天才
合宿始まって以来の授業ボイコットに、ラストールだけでなく他の学園の教師も激怒。
直ぐに呼び出され、何時間もこってり絞られた。
因みにフィリエルは暗黙の了解でお咎めなし。
王族である事と、必要な勉学は幼い頃から付けられている最高の教師により、既に身に付いているからだそうだ。
ずるい!と自分だけ怒られる事に理不尽を感じたユイは、怒られただけで素直に授業に出るはずもなく、教師の言葉は右から左に抜け、毎日教師達の監視の目をかいくぐり逃げ続けた。
だが、この日は方々から国や機関の権力者達が生徒達を見に来る日とあって逃走は許されず、部屋を出た瞬間にあらかじめ部屋の前に陣取っていたバーグに捕獲、強制連行された。
「はーなーしーてー」
「馬鹿もん!今日だけは出てもらうぞ、カーティス!!」
「嫌ー!先生お願いだから。絶対面倒臭い事になるから。
だから今日だけは見逃してぇぇ!」
ユイの懇願は虚しく廊下に響き、ずるずるとバーグに引き摺られていく。
***
王宮内にある千人は入ろうかという広さの広間、真っ白でシミ一つ無い綺麗に磨かれた床には巨大な魔法陣が浮かび上がっている。
その魔法陣の周りでは幾人もの研究者と思しき格好の者達が忙しなく動き回っている。
これから長距離の転移魔法が行われるからだ。
転移魔法とは入口と出口を作りその間を移動する魔法。
出入り口を作るにはその目で場所を確認しなければならず、使用者が認識出来る視界に映る範囲までしか移動出来ない。
しかし、長い年月に渡る研究で作り出した魔法陣をあらかじめ出口に刻み込み、その他幾つかの制限により、長距離の移動が可能となった。
転移門と呼ばれるこの魔法は、何代にも渡った研究者達の技術の結晶であり、何百人もの人や物を移動出来る事から軍事利用の恐れもあると外部には秘され、転移門が使用出来るのは発明した国であるガーラント王国のみ。
そして、使えるのは王と王太子の移動、もしくは緊急時のみとされている。
今回の使用目的は前者で、魔法学園の合宿を見学に行く為、国王ベルナルトと王太子アレクシスがバーハルの訓練所に移動する為の調整が行われていた。
暫くして調整が完了した頃、タイミング良くベルナルトとアレクシス、続いて近衛隊長のガイウスとレイスが姿を見せた。
「行けるか?」
「御意、いつでも移動可能でございます」
現場の責任者が恭しく頭を下げ準備が整った事を告げると、ガイウスが指示を出し、護衛の為一緒に転移する近衛達が魔法陣の上に足を進め配置に付く。
「では、レイス。留守の間頼むぞ」
「かなり不本意ですが、承知しました」
不機嫌なレイスの声にベルナルトはどこかびくびくとした様子で、早くこの場から逃げたそうにしている。
と言うのも、これまでの間に一悶着あったからだ。
三校合同の合宿では、毎回王族の誰かが向かう事になっており、
普段は政務の忙しい王が向かう事は稀で、もっぱらアレクシスがその役目を担っていたのだが、今回は自分も参加したいと突然言ってきたのだ。
ならばアレクシスが残って王の変わりに政務をすれば良いのだが、アレクシスも合宿行きを譲らず、結局二人揃って行く事になった。
しかし、王に王太子が抜けるとあって、その膨大な政務のしわ寄せが全てレイスにのし掛かる結果となるのだから、レイスが不服に思うのも致し方がない。
不服な理由はそれだけではなく、王は偶には息子の勇姿を見てみたいからと参加の理由を言ってはいるが、本当の理由はユイにこっそり会うため。
「……ユイに迷惑を掛けたが最後、私は直ぐに辞職しますからね」
「………分かった」
誤魔化そうとも本当の理由を察しているレイスの冷ややかな視線に、ベルナルトは目を合わせられずそっと視線を逸らした。
この、力関係はどっちが上だと言いたくなる光景は、レイスが宰相となってからは日常の一コマとして、今や誰も疑問に思わなくなっている。
周りにいる近衛達も気の毒そうにベルナルトを見ているだけで助けはない。
不機嫌なレイスの視界に映りたくないというのもあるのだろう。
