パーティー2
フィリエルが部屋から出て行った後、眠気も吹っ飛び、ベッドに寝そべりながらのんびり読書をしていると、通信用の魔具が反応を見せた。
「はい」
「ユイ、直ぐにそこから逃げろ!」
「……カルロ兄様?どうしたの、そんなに慌てて」
焦ったようなカルロの声が魔具から響き、ユイは目を丸めた。
「総帥がラストールの教師を脅して、部屋の鍵を入手しやがった!
今、枢機卿と一緒にそっちに向かってる。
酒飲んで程良く酔っ払ってるから捕まったら厄介だ、早くその部屋から逃げろ」
それを聞いてユイは飛び起きた。
「どうしてお酒なんて飲んでるの!?」
ガーラント国の法律では、飲酒は18歳からとなっている。
十八歳以上の生徒は問題無いが、中にはまだ飲めない生徒もいる為、パーティーでは酒類は出していないはずだった。
しかし、総帥はあらかじめ持参し、その酒を飲んでいる内に気分が良くなり、ユイにちょっかいをかけようとしたが、ユイが会場に居ない事に気付いてカルロに聞きに来た。
ユイが部屋に立て籠もっている事を知ると、ラストールの教師にユイの部屋の鍵を要求。
勿論、最初は拒否したのだが、来年ラストールの生徒からは誰もギルドに入れなくても良いのか?と、まるで町のチンピラの如く脅しを掛けた。
教師は周囲に助けを求めるも、相手はギルドのトップとあって助けに入れる勇者はおらず、視線を反らされる。
そうして、小動物のように怯える教師から鍵をかつあげしたのだった。
鍵を入手し意気揚々とした総帥に声を掛けられた枢機卿は、聖職者として酔っぱらいを野放しには出来ないと同行する事になった。
酒癖の悪さを知っていたユイは、絡まれる前に逃げようと急いで部屋から飛び出し、周囲を警戒しながら足音を立てず部屋から離れた。
角を曲がったちょうどその時、後ろの部屋の方から「嬢ちゃん来てやったぞ-」と騒ぐ酔っぱらいの声と、「騒いでは迷惑ですよ」と叱咤する枢機卿の声が聞こえてきた。
間一髪逃げられてほっと息を付くが、まだ安心するには早い。
部屋に居ない事に気付けば、直ぐに探し回るはずなので、足早にその場を去る。
要塞に来てからというもの、夜には更に怖さの増す廊下を一人で歩く事は出来なかったのだが、今のユイはそんな事も忘れて急いだ。
兄に助けを求めようと、パーティーが行われている会場へ向かう。
「こんな事なら、エルと一緒に向かっていれば良かった」
今更言っても仕方が無いと分かっていても思わず口から出てしまう。
総帥達に会わないように大回りして、すぐ中庭に通じている吹き抜けの廊下を歩く。
この地域は王都より北に位置する為王都よりも気温は低いが、昼間は多少の暑さを感じる。
しかし、日も落ちると僅かに肌寒さを感じるほどに気温が下がり、一枚上に羽織ってくるべきだったと後悔した。
急いで出て来たので、そこまで気が回らなかった。
パーティーが行われている大広間に近付くと、二階の部屋から明かりが漏れて音楽が聞こえてくる。
その時、前方から誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
足音の数からして二人か三人。
総帥達ではないかと、ユイは慌てて隠れ場所を探してきょろきょろと辺りを見回す。
庭に降り、隠れられそうな草木の茂みにしゃがみ込んで身を隠し、人が通り過ぎるのを息を殺してじっと待つ。
しかし、その人物達は通り過ぎるどころか、庭へ来てユイが隠れている近くまで近付いてくる。
見つかったのではとユイの心臓が激しく動く。
だが、聞こえてきた声は予想外の人達のものだった。
「突然このような場所にお連れして申し訳ございません」
「何かお話があるのでしょう?お気になさらず」
「(この声ってエル?それと彼女がどうして………)」
総帥達では無かった事に安堵しつつも、聞き慣れた声が聞こえ、木と木の隙間から様子を窺うと、そこにはフィリエルとシャーロットの二人がいて、予想だにしない組み合わせに、ユイに驚きと疑問が浮かぶ。
しかも、シャーロットに金魚のフンの如く何処までも付いて回るステラの姿が見当たらない。
「実は先日お話がありました婚約の件について、どうしても殿下にお聞きしたい事がございまして」
『婚約』の言葉に、ユイの表情が凍り付いた。
シャーロットは侯爵令嬢。王族の妃として何ら遜色はない。
むしろ、侯爵令嬢としてしっかりと礼儀作法を学んできたシャーロットは、社交場にも数多く出席し、立ち居振る舞いも洗練されて、人脈もある。
