お祭
「これフィリエルに渡しておいてくれ」
そう言ってルカはカルロから手渡された包みを受け取る。
「何だこれは」
「服だよ服。お前とジークのも入ってるから、明日出掛ける時はそれを着てくれってユイが」
「明日?………ああ、本当に行くのか」
以前、合宿中に出掛けると言っていた事を思い出した。
いつも自由時間では他の生徒のように観光や買い物に行く事も無く、部屋で過ごす事が常だった為、その話を聞いていた時も冗談で言っていたのだろうと思っていたルカだが、本当だったようだ。
「フィリエル様は、知っておられるんだろうな?」
「ああ。ユイに甘いフィリエルが、楽しみにしてるユイを前に断れる訳がないからな。
良かったじゃないか、やっと外に出る気になって。
あっ、もしエリザも付いてくるなら地味で質素な格好して来いって言っといてくれ。
まあ、絶対付いてくるだろうけどな」
それだけを言い、去って行くカルロ。
ルカは渡された包みを見ながら複雑な心境になった。
その魔力のせいで、フィリエルが人に触れる可能性の高い、人の集まる場所に行く事は滅多に無い。
フィリエル自身がそういった場所を忌避しており、エリザやルカが人に触れないよう馬車を走らせて外を眺めるだけでもと、何度となく誘っても決して首を縦に振らなかった。
いつも申し訳なさそうに断り、「お前達は気にしないで出掛けてきても良いんだぞ」と逆に気を遣うフィリエルに、最近では口に出す事も無く、出掛けない事が当たり前となっていた。
それがどうだ、あれほど頑なに留まる事を選んでいたフィリエルの心をいとも簡単に変えてしまった。
遠慮してばかりの主が楽しむのはルカとしても喜ばしい事だ。
だが、同時に側に使える専属護衛として、敗北感も感じてしまう。
そして、そう思うのは自分だけでは無いはずだ。
「エリザ様がどんな反応をなさるか………」
毎年、部屋に残るフィリエルを気遣って共に残っているエリザ。
今回フィリエルが出掛けると知れば確実に付いてくるだろう。
それ事態は何ら問題無いが、フィリエルを連れ出すのがユイというのが問題だ。
いっそ、内緒で出掛けるか、と誘惑されそうになるが、ばれた時が厄介だ。
何と言えば穏便に済むだろうかと、憂鬱になりながらフィリエルの部屋へと戻った。
そんなルカの考えがまだまとまっていないというのに、フィリエルの部屋にはエリザが来ていた。
「…………いらしてたのですか」
「何よ、居たら悪いの?」
ぎろりと睨まれるが、ルカには慣れたもので、迫力ある睨みにも動じない。
どう切り出そうかで頭が一杯だったのもある。
「とんでもない。
ただ、最近はいらっしゃられなかったので」
「………私だって色々忙しいのよ」
不機嫌を隠す事も無くふいっと視線を逸らすエリザは、王宮でユイが王と王妃に魔法を使い、初めてフィリエルとの触れ合いを果たした日を境にぱったりと姿を現さなくなっていた。
普段なら用がなくともフィリエルに会いに来ていたというのにだ。
合宿の準備や公爵令嬢としての付き合いなどで忙しかったのかもしれないが、これまでは忙しくとも僅かな合間を見つけては会いに来ていた。
それが合宿中も姿を見る事はあっても、何故かそれ以上の接触をしようとはしなかった。
時期的に見てユイが関係しているのは明白だったが、エリザにも思うところがあるのだろうと、あえて何かを言うつもりはなかった。
ルカはテーブルの上に先程渡された荷物を置く。
「ルカ、その包みは何だ?」
「先ほどカルロから渡されました。
明日出掛ける際に着て欲しいとの事です」
「なんだ、服の指定まであるのか」
「はい、俺とジークの分もあるようです」
フィリエルが聞いていたのは出掛ける事だけで、何処に何をしに行くかも、ユイからは「内緒」としか言われていない。
そんな所も楽しくて仕方が無いと言うように笑みをこぼすフィリエルを、エリザは信じられないものを見るように驚きを露わにする。
「フィル……出掛けるの……?」
「ああ、ユイと約束しててな」
「………またあの子」
エリザのその小さな呟きは側にいるフィリエルにも聞こえる事はなかったが、色々な感情が入り混じり、その多くを占めていたのは悲しみと苛立ち。
