お菓子の誘惑1
抵抗虚しくバーグに連れて来られたユイ。
「お前達、カーティスを見張っておくんだ。絶対に逃がすんじゃないぞ!」
バーグはフィニー達に念を押して去って行った。
しかし、こんな事でへこたれるユイではなく、バーグの姿が見えなくなるとこっそりと抜け出そうとした。
だが、バーグの言葉を忠実に守ったイヴォに掴まり、呆気なく阻まれた。
「………イヴォ離して」
「離したらどっかに行くだろうが!」
「当然」
何が悪いと言いたげなユイの眼差し。
「良いよって言ってあげたいけど、さすがに今日は駄目。
試合があるからユイちゃんに抜けられると困るんだよね」
いつもはユイに甘いライルだが、今日ばかりはユイを逃がすわけにはいかなかった。
何せ今日は模擬試合が行われる。
ユイが居なくなれば数的に不利になり、何より自分達の中で一番強いユイが抜けるのは痛手だからだ。
「私がいなくてもイヴォがいるし大丈夫でしょ?」
「確かに同学年じゃダントツだけど、今日は上級生とも試合があるからね。
さすがにイヴォ君でも、経験の差は急にはどうにもならないから」
「諦めて参加しろ」
そう言われようがユイは全くやる気の無いようで逃げる機会を窺っている。
今にも逃げ出しかねないユイに、フィニーが動いた。
「じゃあ、見学者が来ている間参加したら、良いものあげるよ」
「良いもの?」
不思議そうにするユイの前に手に乗るほどの小さい小袋を見せる。。
中には包み紙にくるまれた一口大の大きさのものがいくつか入っていた。
「王都の有名店の一日十個の限定チョコだよ。欲しい?」
「欲しい!」
中身を知った瞬間、ユイの目が輝いた。
それは美味しいと評判のチョコ専門店で、希少な素材を使っている為、週に一度一日十個だけしか販売されない幻のチョコ。
ユイも一度並んだ事があるが、チョコを手に入れた人達は売り切れ直後の一週間前から並んでいると知って断念したのだ。
フィニーが一週間並んだのか気になる所ではあるが、今はそれどころではない。
「じゃあ、見学者がいる間は参加してくれる?」
「うん、する!」
即答するユイに、今までのやり取りは何だったのかと、ライルとイヴォは呆れて溜め息をつく。
その一方で、ユイがフィニーから受け取っているご褒美に目が釘付けのクロイスはぽつりと呟いた。
「俺も出たくないと駄々を捏ねてみるか」
「クロ君が駄々捏ねても可愛くないから」
「ユイ、それ一つクロにやれ。でないとこいつまで脱走しそうだ」
「うん」
ユイはチョコを取り出し、クロイス以外の者にも順に渡していく。
「俺達も貰って良いの?」
「うん」
そうして行き渡ったチョコを頬張る。
チョコは甘すぎず滑らかな口どけで直ぐに口の中で溶けてしまう。
絶品の一言に尽きる品だ。
「旨っ!」
「もう無いのかフィニー」
「残念、それで最後だよ。欲しかったら次は自分で並んでよ」
チョコの余韻にうっとりと浸っていたユイだが、刺さるような視線を感じてちらりと周りを窺う。
すると、周囲にいる何人もの生徒がユイに鋭い眼差しを向けていた。
その眼に浮かんでいるのは軽蔑や嫌悪といった敵意すら感じる感情。
それはユイがリーフェだから向けているわけではない。
彼等にとって合宿に参加するというのは、名誉ある事なのだ。
誰もが必死になって真剣に取り組んでいる。
そんな中でのこれまでのユイの行動と言えば、サボる……逃げる……サボる。
合宿にリーフェが選ばれただけでも気に食わないと言う者は少なからず居たが、今はそれに加え合宿を軽んじるユイの行動に対して非難する者達が多くいた。
将来をかけ真剣にしている側で遊んでいる者がいれば軽蔑を向けても仕方のない事だろう。
これに関しては授業に参加しないユイの自業自得なので、イヴォ達も彼等を牽制するような真似はしない。
ユイにしてみても、自分の行動が彼等からどう見られるか分かっていたし、こういった視線は昔から慣れたものなので、鬱陶しいと思いこそすれ、さほど気にはならなかった。
それよりも、ユイには切実な問題があった。
