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ユイの友人

 ついにやって来た合同合宿初日。


 ……とは言っても実際に合宿が行われる場所まで行くには、まずバーハルの街まで列車で二日間の移動の後、さらに馬車での移動が必要だった。



 そして今はその列車の中。

 そこで宛てがわれた個室でせっかくの外の景色を見る事もなく、ユイはウトウトと眠たそうにしていた。


 その時扉をノックされ、僅かにユイの思考がはっきりしてくる。



「はい………どうぞ………」



 そうして入ってきた人物に、今度こそユイはぱっちりと目を覚まし驚きの表情を浮かべた。



「…………どうしてフィニーがいるの?」



 合宿にフィニーの名は無かったはずだ。

 そもそもAクラスでもないユイが参加する事自体異例の事なのだ、それにも関わらず何故かフィニーが目の前にいる。

 一瞬寝ぼけているか他人の空似かと疑ったが、確実に起きているし間違いなくフィニー本人だった。




「いやぁ本当だよね。僕自身も驚いててさ、ちょっとだけ試験でやり過ぎちゃったみたい」


「ちょっとだけ、じゃないからここに居るんでしょ!」



 あまりの驚きにフィニーにしか目が行っていなかったが、後ろから鋭いつっこみが入って漸くフィニー以外の人物がいる事に気が付いた。




「ライル……それにクロとイヴォも」



 フィニーの後には、鋭いつっこみをしたライルの他、神経質そうな顔で眼鏡を掛けたクロイス・カストレン。

 ユイより少し高いが同年代の男子と比べると身長が低く、幼さの残る顔のイヴォ・アルマン。



 このクロイスとイヴォもまた、中等学校からの友人で、去年の中等大会の一位二位であった。


 因みにユイとライルも準決勝まで勝ち上がり、ライルはクロイスに負け三位。

 ユイはイヴォと不戦敗により四位だった為、この部屋には大会の上位者が全て揃った事になる。



「ユイちゃんの部屋は個室かあ、良いなあ。

 俺ら三等車で四人部屋だよ、酷いと思わない?この扱いの差!」



 列車は特等車から三等車までランクがあり、伯爵家以上の家の者は一等車。

 それ以下の爵位の者は二等車、爵位を持たない者は三等車と振り分けがされていた。


 三等車では狭い部屋に二段ベッドが置かれ、自身が自由に動き回れるのはベッドの上だけという、寝るためだけのかなり窮屈な部屋だった。



 逆に一等車であるユイの部屋は一つの部屋自体も三等車より広く、ふかふかのベッドにソファー、テーブルが置かれた長時間の移動でも苦にならない広々とした部屋だった。


 本来学校の行事では身分に関わらず実力が物を言うのだが、合宿は学校の行事とはまた違うものとの判断なのだろう。


 三等車に宛てがわれた生徒は、その窮屈さに列車の中を動き回る者が多く、ライル達もその理由で動き回っていた所、ユイの部屋に行こうとなったのだった。



「それより、やり過ぎたってどういう事?」



 きょろきょろと部屋の中を見回していた一同はユイに意識を戻し、年齢からすると少し幼く見える顔を不機嫌そうにしたイヴォがユイの隣に不遜に座る。


 イヴォに続くように他も部屋の中に入り思い思いの場所に陣を取り落ち着くと、まず始めにフィニーが話し始める。



「この間の試験で、僕と戦った相手覚えてる?」


「……確かフィニーにぼろぼろにされちゃってたAクラスの人?」


「そう。その彼はこの合宿に参加予定だったんだけど、ランクの低いクラスに手も足も出なかったのが余程ショックだったらしくて、自分じゃ無理だって直前に参加を拒否しちゃったんだよね。

