

 村人達を浚ったのはこの為だったのだろう。

 それだけ複数の人間の魔力を要する程の魔法ならば、準備や発動までには時間が掛かるので、そう簡単に何度も使う事は出来ないだろうと。


 そんな魔法だけで倒されるほど、ガーラント国の軍は弱くはない。


 勝敗は明らかであり、ザーシャ国王もそれほど馬鹿ではないのだから分かるはずだ。




「領地を増やしたいのならば、何日も掛けて村々を襲って警戒させるより、一気に全軍を進行させた方がまだ勝算はあります。

 ですがもう、それは直接聞くしか方法はありませんよ」


「そうだな。………大元帥、前へ」



 大元帥はベルナルトの前へ歩み出ると、膝をつく。



「大元帥よ、軍を率いてザーシャ国に進軍し、ザーシャ国王を捕らえよ。

 ただし、出来うる限りザーシャの民の被害は最小限に抑えてくれ。

 父の時代から何度となく戦を経験した大元帥ならば、上手く取り計らってくれるだろう」


「御意。

 私としても、むやみに命を奪う事は避けたいと思っておりました。

 期待に添えるよう尽力致します」



 恭しく頭を下げた大元帥を、誰もが静かに見守るっていたが、その静かな空間をぶち壊す一言が発せられた。



「ふむ………せっかくじゃからフィリエル、お前も一緒に行ってこい」



 一拍の後、あれほど静かだった謁見の間に、ベルナルトの怒号が響く。



「何の冗談を言っているのですか、父上ぇ!」


「冗談ではない」


「まだ、フィリエルは学生ですよ!」


「わしが、フィリエルぐらいの年の時には戦争は経験していたし、いの一番に敵に飛び込んで行っていたぞ」


「父上みたいなのと、フィリエルを一緒にしないで下さい!!」


「みたいなのとはなんじゃ、みたいなのとは!!」



 親子が舌戦を繰り広げている中、他の官達もざわめき、動揺しているのが分かる。

 当事者であるフィリエルも驚き目を見開いていた。


 その間も繰り広げられている舌戦。



「--だから父上は常識が無いと言うのです。 はっ、そう言えば、私が子供の時ベッドの上に大量の虫をばらまかれた事がありましたね」


「ちょっとした、お茶目ではないか」


「そのお茶目のせいで、私だけでなくそれを目撃したジェラールも夜眠れなくなったのですよ!」



 フィリエルが戦へ行く話から、何故か子供の頃の悪戯された話にまで発展した無益な親子喧嘩に、レイスの怒りが爆発した。



「いい加減にしてください!」



 レイスの大きな声に、ベルナルトとテオドールだけでなく、ざわついていた官達も一斉に静かになる。



「いつまで不毛な言い争いを続けるおつもりですか。

 只でさえ最近は家にも帰れず、最愛の妻と子に会えていないと言うのに、これ以上家に帰るのを遅らせる気ならば退出させて頂きますよ」


「すまん」


「そんな目くじらを立てんでも良いではないか」



 素直に謝るベルナルトと違い、全く反省の色が無いテオドールに、レイスは凍りつくような眼差しで睨む。


 シェリナとユイの一時を邪魔する者は、例え王や先王だろうと容赦は無い。


 そんな無礼な振る舞いにも、レイスが妻子を溺愛していると知っている面々は、とばっちりを恐れそっとレイスから視線を逸らした。



「陛下、よろしいですか?」



 やっと静かになったのを見計らって、大元帥が声を上げる。



「私はテオドール陛下のお言葉に賛成です」


「ほれみろ」


「大元帥まで何を言うのだ!」


「これは殿下方の為でもあります。

 陛下だけでなく、ここに居る者達は皆、フィリエル殿下はいずれ私の後継者となり軍を統率していくと思っておられるはず」


「それはそうだが…………」


「もし、殿下が軍の頂点に立たれた時に戦争が起こった場合、戦争を経験しているのといないのとでは大きな違いが出てきます。

 全軍を率いている時に、戦い方を知らず多くの兵の命を引き替えにするよりは、私という手本を見て、軍の統率の仕方、軍での戦い方などを勉強しておくことは、フィリエル殿下と次期国王であられるアレクシス殿下、お二人の後々の為になる事でしょう」



 痛いところを突かれたというように、ベルナルトは苦い物を含んだように口をつぐむ。



「フィリエルはどうしたいのじゃ?」



 テオドールに話を振られたフィリエルに、部屋中の者達の視線が集まり、フィリエルは緊張から汗ばんだ手のひらを力強く握り締める。



「私は………行きます。

 まだ未熟で足を引っ張るかもしれませんが、自分の為に、そして将来の兄上の為にも、共に行く許可を下さい、父上」



 正直戦争は怖いが、大元帥の言う通り、いずれ軍を率いるつもりならば、こんな機会を逃すべきではない。


 父としては行かせたくはなかったが、決意を固めた瞳でベルナルトを見るフィリエルに行くなとは言えなかった。



「分かった………。

 第二王子フィリエル・シルヴァ・ガーラントにザーシャ国への出陣を命じる」


「ありがとうございます、陛下」



 膝をつき頭を下げるフィリエルを、ベルナルトは複雑の心境で玉座から見下ろした。



 そして、ガーラント国はザーシャ国に対し、開戦すると国内外に発表した。






12時に番外編公開します

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