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穏やかな朝

 大人が何人も寝そべられる広いベッドの上で、眠っていたフィリエルが目を覚ました。


 ぼんやりとした視界に映るカーテンの隙間から漏れる光に、朝である事が分かった。


 数日ぶりにぐっすりと眠り、寝起きの気怠さはあるものの体が幾分すっきりしたように感じられた。


 そして次第に思考が動き出す中、自分の異変に気付いた。



「魔力が落ち着いている……?どういう事だ……」



 眠りに就く前まで吹き零れそうだった魔力は普段の状態に戻っており、一体どういう事だとベッドに横になったまま体の体勢を変え横を向いた瞬間、どくりと心臓が跳ねた。


 隣には、すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてているユイが眠っていた。

 一瞬動揺したフィリエルだったが、直ぐに昨夜の事を思い出し納得した。



「(そうか、あのまま眠ったのか)」



 フィリエルは肘を突いて上半身を起こすと、ユイとの空いた距離を詰め身を寄せる。

 顔を覗き込むと、気持ち良さそうに眠るユイに自然と笑みが浮かんだ。



 もし今エリザがユイを見つめるフィリエルを見ていたならば、激しい嫉妬をユイにぶつけるか、逆に想いを断ち切るよう努力したかもしれない。

 それほどまでにその目には、愛おしいという思いが溢れて出ていた。



 フィリエルはユイの頬に手を滑らせると顔を近づけ、ユイの額にそっと一瞬触れるような口付けを落とした。



 少しの間ユイを眺めていると、ユイが身じろぎ、目を覚ました。

 フィリエルと視線が合うが、未だ夢と現実が分かっていないような様子のユイに、フィリエルは蕩けるような微笑みを向ける。



「おはよう、ユイ」


「……エ……ル……」


「ん?」


「お腹減った……」



 タイミング良くきゅるるると鳴ったお腹の音に、今まで甘い雰囲気を発していたフィリエルは脱力して枕に顔を埋めた。



 目を覚ますと男性と一緒のベッドに寝ていて、頬に手を添えられ体が触れ合うほど側にいる。

 普通、異性とそんな状況であれば好意の有る無しに関わらず、顔を紅くしたり悲鳴を上げたりしそうなものだ。

 フィリエルもそういった反応を期待していたのだが、ユイは紅くするどころか一切動揺はなく、口から発せられたのは色恋とは全く無縁のものだった。


 もうそれだけでフィリエルを異性として認識していない事がありありと分かる。


 ユイはまさか己の素直な欲求がフィリエルに凄まじいダメージを与えている事には気付くこともなく。



「どうかしたの?」


「いや……分かってはいたが、まさかここまでとは……それにしたってもう少し…………。

 くっ、魔王の攻略よりこっちが先だったな………」



 ブツブツと呟くフィリエルに、寝ぼけ眼だったユイもしっかり目が覚めた。



「大丈夫?」


「ああ、少し現実の厳しさを思い知っただけだ……問題ない。

 ……食事……そうだな食事にしようか……」



 ベッドから起き上がり肩を落としたまま食事を頼みに行ったフィリエルの様子に、ユイは首を傾げた。



 ***



 暫くすると、ルカとジークが部屋に入ってきた。

 二人はフィリエルの顔を見ると心配そうに側に駆け寄る。



「もう大丈夫なのか!?」


「ああ、随分心配させたみたいだな。もう大丈夫だから安心してくれ」


「本当に良かった」



 普段通りのフィリエルに、心配そうにしていた二人もようやく表情が安堵に変わる。



「それはそうと、お腹が減ったから食事の準備をしてくれないか」


「そうですね、直ぐに用意します」



 一旦退出し、再び戻って来たルカにより次々と料理が運ばれてきた。

 一般家庭ではまず出て来ることはないだろう、テーブルに並べられた色とりどりの料理の数々に、前日から食べていない空腹のユイは目を輝かせた。



「わぁぁ凄い、さすがは王宮専属の料理人が作った料理!ねえ、食べて良い?」


「ああ」



 食べ始めようとフォークを手にしたユイだったが、フィリエルの前にはスープだけしか置かれていない事に気が付いた。



「エルはそれだけ?他の料理は食べないの?」


「ずっと部屋に篭もってて殆ど食べてなかったからな、俺は消化の良いスープだけだ。