 それで責任取れって事で僕が代わりに来る事になったんだよ、参っちゃうなあ」



 あはははっと楽しそうに笑っているフィニーをユイは呆れたように、ライルとクロイスは顔を引きつらせ見る。



「笑い事じゃないから!あいつ試合の後かなり落ち込んで、俺にAクラスの資格はないって泣いちゃってたんだよ!?」


「よりによって自分が使った魔法と同じ魔法、しかも自分より強力な魔法で返されたらプライドはずたずただろうからな。

 プライドが人一倍あるAクラスな分、反動が大きかったんだろ」


「フィニーはもう少し自重しないと……。

 取りあえずフィニーがここにいる理由は分かったけど…………どうしてイヴォはこんなに不機嫌なの?」



 ユイは、ここに入って来てからというもの一言も発することなく隣に座る人物へと視線を移す。


 腕を前で組み、仏頂面で不機嫌さを隠そうともしないイヴォ。



「それユイちゃんのせいだよ」


「私?」



 ユイが目を丸め、指で自身を指し示すと、そうだと言うようにイヴォ以外の全員が頷く。



「お前が試験でAクラスの奴と戦ったからだ」



 クロイスがそう言うが、ユイにはどういう事か分からず首を傾げると、ライルが引き継ぎ説明する。



「大会の時はユイちゃんの不戦敗で戦えなかったのに別の人とは戦ったから拗ねてるんだよ」



 ライルの言い方が気に障ったのかイヴォが強く反論する。



「拗ねてない!!ただ他の奴とは戦ったのが気に食わないだけだ」


「それを拗ねてるって言ってるんだよ」



 直ぐに言い返そうとしたがフィニーには口で勝てない事を嫌ほど分かっているイヴォは、矛先をユイへ向けた。



「そもそもお前が悪いんだぞ!!

 試合直前になって誰にも場所を言わずにいなくなる。

 漸くルエルが見つけたと思ったらケーキを食ってただ!?しかもおかわりまで!!」


「イヴォも食べたかったの?」


「違うわ!!」



 呑気なユイの返しに、鋭いつっこみが入る。

 イヴォは興奮のあまり、ぜぇぜぇと息を荒げて顔が真っ赤になり、もう今にも血管が切れて倒れそうだ。



「別に良いじゃない。

 大会でしなくても、イヴォとならいつだって試合出来るんだし。

 合宿終わったら学校の自習室借りてする?」


「大会でなければ駄目なんだ!

