ユイの父
それから小一時間レイスがいかにユイの事を本当の娘のように思っているのか聞かされるはめになった。
血の繋がらない自分を可愛がってくれているのはとても嬉しいことなのだが、段々げんなりとしてきた。
すると、それまでにこやかに話していたシェリナが突然真剣に話始める。
「だからね、そろそろ一緒に此処で暮らす気はない?
レイスもそれを望んでいるし。
それともレイスを新しい父親として受け入れられない?」
「そんな事ない……別にパパが嫌とかじゃないよ。
でも今のままの生活でも十分満足だし、それに……ここはあの家とも近いから」
ユイは気まずそうに視線を逸らして答えると、シェリナは途端に悲しそうに顔を歪めた。
「……ごめんなさい」
「ママ?」
「あの時私がもっとしっかりしていれば、ユイにあんな思いさせずに済んだのに……」
「あれはママのせいじゃないでしょ。
ママだって脅されてたわけだし、そもそもあの人が他人の話を聞き入れるはずないもの」
「確かにそうかもしれないけれど……」
シェリナの目には今にも涙が零れそうなほど潤んでいる。
二人が話すあの人とはユイの本当の父親の事である。
ユイの父親は強い軍人を多く輩出してきた歴史も長い伯爵の家だった。
それ故に魔力の強さに重きを置いており、強い者が偉いと思い弱いものを見下す傲慢で貴族意識の強い者だった。
シェリナがユイの父親、アーサーに会ったのは学生時代の時だった。
当時、ユイと同じラストール魔法学園に通い、学園内でも美人だと人気があったシェリナを二つ上の学年だったアーサーが気に入り交際を申し込んできた。
あまりに傲慢な態度で以前から良い印象を持っていなかったシェリナは最初から嫌だと断っていたが、何度もしつこく言い寄ってきていい加減嫌気がさし、最後はかなりきつめに拒絶した。
それからは言い寄って来ることもなく諦めたのかと思っていたのだ。
しかし卒業後、突然アーサーがやって来て事もあろうに自分と結婚をしろと言ってきたのだ。
当然受け入れる事などあるはずもなかったのだが、しなければシェリナの両親の店がどうなっても良いのかと脅してきた。
両親は店など手放しても良いと言ってくれたが、今度は両親本人に危害を与えられるのではと思った。
嫌だったが貴族相手に反抗する力も方法も思い浮かばず、仕方なく結婚をすることとなった。
その後、二人の間には双子の男の子が生まれ二人とも強い魔力を持っていた為父親も上機嫌であった。
しかし、次に生まれたユイは四属性の魔法を使えないリーフェ。
実力を重んじる家の者である彼にとって、役立たずなリーフェであるユイの存在は許せるものではなかったのだろう。
父親はユイの顔を見れば怒鳴り、罵声を浴びせユイが泣き出せばうるさいと手を出す事もあった。
使用人達も主の不興を買いたくなく無視を決め込んだ。
それ故にユイは父親の気に障らぬよう泣いたり笑ったりといった感情を段々と表に出さないようにしていったのだ。
シェリナは何度も身を挺して止めに入ったが聞く耳を持たず、その上リーフェが生まれたのはシェリナのせいだと罵り、離婚するまでユイへの態度を変える事はなかった。
ユイはシェリナが悪いと思った事はない。
脅しにより結婚させられたにも関わらず、嫌悪してもおかしくない嫌な相手との自分にも精一杯の愛情を持って育て、味方の居ない屋敷の中でも身を挺して庇ってくれていたのだから。
辛かった時の思いが頭を過るが、ユイは精一杯シェリナを元気付けようと明るく話す。
「確かに辛い事は沢山あったけど、ママも兄様達も助けてくれたし良かったって思う事も沢山あるよ」
ユイは一番の心の支えとなった人を思い浮かべた。
「(そう、彼とも出逢う事が出来た)」
この言葉は口に出さず心の中に閉まった。
「だからママが悪いことなんて全然ないから。
ほら!もうすぐパパが帰ってくるからお出迎えしなきゃ」
「……ええ、そうね。泣いてたら心配かけちゃうわね」
シェリナは溢れ出た涙を拭い笑った。