侯爵は厳格な人柄で王の信も厚く、年齢的にも、そういう話が出ていてもおかしくはない。
それに引き換え、伯爵令嬢として産まれたとは言え、期待もされていなかったので、最低限恥ずかしくない程度の礼儀しか身に付けていないユイとは比べるべくもない。
そんな思いが頭をよぎり、やはり自分ではフィリエルに相応しくないと、胸が痛んだ。
「今日父から連絡がございまして、正式に婚約の件は白紙に戻すと陛下より連絡があったと…………。
出来れば殿下ご本人から理由をお聞かせ願えないかと思いまして。
私は何かお気に障る事を致してしまいましたでしょうか?」
このシャーロットの話を聞く限り、何も知らされず会っていたフィリエルと違い、シャーロットの方は婚約者の候補としてのお見合いだと理解して会っていたようだ。
ベルナルトは、結婚に関して出来うる限りフィリエルの意志を尊重すると公言していたので、もしかしたら、シャーロットはフィリエル自身に選ばれて呼ばれたと勘違いしていた可能性もある。
それ故に断られた理由が分からず行動に移したのだろう。
ならば尚更はっきりと断っておく必要がある。
「いいえ、そのような事は何一つありませんでしたよ。
貴女は何も悪くはない。ただ、私には既に心に決めた人がいます。
その事を父と叔父は知らず、婚約者候補を選んでしまい、貴女にはご迷惑を掛けてしまいました」
暗に、自分が決めたのではなく、知らずに会っていたという意味を込めて。
シャーロットも意味を理解し、表情を曇らせる。
「決めた方が………。
そうですか………それはもしかしてフェイバス公爵家のご令嬢ですか?」
「いいえ、エリザは兄妹のようなものですから」
「そうなのですか?てっきり………」
僅かに沈黙が落ちた後、シャーロットは意を決したように口を開く。
「………あの、どのような方なのですか?
殿下が選ばれた方なのですから、きっと素晴らしい方だと思いますが」
「そうですね、彼女は貴女が想像しているような令嬢とは少し違うと思います。
ですが、とても優しくて可愛いらしい子ですよ。
私の心の支えです」
茂みに身を潜めながらフィリエルの言葉を聞いているユイは、顔に熱を帯びてくるのが分かる。
のろけるフィリエルに、シャーロットは呆れと諦めを含んだような表情を浮かべる。
「その方を愛してらっしゃいますのね」
「ええ、何よりも愛しています」
恥ずかしげもなく即答するフィリエル。
聞いているユイの方が恥ずかしさを感じ、両頬に手を当て俯く。
「そうですか………。
誤魔化さずお答え頂き、ありがとうございます。
お話はそれだけですので、これで失礼させていただきます」
「部屋までお送りしましょう」
その場を去ろうとするシャーロットに付いて行こうとしたが、シャーロットは首を横に振る。
「いいえ、一人で帰れますので、結構ですわ」
王族に対して無礼と言える素っ気ない態度だが、フィリエルは咎める事は無くシャーロットを無言で見送る。
足音が去って行くのを感じ、ユイは出て行くべきか迷っていると。
「そんな所で盗み聞きか、ユイ?」
「うひゃあっ!」
突然フィリエルに声を掛けられ、心臓がびくっと跳ねる。
顔を上げると茂みの向こうから此方をのぞき込むフィリエルの姿があった。
「気付いてたの……?」
「途中からな。
ユイは、そこで何してるんだ、部屋に立て籠もるんじゃなかったのか?」
ユイはフィリエルに手を引かれ、茂みから出る。
「総帥が部屋の鍵を入手して私の部屋に向かってるから逃げろって兄様から連絡があったの。
それで逃げてる途中で足音がして、隠れたら総帥じゃなくてエル達が来て………。
だから盗み聞きしようと思ってしたわけじゃないよ」
決して故意ではないと、必死で弁解する。
まあ、話に興味が無かったとは言わないが……。
「ああ、分かった。分かったから、落ち着け」
信じてくれたと安堵したのも束の間、どこか意地の悪さを含んだ笑みに気付き、反射的に後ろに一歩下がるが、素早く腰に腕を回され体が引き寄せられる。
「それで、どう思った?」
「へ?……どうって?」
「聞いてたんだろ、さっきまでの話を。
俺が誰の事を思って言ってたのかは分かってるよな」
さっきの話とは、惚気とも言えるフィリエルの言葉の事。
それだけでもユイが動揺するには十分だと言うのに、唇が触れそうなほど耳の側に寄せ、まるで睦言を話すかのように色気たっぷりに囁かれ、ユイはいっぱいいっぱいだ。