 お前の実力を周りの奴らに分からせるには大きな大会でなければ意味がない」



 イヴォは戦えなかった事だけが不満だった訳ではなかった。


 誰よりも実力がありながらリーフェというだけで周りから落ちこぼれと認識される。

 勝ち進めば自然と無くなると思っていた周りの不快な声は、ユイの実力を知る対戦相手が次々と棄権した為、さらに強まってしまった。


 それがイヴォには我慢がならなかった。

 ユイの実力を認めているから尚の事。



「俺と戦っていたら確実にお前が勝っていた。

 そうすれば周りはお前の実力を認めて陰口なんて言えなくなっていたはずなんだ。

 それを…………それをお前はぁぁぁぁ!」



 再び怒りが沸点まで到達し、今にも掴みかかるような勢いでユイに詰め寄る。

 しかし、怒り心頭のイヴォを前にしても、のんびりとしたユイの調子は崩れない。



「でも、どっちにしろ私とイヴォが友達だって伝わったら、手加減したとか八百長だとか言って、結局変わらないと思うけど?」


「見る奴が見れば分かる。見ても分からない無能な奴は放っておけ」


「…………はぁ」



 もうイヴォに何を言っても無駄だと思ったユイは溜め息を吐き、現状から逃れる為フィニーに視線で助けを求める。



 口の達者なフィニーに言い負かされてばかりいるイヴォは、どうもフィニーを苦手としている。

 フィニーの前では借りてきた猫のように大人しくなるのだ。

 その為いつもイヴォを抑えるのがフィニーの役目のようになっていた。



 ユイの視線を受け、心得たとばかりにフィニーは笑みを深くする。

 普通は面倒事を押し付けられたと嫌がりそうだが、逆に遊ぶ機会が巡って来たと解釈する辺りがフィニーだ。



「でもさあ、イヴォにユイを怒る資格はないと思うけどなあ」



 フィニーの発言にイヴォが反応し、ユイから注意が反れた。



「何でだ?」


「だってさ、ユイと戦えなかったって怒って、その後のクロとの決勝戦出なかったでしょう」


「うっ…………」



 痛い所を突かれイヴォは口ごもる。



「そうそう、決勝戦が行われないなんて前代未聞だったよね」


「うぐっ」


「準決勝に引き続き、優勝最有力候補のイヴォが決勝戦不戦敗になった事で、示し合わせたんじゃないかと俺まで疑われたな」


「ううう…………」


「可哀想にね、クロ」



 ライルとクロイスの援護射撃に、今まで怒っていたのが嘘のようにイヴォの表情が弱弱しくなっていく。

 ユイと戦えない怒りと失望の感情のままに暴走した己の行動が、誉められた事ではなかったと理解していただけに、反論の言葉も出てこなかった。



「私を怒るくせに自分だって同じ事してるじゃない」



 ユイの言葉が止めの一撃となり、イヴォは頭を抱えて座り込んだ。



 フィニーは実に楽しそうにそんなイヴォを眺める。



「ああ、落ち込んじゃったね」


「最初に言い出したのはお前だろ」



 こうしてイヴォの反応を見て遊ぶからイヴォはフィニーを苦手としているのだった。

 毎回反応良く返すイヴォも悪い気はするのだが。



「でもさあ、イヴォのせいで大変だったのは事実だし」



 それは決勝戦の後、準決勝に続き決勝まで片方の選手が試合に出ないという珍事に、試合放棄したユイとイヴォ、何故かクロイスとライルまで大会主催者のお偉方に呼び出された。


 最終に残った全員が友人ということで、八百長の有無と試合に出なかった理由を聞かれた。


 主催者側はすでに八百長ではとの疑いを強く持っており、大会始まって以来の失態に発展すると予想していたのだが、ユイの「ケーキを食べてたら間に合いませんでした」発言に一気に脱力。



 八百長ではないと認めさせたが、怒って出なかったと言うイヴォには栄えある大会を何だと思っているのかというお説教と、ライル、クロイス含めた全員には、ちゃんとユイの世話をしておけという少々理不尽なお説教をこってりとされたのだった。



「俺とクロりんは全く関係ないのに俺達も説教されるなんて理不尽だよね。

 それに何故かユイちゃんはあまり怒られてないのが謎だ………」


「お前見てなかったのか、主催者側の者達のユイを見る目。

 ユイが落ち込んだ途端に小動物や孫を見る目だった。だから矛先がこっちにきたんだ。

 ………それとクロりんは止めろ、ライル」



 最初はユイも同様説教されていたのだが、しょんぼりと落ち込んだユイを目にして、あまりに憐憫を誘うその姿に怒っているこちらが悪いような罪悪感に襲われ、お偉方はそれ以上怒るに怒れなくなり、怒りの矛先が男三人に向かってしまったのであった。