さすがに近衛の隊長としてレイスと顔を合わせる事の多いガイウスは、そんな事で左右されないが、少し躊躇いがちに割って入る。
「陛下、後は陛下と殿下が移動されれば出発出来ますが………どうされます?」
「直ぐに行くぞ!アレクシスも急げ!」
「は、はい」
逃げるが勝ちとばかりに、レイスから離れ急いで魔法陣に駆け込む。
長距離の転移門の発動にはそれだけ大量の魔力を要する為、十数人の術者が魔法陣を囲むようにして周りに立っている。
全員が魔法陣に入った事を確認すると、術者達が一斉に魔力を込める。
すると、高い天井に届くほどの光の柱が上がり、次の瞬間には魔法陣内にいた数十人が姿を消した。
***
瞬く間に王宮の広間から遠いバーハルの訓練所内の魔法陣の上に転移した一行。
次に、これから生徒達の模擬戦闘を行う、訓練所内にある円形の競技場の観覧席に案内された。
他の見学者と違い、王族には専用の個室が用意され、内装は高級宿と遜色のない仕様になっている。
そして、部屋の一方が全面窓になっている場所からは競技場を見下ろす事が出来る。
その部屋から斜め横の、顔が認識出来る程の位置にある他の見学者達の観覧席では、既に多数の見学者達が来ていた。
王が自分達の方を見ていると気付いた数人は、王に向かい礼を取る。
彼らに片手を上げ応えると、一旦室内に引き下がる。
「アレクシス、随分豪華な面子が揃っているが、毎回こうなのか?」
「豪華な面子?どなたですか」
「ギルドの総帥に教会の枢機卿だ」
名前を聞いたアレクシスは目を丸め、確認する為窓から見学者達の部屋を眺める。
すると、ベルナルトが言ったように確かにその人物達を目視する事が出来た。
「本当ですね、いつもは来ていないのに……。
それに例年より人数も多いな、何か知っているかい?キーレン」
答えを求められたキーレンは軍の人事を統括している人物で、毎年見学に来ている。
キーレンは手元にある資料をぱらぱらと捲り、紙の束の中から数枚抜くと王の前に差し出す。
「見学者が多いのは、恐らくこの生徒達が目的でしょう」
ベルナルトは差し出された三枚の資料にざっと目を通す。
「セシル・オブラインにカルロ・オブライン。
そして、一年のイヴォ・アルマン、この者達か」
「はい、オブライン兄弟は伯爵家の者で、魔力知力体力どれもが優秀、人格的にも優れ、周囲で彼等を悪く言う者はなく、上級生下級生問わず人気があります。
来年五年生になり卒業になりますので、多くの所が獲得に乗り出しているようです。
しかし、本人達は軍に入る事を希望しています」
「確かフィリエルと親しいらしいな」
「はい、殿下を側で支える為に軍に入りたいと申しておりました」
フィリエルやアレクシスの交友関係は逐一王へ報告されている。
背後関係などを調べ、王族の友人として相応しいか決める為だ。
純粋に友人を選べないのは悲しい事だが、王族である以上は危険な人物を側に置かない為、必要な措置なのだ。
因みにユイの情報はベルナルトに行く前にテオドールが握り潰していた。
「優秀な人材がフィリエルに付いてくれるならば嬉しい事だ」
この二人ならば数多くの選択肢が有ったはずだ、けれどその多くの中から彼等はフィリエルを選んだ。
フィリエルを支える者が居てくれるのは父としては嬉しい限りだ。
一度会っておくかとベルナルトは思った。
「最後が、今年初めて参加する一年のイヴォ・アルマン」
「彼の話なら聞いた事があるよ。
なんでも、僅か十歳で高度な魔法を自在に扱い、専門家とも討論出来る程の魔法知識を持ち、魔力も高く、王宮の術師を負かす程の力を持った天才児」
「ほう、そんな者がいるのか。
ならば今から卒業後の予約をしておこうと勧誘に躍起になるだろうな」
「ええ、一応我々の方でも話はしに行くつもりです。
………ですが、ギルド総帥や教会の枢機卿が見学に来られたのは、この三名ではなく、別の生徒と直接交渉するのが目的と思われます。」
「ただの見学ではなく、彼の者達が直々に交渉に来たと?
