いつもの朝
「…ゆ…め……」
ベッドに寝ていた少女が空を切り取ったような水色の瞳をした目を開き、見慣れた部屋の天井を目にしてぼんやりと呟いた。
まだ寝ぼけ眼で体を起こし時計を見ると、いつも起きる時間より早い時刻をさしていた。
懐かしい昔の夢に、もう一度見たさに二度寝したい気持ちは山々だったが、そうすると確実に寝坊しそうなので仕方なくベッドから起き上がる。
服に着替え、毛先の方が軽くウェーブのかかった薄い茶色の髪を後ろで一つに結び、あの日彼から貰ったペンダントを付ける。
あれから四年の月日が経ったが、あの日を最後に彼とは会っていない。
いや、会いに来てくれないが正しいかもしれない。
すこし沈む気持ちを抑え、そろそろ起きて働いているだろう祖父母の手伝いをする為、部屋を後にする。
一階にある店に向かうと、案の定祖父母はせわしなく働き始めていた。
「あら、おはようユイ。
今日はずいぶん早いわね」
店に入ってきたユイの姿を目にし、祖母が笑顔で迎える。
「おはよう、何だか目が覚めちゃって」
「だったらお祖父ちゃんの手伝いをしてくれるか?」
奥から白い服と帽子という格好をした祖父が出て来た。
朝早くだというのに元気一杯だ。
「うん、この商品並べていけばいい?」
「ああ、頼んだぞ」
ユイはエプロンをすると、祖父母の手伝いを始めた。
手伝うのはいつもの事で、慣れた手付きで準備をして行く。
ユイが住んでいる祖父母の家は、 家に併設してあるパン屋を営んでいる。
祖父の作るパンは美味しいと評判が良く、遠くからわざわざ買いに来る人がいるほどだ。
普通のパンだけでなく、季節のフルーツを使ったデニッシュや焼き菓子なども人気だ。
元々は、パンしか置いていなかったのだが、祖父が甘い物が好きなユイの為に作った余りを常連に配ったところ好評で、それからお店に出すようにしたのだ。
今ではそれを目当てに来る人もいて、王都ではちょっとした有名なお店になった。
「あら、もうこんな時間。
ユイ、そろそろ準備しないと学校に遅れるから手伝いはもういいわよ」
「うん、分かった」
ある程度お店の準備が終わると祖母に言われ、ユイはエプロンを外し学校に行く準備をしに部屋に戻る。
制服に着替え結んでいた髪を下ろし、鞄を持って台所へ向かうと、ユイと面影が似た髪の長い優しそうな雰囲気の女性が料理を作っていた。
「おはようママ」
「おはよう、ユイのご飯はそこに出来てるわよ」
「ありがとう、いただきます」
椅子に座り食事を食べ始めたユイに母親のシェリナがニコニコ笑いながら話し始める。
「そうそう言ってたと思うけど、今日はレイスとの食事の日だから早く帰ってきてね」
シェリナは半年前にレイスという人と再婚し、今は彼の家で生活している。
最初シェリナと新しい父親のレイスは一緒に暮らそうと言ったのだが、ユイが断固拒否した為、ユイは今まで通り祖父母の家で暮らすようになった。
しかし祖父母はパン屋の仕事で忙しくユイにまで手が回らない。
今年十六歳になるので自分の事ぐらい出来ると断ったが、シェリナは学校に行くユイに毎朝ご飯を作る為に実家に戻って来ている。
そんな事が申し訳なく思いつつも、ユイには別々暮らしていてもちゃんと気に掛けてくれている事実に嬉しく感じていた。
そしてシェリナの言った食事の日とは、一緒に暮らさない代わりに定期的にレイスの家で食事会をすることになっており、今日はその日なのである。
「うん、分かってるよ」
今日も大変だろうなといつもの惨状を思い浮かべながら、食事を食べ終え、ごちそうさまっと言うと鞄を持ち玄関に向かう。
「行ってらっしゃい、気を付けてね。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも挨拶していくのよ」
「うん、行ってきます」
ユイは店の出入り口とは別の玄関を出てお店に顔を出す。
お店は開店して既に何人ものお客が入っていた。
常連客とも一言二言言葉を交わし、祖父母に行ってきますと挨拶してから学校に向かった。