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【書籍化&コミカライズ】リーフェの祝福  作者: クレハ
1章

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母の想いと願い

 翌日、ユイとフィリエルがまったりとした時間を過ごしていると、突如部屋の扉が勢いよく開かれた。



 王族の部屋を合図も無しに無遠慮に開くなど普通はあり得ない。

 一体誰だと突然の来訪者に視線を向け目に入って来たのは、フィリエルの母でこの国の王妃であるアリシアだった。

 どこか興奮した様子のアリシアの後ろには王妃専属の女官が数人控えている。



「さぁ!あなた達、やってしまいなさい!!」


「はいっ、王妃様!!」


「……………へ?」



 ユイを指さし、そうアリシアが合図をすると、フィリエルが止める間も無く息ぴったりの女官達が特攻よろしくユイに突撃しユイを部屋から連れ出した。



 後ろでフィリエルの声が聞こえたが、ユイにはなす術なく女官達に抱えられるようにして何処かの部屋の中に連れてこられた。


 戸惑うユイを余所に女官達に部屋の奥に引き込まれ、どういう事かと聞こうとした時、あろう事か彼女達はユイの服に手を伸ばし脱がしに掛かった。



「!!!」



 驚きすぎて声の出ないユイは、なんとか抵抗しようと奮闘するも人数と迫力に負け抵抗虚しく全て脱がされてしまった。


 突然の出来事に頭の整理が追い付く間も無く、続いて大人十人が足を伸ばせそうなほど大きく豪奢な造りのお風呂に放り込まれ、これでもかと言うほど丹念に全身を磨かれた。


 お風呂から上がり隣の部屋へ行くとアリシアが来ていて、今度はアリシアと女官達が鏡の前に立ったユイと、周囲に埋め尽くされるように並んだ沢山のドレスを見ながら白熱した議論を繰り広げた。



「まあ!可愛らしい、色白だからこの色のドレスが良く似合いますわね、王妃様」


「本当ね素敵!でもこっちのフリルを沢山使ったドレスも捨てがたいわね」


「髪は上げますか?裾だけ垂らして編み込むのも可愛らしいと思いますが………」


「髪飾りは何色が良いかしら………」



 ユイを置いてけぼりに楽しそうに話す声を聞きながら、着せ替え人形のように着飾られていくユイ。

 もうどうにでもしてっと鏡に映った自分を虚ろな目で見ている。



「(どうしてこんな事に………)」




 ***



 綺麗に編み込まれ、真珠の髪飾りで纏められた髪に淡いピンクのドレス。

 アリシアと女官達により着飾られたユイは、馴れないヒールの靴に時折足を取られながら王宮内の庭園にやってきた。



 満開に咲いた夏の花で囲まれた場所にテーブルと椅子、そして軽食が用意されている。

 天気は良好。夏の暑い日差しが照りつけているが、この周囲だけ暑さを感じないのは結界が張られ暑さを和らげているからだ。



 ここに来た理由は、ユイは王妃の話し相手として王宮に呼ばれた事になっている為、お茶に呼んだのだそうだ。

 しかし、何故着飾る必要が有ったのか……。

 曰く、「どうせお茶するなら可愛く着飾った方が楽しいもの」だそうな。



 女官数人が手早く給仕を終えると、アリシアが下がるように指示を出した。

 礼をし下がっていく女官達は、流石王妃に付くだけあり、一切の無駄がない。



「お義父様からユイちゃんは甘いものが好きだと聞いたから色々用意したのよ。

 遠慮しないで沢山召し上がれ」


「ありがとうございます」



 気を使ってくれているのは嬉しい。

 嬉しいのだが…………。


 女官達にもみくちゃにされ疲労困憊のユイに食欲は全く無かった。


 しかもいつの間にかユイさんからユイちゃんに呼び方が変わっている。



「やっぱり女の子は良いわぁ。

 ずっと、娘がいたら可愛いドレスを選んで着飾ってあげたいと思っていたのよ。

 男の子じゃそうはいかないものね」



 ユイは疲れからか思わず、貴女の女性顔負けの綺麗な息子達なら全然いけると思います、と口に出そうになったが、二人の名誉の為に出掛かった言葉を飲み込んだ。

 それで本当に餌食になったら哀れすぎる。



「ねえ、一つ聞いて良いかしら」


「はい、私で答えられることなら」


「貴女が首から下げている首飾りはフィルと同じ物?」



 アリシアの視線がユイの胸元に向けられる。

 女官達に脱がされた時にユイはこのペンダントだけは死守していたのだ。

 着替えで首に下げているのを見たアリシアは、声には出さなかったが見覚えのあるそれに内心驚いていた。



「はい、数年前にエルから頂いた物で、エルの物とは対になっているそうです」


「そう」



 それを聞いたアリシアは優しく微笑む。

 もっと高価な装飾品を身に付けられる立場にありながら、ずっと一つの首飾りを大切に持っている我が子の事を知っていたアリシアは、その意味を漸く知る事が出来て嬉しかった。