「えっ………いや、あれはあの………そのっ!」
過去に無いほど狼狽えて、自分でも何を言ってるのか分からない。
その時、吹き出すような声が聞こえ、少し冷静になりフィリエルを見ると、口に手を当て肩を震わせていた。
からかわれていた。
そう気付いた瞬間、ユイの目が険しくなる。
「エ~ル~」
「くくっ、悪い悪い」
ユイが茂みに隠れていると気付いたフィリエルは、ユイの反応を見る為にわざとユイ自身に言うような言い回しをした。
勿論、そこに偽り一切無く、フィリエルが真実思っている事だが。
フィリエルは断固否定するだろうが、こういう所を見るとやっぱりテオドールの血縁者だと実感する。
「今度お詫びにお菓子買うから機嫌を直してくれ」
「………私、お菓子で釣られるような子供じゃない」
僅かな沈黙は、少し心が揺れたからなんて事は無い………。
「お菓子は良いから、あの人が言ってた婚約の事聞かせて」
「気になるか?」とフィリエルは、ユイが嫉妬してくれたか聞きたい所だが、むくれているユイの機嫌をこれ以上損なうのは賢い選択ではないだろう。
「少し前にな、侯爵と令嬢が来ていて、兄上が俺に令嬢の相手をするように言われたんだ。
後から、それが俺の婚約者を決める顔合わせだと知らされてな。
何でも、父親と叔父上が俺に婚約者を、と言って内緒で計画したらしい。
でも、ちゃんと断って、父上から侯爵の方に正式に断りを言ってある」
ユイに僅かでも疑惑を残さないように一気に説明する。
特に、自身の意志では無かった事を強調して。
「俺はユイ以外と結婚するつもりはないからな」
もう何度となく告げた思いを口にすると、いつもは顔を赤らめたり慌てていたりする、ユイの表情が陰る。
何か説明におかしな所でもあっただろかとフィリエルは疑問を抱きながらユイを窺う。
「どうした?」
「………ねえ、どうして私なの?」
「どういう意味だ」
「……だって、私はお世辞にもお嬢様らしいとは言えないし、人と接するときに笑顔でいるような愛想もないもの。
けど、彼女なら王族のお妃様でも、そつなくこなせると思う。
彼女じゃなくても、エルならお似合いの人が沢山いる………わざわざ面倒な私なんかよりも………」
話している内に、更にその気持ちが強まる。
自分はフィリエルに求められるほどの人間ではないのにと、じわじわ膨れ上がる暗い感情とは逆に、言葉に力が無くなっていく。
「今日は珍しく卑屈だな」
「…………」
マイペースで自分と誰かを比べる事の少ないユイが、自身を卑しめる言い方をするのは珍しかった。
でもそれは少し前に、ユイをリーフェと蔑む父親の話をしていたからかもしれない。
誰かを妬むと言うよりは落ち込んでいるように見えるユイの頭を、フィリエルは慰めるようにポンポンと軽く叩く。
「確かにユイは面倒くさいな。
凶悪な保護者に、過保護な兄。
分かり易いぐらい愛情表現してきたのに気付かないし、気付いたと思ったら父親と会いたくないから無理だと言われる」
もっと美しい者も王家の利益となる者も、王族であるフィリエルならば選びたい放題であろう。
わざわざ、妃になりたくないと言っている相手に必死にならずとも、妃になりたい王族に相応しい者なら他にいる。
だとしても……………。
「………それでも、どれだけ面倒くさかろうが、俺はユイ以外考えられない。
ユイだけなんだ」
そう、他の誰かでは駄目なのだ。
例え他に王族に相応しい者がいたとしても、王族としてではなくフィリエル自身が必要としているのはユイだけ、他の誰かは必要ない。
真剣な深い緑の瞳がユイを射抜き、息を呑む。
「それにな、ユイの何処が侯爵令嬢に劣ると言うんだ。
才能も実力も努力も、誰よりも持っているだろ。
そもそも、ユイが王族の妃に相応しく無ければ父上が反対している。
けれど、父上は反対どころか応援してくれているんだから、ユイが自分なんかと卑下する必要なんてない」
悲しげに揺れるユイの瞳に、僅かに強さが戻るのを感じて、フィリエルは頬に手を添える。
「後、気付いていないと思うが、ユイは表情が豊かだと俺は思うけどな」
ユイはきょとんと目を丸める。
愛想がないとか表情が乏しいとは言われるが、表情が豊かなどとは初めて言われた。
「どこが?」
思わずユイから疑いの籠もった言葉が口から飛び出す。
「最初にユイと会った時、自分がどれだけ大泣きしたか覚えてないのか?