「私が今まで何度誘っても出掛けようとしなかったのに、あの子なら素直に行くのね。
……っ、あんな無表情で可愛げの無い子、フィルには相応しくなんて」
「エリザ、それぐらいにしろ」
エリザが最後まで言葉にする前に、フィリエルの怒りをはらんだ声に遮られる。
「ユイの事を何も知らないのに、非難するのは許さない。
俺だけでなく、双子も怒らせる事になるぞ」
ユイの表情が欠落した原因を知るフィリエルだからこそ、厳しく咎めたのだが、エリザにはただ庇ったようにしか見えず、苛立ちは増すばかり。
この時、ルカやジークと違い双子が出て来た事にエリザが驚かなかったのは、ある程度ユイに関して調べたからだろう。
不穏な気配をいち早く感じた、空気の読めるルカが慌ててユイの話から逸らす。
「エリザ様は明日どうなされますか?」
「行くわよ!フィルが行くなら当然でしょ!」
「では、地味で質素な服を着て来て頂きたいとカルロが言っていましたので、お願いします」
「私が持っていると思うの?」
「……………」
エリザは公爵令嬢として産まれたときから身の回りの物は最高級品で取り揃えられている。
その上、エリザは地味なものより華やかな服を好み、飾り気の無いシンプルな服はあまり持ってはおらず、合宿にも持ってきてはいなかった。
エリザは前触れもなく突然立ち上がると。
「誰かに借りてくるわ」
そう言って部屋を後にした。
***
翌日、日の出の早い夏場だというのに、まだ日の明け切らぬ早朝。
庶民にとってはそれなりに上質、しかし王族貴族階級の者では決して袖を通す事は無い安価で質素な衣服を、それぞれが着用している。
普段着ている服と比べものにならない質のものだが、フィリエルの服に関しては、きちんと魔力遮断の魔法が織り込まれた特別製だ。
そうして、まだ他の生徒達は深い眠りに入っている早過ぎる朝に、眠気を押して門の前に集まると、そこには朝を感じさせない爽やかな笑顔で迎えるアレクシスの姿があった。
アレクシスもまた、同じように質素な格好をしている。
「遅いよ、君達。待ちくたびれてしまったよ」
「兄上!?どうしてこちらに」
「出掛けると小耳に挟んで、ぜひ一緒しようと待っていたんだよ。
最近、王太子として任せられる仕事が増えたせいで、兄弟の触れ合いが少なくなってしまったからね。
構わないかな?」
アレクシスはユイに視線を移す。
「はい、勿論です」
「まさか、父上も一緒ですか!?」
フィリエルは警戒心を露わにきょろきょろと辺りを見回すが、護衛の姿だけでそれらしき人物は見当たらない。
「残念ながら、昨夜遅くに王宮から連絡があって帰ってしまわれたよ。
最後までごねていたけれどね」
「王宮で何かあったのですか?」
「きっと、お祖父様がまた何かをやらかしたのだろう。
こんな機会に父上も運がない」
テオドールがやらかすのは日常茶飯事の事で、ある時は城の一部を破壊、またある時は夏場暑いからと王宮中を魔法で雪まみれにして至る所に雪だるまを作ったり等々。
その度にベルナルトは後処理に追われるので誰もが納得したが、一瞬にも満たない僅かな時、アレクシスの眼差しが鋭く光るのをフィリエルとセシルだけが気付いていた。
フィリエルは話を変え、ユイへと向かう。
「それで、どこに行く気なんだ、ユイ?」
「今日バーハルの街で夏祭りがあるの。
仮装した人の行進とか屋台とかも沢山出るのよ!」
ユイはうきうきとした気持ちが抑えきれず声に表れているが、祭りと聞いて喜んでいるのは、今日出掛ける事の情報提供者であるテオドールから大まかに話を聞いていたアレクシスと、祭りに行けると単純に考えているジークだけ。
「待てユイ、俺が祭りなんて人が密集した所に行けるわけがないだろ」
「大丈夫、ちゃんと考えてるから」
自信満々に答えるユイだが、問題はそれだけでは無い。
「それに、フィリエル様だけでなく王太子殿下を警備のない場所へお連れするわけには参りませんよ」
ルカの最もな指摘に周りはうんうんと頷く。
この場には数名の護衛も共にいるが、祭りで人が多く集まった場所での警備には到底足りない。
「それも大丈夫です。
