プリュム
串焼きに綿飴にアイスクリーム。
ひたすら食べ物に走っていたユイは、ピュイピュイという可愛らしい鳴き声に足を止め、フィリエルを引っ張り、鳴き声が聞こえる屋台へと歩み寄る。
「可愛い~」
屋台の台に置かれた木箱の中を覗くと、ユイの拳程の大きさで、全身毛で覆われた毛玉のような生き物が沢山いた。
全身覆われた真っ白な毛はふわふわとしていて、上質な綿毛のように手触りが良さそうだ。
その真っ白な毛から覗く黒くつぶらな瞳がまた愛らしい。
木箱に二十匹程いるだろうか。
その中で一匹、ユイに熱い視線を送っている毛玉に気付き、ユイもじっとつぶらな瞳を見つめる。
そして見つめ合う事およそ十秒………。
「エル!この子連れて帰りたい!」
興奮を抑えきれないユイをなだめながら、セシルとカルロへ助けを求めるように視線を向ける。
呼ばれた二人が近付き、屋台の看板を見ると、そこには『プリュム釣り』の文字。
「プリュムだね。飼いたいの?」
「うん、この子がいい!」
そう言って、見つめ合っていたプリュムを指差す。
プリュムは魔獣に分類される生き物だが戦闘力は皆無。
性格は穏やかで、見た目の愛らしさから、ペットとして飼われている。
弱い生き物だが、全身を覆っている毛を変質させる能力を持ち、
時には毛を硬くしウニの刺のようにして身を守ったり、またある時は羽のように柔らかくして風に飛ばされたり、別の生き物の毛に絡ませくっついたりして移動する。
この屋台は、その習性を利用して、獣の毛皮を巻きつけた棒を垂らし、プリュムをくっつけて釣るようだ。
屋台の前に留まって動かないユイ達に気付き、アレクシス達も集まってきた。
「プリュムか、貴族の令嬢の中にも飼っている者達がいたね。
ユイが飼うのかい?」
「はい、そうなんですが………」
生き物を買う以上、レイスかシェリナに相談してからの方が良いとセシルは忠告しようかと思ったが、並々ならぬ気迫で連れて帰ると言うユイに口を挟む事が出来なかった。
それに、これだけ飼う気満々のユイに対して、レイスとシェリナは駄目だとは言わないだろう。
それに、プリュムを連れて帰るには制限時間内にプリュムを釣る必要があるようだが、必ずプリュムが毛皮にくっつくとは限らず、プリュムの気分次第なのだ。
その上、木箱の中には沢山のプリュムがいる。
「ユイの言っているこいつが釣れるとは限らないぞ」
「大丈夫、絶対に釣れる」
「その自信はどこから来るんだ」
呆れるフィリエル達の視線を物ともせず、店主にお金を払い、棒を垂らす。
すると、棒を垂らした瞬間、熱い視線を送っていたプリュムは、目にも止まらぬ早さで他のプリュムを押し退け、毛皮の巻き付いた棒の先に食らい付いた。
「え゛っ」
これには、店主を始め見ていた全員が驚きの声を上げた。
「なあ、おっちゃん。
プリュムって毛を絡めてくっつくんじゃなかったのか?
こいつ今噛み付いたぞ、しかも周りに居たプリュム吹っ飛ばされてるし」
「他に渡してなるものかと言わんばかりの、ただならぬ執念を感じたな」
「餌をあげ忘れたのか?」
「いや、おかしいなぁ。
ご飯やってからまだ時間経ってないんだけどな。
それに雑食のプリュムでも毛皮は食べないし」
カルロ、セシル、フィリエルが次々に疑問を投げかけるが、何十年とプリュムを扱っている店主も困惑している。
そもそも、プリュムは温厚でのんびりとした生き物なので、同族に攻撃したり今のように素早く動く事はないものなのだ。
初めて見るプリュムの行動に首を捻る店主だが、「まあ、中にはそういう性格の奴もいるだろう」という、結論となった。
困惑する一同をよそに、ユイは目的のプリュムが釣れて大喜びしながら、ふわふわな毛に頬ずりしていた。
「可愛い」
「ピュイィィ」
「名前付けないとね、えっと…………」
その時、頭の中に自然と浮かび上がる名前があった。
「…………シュリ」
そうだ、この子はシュリだと、自分の中の何かが叫んでいた。
シュリと名を口にすると、ユイは何故か涙が出そうになった。
それは悲しみと嬉しさが混じったような説明しづらい感情。
胸が締め付けられるような感覚に意識を捕らわれていると、ふわりとした柔らかい感覚を頬に感じ意識が戻される。
「シュリ………」
ユイの肩に乗り、慰めるかのように優しく体を擦り寄せるシュリ。
そんな行動にも既視感を感じて感情が揺さぶられる。
プリュムという生き物をこの場で初めて見た。
周りにプリュムを飼っている者は知らない。
だから、シュリに会ったのも、この場が初めてのはすだ。
けれど、そう言い切れない何かがユイにあった。
「ねぇ、あなたに会った事ある?」
魔獣相手に聞いた所で意味が分かるわけがないのだが、嬉しそうな鳴き声を上げて擦り寄るシュリ。
その行動はまるでユイの言葉を分かっているかのよう。
「………ねえ、おじさん。プリュムって人の言葉の意味って分かってるの?」
ユイは気になって屋台の店主に聞いてみる。
「プリュムがかい?