さっきは俺にからかわれて怒ってただろ。
それに俺と居る時はいつも笑ってるのに、愛想がないなんて思った事はないよ」
「私そんなに表情に出してる?」
全くユイには実感がない。
「ああ、笑って泣いて怒って、表情がくるくる変わってる」
表情が乏しいユイがそれだけ感情を表に出すのは、ただ親しいからではなく、フィリエルだから。
誰よりもユイに心を許されているとフィリエル自身も分かっているから、一度や二度断られたぐらいで簡単に諦められないのだ。
「だから気にしなくて良い」
例え本当に人形のように表情が無かったとしても、それがユイであるならフィリエルに取っては些末な事だ。
「でも、それはエルの前ではって事でしょ?
お妃様になったら人前でも愛想良く出来ないと務まらないよ、どうするの?」
その言葉を聞き、フィリエルはくすくすと笑い出し、ユイは訝しげな顔をする。
「なに?」
「いや、結婚なんてしないと言いつつ、俺と結婚した後の心配をするんだなと思ってな」
ユイも指摘されてその事に気付いた。
なんの違和感もなく、自然とフィリエルが隣にいる将来の事を考えていた自分に気付き大いに慌てた。
「いっ、今のはちょっと言葉を間違えただけで………!」
「ユイがその気になってくれているみたいで良かった、良かった」
「エル!違うから!」
ユイが懸命に否定するが、嬉しそうに笑いながら「分かった分かった」と言うフィリエル。
とても分かっているとは思えない様子に、更にユイが弁明するが、ニコニコと笑うだけだった。
***
中庭の片隅でじゃれ合うユイとフィリエル。
その二人を二階から見つめる四対の目があった。
「全然来ねえと思ったらあんな所にいやがったのか」
「邪魔なんて無粋なまねをしたら、馬が蹴る前に私が葬って差し上げますよ」
酒臭い総帥に眉を寄せ、これ以上振り回されたくない枢機卿がぴしゃりとたしなめる。
「流石の俺でもそれぐらいの空気は読める!」
「ほお、初耳です。
出来ればもっと早く空気を読んで、ここで大人しくしていただきたかったものです」
酔っぱらいにつき合わされ、ユイの部屋まで行ったものの、結局部屋はもぬけの殻で、再び会場まで戻らされた枢機卿の嫌みが炸裂した。
総帥も少しは悪いと思っているのか、ばつが悪そうにふいっと顔を逸らす。
そんな二人のやり取りを見て、ベルナルトとガイウスは巻き込まれないよう苦笑を浮かべるに留める。
ベルナルトは楽しそうに何かを話している息子を感慨深く見ていた。
いつも年齢より大人びた態度のフィリエル。
王族故厳しくしつけられたせいもあるだろうが、父である自分の前でも、僅かな緊張感を持ちつつ、ある程度の距離感を保っていた。
それは魔力の強いフィリエルが魔力を不安定にさせない為には仕方が無い事なのだろう。
ちゃんと父として慕ってもらえているのは分かっている。
しかし、寂しさはどうしようもなく感じてしまうのだ。
それが、初めてとも言える年相応の笑顔を見せている。
魔力で相手を傷付ける心配がないからこそ、ユイの前では自然体で気を抜いて話す事が出来るのだろう。
「(フィリエルの為にも、彼女にはぜひ伴侶となってもらいたいものだ)」
それには、レイスをどうにかしなければならないのは勿論だが、ユイの才能に近付いてくる者達もどうにかしなければならない。
ベルナルトは目の前の二人に視線を戻し、ふと疑問が浮かんだ。
「総帥、枢機卿。一つ聞いても良いか?」
言い争いを続けていた二人はぴたりと口を止め、ベルナルトを見る。
「なんでしょうか」
「二人はユイを勧誘したいようだが、随分甘い対応をしているのは何故だ。
二人の権力ならば、方法はいくらでもあるだろう」
