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【書籍化&コミカライズ】リーフェの祝福  作者: クレハ
1章

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本人の知らぬ所で

「大丈夫か?」



 部屋を出て早々掛けられた言葉に、ユイは苦笑する。

 王妃と王太子しか居ないこの部屋で、一体何が起こるというのだろうか。

 何故自分の周りの人達は必要以上に心配性なのかと、ユイは心配性な人達の顔を思い浮かべた。



「エルも兄様達と一緒で心配性だよね。そんなに子供じゃないのに」


「心配なのは仕方がないだろう。それでも、あいつらよりはずっとマシな筈だ」



 そう言いながらフィリエルがユイの頭を撫でた所で声が掛かる。



「おい、フィリエル!」


「なんだ?」


「なんだじゃないだろ」


「そうですよ、大丈夫なんですか触っても!」



 ジークとルカは何の前触れもなく触れたフィリエルに驚いた。

 普通なら触れる前に防御魔法が必要不可欠だが、そんな様子もなくフィリエルは触れていた。



「ああ、ユイは大丈夫だ。

 お祖父様達のように防御魔法を施さなくても普通に触れるんだ」



 いくら触れるとはいえ、アレクシスを傷付けた直後で、フィリエルの性格から人を避けそうだというのに、そんな素振りは微塵も感じない。


 それにフィリエルはエリザ相手でも一度として自分から触れた事はない。

 けれど今はフィリエルからユイに触れたのだ、それが当然のように。


 それほどまでに気を許した相手なのかと、初めて二人はユイという存在を意識した。



「この後はどうするの?」


「そうだな、お祖父様にも一度挨拶に行こうと思ってる。

 ………正直行きたくはないがな………絶対に絶対っにイヤミが返ってくるはずだ!」



 被害妄想と言えなくもないが、長年の経験上フィリエルは確信を持って言った。



「でも挨拶に行かないわけにも行かないだろ」


「そうですよ。それにあの方もかなりご心配されてましたからね」


「うぅぅ………」



 そう側近二人に言われては何も言えなかった。

 からかいはするが、普段から誰よりもフィリエルを案じてくれているのはテオドールだと分かっているから。




 その足でテオドールの部屋の前まで来たのだが、フィリエルは扉をノックしようと手を彷徨わせたまま、一向に入ろうとしない。

 アレクシスの部屋を訪れた時のような緊張からではなく、嫌で仕方がない出来れば入りたくない帰りたいという感情からだ。



「諦めて入っちゃえば?」


「………ああ」



 漸くフィリエルが決意し扉を叩こうとした瞬間、先に扉が開いた。



「扉の前で何をしていらっしゃるのですか、殿下」


「あっ、いや、少し心の準備を……」



 内側から扉を開け出てきた男性はユイにも見覚えのある顔だった。



「確か前に屋敷に来てた人?」



 男性は以前テオドールの使いでオブラインの屋敷を訪ねてきた人物だった。

 ユイの言葉に、ユイを視界に入れた男性は柔和に微笑んだ。



「お久しぶりでございます、ユイ様。

 私を覚えて頂いていたとは光栄です。あの時はきちんと名前を申せず失礼致しました。

 私は先王陛下の身の回りのお世話をさせて頂いておりますラスと申します」



 そう言いながら、ラスは胸に手を当て礼をする。



「さあ、お入り下さい。中で首を長くしてお待ちですよ」



 ラスに促され部屋に入るとテオドールが笑顔で迎えた。



「待ちくたびれたぞ」


「……ご心配をお掛けしました」


「全くだ。まさか、もういい年した孫が部屋に引き籠るとは思いもよらなかったのう。

 一体どこで育て方を間違えたのやら。お陰でユイまで王宮に連れてくる事になってしまって、わしは情けなくて涙が出そうじゃ、くぅぅ」



 そう言ってテオドールは、眉間を押さえ泣いているような素振りをとるのだが、その目に涙は一切浮かんでいない。


 明らかにからかっているテオドールに、フィリエルは怒りを堪えながら反論する。



「俺だって好きで引き籠ってた訳ではありませんよ、仕方がないでしょう」


「あれしきの事で動揺して暴走させるなど鍛錬が足らん証拠じゃ。そんな軟弱者ではラスボスは倒せんぞ」


「くっ」



 昨日の孫を心配する優しい祖父の顔はどこへやら。今はフィリエルの反応を面白がっている。


 毎度の事ながらルカとジークは気の毒そうな視線を向け、ユイは昔から変わらないじゃれ合いに懐かしさを感じた。



「(テオ爺様は相変わらずみたい)」



「さて、からかうのもこれぐらいにして…………ユイこっちにおいで」



 漸く気が済んだテオドールに手招きされユイが近付くと、手を取られ奥のテーブルまで案内される。



「そろそろ来ると思ってユイの為にお菓子を用意しておいたのじゃよ。

 王宮の専属菓子職人が腕によりをかけた数々じゃ!どうじゃ美味しそうじゃろ?」



 テーブルの上には、沢山のフルーツが乗ったタルト、クッキーなどの焼き菓子やチョコレートにプリン。

 他にも、ユイが好きなものや見たことのないお菓子がテーブルに所狭しと並んでいた。



「ありがとう!テオ爺様」



 思わぬ収穫に、鼻歌でも歌い始めそうなほど上機嫌でユイは席に着いた。

 そんなユイにフィリエルは呆れた顔で隣に座る。



「さっき朝食を食べたばかりだろう。よく入るな……」


「お菓子は別腹なの」



 ラスがカップにお茶を用意し、それぞれの前に置いていく。

 そうしてお菓子を堪能し始めるユイ。

 どれも美味しく見た目にも綺麗で食べるのが勿体ない程で、手間の掛かっていると分かる。

 茶葉も相当良いものを使っているのか、はたまたラスの入れ方が上手いのか今までにない美味しさだった。

 ユイは全種制覇を目指し意気込んだ。



「美味しい~」


「そうかそうか、それだけ美味しそうに食べてくれると用意した甲斐があったのう」



 あまりに美味しそうに食べるユイに、満足そうにしながらテオドールは目尻を下げ微笑む。

 その光景を見れば、本当の祖父と孫娘のようだ。



「あっ、そう言えばテオ爺様、少しの間王宮に居るなら私はどこの部屋で休めばいいの?」


「フィリエルの部屋で良いではないか」



 ユイが王宮で過ごす事を今初めて聞いた上に自分の部屋だと言われフィリエルは驚いた。



「ちょっと待って下さい!いつの間にそんな話に……」


「何じゃ、同じ部屋は不服か?」


「いえ……そんな事はありませんが」


「なら問題無かろう」



 問題所か寧ろ嬉しい……。フィリエルの心の内が聞こえたかのようにテオドールはニヤリと笑い、これでこの話を終わらせようとした時、フィリエルにとって衝撃の言葉をユイが放った。