そりゃあ、犬と同じで訓練すれば、お手とか待てとかの行動をする事はあるが、言葉の意味まで理解は出来ないよ。
人ほど知能も高くないし、何より魔獣だしなぁ」
「そうなんだ………」
「まあ、雑食で何でも食べるから飼うのは難しくない。
可愛がってやってくれよ」
「はい」
釈然としないまま屋台を後にする。
フィリエルにかけた魔法の効果が切れる頃には開店している店も増え、それに伴い人通りも多くなってきたので、急いで宿へと戻る。
もし、人混みでフィリエルとユイが離れてしまっては大変な事になるからだ。
宿へと戻ってきたユイ達が大通りを見渡せるバルコニーで一息つくと、それを見計らったように様々な軽食とお茶が運ばれて来る。
ユイは先程釣り上げたシュリに食べ物を与えるが、肉も野菜もパンも、何一つ食べようとしない。
「食べない………。
ねえ兄様、プリュムって本当に雑食?」
「そのはずだけど、お腹が一杯なのかもしれないよ」
「でもあれから大分時間経ったのに………シュリ、この中で食べたい物ない?」
「ピュイ?」
聞いて答えるわけがないと誰もが分かっていたが、可愛らしいシュリとユイのやり取りを微笑ましそうに見ていた。
が、次のシュリの行動に絶句した。
シュリは沢山の食べ物が並べられたテーブルの上を見渡すと、蜂蜜の入った瓶の所に弾みながら移動し、瓶の前で何かを訴えるようにぴょんぴょん飛びながら鳴き声を上げた。
「ピュイピュイ」
「シュリはそれが食べたいの?」
「ピュイ」
そうだと言うように嬉しそうに鳴く。
ユイは、蜂蜜をスプーンに取り差し出すと、シュリはペロペロと蜂蜜を舐める。
「シュリは蜂蜜が好きなのね」
「ピュイ」
楽しそうに会話する一人と一匹を見て、カルロは自分の目で見ているものに間違いが無いか片割れに確認する。
「………なぁ、会話が成立してないか?」
「いや、そんなはずは……。
だって、プリュムにそんな知能はないし」
「そうだよな、偶々だよな」
そうは言うものの、その後もユイが話すと、まるでユイの言葉を分かっているように返事や行動を取り、周囲を驚かせた。
「ユイに懐いてるみたいだから、問題なさそうではあるけど………」
「王宮に帰ったら魔獣の生体に詳しい者に聞いてみるか」
プリュムとは違う新種という可能性もあり、セシルはユイの側にいる事を心配したが、ユイに危害を加える様子はないようなので、今は様子を見るに留め、フィリエルに詳しい王宮の専門家に聞いてもらう事にした。
因みにそんな会話の裏側で、護衛にいた数人の女性がシュリの可愛さに悩殺され、シュリを間近で見る為に誰がユイにお茶を注ぎに行くかで、ポットの争奪戦が繰り広げられ、勝利した女性がポットを持ってバルコニーに向かうのを、負けた数人が悔しそうに見ていた。
暫くすると、管楽器の高らかに鳴る音が響くと同時に、人々の歓声が上がる。
「あっ、始まったみたい」
管楽器や太鼓を持った楽隊の音に合わせて仮装した人々が大通りを練り歩く。
大通りの両端には仮装した人々を見ようと、大勢が列を成しているが、バルコニーからは誰にも邪魔をされず楽しむ事が出来た。
バルコニーから、先程まで歩き回っていた通りを眺めながら、アレクシスは眩しいものでも見るように目を細めた。
「お祭りというのは楽しいね。また来たいものだ。
フィリエルも楽しめたようだね」
「はい、兄上。ユイのおかげですね」
「そうだね、彼女には感謝してばかりだ」
気軽に街を出歩くなど出来ない二人。
街へ出ようと思えば出来るのだろう。
実際にテオドールは王子時代も即位してからも、街に出ていたようだし。
しかし、フィリエルは魔力故に人の多い街中を店を巡りながらなど歩けない。
アレクシスはテオドールのように何があっても自分の身を守れると言えるだけの力と自信を持っておらず、かと言って、わざわざ護衛を街に配備してまで外に出たいなどと、王太子としての責任感から我が儘は言えなかった。
けれど、今回は全てユイが準備した。
護衛をテオドールに宿をレイスに頼み、フィリエルが街中を歩ける手段も考えて。
無理だろうと諦めていた、貴重な思い出が出来た。
「父上と母上に、良い土産話が出来ましたね」
