過去の記憶
それはまだユイがオブラインの屋敷で暮らし、フィリエルと何度も会うようになってから暫く経ったある日の事。
ユイに子爵の使いの者が会いに来たと知らされた。
しかし、ユイにはそんな貴族の知人には覚えがなかった。
ちょうどその時、セシルとカルロも一緒にいたので、二人もユイと共に来客が通された応接室に向かう。
部屋にいたのは20代前半と思われる、全身黒い服の男性だった。
男性はユイ達が入って来たのを見ると、ソファーから立ち上がり礼をとった。
そして男性は服の内ポケットに手を入れて出し、その手は握り締めたままでユイの前に近付き膝を付いてユイと同じ目線になると、握った手を開いた。
手の平の上には一角獣の紋章が彫られた指輪。
男性は直ぐに指輪を内ポケットに戻してしまい、ユイにはそれが何を意味するのか分からず首を傾げたのだが、それを見たセシルは扉を開け周りに人が居ないことを確認し扉の鍵を掛け、カルロは部屋のカーテンを全て閉めていった。
ユイはその様子を呆気に取られて見ていた。
「兄様、どうしたの?」
「ユイ、これはテオ爺の指輪だよ」
本名を悟られたくない時やお忍びで外でこっそり合う時などに、使われていたテオドールの呼び名。
テオドールの指輪だと知ったユイは驚き、次いで男性に視線を向けた。
「主からユイ様をお連れして来るようにと遣わされました。
これから一緒に来て頂きたい」
突然の事でどう答えようか迷っていると、セシルとカルロが口を挟んだ。
「俺達が一緒でも?」
「はい、お二方もご一緒で構わないとの事です」
「急に呼ぶなんて今まで無かったのに何があったんだ?」
「私からは何もお答えすることは出来ません」
その後もセシルとカルロは次々と男性に質問していき、聞きたい事が無くなったのか会話を終えると、二人はまだ状況が理解出来ていないユイに向き直った。
「テオ爺がユイに会いに近くまで来てるらしいんだけど、会いに行こうか?」
今まで無かった急すぎる誘い、そして二人と男性の様子からただ会いたいからが理由でない事はユイにも分かった。
「何か……あったんですか……?」
「申し訳ございません、私からは何もお話する事は出来ません」
不安に駆られ男性に聞くがやはり詳しい事は聞けず、セシルとカルロに視線を向ける。
不安そうなユイの頭をカルロが撫で、セシルが優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、それよりユイはどうしたい?ユイが行くなら俺達も付いて行くよ」
「行く、行きたい」
「じゃあ直ぐに準備しよう、カルロ」
「おお!母様や使用人達に上手く言ってくるぜ」
セシルがカルロを呼び視線を合わせると、それだけで何が言いたいのか分かったようで急いで部屋を出て行った。
セシルは男性に準備して来ますと一言告げると、ユイと部屋に戻り急いで準備に取り掛かった。
***
ユイ達は男性と共に馬車に乗り、テオドールがいるという王都の宿に着いた。
宿は粗末ではないが、とても王族が使うような高級宿ではなく、中流階級の者が使うようなごく一般的な宿。
テオドールが普段お忍びで街に出る時に使っている宿で、ユイ達にも覚えがある場所だった。
その宿で最も良い部屋に案内され、中に歩みを進めるとすぐにテオドールが目に入ってきた。
「おおユイ、突然呼び出してすまなかったのう」
ユイ達を見て笑顔で歩み寄って来たテオドール。
どことなく、疲れたように見えるのはユイの気のせいではだろう。
「こんにちはテオ爺様、どうしたの突然?」
「ああ、………急で驚いたじゃろうが、少しユイにフィリエルと会ってもらいたくて呼んだのじゃよ」
ユイは部屋の中をきょろきょろ見回す。
「ねえテオ爺様、エルは?」
そのフィリエルの姿が部屋に見当たらない。
「フィリエルならそこの扉の部屋じゃよ。………会ってやってくれるかのう?」
「うん!」
嬉しそうに部屋に入って行くユイをテオドールは憂いを帯びた顔で見守っていた。
部屋の扉を見つめているテオドールにセシルが声を掛ける。
「テオ爺?」
テオドールは今やっと気付いたかのようにセシルとカルロに視線を向ける。
「おお、お前達も急にすまなかったのう」
「別にそれはいいけどさ、何かあったのか?