この前の王宮での一件のご褒美で、テオじ……先王陛下にお祭りに行きたいからって警備手配をお願いしましたから、街の護衛の人を配備してくれています」
「ああ、前の連絡はこれだったのか」
内緒のおねだりの内容が分かり、セシルとカルロは漸く合点がいった。
残る謎はレイスに頼んだ誕生日プレゼントだが、それもじきに分かるだろう。
「お祖父様が手配したのなら問題はない。
話は後にして、取りあえず出発しよう。
私とフィリエルとユイとで乗るから、残りはもう一つの馬車に乗ってくれ」
「いえ、私は兄様達と同じ馬車で………」
まだ数える程しか顔を合わせた事のない高貴な方と、狭い馬車で数時間も一緒にいるなど、街に着くまでに気疲れしてしまうと思い、ユイは同席を辞そうとしたのだが、アレクシスは抜け目がなかった。
「移動中に食べようと、王宮から軽食を取り寄せておいたんだ。
食べながらお喋りをしようじゃないか!」
「はい、喜んで!」
再び王宮の絶品な料理が食べられると、ご機嫌でいそいそとアレクシスと共に馬車に乗っていくユイに、フィリエルはセシルとカルロと顔を見合わせ、苦笑を浮かべる二人と分かれ溜め息を吐きながら後に続く。
三人が思ったのは同じく、食べ物で誘拐されないか本気で心配……だった。
フィリエルと別の馬車にされてしまい不満顔のエリザだが、王太子の決定に否を言えず………と言うより、言った所で丸め込まれるのを分かっていたので大人しく別の馬車に乗り込み出発した。
護衛の者達が乗った馬車を含め、三台の馬車でバーハルに向かう。
長い移動中、気まずくならないかと心配していたユイだが、予想に反して車内は和気あいあいとしていた。
それは、王太子として他国の者や老若男女問わず、様々な人種と接する機会の多いアレクシスは、初対面の者にもそう感じさせないほど話を弾ませる豊富な話題と、緊張感をほぐし話しやすい穏やかな雰囲気があるからだろう。
だが、一番威力を発揮しているのはアレクシスが用意した食べ物の力が大きい。
アレクシスが差し出したバスケットの中には、車内でも食べやすいよう、手掴みで食べられるもので揃えられていた。
ユイはその中からミートパイを掴み、一口齧り付く。
「~~~~っ」
「美味しいかい?」
「絶品ですっ!」
「そうだろう、そうだろう。
このミートパイは王宮でも人気でね、職員の食堂に並んだら、いつも争奪戦がおきるんだよ。
あっ、こっちのスコーンも食べてごらん。
付け合わせのジャムはこの辺りで取れるミルクで作ったミルクジャムだよ」
「………幸せー!」
言葉通り幸せそうに食べるユイに、アレクシスは次から次へと食べ物を与える。
その姿は、懐かない猫を必死で餌付けするかのよう。
そのおかげか、バーハルの街に着く頃には、最初のような緊張をはらんだ余所余所しさもなくなっていた。
後日、この話はベルナルトやアリシアにも伝わり、「ユイには食べ物」というのが王家に定着した。
***
バーハルの街には、お祭りが始まる時間よりかなり早くに到着した。
その為、開店している店舗は少なく、大通りには屋台のテントがずらりと並んでいるが準備中や準備すら始めていない屋台がほとんどで、人通りも少ない。
ユイ達の乗った馬車は大通りに面した宿で止まり、ぞろぞろと馬車から降りる。
「ここか?ユイ」
「うん、お祭りを見られる場所で見たいってパパに誕生日のお願いして、この宿を貸し切ってもらったの。
貸し切りだから静かだし、宿の中で誰かとすれ違う事もないから、エルも周りを気にせず楽しめるよ」
「これが例のプレゼントか。でもよく貸し切れたね」
「立地も建物もかなり良いのにな」
高級宿とはいかないが、綺麗な建物でお祭りが行われる大通りがよく見えるバルコニーもある。
お祭りのある今ならば満室になっていておかしくない。
兄二人の疑問に、ユイは困ったように眉を下げる。
「あーうん……一部屋借りられれば良かったんだけど、パパが張り切っちゃって………」
「納得」
「父さんなら伝手も沢山ありそうだしね」
自分からおねだりする事が滅多に無いユイからの頼みに、レイスが張り切らないはずがない。
「それじゃあ中に入ろうか」
アレクシスがそう言い、他の者も後に続いて中に入ろうとしたが、慌ててユイが行く手を阻む。