「お祖父様も入れて差し上げなければ、拗ねてしまうよ」
「確かに、後が面倒くさいですから」
フィリエルとアレクシスは、くすりと穏やかな笑みを浮かべた。
***
皆が大通りの仮装行列を眺める中、エリザは人知れず部屋を出た。
廊下を歩き、先程までいた部屋から離れた所で立ち止まり、息を吐き出す。
息が詰まるような感覚に陥って、気分を変えようと部屋を出た。
あの場にいた者達は、ユイ以外良く知る者達だ。
けれど、ユイを中心に話が盛り上がる彼等の空気に、自分だけ話に入りづらく、仲間外れのように感じて居心地が悪くなった。
実際にはエリザの考えすぎで、ユイ以外はエリザに話し掛けていたし、ユイに関しては、最初に一方的に怒鳴られた経験から、ユイからは話し掛けづらく様子を窺っていただけなのだが。
だが何より、フィリエルがユイに向かって楽しそうに笑いかけているのを見るのが、エリザは耐えられなかった。
決して自分には向けない、愛おしそうにユイを見る眼差し。
エリザは、ぎゅっと目を瞑り、荒れた心を抑えようとする。
すると、その時。
「そこで何をしているんだ?」
びくりと体を震わせ声のした方を振り返ると、いつの間に来ていたのか、セシルが立っていた。
「何か用?」
刺のあるエリザの声。
しかし、セシルはエリザの問いに答えず、じっとエリザの顔を見つめる。
「な、何よ。………用が無いなら」
「…………いい加減諦めたらどうだ」
「はっ?」
何の事を言っているのか分からないセシルの言葉に、エリザは反射的に聞き返す。
「諦めたらどうだって言っているんだ。
フィリエルは昔からユイしか見ていない」
容赦の無いセシルの言葉がエリザを貫く。
「このまま思い続けても、フィリエルはエリザを見ないよ。
フィリエルはエリザを兄妹のようにしか思ってないんだから」
「っ、うるさいわよ!私がどうしようと貴方には関係ないでしょう」
「そうとは限らないよ」
「関係ないわよ、さっさと可愛い妹の所に戻りなさいよ!!」
激昂するエリザに、これ以上何を言っても仕方ないと思ったのか、セシルは踵を返しその場を去る。
残されたエリザは、怒りではなく悲痛な表情を浮かべ、力無く呟いた。
「そんな事………貴方に言われなくたって………っ」
***
「おい、急げ!!」
「これでも精一杯走ってるー!」
合宿も終わり、王都へ帰還する日。
人目をはばからずバーハルの駅を走るイヴォ、ライル、フィニー。
三人から遅れて、沢山の荷物を持って息を切らして後を付いていくクロイスとシュリを肩に乗せたユイの姿があった。
最後の追い込みでユイとクロイスがお土産を買うためお店を見て回った結果、列車の発車時刻ぎりぎりとなってしまい、駅を爆走するはめになってしまったのだ。
「お前達が早く決めないからだぞっ!」
「そんな事言ったってぇ」
「口を動かす前に足動かして!!」
言い合いを始めるユイとイヴォをライルが嗜める。
そうこうしている内にユイ達の乗る列車が見えてきたが、出発を告げる汽笛の音が駅に響き、ユイ達の焦りは最高潮に達する。
「うわっ、やば!」
「もう無理なんじゃない?」
「フィニー、余計な事を言うな!
まだ間に合う、気合でなんとかしろ!」
「ピュイピュイー!」
頑張れと言うようなシュリの声援を聞きながら、最後の力を振り絞って全速力で列車に飛び込む。
何とか列車内に全員乗った瞬間、列車が動き始めた。
「間一髪……」
全員、呼吸をするのも苦しいほど息を切らして、その場に座り込んだ。
列車に乗れたとほっとしたのも束の間、バーグに見つかり説教が始まった。
「馬鹿者ぉぉ!!列車に飛び乗るなど危険な真似をしよってからに!
小さな子供ではないのだから、時間ぐらいはきちんと確認しながら行動しないか!」
バーグの説教を聞いている余裕など無かったが、車掌が止めに来るまで暫くの間、強制的に通路のど真ん中でバーグの怒声を聴き続けた。
こうして、良い思い出も、悪い思い出も出来た合宿が終わった。
このまま、何事も無く夏休みが終わり、新学期が始まると誰もが思っていた。
しかしこの数日後、隣国ザーシャ国との開戦と、ガーランド国第二王子フィリエル・シルヴァ・ガーランドの初陣が決定した。