「ねえ、フィニー。今日の見学者の中にギルドの総帥と教会の枢機卿来てる?」
「うん来てるよ。ついでに、軍の人事統括してるキーレン元帥もね」
最早何故そんな事知っている、などと聞く者はいない。
フィニーだから。
それで全て納得だ。
「目的はユイが一番良く分かってるんじゃない?」
フィニーの言う通り嫌というほど分かっているユイの顔は自然と険しくなる。
あれは去年の中等大会直後。
見るからに地位の高そうな人物が家にやって来た。
それは大元帥に次ぐ地位を持ち、人事を統括しているキーレン元帥という、とんでもない人物だった。
目的はユイの軍への勧誘。
大会では一切戦っていないというのに何故勧誘に来るのか不思議に思ったが、どうやら大会前の各学校で行われた予選を見に来ていたらしい。
本来の目的は天才と言われていたイヴォを見に来ていたのだが、その時に対戦相手を次々瞬殺。
その後にイヴォの提案で遊び半分で行った模擬戦で、目的の天才児を軽く倒したユイを目にし、ぜひ軍に入って欲しいと思い勧誘に来たのだとか。
実力を認めてもらったのは素直に嬉しい。
しかし、ユイは軍に入る気は全く無かったのでその場で断ったのだが、キーレンは納得せず何度となく顔を見せるようになった。
しかもそれだけでは終わらず、キーレンと同様の理由でギルドの総帥、教会の枢機卿までもが参戦。
断っても断っても諦めない三者に困り果て、宰相という高い地位にある、当時まだ結婚前で母の婚約者だったレイスに助言を求めたのだ。
助言を貰うだけのつもりだったが、話を聞いたレイスは、さすが宰相様とユイが今までのレイスの認識を改めるほど言葉巧みに彼等を追い返し、それからは彼等がユイの前に姿を見せる事は無かったのだが………。
おそらくレイスの居ない内にとでも思って来たのだろう。
だがしかし、レイスの方が何枚も上手だ。
ユイはレイスから預かった御守りがポケットに入っている事を確認する。
確かに入っているのを確かめ、これがあれば大丈夫だと安堵すると同時に、レイスの抜かりの無さに感謝する。
「(お礼にパパに何かお土産多めに買って帰ろう)」
「軍にギルドに教会かぁ。凄い顔ぶれだよね、ユイちゃんはどれかに行く気はないの?」
「全く。私はパン屋継ぐから」
「もったいない。まあユイちゃんらしいけどね。
周りに流されず我が道を行くって感じで」
「空気が読めない、天然、マイペースとも言うがな」
そのイヴォの言葉にユイは憤慨する。
「失礼な、空気ぐらいは読めるよ、読めても気にしないだけで」
「そっちの方がたちが悪いだろ」
そんな風に雑談をして暫くすると、生徒が集まっている広間に教師達が入って来た。
その中で、バーグは入って来た瞬間からユイの姿を目に留め、その鋭い視線は、逃げるんじゃねぇぞと目が語っていた。
教師達の登場に、生徒達は自然と前に並び始める。
その顔には緊張とやる気が入り混じった表情を浮かべている。
三年生以下の生徒は次があるからか、まだ余裕が見られるが、四年生は来年には進路先を決めなければならない為、他の生徒とは緊張の度合いと意気込みが違っていた。
毎回合宿に参加している五年生は、教師の手伝いや、教師だけでは手の回らない大勢いる下級生のまとめ役が主な役目で、卒業後の進路が既に決まっている者達なのだ。
つまり四年生が大勢の前で自らの力を示し勧誘を受ける機会は今回が最後と言える。
生徒達が整列し終わると、今回のメインイベントとなる見学者の前での模擬戦の説明が行われた。
「これより競技場に移動してグループごとに模擬戦が行われる。
試合は午前には一グループずつこちらが用意した対象と戦い、午後は全てのグループを半分に分けそれぞれで戦ってもらう。
一人でも最後まで勝ち残った者がいたグループが勝ちだ」
「勝ち残った二グループには、取っておきのご褒美があるので頑張って下さい」
ご褒美という言葉に、それまで静かに聞いていた生徒達が浮き足立つ。
ご褒美の内容についてひそひそと話し合う声が聞こえてくる。
「静かに!まだ話は終わっていない!