他にそれ程までに優秀な者が学生の中にいると言うのか」
「はい、かく言う私も今回の交渉に全力を注ぐ気でいます!」
「一体どういう者だ」
実力者が多く集まるガーラント王国の中でもトップクラスの実力と地位を持つ二人。
しかもそれぞれ所属するのはギルドと教会と言う、勧誘せずとも入りたいと望む者が多い人気の高い職業だ。
その中の上位の二人に、わざわざ足を運ばせるほどの才能を持った人物。
ベルナルト達は興味津々でキーレンの言葉を待つ。
「それは一年の女子生徒で………」
キーレンは一枚の資料を取り出しベルナルトに手渡す。
「名前はユイ・カーティスと言います」
その場に何とも言えない沈黙が落ちる。
「………もう一度言ってくれ」
ベルナルトは聞き違いかと聞き直す。
「えっはい、ユイ・カーティスという一年の少女です」
「………もしかしてその少女はリーフェだったりするか?」
「はい、そうです。ご存知でしたか?」
ベルナルト、アレクシス、ガイウスの間に再び沈黙が落ちる。
まさか、見に来た少女本人だとは思いもしなかったのだ。
「彼女は枢機卿や総帥が来るほどの人材なのか?」
「ええ、天才です」
キーレンは迷い無くキッパリと言い切った。
「確かにイヴォ・アルマンは周囲から天才と言われていますが、彼女の能力はそれを軽く越えています。
魔法制御、質、発動の速さ、知識、それら全て彼女には遠く及びません」
「そこまでなのか」
副長官は長年国に仕え、経験もあり能力も誰もが認める。
特に人を見る目は、特別なセンサーが付いているとまことしやかに噂される程で、王からの信頼も厚く重要な人事を任せられている。
その副長官がまだ学生の少女をここまで言い切り、能力を認めている事に驚いた。
しかし、それと同時にキーレンがユイの能力を高く評価している事に納得もした。
王宮での、外部から魔力を抑えた魔力の制御能力と新しい魔法の開発。
いくらそれまで研究していたとは言え、扉の構築式を調べてから数日で、どの研究者にも作れなかった新しい魔法を生み出したあの才能。
それを間近で体験したのだから、否定の言葉など出ようはずもない。
「はい、ですから教会もギルドも彼女を獲得しようと躍起になっているんですが…………」
今まで饒舌に話していたキーレンが途端に口ごもる。
「何か問題でもあるのか?」
「総帥と枢機卿、もちろん私も勧誘に行ったのですが………。
なんでも彼女は、祖父母のパン屋を継ぎたいからそのつもりはないと拒否されてしまって」
「断ったのか!?」
「嫌だと即答されてしまいました……」
軍、教会、ギルドは選ばれた優秀な者しか就くことが出来ない。
それ故人気の職業で、そこで働く者は周囲から尊敬の目で見られる。
それを拒否するなど普通なら考えられない。
「その後何度も話をしに行ったのですが、色好い返事は望めず。
しかし、あれほど優秀な彼女をパン屋で埋もれさせる訳にはいかないと、諦めない教会とギルドはかなり良い条件を彼女に提示したみたいです」
「どんな条件だったのだ?」
「詳しい事までは分かりませんが、学生では有り得ない契約金と地位。
パン屋を継ぐという彼女の意志を考慮して、籍だけを置いて普段はパン屋で働いても良いという条件まで出したようですが………」
「断ったのか?」
「はい」
