呼ばれた理由
部屋に入れば、まだ伯爵の娘だった子供の頃に会った時の、ユイの記憶と変わらぬテオドールが目に入ってきた。
「久しぶりだのユイ」
「お久しぶりでございます、テオドール陛下」
テオドールに声を掛けられるとユイはすぐさま顔を伏せ、子供の頃の礼儀作法の記憶をかき集めて礼をとる。
何度か会っている先王だけなら多少の事は目を瞑ってくれるだろうが、チラリと見回した部屋の中には他の王族らしき人物もいたので失敗出来ない。
実際に部屋の中にいたのはテオドール以外にベルナルト王とガイウス、フィリエルが気になり様子を聞きに来ていたアレクシスとアリシア王妃といった王族が勢揃いしていた。
ユイは気を抜いたら引き攣りそうになる顔を必死でこらえ、内心では作法が間違ってないかビクビクしていた。
しかも、パン屋で作業していた服のままで来ていたので、着替えてくれば良かったと激しく後悔する。
「ほう」
ユイは元々、両親が離婚するまでは父親のオブライン伯爵家で育ったので、一通りの礼儀作法は叩き込まれている。
しかしそんな事を知らないテオドール以外の者は、ただのパン屋の娘が取った、完璧な貴族の立ち居振る舞いに目を見張り、ベルナルトは感嘆の声を上げる。
「そう固くならんで良い、もっと近くに来なさい」
テオドールに言われおずおずと歩み寄る。
「うんうん、少し見ない間に大きくなったのう。
それに綺麗になった」
まるで久しぶりに会った孫の様に、目尻を下げ優しく話すテオドールに、最初は緊張で固くなっていたユイもホッと肩をなで下ろす。
「父上そろそろ本題に入ったらどうですか?」
再会の喜びに水を差されテオドールの眉間にしわが寄る。
「せっかちな息子じゃ、少しぐらい良いではないか」
「父上、今はそれどころではないでしょう!フィリエルが大変な時だと言うのに」
そのベルナルトの言葉に一気にユイに緊張が走る。
フィリエルに何が有ったのかと問いかけるようにテオドールに視線を移す。
「そう不安そうな顔をせんで良い。
ちょっとした問題が起こってな、その為に今回呼ぶことにしたのじゃよ」
テオドールは苦笑し、ユイを安心させるように肩をポンポンと叩く。
「実は先日、ここに賊が入って……」
話を始めようとしたテオドールにガイウスが口を挟む。
「お待ち下さい!部外者に話すのは……」
「ええい、うるさい、説明は必要じゃろ。
フィリエルの為じゃ、少し黙っとれ」
フィリエルの為と言われては何も言えず開いていた口を閉じ後ろに下がる。
「賊って……まさか怪我を……」
賊という言葉にユイの眼が揺れる。
まさか怪我をしたのではないか、大丈夫なのかと嫌な考えが過ぎる。
「大丈夫じゃ、フィリエルは怪我はしとらん。
むしろ賊に指一本触れさせず倒して賊の方が大変じゃったからな」
フィリエルが無事と聞き安堵したが、なら何故自分が呼ばれたのかと疑問が浮かぶ。
それに、軍の中で精鋭中の精鋭の者が集まった近衛騎士が守る最も警備の堅固なはずの王宮で、王族の所まで賊が侵入したなど考えられない。
近衛騎士にとってかなりの失態、ヘタをしたら責任問題で隊長が変えられてもおかしくない。
「この王宮の中にまで賊が入って来たんですか?」
ユイのその素朴な疑問に、近衛隊長で王族の身辺警護の責任者でもあるガイウスが、苦虫を噛み潰したような何とも言えない顔になった。
「ユイも最近まで一部の貴族達の間で、後継者争いがあったのは知っているじゃろう」
「はい、詳しくは知りませんけど」
「その時にかなり多くの貴族を粛正する事になった。しかし、それに不服を申す者が沢山居てのう。
まあ、ほとんどが親類や取引相手で、その者が罪に問われると自分達が困るという何とも自分勝手な理由じゃろうが、当然却下した」
その時の証拠は完璧な物だった。なにせ中には過去に王族が降嫁したような家や、王に進言出来る地位が高い貴族も数名含まれており、もし不備があれば言い逃れや口を挟む輩が出て来かねないので証拠集めは慎重に行われたのだ。
結果、言い逃れや助け舟を出そうとする者達を一蹴するほどの証拠の数々に、不服を言い出した者のほとんどが口を閉じ不服を撤回していったのだが……。
「証拠は十分揃っていたからほとんどの者は諦めたのじゃが……。
以前粛正された貴族に恩が有ったようで、浅はかにもその貴族を粛正した我々王族を逆恨みし殺害しようとしたのじゃ」
「けど、しようとした所で簡単に出来るものではないのでは?」
王宮内、特に王族の近くには常に警護の者が居るはずなのだ。
「そやつは軍の上層部の一人でな、王宮内の人員の配置や人数、交代の時間も把握していて穴を抜けて賊を侵入させたのじゃよ。