ユイの勧誘に関して良識のある大人として、ユイからは『面倒だけど誠意のあるおじさん』ぐらいに認識されているようだが、この二人がそれだけの人間で無い事は王であるベルナルト自身が一番良く分かっている。
本当に組織に必要だと思うならば、この二人は躊躇いも無く実行に移すだけの冷酷さを持ち合わせている。
そうでなければ教会やギルドといった大きな組織を纏められるはずがない。
例えレイスが後ろにいるからといっても、レイスに分からないように、ユイが嫌だと言えないように仕向ける方法など幾らでもある。
だが、彼等はそうしない。
「おや、陛下はご存知なかったのですか?」
「どういう事だ」
「最初に彼女を勧誘しようと家に行ったその日に、先王陛下より文が届きましてね。
彼女の意に反する場合はそれ相応の対応をすると」
「父上から!?」
「俺の所にも来ましたよ。
どうして庶民の娘に先王陛下が出て来るのか最初は不思議に思いましたけど………」
王に対する似合わない敬語を使いそう言って、総帥は中庭に目を向ける。
他も揃って視線を向け、中庭にいるユイとフィリエルを見て意味を理解する。
「そういう事か」
疑問が解けすっきりした総帥と枢機卿とは違い、ベルナルトの心中は穏やかではない。
「ぐぬぬぬ、父上めぇ」
自分だけ除け者にされたような腹立たしさが湧き上がる。
しかし、枢機卿の次の言葉でそれも霧散する。
「まあ私の所は、元々教皇様より、彼女の意志を優先し無理強いはするなと厳命されておりましたので、先王陛下の心配は無用でしたが」
「教皇だと!?
教皇まで一枚咬んでいるのか」
「ええ、むしろ彼女を見い出したのがあの方ですから」
教皇まで出て来るとは、予想外過ぎて、頭痛を通り越して気を失いたい。
「教皇か………。
嬢ちゃんの周りは大物ばかりいるな、あの人だって………」
「あの人?」
総帥から口に出た不穏な気配を感じる言葉にベルナルトが過剰に反応する。
これ以上面倒事を増やしてくれるなと目が語っている。
「ええ……先王陛下より厄介な人です。
最初は強引に事を運ぼうとしたが、その人にしっかり牽制されましてね。
この俺が、恐怖を感じて動けなくなるなんて初めての経験だ」
百戦錬磨の総帥を畏怖させる人物。
王としても聞き逃せるものではない。
「誰なのだそれは」
総帥はそれに答えず、ガイウスへと視線を向ける。
すると、ガイウスには心当たりがあるようで、驚愕し目を見開く。
「………まさか!」
ガイウスは誰とは口に出していないが、それが正しいと言うように総帥は頷く。
話の通じている総帥とガイウスとは違い、ベルナルトと枢機卿は話に付いて行けない。
「ガイウスの知っている者なのか?」
「は……はい、あの方は………」
話し始めようとしたガイウスの言葉を総帥は遮った。
「待て、一度先王陛下に確認を取ってからの方が良い。
あの人は知られたくないかもしれないのに、勝手な事をしたら後が怖いぞ」
ガイウスは途端にに口篭もる。
その表情は心なしか青ざめているように見える。
ガイウスの表情と普段の総帥からは考えられない弱気な態度に、それほどまでに危険な者なのかと、ベルナルトは不安になる。
「申し訳ございません、陛下。
一度テオドール陛下に確認してからでも宜しいですか?」
「それは構わんが、危険な人物なのか?
その口振りからすると父上とも知り合いのようだが………」
「いえ、危険な方ではありませんよ、むしろ普段は温厚な方です。
ただ………忘れたかった古傷を思い出しまして………。」
顔色を悪くするガイウスを気の毒そうに見る総帥。
理由は分からなかったが、突っ込んではいけないと総帥の目が言っていたので、そっとしておいた。
ベルナルトがガイウス達の言う、『あの人』に合うのは少し先になる。