「酷いユイちゃん、俺も可愛い女の子に生まれたかった。

 でもそれだと女の子達からきゃあきゃあ言われなくなっちゃうからやっぱり男が良いか。

 けど…………クロイスよりクロりんの方が可愛いと思わない?」


「可愛さなど求めてない!俺は男だぞ」


「わざわざ言わなくても知ってるってば」



 ライルが茶化す度に段々と眉間の皺が刻まれていき、これが限界という程皺が深くなった時、ユイの部屋の扉が開けられた。


 反射的にユイ達の視線が扉に向いその人物を認識すると、ユイは嬉しそうにしながら開けた人物に近付いていく。



「セシル兄様、カルロ兄様」


「おう、ユイ」



 カルロが側まで来たユイの頭を少し強めに撫でる。

 それにより髪が乱れて不服そうにしながらも、ユイには兄に会えた嬉しさが見て取れる。



「随分賑やかだね。ノックしたけれど聞こえてなかったようだから勝手に入らせてもらったよ」


「ユイの友達か?」


「うん」



 セシルとカルロが部屋の中を見回しながら一人一人に視線を向けていくと、それぞれ小さく頭を下げて挨拶していく。


 面識のあるフィニーはいつも通りだが、イヴォ、クロイス、ライルの三人は緊張した様子で、しかしその目は尊敬する者を見つめるように輝いていた。


 なにせセシルとカルロは全学年含めた学園一と言われる実力者。

 王子であるフィリエルの信頼も厚く、学園内で側に付く事を許され、多くの機関が二人の獲得を巡って激しく争っているとまことしやかに噂されているぐらいだ。



 同じAクラスとはいえ下級生の三人からすればお近付きになりたくてもなれない憧れの人物。

 その二人がこれだけ間近にいるのだから興奮するなと言う方が無理というものだ。



「それで兄様達はどうかしたの?」


「ああ、ちょっとユイにお願いがあってね」


「お願い?」



 意味深に微笑むセシルに首を傾げると、カルロがユイの耳元に近付き周りには聞こえない大きさの声でこっそり喋る。



「ほら、ユイが王宮で使ったっていうあの魔法、あれを俺達にもして欲しいんだ。

 今からあいつの所に突撃訪問しようと思ってよ」



 あいつとはフィリエルの事だろう。

 実に楽しそうにして悪戯っ子のような顔のカルロ。

 ユイは驚くフィリエルの顔を容易に想像出来、口元が緩む。



「うん、じゃあ手を出してね」



 ユイは二人の手の甲に手をかざし、魔法をかけた。

 セシルとカルロは己の手の甲に刻まれた複雑な魔法陣を物珍しそうな顔で色々な角度から眺める。

 これほど複雑なものは授業でも学園の図書館でもお目にかかる事はほとんどない。

 学園では構築式の授業も行われ、試験で上位の二人だが内容は全くと言っていいほど分からない。


 この複雑難解な魔法を作ったのが自分達の妹だという事実に不思議な感覚を覚える。



「魔法の効果時間は三十分ぐらいだから気を付けてね。魔法の効果が薄れてくると手の魔法陣が消えてくるから」


「おお、分かった」


「………あれ、確か王宮での時はもっと短かったんじゃなかった?」


「あれから改良したの」



 ユイは王宮から家に戻ってからも研究は続け、最初数分だった効果時間を伸ばす事が出来た。


 なんとしても合宿までには改良しようと意気込んで行ったが、短期間でここまで成果を上げるにはそれだけ睡眠時間を削る必要があり、昨夜もほぼ徹夜で研究に徹していた。

 そのせいで先程からずっと眠気に襲われていた………。



 ユイの目の下に浮かぶクマを見つけた二人は苦笑してしまう。


 どうもユイは好きな事になると、とことん熱中してしまう傾向にある。

 それこそ、食事や睡眠を疎かにしてしまう程に。


 逆にそれ以外になると酷く淡白で適当だ。



「熱心なのは良い事だけど体には気を付けないと駄目だよ」


「そうだぞ。それに睡眠不足は美容の大敵だからな」


「うん」


「じゃあ、時間がないからもう行くよ」


「ユイも一緒に来るか?」



 カルロの問いにユイは首を横に振って拒否した。 


 フィリエルが驚くその場を見れない事を至極残念に思ったが、告白されてから日が浅く、まだフィリエルと会うのは気まずかった。


 カルロもそんなユイの気持ちが分かっていたのか、それ以上何かを言う事はなかった。



「ありがとうユイ、後でね」


「じゃあな………………あっ、そうそう」



 セシルが部屋の外に出て、続いてカルロも去ろうと部屋から体半分外に出た時、何かを思い出したようで後ろに振り返り部屋の中にいた男達に向かって告げた。



「お前達、ユイに手出すんじゃねぇぞ」



 つい先程までユイに向けていた優しい兄の眼差しと違う敵意剥き出しの鋭い眼差しに、地を這うようなドスの利いた低い声ですごまれ、部屋の中にいた男達は硬直した。


 そして次の瞬間、首が取れそうなほどの勢いで首を縦に振り肯定を示した。



 その様子に満足したカルロはセシルの後を追い部屋から出て行ったが、しばらくの間男達は顔が青ざめたまま誰も喋る事はなかった。





 ***





 列車の最後尾、そこは一両に一つしか部屋がない、列車内で最も質の高い特等車。

 そこがフィリエルにあてがわれた部屋だ。


 部屋の内装は特等車だけあり、列車内とは思えないほど広々としており、そこに置いてあるベッドやソファー、壁に掛かった絵画などの内装品は落ち着きがある最高級のもので揃えられている。