模擬戦は実践を踏まえた危険なものだ。
優秀な治療師を用意しているし、戦闘中もし危険と判断したら直ぐに中断させてもらうが、各自気を引き締めて出来るだけ怪我のないように取り組んでくれ」
「最後に、見学者の中には高位の方々が沢山いらっしゃっている。
決して粗相のないよう、礼儀にも気を付けるように」
そうして教師の説明が一通り終わると、模擬戦を行う競技場へと移動を始めた。
誰もが表情を引き締める中、ユイだけは面倒臭そうに、しかしチョコを貰った為諦めて集団と共に移動する。
競技場に整列すると、王族席、続いてその他の見学席に向かい全ての教師生徒が揃って礼を取る。
「大怪我の無いよう精一杯実力を示してくれ。皆の活躍を楽しみにしている」
王のその言葉を聞き終えると、決められていた最初のグループだけを残し、その他の生徒は競技場を囲うように設置されている客席へ移動する。
客席と生徒が戦う競技場の中心とは大人二人分ほどの高さの違いがあり、その境には安全の為の強力な防御魔法が張られている。
全員の移動が終わると出入り口が閉まり、最初に戦う生徒達に緊張が走る。
「では、模擬戦を始める!制限時間は15分だ」
教師の開始の合図の後、出入り口とは別の扉が開き、そこから狼に似た四つ足の魔獣が二匹現れた。
模擬戦の為に学園側が用意した対象が何かはその時まで分からない。
そのグループにいる生徒の試験結果や過去の実績などを考慮し、魔獣の種類や数が決定され、訓練所の周りの魔の森から生け捕りにしている。
魔獣が相手という事に、一年生を含めた参加が初めての者は驚いているかと思いきや、上級者から過去の合宿での話しを聞いていた為、目立った混乱は見られない。
しかし、魔獣はめったに街中に現れる事はなく、合宿参加が初めての者は魔獣を見るのも初めての生徒がほとんどで、実際に間近で見る魔獣の迫力に恐怖を感じている者は多くいた。
最初に戦うのは、ダインの三年生五人の男女混合のグループ。
最初こそ緊張で動きが悪く連携も上手く取れずに一人が腕を負傷したが、直ぐに立て直して何とか魔獣を倒す事に成功した。
その後も順番に生徒達が競技場内に下りて魔獣と戦い、負傷する者は後を絶たなかったが皆軽傷で、あらかじめ設定された15分以内に、決められた数の魔獣を倒せていたのは、さすが合宿参加を勝ち取った実力者達といったところだろう。
その中で最も魔獣の数が多かったのは、セシル、カルロ、フィリエル、ルカ、ジークのグループの二十匹だったが、それでも彼等の実力では少なかったようで、他の三人が手を出す間もなくセシルとルカの二人で倒し、今日一番の歓声を浴びていた。
上級生の試合が全て終わると、最後に一年生の番が回ってきた。
上級生の試合を何度も見てはグループ内で作戦を練って準備していた一年生達だが、いざ自分の番が近付いてくると緊張と恐怖が入り混じり、顔を青ざめている者は少なくない。
しかし、その中で一年生最初に戦うユイ達は恐怖や緊張など露ほども見せず場内に入る。
ユイ達の準備が終わり魔獣が姿を表し、入って来た魔獣は全部で十匹。
その数に場内は騒然となり、大きなざわめきが起きる。
上級生でも基本五匹から十匹の間で、最も少ない所では二匹だったのだ。
それが実践経験の無い初参加の一年に十匹の魔獣が用意されたのだから、驚くのも無理はない。
「うわっ、初心者にこれは多すぎぃ。絶対に天才イヴォ君のせいだよ」
「イヴォ責任を取れ」
「喧しい!お前らも人の事言えないだろうが!」
「僕から言わせれば、三人共一緒だからだと思うけどね。
関係無い僕達Hクラスの下っ端からしたら、凄い迷惑だと思わない?ねえ、ユイ…………」
Hクラスという事で恐らく自分達は原因ではないだろうと考えたフィニーがユイに同意を求めようとユイを振り返るが、ユイは魔獣との戦闘中にも関わらず、壁にもたれるように座り込み、自分の周りにだけ防御魔法を張って本を開いていた。
フィニーはどこか予想していた所があり苦笑するだけだが、イヴォはくつろぐユイを見て激しく怒鳴り散らす。
「ユイー!!何やってるんだお前はー!」
「これを見れば誰にも負けない!一度は食べてみるべし!バーハルの人気お菓子完全制覇攻略本、を読んでるの」
「またその本か!