「駄目っ、ちょっと待って下さい!」
「どうしたんだい?」
「このまま宿に入ったら、朝早くに出発した意味が無いです!」
「何かあるのかい?」
ユイは馬車の所へ走って行くと、荷物を下ろしていた護衛の人の元へ行き何かを受け取って戻ると、アレクシスとフィリエルの頭に、それぞれに手にしていた物を乗せる。
「帽子……?」
「何なんだユイ、これは」
ユイの行動の意味が分からず一同は首を傾げる。
「お祭りに来たのに屋台を見ないなんて絶対駄目です!」
「それで何故帽子?」
「二人は顔が良いので目立つからです!」
さも当然と言うように話すユイに、護衛を含め誰もが何とも言えない顔をする。
確かに、美形なこの兄弟が顔をさらして歩けば、いくら人通りが少ないと言えど人目を集めてしまうだろう。
セシルとカルロも人目を引く容姿だが、フィリエル達ほどではないし、パン屋の手伝いで庶民の暮らしを知る二人は所為も使い分けが出来るが、フィリエルとアレクシスの立ち居振る舞いは明らかに貴族階級のもので、庶民とは程遠い上流階級の雰囲気が滲み出ている。
その為少しでも人目を引かないようにとの解決策として帽子なのだが、そういう問題ではない。
フィリエルは困ったような表情で、幼い子供に言い聞かせるように話す。
「あのな、ユイ。
何度も言ったと思うんだが、俺は魔力が強いから人に触れない。
いくら早朝で人が少ないとは言っても人に当たらないとは限らないだろう?」
ユイはフィリエルに触れるのに問題が無い為、危険性をよく理解出来ていないのではないだろうか、というフィリエルの思いが透けて見えたユイは不満そうだ。
「改めて言われなくても、ちゃんと分かってるよ」
ユイはフィリエルの右手を取ると詠唱をし、魔方陣を刻むと、次に自身の左手にも何かの魔方陣を刻み込む。
フィリエルは不思議そうに手の甲の魔方陣を見つめる。
「ユイ、何だこれは。以前王宮で父上達に使った魔法と似ているが」
「似ているんじゃなくて、同じもの。
魔力を遮断する魔法だから、外からの魔力を通さないって事は、中からの魔力も外には出ないって事でしょう?
だから、これをエルが使えば人とぶつかっても大丈夫。
合宿前に徹夜で頑張ったけど、まだ改良しきれてないから時間制限があるのが難点だけど、屋台を楽しむ時間は十分取れるよ。
いざ、屋台の食べ歩き!」
徹夜で準備してまで徹底的に楽しむつもりのユイに、呆れとともに感心する。
だが、それだけフィリエルと出掛ける事を楽しみにしていたのだろう。
自らの魔法は理解したが、次にフィリエルの視線が気になっていたユイの左手に移る。
「ユイも同じ魔法を使ったのか?」
「ううん、私のは魔力を移動させる魔法を継続的に出来るよう、効果を固定したものだよ」
魔力の使い過ぎた重度の患者に、魔力を分け与える時など、医療の場でよく使われている魔法だ。
ただし、魔力を移動させるには、どこかしら触れ合っている必要があるので、ユイはフィリエルの手を握る。
「こうやってエルと手を繋いで、エルの魔力を私の方に流すの」
それを聞いてカルロが疑問をぶつける。
「きちんと遮断しているなら、わざわざ魔力をユイに流す必要は無いんじゃないのか?」
「完全に遮断するって事は、人が無意識に外に放出している魔力を体内に溜め続けるって事なの。
普通の人の魔力なら問題ない時間でも、エルの魔力は強すぎるから限界が来ちゃう。
例えば、風船に空気を送り続けたらどうなると思う?」
「そりゃあ、耐え切れられずに、こうバーンっと破裂……………」
「そうなったら大変でしょう」
その状況を想像してしまい、誰もが顔色を悪くし沈黙する。
特に、当事者であるフィリエルが感じる恐怖感は尋常ではなく、青ざめながら絶対に離すものかとユイと握る手に力を入れた。
「エル、大丈夫よ。
ちょっと手を離したぐらいで、そうはならないから」
そうは言っても、破裂すると言われて平静でいられるはずがない。
恐怖に怯えるフィリエルとは違い、冷静だったアレクシスはユイを気遣う。
「君は大丈夫なのかい。
それはつまり、フィリエルの魔力を受け続けるという事なのだろう?