 室内には他に専属護衛であるルカとジークがいたが、部屋の外の扉前には王宮から派遣された近衛騎士が扉の両隣に立ち目を光らせていた。


 普段学園内では近衛が入り護衛する事は不可能だったが、学園の外での行事となる時はルカとジークだけでは危険な為、近衛が付く事が許されている。

 その為扉前にいる近衛以外にも、数人の近衛が列車内で警護にあたっていた。



 部屋の中でフィリエルはのんびりと本を読みながら時間を潰していると、扉がノックされる。

 直ぐにルカが反応し扉を開けると、扉の前で警護していた近衛が姿を見せた。



「何かありましたか?」


「只今殿下にお会いしたいとご学友の方が二名いらっしゃっておりますが、如何なさいますか?」


「ご学友?」


「はい、セシル・オブライン様とカルロ・オブライン様と申されております」


「ああ、双子ですか」



 ルカはフィリエルに判断を仰ぐ為振り返ると、フィリエルが頷いたのを見て近衛に通すように告げる。


 すると直ぐにセシルとカルロが部屋に入って来た。



「よお、フィリエルー」



 ご機嫌で入ってきた二人をよそに、二人の姿を目にしたフィリエルは機嫌が下降していくのが見て取れた。



「なんの用だ」



 どこかぶっきらぼうに話すフィリエルにセシルは疑問が浮かんだが、カルロは全く意に介していない。



「なんだよ、ご機嫌ななめだなぁ」



 そう言いながらフィリエルが座っているソファーにカルロも座ると、肩を組むように腕をフィリエルの肩に乗せた。


 そのカルロの行動に、フィリエルは驚きを露わにし、ルカとジークはぎょっと目をむいた。



「ななな、何をしているんだ!」


「うわっ馬鹿!!」



 動揺するルカとジークをよそに、最初は驚いていたフィリエルだったが、二人の護衛のように慌てる事もなく直ぐに落ち着きを取り戻していた。



「はぁ………ユイに魔法をかけてもらったのか?」


「そういう事」



 呆れ顔のフィリエルに、カルロは悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑う。



「ユイ………?それはまさかカーティス宰相のご令嬢の事か?」


「何でお前達が知ってるんだよ」


「妹だからだよ」



 当然の事のように話すセシルに、本日二度目の驚きを露わにするルカとジーク。



「はあ!?何言ってるんだ、彼女は宰相の娘だろ」


「二人も俺達の親が一度離婚して再婚したのは知ってるだろ?

 ユイは母親に引き取られて、その後宰相閣下と再婚したんだよ」


「なんとまあ……」



 まさか自分達の良く知る双子と繋がりがあったのかとルカとジークは驚きつつも、あまりパーティーや茶会に出席せず王宮に引きこもり気味で、極端に付き合いが狭いフィリエルと、学園に入学当初から身分の違いを感じさせないほどフィリエルと意気投合していた双子の疑問が今解決した。 



「つまり彼女に魔法をかけてもらっているから触れていられるのだな」


「どうだ羨ましいだろ」



 そう言いながら見せ付けるように更にフィリエルに近付くカルロに、ルカのこめかみがピクピクと動く。


 羨ましいか羨ましくないかと聞かれたら羨ましいに決まっている。



 何せルカもジークも護衛及び身の回りの世話係として仕えているのだ。

 にも関わらず対象であるフィリエルに触れられない。

 つまりそれだけ二人がフィリエルに出来る事は少なく、もしフィリエルに触れるようになれば、それだけ出来る事は極端に多くなり護衛もし易くなる。


 フィリエルの護衛として誇りを持っている二人にとって、喉から手が出るほど欲しい今一番の願望でもある。



 それをまざまざと見せ付けられ、無言で睨むルカと更に煽るカルロ。

 そんな不毛なやり取りをしていた為、誰もフィリエルの表情の変化に気が付かなかった。



「…………つまり、今お前達に触っても問題無いという事だな」



 そう小さく呟くと肩に掛かったカルロ腕を掴み捻り、体制を変えカルロの背後を取ると、右腕を首に回し、締めにかかった。



「ぐぇっ」



 まるで蛙を潰したような声がカルロから発せられる。



 最初は、何を戯れているんだと呑気に見物していたセシルとジークとルカだったが、フィリエルのすわった目と、顔が真っ赤に変色してきたカルロを見て、これは本気だと気付き慌てて止めに入る。