捨ててしまえ、燃やして塵にしろ!そんなふざけた本!」
「………イヴォ、前」
「はっ?……うわぁっ」
激怒しているイヴォを前に冷静にユイはイヴォの後ろを指差す。
それにつられ後ろを振り向くと、ちょうど魔獣がイヴォの背後に迫り襲いかかろうとしていた所で、イヴォは怒りもどこかに吹っ飛ぶほど驚いた。
しかし、そんな予期せぬ状態だとしても、回避しながら逆に攻撃を当て一匹を撃破してしまうのだから、天才の名も周りの過大評価ではないと言えるだろう。
天才として有名なイヴォに、Aクラスの実力上位者のライルとクロイスが揃ってはいても流石に数が多い。
その上全員王都生まれ王都育ちの都会っ子とあって、魔獣と戦うどころか見た事も初めてだったイヴォ達は経験が圧倒的に足りなく、ユイに意識を向ける事が出来ないほど苦戦していた。
幸いなのは、ユイが全員に防御魔法を張ったおかげで怪我を負う事はなく、魔獣相手に恐怖は浮かんではいなかった為、怯えて体が強張るようか事態にはならなかった事だろう。
そして、その防御魔法を張り少しだけ戦いに参加して、バーグに怒られた時の言い訳にしようと考えていたユイは、依然壁にもたれ数日後の自由時間に行く菓子店を物色していた。
そんなじっとしているユイに狙いを定めた魔獣が二匹突撃してきたが、防御魔法に阻まれ傷一つ負う事なくユイは読書を続行。
その間も魔獣がユイを襲おうと防御魔法を引っ掻いたり体当たりしたりと、普通ならば恐怖を感じる状況が目と鼻の先で繰り広げられていたが、ユイは我関せずと本を読み続ける。
イヴォ達は予想以上の苦戦に十分以上経過していたが、倒した魔獣はまだ半分、制限時間内に倒すのは時間的に不可能だと思われる。
「ユイちゃんその本ちょっとだけ置いて手伝ってぇぇ」
「やだ」
「即答ー!フィニー君、もう限定チョコは無いの!?」
「うーん、用意してたのはあれだけなんだよね。
参加だけじゃなく、戦うのも条件に入れてれば良かったなぁ」
そんなやり取りをしている時、教師達の席ではバーグがふるふると怒りに震えていた。
「カーティス!真面目にしないかぁ!!」
バーグの怒号が会場内に響いたが、ユイは聞こえないふりでスルーした。
………が、次のダイン学園の教師の言葉は聞き逃せなかった。
「そこでバーハルの菓子店を物色しているカーティス。
因みに制限時間内に魔獣を全て倒せなかったグループの自由時間は………無しだ!!」
無しだ………。
無しだ………。
その言葉がユイの頭の中を駆け巡りこだまする。意味を理解するのに暫く掛かった。
「げっ、まじ?」
「なんだとぉ!?」
既に上級生のお姉様方と約束を取り付け遊ぶ気満々だったライルと、ユイ同様バーハルでお菓子を買い漁るつもりでいたクロイスが激しく反応した。
他にも自由時間を楽しみにしていた生徒は多く、戦いを控えている一年生に衝撃が走る。
すでに戦いが終わり、全員制限時間内に倒せていた上級生は余裕だが、「楽しみにしていたのにー」「終わった……」「この日の為にお小遣い前借りしたのに!」などといった悲痛な叫びが一年生達から上がっている。
