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受け入れる器

 当時の事を思い出し自然とユイの顔に笑みが浮かぶ。


 突然泣き始めたユイに、フィリエルと兄二人は慌てふためき、泣き止ませる為に四苦八苦していた。

 その後は、存分に泣いて涙が収まったユイと、セシルとカルロはそこに泊まり、少し元気になったフィリエルとゲームをしたり話したりしながら騒いで過ごし、テオドールはその様子を楽しそうに眺めていた。


 帰る時になって泊まるのを母に伝えていない事に気付いて慌てたが、カルロが上手く話をしていたようで、その要領の良さにユイは感心したものだ。



 またあの時のように大騒ぎして楽しい時間が過ごせたら、きっとフィリエルも元気になるはずだとユイが考えていた時、扉をノックする音が聞こえた。 



 扉が開くとテオドールが入って来た。

 続いて入って来たベルナルトとアリシア、ガイウスを見て、ユイはベッドから下り礼を取ろうとしたが、テオドールにそのままで良いと止められる。



 四人がベッドの方へ近付くと、テオドール以外の者の視線がしっかりと握られたユイとフィリエルの手へと向かい、三人は信じられないものを見るような驚きの表情を浮かべる。


 テオドールはさらに近付き、眠っているフィリエルの顔を覗き込む。



「ふむ、少し顔色が悪いようじゃの。フィリエルの様子はどうじゃった?」


「少し魔力が暴走して、抑えきれなくなってました。

 そのせいで部屋からも出て行けなかったみたいです」


「その割には魔力が漏れておらんようじゃが………」



 テオドールはフィリエルと部屋の中を見回すが、暴走していたならば溢れているはずの魔力の痕跡はどこにも感じられなかった。



「魔力の暴走は私が抑えました、ついでに部屋の魔力も消してあります」


「抑えた……ユイがか?」


「はい」



 その答えはテオドールにも思いもよらないもので、目を丸くした。



「そんな事が出来るのか?」



 フィリエルが普段使用している魔力を遮断する手袋や部屋に使われている扉などは存在している。

 しかし、フィリエルが生まれて何年も国の研究者達が色々な魔法を作り出し研究しているが、内包する魔力自体を抑える魔法も魔具も未だ作られていないのが現状だ。


 それ故にフィリエルが暴走を起こしたならば、フィリエル自身に抑えてもらうしか方法はない。



 しかし、ユイは何て事のない世間話のように至極あっさりと話す。

 これにはテオドール初め、後ろで話を聞いていたベルナルト達も驚きを隠せないでいた。



「この四年間エルとは会えなかったけれど、エルの為に私が出来る事をずっと考えていたんです」



 その強い思いを含んだ呟きに、ユイの得意としているものを思い出したテオドールは眉尻を下げる。



「昔といい、今回といい、ユイには助けられてばかりだのう」



 本来ならば身内で解決しなければならない問題なのにと思ってはいても、ユイに頼む以外に方法は思い付かなかった。


 思春期の四年という年月はとても長い。

 過去の思い出となっていても、おかしくないというのに、ユイはその年月を過去にせず、ずっとフィリエルの為に動いていたと言うのだ。


 テオドールは心を砕いてくれるユイに深い感謝を感じた。




「それでのう、もう一つユイに頼みがあるのじゃが」


「頼みですか?」


「うむ、こんな事があってフィリエルも精神的に弱っておるし、数日の間この王宮に滞在してもらいたい。

 わしとしてもユイが側に居てくれれば安心じゃ。

 フィリエルが魔力を暴走しておったのなら尚更、側に居てやってはくれんかのう」



 テオドールの突然の提案に驚いたが、フィリエルが心配なユイには何ら文句はない。

 しかし、ただ一つ、とてつもなく厄介な気掛かりがあった。



「私は構いません、私もフィリエルが心配だし…………けど、父が何て言うか………」



 ユイは複雑そうな表情を浮かべる。



「それならば心配せずとも良い。レイスにはきちんと了承を得ておるからのう。

 ユイの母と祖父母にはレイスが話をしておいてくれるそうじゃ」



 それを聞き、レイスならば必ず反対すると思っていたユイは驚き、目を丸めた。



「絶対に怒って反対すると思ってました」


「多少はのう。

 じゃが、最後は納得しておったから安心しなさい」



 ベルナルト達は、あれが多少の一言で済むような度合いなのか?と思いはしたが口には出さなかった。

 しかし、その何とも言えない複雑そうな顔になったベルナルト達を見たユイは、何があったのか大方の予想は出来た。

 経緯はどうあれレイスが反対していないならば尚の事ユイに断る理由はない。



「それなら、少しの間お世話になります」


「むしろ世話になるのはこちらの方じゃ、気楽に過ごしてくれれば良い」



 頭を下げるユイに苦笑するテオドール。

 そこにベルナルトが歩み出てきた。



「ユイと言ったな」


「はい」



 フィリエルやテオドールとは親しく話すとは言え、王族はやはりユイから見れば雲の上のような存在だ。

 その王に話し掛けられ、ユイは緊張して姿勢を正す。



「息子が世話になった、心から感謝する」


「フィルの事、本当にありがとう」



 ベルナルトに続いてアリシアも感謝の言葉を述べた。

 この人達がフィリエルの両親なのかと、会えた事に感動のような喜びを感じながらも、国のトップに礼をされるという普通なら有り得ない状況に、普段冷静なユイもどう反応して良いのか分からなかった。