まあ、直ぐに騎士達が異変に気付いて賊を捕らえ、実行犯も捕縛し今は牢の中じゃ」
内部の犯行となれば流石の近衛騎士達も対処が遅れるのも仕方がないかもしれない。
しかし、ユイにはますます分からなくなった。
賊は捕まり犯人は牢の中、フィリエルが怪我をしたわけでもなく何の問題もなく解決したように思う。
しかも、王宮の後継者争いや賊の侵入などはユイには関わりがないはずだ。
「あの、私には問題が解決したように思うのですが。
何故呼ばれたのでしょう」
「確かに犯人は捕まって解決したのじゃが、その時に問題が起こってのう。
賊にアレクシスとフィリエルも応戦していたのじゃが、賊が放った魔法からアレクシスを守ろうとして庇ったフィリエルがとっさにアレクシスに触ってしまったのじゃ。
しかも、その時フィリエルは戦っておったから魔力を抑えておらなんだ」
「っっ……………」
頭を叩かれたような衝撃を感じた。
魔力を抑えていないフィリエルに触れた………。
フィリエルの魔力は、過去の歴史に名を馳せた魔術師を振り返ってみても強大なのだ、そのフィリエルに触れ、抑えていない魔力の影響を受けたとしたら命を落としていてもおかしくない。
「……それで……アレクシス殿下は?」
いくら事故とは言え、下手をしたら王子が王太子を殺したと大きな騒ぎに成りかねない。
ユイは掠れるような声で呟く。
「アレクシスなら大丈夫じゃ。ほれ、そこにおるじゃろ。
とっさに防御したお陰でそれほど大したことはなかったようじゃ」
「大したことって……。
今も結構いっぱいいっぱいなのですが……これでも一応死にかけたのですから、もっと労って下さいよ 」
テオドールが椅子に座っている青年に指を指した事で、ユイはその人物がアレクシスだと分かった。
ジッと注視するなど不敬かもしれないが、今のユイにはそんな所まで考える余裕は無かった。
実際はどうかは分からないが、ユイが見た限りでは、顔色は少し悪いようだが普通に椅子に座れる程には大丈夫そうでひとまず安堵する。
しかし、直ぐに別の事が気にかかった。
「エルはどうしたんですか?」
そう、この部屋には王族が揃っているというのにフィリエルだけがいなかった。
「ユイを呼んだのはそれが理由じゃ。
ほれほれ、またそんな不安そうな顔をするでない、別に怪我をしたり寝込んでいる訳ではないのじゃから。
ユイに会えば直ぐに元気になる」
よほど不安そうな顔をしていたのか、テオドールが落ち着かせる。
「フィリエルは元気じゃ。
しかし、アレクシスに怪我をさせてしまった事がかなり堪えているようでのう。
部屋に籠もったまま、誰が声を掛けても出て来ぬのじゃよ」
テオドールだけでなく、部屋にいた他の者達も悲しく苦しげな顔を浮かべる。
テオドールの説明で漸くユイは自分が呼ばれた理由が分かった。
「エルの所に連れて行って下さい」
早く会いたかった、早く会ってフィリエルの様子を確認して安心したかった。
ユイの返事にテオドールは安堵した顔になった。
しかし、慌ててガイウスが止めに入った。
「お、お待ち下さい!
フィリエルに会えたとして、もし彼女が傷付いたりしたら……」
ベルナルトも危険性に気付き止めに入る。
「そうですよ、父上。
もしフィリエルが部屋から出ても、この少女が傷付いてフィリエルが魔力を暴走でもさせたりしたら大変なことに」
「ユイなら大丈夫じゃ、のうユイ」
テオドールに話を振られたユイは、力強く頷いた。
納得がいっていなかったが、父としても先王としても信頼の厚いテオドールにより問答無用で話が進む。
「ジーク、ルカ、二人はユイをフィリエルの所まで連れて行ってやってくれ。
それと、ジークはレイスを、ルカはエリザをこの部屋まで連れてきてくれ」
連れて来いと言われた相手に、途端に二人は顔色を悪くする。
何故よりによってその二人なんだと声を上げて拒否したいが、反論など許される筈もなく、無言で一礼する。
すると、今まで事の成り行きを見守っていたベルナルトが口を挟む。
「父上、本当に彼女一人で大丈夫なのですか?
そもそも、これだけ私達が声を掛けても扉を開けなかったのに開けますかね」
「ああ、安心せい、大丈夫じゃ。
ユイが来たと分かれば奴は三秒で扉を開けよるわ」
そんな馬鹿な。
あれだけフィリエルに近しい親や祖父が話し掛けても開かなかったのに、簡単に行くはずがないだろうとユイとテオドール以外の全員が思っていた。
「ではユイ、フィリエルを頼んだぞ」
「はい」
ユイは一礼して部屋から退出する。