「でもテオ爺様、エルには婚約者がいるんでしょ?一緒の部屋は問題大有りだと思うんだけど」


「はっ!?」


「昨日エルの部屋の前にいた女の人がそう言ってたけど」


「………エリザじゃな」


「はい、エリザ様です」


「です」



 知らぬ間にそんな誤解を受けていた事を初めて知ったフィリエルは大いに慌てた。

 何としても解かなくてはと。



「誤解してるようだが、エリザはただの幼なじみだ、婚約者じゃない」


「そうなの?」


「ああ、そうだ!」



 あまりに必死のフィリエルに、ユイは圧倒されながら納得した。



「それと、王子の部屋に女が一緒に泊まってたら変な噂になってエルが困るんじゃない?」


「それなら大丈夫じゃよ。フィリエルの部屋の周りは、普段から呼ばない限りあまり人は寄り付かないからのう。

 近付く者達も信頼の出来る者達で、変に噂を流す事もないじゃろうし、念の為わしからも忠告しておくから気にしなくて良い。

 ユイには只でさえ知らぬ王宮の中なのじゃから、フィリエルと一緒の方が心細い思いもせんですむし、安心じゃろう?」


「うん」



 確かに、緊張が続く王宮の中でフィリエルが側にいるのは安心出来ると、素直に納得したユイ。

 テオドールに上手く誘導された事には気付いていない。


 テオドールはフィリエルに近付き、ユイに聞こえないよう耳元でこっそり呟いた。



「へたれておらんと、この機会を無駄にするではないぞ。

 いくら魔王とてユイに似た可愛い孫でも出来ればあっさり許可するじゃろ」


「!!、~~~お祖父様!!」



 悲鳴のような非難の声を上げるフィリエル。

 テオドールは人の悪い笑みを浮かべる。



「この程度で動揺するなどまだまだじゃなあ、フィリエル」



 ユイにはテオドールが何を言ったか聞こえなかったが、からかう言葉を言った事は分かった。



「テオ爺様、あんまりからかったらエルが可哀想よ」


「なに、これはただの愛情表現じゃよ、ふぉっふぉっふぉ」



 高笑いするテオドールに根こそぎ気力を奪われ、ぐったりと疲れた様子のフィリエルに、ルカとジークとラスの気の毒そうな視線が向けられた。

 そしてフィリエルに更なる苦難が告げられる。



「そうそう、これからは背後に気を付けた方がよいぞ」


「なんです突然」


「ユイが王宮で過ごすという事は当然あやつも知っておる。

 昨夜可愛い娘が男と一緒の部屋で眠った事も耳に入っているはずじゃ」


「げっ!」



 準備も武器もないままラスボスと戦う可能性に、フィリエルは絶体絶命の危機を感じ顔を引き攣らせた。


 溺愛する父を知るユイもその危機を感じ取った。



「(エルは王子様なんだし、流石のパパも滅多な事しない……よね?)」



 王族に手を出す事はないだろうと思いつつも言い切れなかった。

 普段の暴走っぷりを知っているだけにユイはどうしても不安が拭えない。




 ***



 その頃、アレクシスの部屋では眼鏡を掛け所々白髪の生えた初老の男性、王宮筆頭医師オーガス。

 そして、細身で長身、神経質そうな雰囲気に背中まである長い髪の青年、青の隊長クライヴが訪れていた。



 ガーラント国の軍隊は、最高司令官たる大元帥を頂点とし、大きく分けて六つの部隊に分かれている。

 六つの部隊はそれぞれ色で呼ばれており、青の部隊は治癒術が得意な者達を中心に編成された部隊である。

 青の隊長クライヴはその部隊でのトップであり、治癒術に関して国内で右に出る者はいないと言われるほど優秀な人物だ。


 因みに近衛を示す色は金であり、フィリエルの教育係の近衛隊長ガイウスは金の部隊長という事になる。



 オーガスがアレクシスの状態を診察し終わると、難しい顔をしながらクライヴに一瞬視線を向け、アレクシスに結果を報告する。



「どうやら殿下の魔力は正常に戻られております。