そうして騒いでいる間にも刻々と時間は過ぎ去り、とうとう「残り三十秒!」と制限時間が迫っていた。
すると、それまで座り込んでいたユイが立ち上がり、それを見たフィニーが戦っている三人に向け声を掛ける。
「おーい、やっとユイがやる気になったみたいだよ」
その声に反応して三人もユイに視線を向けると、ユイが防御魔法を壊そうとしていた魔獣を魔力で吹き飛ばしているところだった。
「やばっ、イヴォ君、クロ君、逃げないと巻き添え食らうよ!」
イヴォとクロイスに忠告を促しながら、ライルは魔獣の隙を付いて距離を取ると、イヴォとクロイスもまた同様に魔獣から急いで離れる。
「イヴォ、何でも良いから風魔法放って」
「ああ……分かった」
ユイが吹き飛ばした魔獣は壁に叩きつけられはしたが、直ぐに起き上がり低く唸り声をあげながら襲う隙を狙っている。
ユイは魔獣を見据えながらイヴォに指示を出す。
リーフェには火・水・風・地の四属性の魔法を発動出来ないので、これからユイが使おうとしている魔法の為には誰かに補助してもらう必要があった。
ユイに何でもと言われ一瞬どんな風魔法にするか悩んだが、イヴォは威力よりも速さを優先させ、詠唱が短く早く発動出来る風魔法の中で最も威力の弱い魔法を選んだ。
速さを優先させた為、瞬く間に魔法が発動し魔獣に向かって放つと、それに合わせるようにユイも詠唱を終わらせた。
すると、威力が弱いはずの魔法の力が一気に膨れ上がり、風が無数の刃となって五匹いた魔獣に襲いかかる。
雨のように降り注ぐ見えない刃に、五匹の魔獣は一歩も動く事も出来ず、次の瞬間には全て身体を真っ二つに切り裂かれていた。
あまりに呆気ない終わり方に、教師に生徒に見学者達は驚きのあまり声も上がらず、拍子抜けしたように口が開いたままの者もいる。
そんな中、直ぐ側でそれを見ていた四人の男達は制限時間内に終わった事を喜ぶでもなく、表情を引きつらせていた。
「……瞬殺」
「俺達があれだけ苦戦してたのに、あっさりと……」
「俺達の苦労は一体何だったんだ……」
「僕達いらなかったんじゃない?」
普段から天才だの優秀だのと周りからちやほやされている、イヴォ、ライル、クロイスの三人。
そこに驕りがあったわけではなく、努力を決して怠らなかったが、やはり周りの声に自分達は強いと甘えがどこかにあったのかもしれない。
四人いても五匹しか倒せていなかったというのに、ユイは一瞬で残り全ての魔獣を片付けてしまった。
最初からユイは自分達より強いという認識はあったし、ユイ一人の力ではなくイヴォの補助があった。
しかし、遊びのような試合の勝ち負けではなく純粋な実践での実力の差に、プライドはズタズタのぼろ雑巾のように激しく傷ついた。
静かに落ち込むイヴォとライルとクロイスをよそに、ユイは制限時間内に終わった事を素直に喜んでいた。
「フィニー、ちゃんと制限時間内に終わったよね?」
「うん、良かったね。
でもそのせいで、三人ほど再起不能になったかも………」
***
今の試合を観戦していた王族の個室でも、驚きに包まれていた。
「今のは彼女がやったのか………?