「フィリエル、それ以上はまずい!」


「カルロが死ぬ!死ぬからぁぁ!」


「離して下さいぃぃ!」



 ルカとジークではフィリエルには触れない為、魔法が継続中のセシルがフィリエルを羽交い締めにしてカルロから引き剥がす。




「し…死ぬかと思った………」



 思いかけず向こう側を垣間見そうになったカルロは新鮮な空気に感謝しながら荒い呼吸を整えた。



「一体何してるんだよ、フィリエル」



 普段温厚なフィリエルの突然の御乱心に一同困惑する。



「………ちょっとした冗談だ」



 嘘つけ!っと全員の心の声が一致した。

 現に今も目がすわったままだ。



 フィリエルはソファーに座り直し、少し心を落ち着けると、セシルとカルロに不満をぶつけるように心中を吐露した。



「……………ユイに告白した……そしたら何て言ったと思う。

 やっとの思いで言った告白を告白と受け取らない、その後も俺の言葉を本気にしなくて、最後の最後まで疑っているし……。

 …………どこぞの妹馬鹿の兄が愛情表現が過剰すぎるからだと思わないか?思うだろ」



 かなり八つ当たりな気がしないでもないが、要はお前達がユイに甘々に接しすぎて警戒心を持たせなかったせいで、俺の告白を本気と受け取られず苦労したのだと抗議しているのだ。


 カルロに襲いかかったのは、その時のもどかしさや二人への不満を思い出し、思わずぶつけてしまったのだった。



 ユイに甘い自覚があるカルロとセシルは、普段ならば「妹なんだから良いじゃないか」とか、「一緒に過ごせたんだから役得だろ」などと茶化しているところだが、決死の告白の場で信じてもらえないのは同じ男として可哀想だなと流石に気の毒になった。


 他にも色々思うところがあったらしく、ここぞとばかりに愚痴る。



「しかも何日も同じベッドで寝起きしたっていうのに全く警戒する様子もなくぐっすりだ。

 それに引き換え俺は毎日寝不足………そんなに俺は男として魅力がないのか?どう思うセシル、カルロ」


「………まあ、最後はちゃんと伝わったんだから」


「断られたけどな」


「……………」



 セシルのフォローにも、やさぐれ気味にばっさり切り捨てるフィリエルにそれ以上何も言えなくなり、その場に微妙な空気が流れセシルはそっと視線を逸らした。



 しかし、片割れの手助けか、ただ思った事を言っただけかは定かでないが、カルロが発した言葉にフィリエルの表情が一変した。



「でもユイとキスはしたんだろ?」


「なっ……!何故知っているんだ!」



 過剰に反応したフィリエルに含み笑いをしながらフィリエルの肩を何度も叩く。



「いつか我慢ならなくなると思ったが本当にそうなったな。

 よくやったそれでこそ男だ!」


「いや……あれは思わず………」


「良いじゃないか、やっと異性として認識されたようだし。

 それに、一度断られたからって素直に諦めるわけじゃないんだろ」


「当然だ」



 たった一度の拒絶で諦めるぐらいの軽い思いならば何年も思い続けたりしない。

 諦めるつもりなど毛頭無い。

 ユイが根負けするまで、嫌われない程度にしつこく粘り強く、しがみつくつもりだ。


 決意を新たにしたフィリエルだったが、次の瞬間その決意はお仕置きと称したセシルの言葉に軽く吹き飛ばされそうになる。


 セシルもカルロも二人が恋人になるのは歓迎だが、それと恋人でもないのに妹に手を出す男への報復とは別の問題だった。



「あっ、そうそう。ユイにキスした事、父さんも知ってるから」


「お前達だけならまだしも、よりによってあの人にか!?」



 …………終わった。



 バーハルに着くまでの間、遺書でも書くべきかとフィリエルは本気で悩み続けた。















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