 正直、最初に聞いた時はまさかと思いましたが治っているのは事実のようです」


「そうか」



 たまらずクライヴは身を乗り出す。



「殿下!本当にその少女が魔法を使い治したというのですか!?」


「ああ、そうだ。彼女が詠唱して光が吸い込まれるように体に入った後、体が一気に楽になった」




 オーガスとクライヴは未だに信じられないという顔をしている。



 医師の中で信頼と実力があり王宮で働く医師を纏める筆頭医師と青の部隊を纏め周囲から国内最高と呼ばれる治癒術士。

 その地位に就いている二人は、当然ながら己の実力に自信を持っている。

 その二人の目から見て、アレクシスの状態を治す事は出来ないと判断した。


 実際に二人には手に余るもので、魔力が安定するまで時間の経過を待つ以外の方法は思い付かなかった。


 それが、蓋を開けてみればまだ学生が治したと言うのだ、彼らの驚きは想像を絶するものがあった。



「現在、直接体内の魔力を抑えるような魔法はありません。

 フィリエル殿下が生まれてからは、そういった研究が活発に行われるようになりましたが実用には至っておりません。

 精々扉に構築式を刻み魔力が漏れないようにする程度で、人体に使うなどもってのほかです」



 オーガスの話を補足するようにクライヴが続ける。



「オーガス医師の言う通り、無機物に魔法を掛けるのと人体に掛けるのとでは全く違います。

 体内の魔力に干渉するとなると、かなりの危険が伴い下手をすれば魔法を掛けられる側だけでなく、掛ける側まで被害を出す事になるのです。

 現段階では余程緻密な魔力制御を以てしなければ不可能だと言われています。当然ながら私には不可能です」


「では彼女はクライヴを超える緻密な制御が出来ると言う事になるな」


「ですが、ただの学生が……」


「実際に私の体は治った。オーガスの話では、魔力が安定するまで最低三ヶ月は掛かるだろうと言われていたのにだ」


「………………」



 実際にアレクシスは治っているのでクライヴはそれ以上反論する事が出来ず口を結び黙り込む。

 クライヴは信じられないのだ、国内最高と言われ青の長官を務めるが故のプライドから、自分が出来ない事がただの学生に出来た事が。



「殿下、その少女と話をさせて頂く事は可能ですか?どうやったのか医師として興味があります」


「私も、お願い致します!」



 オーガスの提案にクライヴも自分も会いたいと声を上げたが、アレクシスは直ぐに答える事は出来なかった。

 アレクシスとしては会わせてやりたかったが、そう簡単にはいかない事を良く理解していた。

 障害となっているのはユイの保護者……。



「………会わせてやりたいが少し難しいかな」


「何か問題でもあるのですか?」


「いや彼女はね……カーティス宰相の娘なんだ」


「宰…相の……」



 オーガスもクライヴも上層部に位置する人間だ。

 当然、レイスが結婚して連れ子がいる事は知っている。

 ……そして、その連れ子を異常なほど溺愛している事も。



 今まで娘を公の場に出す事も国の関係者に会わせる事も一切しないのは、レイスが娘を溺愛していて悪い虫が付くのを嫌ったからだというのは上層部の間では有名な話。

 頼みに行った所で会わせてもらえる可能性は低い。



 それでもと、オーガスとクライヴは諦めきれず、無謀にも仕事が溜まり苛立っているレイスの執務室に乗り込みユイに会えるよう懇願したが…………。

 それを口にした途端、絶対零度の微笑みを向けられ部屋から追い出された。




 その後、二人の元に普段の数倍、机が埋まる程の大量の仕事が舞い込み、ユイが帰るまでの間仕事に明け暮れる事となり、ユイに会う事は叶わなかった。



 大量の仕事を送ったのが誰かは言わずとも知れているだろう。




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