それだけの条件を出してでもユイを獲得しようとするギルドと教会に驚いたが、それを軽くあしらうユイにも驚きを隠せない。
ユイほどの年若い者ならば、軍、ギルド、教会の国内トップの三機関から揃って勧誘を受ければ有頂天になり、目先の欲に目が眩んで後先考えず契約してしまいそうなものだ。
総帥や枢機卿もそれを狙って大金をちらつかせたのかもしれないが、誤算はユイの意志がその程度で揺るがない確固たるものだった事だろう。
「父上の報酬の件も金品ではなく口止めを選びましたからね。
そんな事では動かせないでしょう」
「口止め……ですか?」
「そうだよ。
父上、キーレンにならば話をしても大丈夫ですか?」
「ああ、キーレンはある程度知っているから問題無いだろう」
アレクシスはベルナルトの了解を得ると、何の事か分からず首をひねるキーレンに問い掛けた。
「キーレンは先日のフィリエルに触る事が出来る魔法を知っていたね」
「ええ、王宮の研究者にも作れなかった魔法を外部の者が作ったと大元帥からお聞きしました。
随分喜んでおりましたよ。あの方もご自分の後継となるフィリエル殿下の事を大層気にかけておられましたからね。
ですが、その直後に箝口令が敷かれてしまって困惑しておりましたけど。
それで、わざわざその話を出すという事は……」
「ああ、その魔法を作ったのが、キーレンが言っていたユイという娘だ。
報酬をやると言ったら金品ではなく口止めを望んでな。
私としては国に仕えて欲しかったが、レイスが立ち塞がっては私でも無理強いは出来ないし」
「ああ、カーティス宰相ですか………」
レイスの名前が出ると、途端にキーレンの顔がげんなりしたようになる。
その姿はどこか疲れたようにも見える。
「何かあったのか?」
「ええ……以前何とか彼女に納得してもらおうと何度となく家に通っていたのですが、ある時カーティス宰相が現れましてね。
その時はまだ結婚前で正式な父親というわけではなかったのですが、その時から彼の溺愛っぷりは尋常じゃなくて、恐ろしい剣幕で牽制されてしまいましたよ」
まさかユイとレイスに繋がりがあると知らなかった為、レイスの登場には腰が抜けるほど驚いた。
そして、キーレンは初めて笑顔の人間が恐ろしいと感じ、魔王と呼ばれる理由を身を持って味わったのだった。
おそらくギルドの総帥や教会の枢機卿も同様に追い返されているだろう。
それからは、三人が家に近付く事もユイの前に表れる事も無くなっていた。
「しかーし、私はまだ諦めていません!
今回は宰相は王宮にいて、邪魔が入らない絶好の機会!
必ずや彼女を勧誘してみせます!!」
燃えに燃えるキーレンだったが、それを見ている外野は比較的冷静だ。
「どう思う?アレクシス、ガイウス」
「可能性は限りなく低いでしょうね。
彼女は意志を曲げそうにありませんし、簡単に勧誘を受け入れるぐらいなら父上から報酬の話が出た時に、もっと良い条件を要求して仕えていますよ」
「何より、大怪我をする可能性が高い軍に入るなど、あの宰相が許すはずがないでしょうな。
それこそ、遠く離れていても邪魔するぐらい彼ならやってのけますよ」
うんうん、とベルナルトとアレクシスは同意する。
レイスならば例え国外に居ようがやるだろうと疑問すら抱く事なく思った。
むしろこの会話すら筒抜けではないかと言う恐ろしさがある。
そして、ガイウスのこの予想は現実のものとなるのだった。