わざわざ使いを出してまで呼び出すなんて今まで無かったし」
カルロの問い掛けに、悲しみを浮かべた顔で話し始めた。
「実はのう………」
2人はフィリエルに起こった事の顛末を聞かされた。
***
ユイは扉を開け隣の部屋に入りながら、フィリエルとは何度も会っているというのに何故会ってくれるかと、わざわざ確認を取るような言葉を言ったのかとユイは少し疑問に思った。
部屋に入れば、灯りも点けずソファーで膝を抱え顔を押し付けるように俯いて座っているフィリエルを見つけた。
「エル?」
顔を伏せたまま動かないフィリエルを不信に思いながら歩み寄り、手を伸ばし触れようとした時フィリエルが声を上げた。
「触るな!」
突如上げられた部屋に響き渡る怒鳴り声に、ユイは体をびくりと震わせた。
「エル、どうしたの?」
「いいから、部屋から出て行ってくれ!」
様子がおかしい事に気付き、恐る恐る口を開いたユイだったが、返ってきたのは激しい拒絶。
いつも優しく穏やかなフィリエルからのその言葉は、刃のようにユイを傷付けた。
だが、立ち上がり顔を上げユイを見たフィリエルは、酷く怯えた目をしていた。
最初は拒絶により体は硬直し顔も強ばっていたユイだったが、その目を見て何か理由があるのではと近付いたが、フィリエルは怖がるように後ずさる。
理由はユイには分からなかったが、このまま離れては駄目だとユイの中の何かがそう告げていた。どこか危うさを感じるフィリエルとの距離を一気に詰め抱き付いた。
フィリエルは慌ててユイを引き剥がそうともがいたが、ユイは離れまいと必死にしがみつく。
「ユイ離せ!」
「嫌!」
長い攻防の末、引き剥がすのは無理だと諦めたのか、フィリエルの動きが止った。
「………ユイは俺が怖くないか?」
静寂に包まれた中、ぽつりと呟かれたその言葉にユイは激しく首を横に振り否定する。
理由を知らないユイにはフィリエルが何を思ってそう口にしたのか分からなかったが、フィリエルを怖いと思った事は一度としてないと断言できる。
それが伝わったのか、フィリエルはぽつりぽつりとどこか遠くを見ながら呟く。
その呟きは次第に強いものへと変わっていった。
「何で……どうして……俺だけこんな力持ってるんだ……。
ユイ、怖いんだ……俺だけじゃない、周りも俺の力を怖がってる。
俺だって欲しくなかった!こんなもののせいで、彼女は……!
…………違う、俺がもっとちゃんと制御出来てれば……俺のせいで」
「エル、エルのせいじゃない。私はエルの事怖くないよ」
ユイには何の事を言っているのか意味は分からなかったが、涙を流しながら拭うことすら忘れ、悲しそうに苦しそうにまるで自らを傷付けるように言葉を吐き出すフィリエルに胸が痛み涙が溢れてきた。
最初はただ静かに涙を流すだけだったフィリエルだが、次第に嗚咽を漏らし、最後には二人共疲れて眠ってしまうまで一緒になって声を上げて泣き続けた。
次に目を覚ました時、まだ悲しみの色が消えたわけではないが、どこかすっきりとしたフィリエルと、その様子に安堵したユイは、お互いの真っ赤に腫れた目蓋に顔を見合わせて吹き出した。
「エル、凄い顔」
「人の事言えないだろ、ユイもだぞ」
そう言いながらフィリエルはユイの赤くなった目元に手を触れた。
今度は怖がる事はなく、いつもの穏やかな表情で………。
「悪かった、声を荒げたりして。怖かっただろ?」
「ううん、びっくりしただけ。怖くなんてないよ、エルだもん」
「そうか」
それから最初入って来た部屋に戻ると、まるで自室かのように寛いでいるセシルとカルロがいた。
「あっ、やっと出て来た。二人共凄い顔だな、兎みたいになってる」
「ユイに何かしてないだろうな。
まあ、へたれなフィリエル君には無理だろうけどな、あははははっ」
「お前ら……」
いつもと変わらぬ態度でじゃれ合う兄達とフィリエルの様子を眺めていると、視界の隅でテオドールが隣の部屋に行くのが見え、その後に付いて行く。
「テオ爺様」
「おお、どうしたのじゃ」
「あのね、ちょっと気になって……エルに何かあったの?」
フィリエルの様子からずっと気になっていたのだが本人には聞きづらく、知っていそうなテオドールに聞きに来たのだが、聞いた瞬間悲しそうに顔を歪めたテオドールに聞くべきではなかったかと後悔する。
テオドールはユイと目線を合わせるように膝をつき、ユイを抱き締めた。
「どうしたの?」
「すまなかったのう、ユイのお陰じゃ。
本当に、本当にありがとう……っ」
「テオ爺様?」
テオドールは涙を流し何度も何度もユイに感謝の言葉を言った。
訳が分からなかったユイは、そこで漸く今までの経緯を聞かされた。
話を聞いたユイに浮かんだのは昨日の自分を責めるフィリエルの光景。
大事な人を亡くし、己の力に苦しんでいたフィリエルの悲しみを想像し、ユイはフィリエルの所に戻るとフィリエルにしがみついて再び大声で泣き始め、周りを大いに慌てさせることになった。
読んで頂いて有難うございます。