「ねえ、私の話を聞いてくれる?あまり楽しい話じゃないけれど……」


「私で良いんですか?」



 笑っているが悲しみを含んだ目をしたアリシアに、ただの世間話でないことは直ぐに察せられた。



「ええ、貴女が良いの。

 あの子が……フィリエルが受け入れた貴女だから……」



 ユイは静かに頷いた。



「あの子がお腹にいると分かった時はね、アレクシスの時と同じぐらい嬉しかったわ。 

 でも、少ししてお腹で育っていくのに比例して体調が急激に悪くなっていったのよ。

 医師から下ろした方がいい、このままでは私の命が危ないと言われたわ。

 でもね、私は迷わなかった。だって大切な我が子ですもの。

 フィルに限らず、母親が子を生むのはいつだって命懸けだから……」



 昔を思い出しているのだろう、ここではないどこか遠い場所を見るアリシアの話をユイは静かに聞いた。



「かなりの早産だったけど、優秀な治癒術士達のお陰で幸いにも無事に産まれてきてくれた。

 でも私は産後の経過が悪くて、何度も危険な状態になったそうよ。

 なんとか落ち着いて、少しだけの条件でやっとあの子に会えたのに……」



 アリシアは今にも泣きそうに表情を歪めた。



「……なのに、抱いてはいけないと言われたわ。

 生まれて直ぐはフィルも今ほど魔力は強くなかったけれど、私は魔力が弱くてあの子に触れれば命を落としてしまうからと」



 テーブルの上で両の手を握り締め、何かを耐えるようにアリシアは俯き目を閉じる。



「悲しくて悲しくて、自分にもっと魔力が有ったならと何度も思った。

 頑張ってお義父様のように触れるようになろうと魔法の特訓をしたけれど、私にはやっぱり魔力が足りなくて駄目だった……。

 触れられないならせめて、貴方が大切な我が子だと言葉で伝えようって……。

 でも!でもやっぱり抱き締めたい、抱き締めてあげたい。

 たった一度でも良いから……っ」



 自らの命を省みず命懸けで産んだ我が子に触れられない、それはどれ程の苦痛か……。

 愛する母に抱きしめられない子の苦しみはどれ程のものなのか……。

 ユイには想像も出来ない。


 ただ、その悲痛な面持ちに当時の悲しみが目に浮かぶようで、ユイの胸を締め付ける。



 ユイは言葉を掛ける事が出来なかった。

 子を産んだ事もなく、フィリエルに触れる自分が何かを言ったところで、逆に傷付けてしまうのではないかと思ったのだ。


 思いあぐねているユイに気付いたアリシアは、困ったように笑う。



「ごめんなさい、急にこんな事言われたら困ってしまうわね」


「いえ、私こそ申し訳ありません……何も言葉に出来なくて……」



 ユイは、気の利いた言葉一つ思い浮かばず、ただアリシアの話を聞いているしか出来なかった。



「気を使わせたかった訳ではないのよ。

 ただ、貴女にフィルの事を知って、その上でもう一度お礼が言いたかったの」


「…………?」


「私はね、人が生きていくのに人の温もりは必要なものだと思うのよ。

 でも成長するに連れ魔力が強くなって、お義父様でも簡単に触れられなくなってしまった。

 その上、侍女が亡くなってからは、より一層人と一定の距離を取るようになってしまって、フィルはこの先どうなるのか心配だった、人として歪んでいくのではないかって。

 だから、昨日貴女とその隣で安心した表情で眠っているフィルを見た時嬉しかった、あの子にも温もりを得られる場所が有るのだと知って………。

 ありがとう、貴女がいてきっとフィルは救われていたはずよ」



 そう言うアリシアは、ユイにも覚えのある優しい母親の顔をしていた。

 改めてお礼を言われ、ユイは気恥ずかしくなってきた。



「私は何もしていないです。寧ろ私の方が沢山助けられてきました」


「それでいいのよ、何もしなくても居てくれるだけで。

 あの子にとってそれが何より必要なのだから」



 それからはフィリエルと出会った時の話、家のパン屋の話をして、お茶会はお開きとなった。





 アリシアと別れ、フィリエルの部屋へ戻る間、ユイはずっとアリシアの話が……悲痛な顔が、頭の中から離れなかった。



「…お……ユ……、おい……ユイ・カーティス!!」



 漸く誰かに呼び掛けられていると気付いたユイはきょろきょろと辺りを見回す。

 すると、直ぐ後ろでユイを呼んだジークが視界に入ってきた。



「何度も呼んだんだぞ、フィリエルの部屋通り過ぎてどっか行くのか?」



 どうやら考え事をしながら歩いている内にフィリエルの部屋を通り過ぎていたようだった。



「あっ、ごめんなさい」


「いや、いいけどよ、なんかあったのか?」


「いいえ、少し考え事……を……」


「それにしても随分綺麗になったじゃないか。それを見たらフィリエルが喜びそうだな」



 ジークの言葉はユイの耳には入っていなかった。

 何故ならその時のユイは別の物に目を奪われていた。

 それを見た瞬間、頭の中の霧が晴れたように冴え、忙しなく頭が回っていく。


 ユイには珍しく大声で叫んだ。



「これだ!!」



「はっ?何が?」








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