 代わりにユイが一杯食べてくれ」


「じゃあ遠慮なく、いただきます」



 言葉の通り遠慮なく次々と料理が消えていく。

 一応小さい頃から礼儀作法を教えられていただけあり、食事の作法にも躊躇うことなく綺麗に食べていく。


 幸せそうに食べていくユイを、フィリエルは穏やかに微笑みながら見つめる。



「よっぽどお腹が空いてたんだな」


「だって昨日昼食を食べてる途中で邪魔が入っちゃったから」


「ユイを呼びに行った時の事か、それは悪かったな。今回の礼も兼ねて今度何かでお返しするよ」


「じゃあ、合宿の時、街での買い物に付き合ってね。皆に沢山お土産買って帰るから一人じゃ大変だし」



 楽しそうに話すユイにフィリエルは苦笑する。

 その言葉を聞いたルカとジークは、王族に荷物持ちをさせる気か!っと言葉には出さないものの、驚愕の視線をユイに向ける。



「付き合うのは良いが、俺が人混みの中を歩くのは色々問題が有りすぎて無理だと思うが」


「大丈夫何とかなる」


「いや、何とかって……」



 それからも親しげなユイとフィリエルのやり取りにルカとジークは珍しいものを見たというような表情を浮かべていた。



 食事が終わり一息つくと、真剣な表情のフィリエルが意を決したように口を開いた。



「これから兄上の所に向かう。ユイ、一緒に来てくれないか?」


「うん」



 ***



 アレクシスに会いに行く前に、父親のベルナルトに面会をしようとしたのだったが、ベルナルトは溜まりに溜まった政務を行うのに必死で、今は面会出来ないとの事だった。

 それならば仕方がないと、アレクシスの部屋に向かった。



 部屋へと向かう途中では特に何かを話すことはなく……この場合はどちらかと言えば話せなかったが正しいだろう。

 フィリエルのこれからの兄との対面に緊張した面持ちは、ルカとジークが声を掛けるのを躊躇うほどで、ユイも何かを言うことなくただフィリエルの後に付いて行った。


 しかし、この時ユイが何も言わずにいたのは別の事に気を取られていたからだった。



 道すがら何人かとすれ違った。

 その事は何ら問題ない。ここは王宮であり、騎士や侍女が通るのは普通の事だ。

 ユイが気になったのはその者達がフィリエルを見た時の目。



 フィリエルが通るのを見ると端に寄って頭を下げるのだが、その目は王族に対する畏怖や敬意だけではない、どこか危険なものに触れないようにするような怯えを含んでいた。


 フィリエルが周りから恐れを抱かれていると聞いてはいたが、ユイ自身は問題無く触れられ、触れられないテオドールもセシルとカルロも、内心どう思っているかはユイには分からないが、恐れる素振りなど一切無い普通の対応だった為、今までそれを実感する事はなかった。


 しかし、初めて周囲のフィリエルに対する反応を目の当たりにして、ようやくそれを実感したユイは、少なからずショックを受けた。



「(エルはいつもこんな視線を浴び続けてたんだ………)」



 考え事をしながら歩いていたユイは、止まったフィリエルに気付かずそのまま顔面をぶつけた。



「うっっ」


「悪い、大丈夫か?」


「うん平気、ちょっと余所見してた」



 ようやくアレクシスの部屋まで辿り着いたのだが、フィリエルは緊張した様子でノックをするでもなく声を掛けるでもなく、扉の前に立ったまま動かない。


 不意にユイがフィリエルの左手を両手で握ると、一瞬肩を震わせ、ユイが微笑み掛けると少し緊張がほぐれたのかフィリエルから肩の力が抜けた。



 もう大丈夫だと、告げるように僅かに口元を緩め、空いた右手で軽くトントンとユイの手を叩く。

 それを理解したユイはゆっくりと手を離した。

 ユイが触れられる事を知らなかった後ろの二人は、躊躇わず触れたユイに声が出ないほど驚いていたのだがユイとフィリエルは気付いていない。



 フィリエルは前に向き直り扉をノックすると、側付きらしき男性が現れた。

 フィリエルにとってのルカとジークに当たる存在で、幼少から仕えているアレクシスの護衛だ。

 最も、フィリエルの場合は事情により二人が付いたのは大分成長してからだったが。


 男性は一礼すると部屋の中に招き入れた。




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