だが、リーフェは風の魔法は使えないはすだが………」
説明を求めるようにベルナルトはキーレンに視線を向ける。
「彼女が使ったのは無属性の増幅の魔法です。
リーフェは無属性以外の魔法を発動出来ませんが、一部の無属性魔法を使えば四属性に干渉する事は出来ます。
その前にイヴォ・アルマンが放った風魔法に増幅の魔法を重ねて威力を上げただけの、無属性の中では比較的簡単な魔法です」
「あれほど威力が上がるものなのかい?」
イヴォが使ったのは初級の中の初級、風魔法を学ぶ時に最初に使う本当の初心者用の攻撃力などほとんどない魔法だった。
それが五匹いた魔獣を全て真っ二つに切り裂くほどの威力を持ったのだ。
アレクシスが疑問に思うのも不思議ではない。
「学生であれほど威力を上げられる者はいないでしょう。
無属性魔法は相当な魔力の制御力が必要ですから。
ですが、不可能ではありません。軍の中にもあれぐらいならば出来る者はいますよ。
ただ…………彼女の力はあの程度ではありません、わざわざ他者の力を借りずとも倒せていたはずです」
無属性以外使えないユイに単身でそれが出来るのか疑問でならないが、元帥たるキーレンがそこまで断言するのであれば事実なのだろう。
元々四属性を使えるベルナルト達は必要のない無属性魔法をほとんど学んでいないので、キーレンの言葉を信じるしかないのだ。
「では何故そうしない。己の力を示すには絶好の場所と機会であろう」
「分かりません。どうも彼女は人前で力を使うのを忌避しているようです。
学園でも、彼女の能力ならAクラスに入っていて確実なはずなのですが、筆記実技共に平均以下と、実力を表に出そうとしないのですよ」
キーレンは困ったように小さな溜め息を一つ吐き、話を続ける。
「しかし、中等学校に通っていた時は筆記試験も実技もクラスメートだったイヴォ・アルマンを抑えて一位を取っていたのですが」
「どういう事だ?」
中等学校の時には天才と言われるイヴォより優秀な点を取っていながら、今の魔法学園では平均以下。
それはつまり故意にそうしているのだろうという事はベルナルト達にも予想出来た。
しかし、何故そんな事をする必要があるのか…………。
「分かりません。
だだ、彼女が力を隠すようになり始めたのが中等の大会以降だという事だけ分かっています」
「ではその時に何かあったのか」
「本人に聞いてみましたが、頭の良い子ですから、上手くはぐらかされてしまって。
それが分かれば断固として勧誘を断るその理由も分かるかもしれませんが………」
「ふむ、レイスにそれとなく聞いてみるか」
まともに答えてくれるとは思えないがな、とベルナルトは小さく呟いた。
それでもユイの才能は惜しく、教会やギルドが必死になる理由は良く分かる。
町のパン屋で埋もれていい才能ではない。
王とて、もしレイスが背後にいなければ、王の権力を使って強制的に国に仕えるようにしていたのは確実だった。
ベルナルト達がユイについて話している間も一年生の試合は次々行われており、結果として制限時間内に魔獣を撃破出来たのはユイ達のグループのみだった。
一年生は初めて見る魔獣に足が竦んだり、恐怖のあまり体が思うように動かなかったりと、まともに戦える状況ではなかったグループが多数あり、逃げ出す者もいたり負傷の度合いも上級生と比べて重く、人数も多かった。
中には魔獣と戦う事が初めてではない者もおり、勇敢に戦えていた者もいたが、今回は個人戦ではなくグループ戦。
そうではない他のグループの者が足手まといになったり、倒せても制限時間を超えてしまっていた。
こうして一年生は散々たる結果に終わったが、毎年の一年生も初めての魔獣相手の実践に、似たり寄ったりな結果に終わるようで上級生や見学者に結果を笑う者はほとんど見られない。
上級生は昔を思い出すように、見学者は悔しそうにする一年生達の将来を期待するように、温かい目を向けていた。
最後に、試合が全て終わると、頑張った一年生に向け大きな拍手が送られた。