魔力を受けるのは相当辛いと聞く、それに今度は君の魔力が増えすぎて体が耐えられなくなるのじゃないのか」
つい最近、フィリエルの魔力の強さを身をもって体験し、想像を絶する痛みと苦しみを受けたアレクシスには小柄なユイに耐えられるのか心配でならなかった。
「増えた魔力は魔法の維持に使いますから大丈夫です。
それに……」
「それに……?」
「いえ、それより、はやく屋台を見に行きましょう。時間も限られていますし」
途中で話を止めたユイを訝しく思ったが、時間制限があるのは確かなので、ユイに従い既に開いている屋台を目指す。
「具合が悪くなったらすぐに言ってくれ。
護衛の中には医療に携わる者もいるから」
「はい」
上手く話を反らせられ、ユイは心の中で安堵した。
通常、魔力を移動した場合、魔力を受ける側は自分とは違う魔力の侵入に嫌悪感を抱くものだ。
実際にユイがセシルとカルロで試した時も、自分のものとは違う魔力への違和感と不快感で、吐き気を感じるほど気分が悪くなった。
兄妹という近しい間柄でもそう感じてしまうものなのだ。
だというのに、ユイはフィリエルの魔力を受けても全く嫌悪を感じない。
それどころか、自分の中の欠けていたものが満たされるような充足感を感じるのだ。
これは普通にはない事のようで、調べてみたが判らなかった。
とは言え、特に隠す必要があるほどの事では無かったのだが、何となく話すのは躊躇われた。
その後、魔法の効果の続くまでの時間、屋台を回っていく。
その間、ユイとフィリエルの手は繋いだまま。
いつもならば、フィリエルの隣にいるエリザの場所にいるユイと、フィリエルの姿を見ていたエリザ。
エリザの性格とこれまでフィリエルに近づく女性に対して威嚇をしてきた事を知るカルロ達は、何かしら文句を言い出すかと身構えていたのだが、予想に反してエリザが口を挟む事はなかった。
視線に険しさはあるものの、静かにフィリエルとユイを見ていた。
フィリエルは屋台以上に周りを気にせず街を歩けた事に嬉しそうにしているが、それ以上にアレクシスが誰より楽しんでいた。
何度かテオドールに連れられ、庶民の格好をして街に出掛けた事のあるフィリエルと違い、アレクシスは公務以外の理由で街に出るのは初めてのようで、初めて見る庶民のお祭りに、物珍しそうにあちらこちら見て回っては、これは何だあれは何だと聞き回っている。
興味の湧いた物は取りあえず手に取り、食べる。
そこに初めての物への躊躇いも、庶民と同じ物を食す事への抵抗も一切ない。
「さすがテオ爺の孫」
「好奇心の旺盛さは血筋だったか」
普段食べる柔らかい上質な肉とは違い、硬く安い肉の串焼きに齧り付き「旨い!」と言える上流階級の者がどれだけいるだろうか。
おそらく、少なくない人数の者達が、顔をしかめ侮蔑の眼をむけるのだろう。
あまりに美味しそうに食べるアレクシスを見た店主に、「兄ちゃん良い食べっぷりだね」と言ってもう一本おまけをしてもらっているアレクシスに、全員が笑顔を浮かべる。