「あっ、いえ…恐れ多い…です」


「はははっ、そう気を張らずとも良い。

 暫く王宮で過ごすならば顔を合わせる機会も多いはずだ、楽に接してくれ」


「ええ、そうよ」



 至高の地位にありながら、優しく笑い気さくに話す二人に、やはりフィリエルとテオドールの身内なのだなと、好感を抱いた。





「ではまた明日、今日はゆっくり休みなさい」



 あまり長居をしていてはフィリエルが起きるかもしれないと、気を利かせたテオドールがそう言うと、ユイを残し全員部屋から退出して行く。


 テオドール達を見送り、緊張から脱したユイは、肩の力を抜いた直後はっと何かに気付いた。



「ご飯食べてない………」



 昼食の途中に邪魔され王宮に連れて来られた為、満足に食事を取っていない。

 そればかりか色々と話し込んだ為に既に外は真っ暗で、いつの間にか日付が変わろうとする時間帯になっていた。


 先程テオドールが休むようにと言ったという事は、誰かが食事を持ってくる可能性は限り無く低い。

 もしかしたらという気持ちは捨てきれず暫く待ってみたが、やはりその気配は全くない。

 仕方なくフィリエルの横に寝転び不貞寝する事にしたが、考えれば考えるほど空腹を感じてしまう。



 ぐうぅぅという、悲しいお腹の叫びが、静かな部屋の中に虚しく響き渡った。



 ***



 部屋から出たベルナルトは、真偽を確かめようとテオドールに詰め寄った。



「父上!」


「なんじゃ騒々しい、もう夜中じゃぞ」


「なんじゃっ、じゃありません!

 あの少女はフィリエルに触れていました、手袋もしていないフィリエル自身にです!

 それに他者の魔力を抑えるなど国の研究者達ですら出来ないというのに、彼女は何者です!?」



 アリシアとガイウスも気になっていたのか、じっとテオドールが話すのを待っている。

 テオドールは歩みを進めたまま口を開いた。



「何者もなにも、あのレイスが溺愛しておる愛娘じゃよ。

 ユイが無事なのはな、おそらく器が強く大きいのじゃろうて」


「器、ですか?」



 ベルナルトは訝しげな表情を浮かべた。



「そもそも人は誰しも魔力が多少は漏れておるものじゃ、意識して抑えない限りはの。

 なのに何故フィリエルには触れるとあのようになるのか……。

 それはフィリエルから漏れる強い魔力に、その者の器が耐えきれられないからじゃ。

 例えるならば、燃え盛る溶岩を薄いガラスの入れ物に流せば途端に砕け散ってしまうようなものじゃのう。

 だからわしやガイウスは、その魔力が入って来ぬよう魔力で防御する事で触れられるのじゃ」



 ベルナルト達はテオドールの説明を神妙な顔をしながら聞き入る。



「ユイには魔力が入ってきても受け入れるだけの強い器を持っておるから、わしらのように防御せずとも素のままで触れる事が出来るのじゃろうて」


「なるほど、理屈は分かりました、まだ気になる事は有りますが……。

 それはそうと、あの少女がフィリエルの言っていた初恋の子なのですか?」


「そうじゃよ」


「何故よりにもよって、あのレイスの娘を………」



 ベルナルトは、複雑そうな顔で深く溜め息を吐く。

 アリシアとガイウスも何とも言えない表情を作った。



「仕方無かろう、あやつがユイの母親と結婚したのは半年程前じゃ。

 フィリエルは勿論、わしとてユイがレイスの娘になるなどと全く思っておらんかったわ。

 セイゲルの所に養子にすれば貴族共も文句を言わず簡単に事が運ぶと思っておったのに、やつの攻略となるとそう簡単にはいかんぞ」



 セイゲルとは公爵の当主でテオドールとは従兄弟に当たり王族の血も強く引く、テオドール在位の時には宰相も勤めた信頼の厚い人物だ。


 ユイは以前は伯爵の令嬢で有ったが、両親の離婚により母に引き取られ、ただの平民として生きる事になった。

 フィリエルと一緒になるとなれば、その事に不服を言う者が必ず出て来る。


 テオドールはユイを公爵家の養女とする事で、身分だなんだとうるさい貴族達を黙らせる算段を付けていた。

 フィリエルとユイが通じ合えたならば、直ぐにでも実行に移す気でいたのだが、レイスが父となってしまっては全くの無意味となってしまった。



「かなり溺愛しているようでしたからね、簡単に嫁に出すと言わないでしょう」



 宰相の娘であれば身分は問題なくなったのだが、その他大勢の貴族達を説得するより難易度が遙に高くなってしまった。


 息子のこれから起こるであろう苦労にベルナルトが頭を悩ませている時、アリシアが躊躇いがちに口を開いた。



「あの……彼女を部屋に置いてきてしまいましたけど、宜しかったのですか?

 年頃の男女が一夜を共にしたとカーティス宰相がお知りになったら、烈火の如く怒り狂うのでは……」



 アリシアの言葉に、漸くその事に気付いたベルナルトは、大いに慌てた。



「問題なかろう、存外フィリエルはへたれじゃからな、何も起こらんだろう」


「いや、しかしですね……」



 思い人が隣にいて部屋で二人っきり、そんな状況で手を出さない保証はないではないか。

 そんなベルナルトの心配をよそに、テオドールはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 それを見て長いつき合いのガイウスは、また何か悪巧みを考えているなと、嫌な予感がした。



「むしろ何かあった方が、わしは大歓迎じゃ。

 既成事実を作ればレイスも諦めがついてとんとん拍子に話が進むかもしれんからのう。

 ふぅおっふおっふおっ」


「あら、念願の娘が出来るかもしれませんね」


「………その前にフィリエルが暗殺されないか心配だ」



 ずっと娘が欲しかったアリシアは息子の危機を忘れ嬉しそうにしているが、ベルナルトとガイウスは心の底から我が子と育ての子の未来を案じた。






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