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師弟

「やっと終わった~」



 その日最後の授業が終わった瞬間、ユイは机の上に崩れ落ちた。

 隣に座るフィニーが苦笑を漏らす。



「お疲れ、でもまだ一日目だよ」


「もうやだ………」



 まさかここまで息苦しい所だったとは……。


 周囲からの視線もさることながら、やはりエリートが集まるAクラスだけあって、何ともクラス内の雰囲気がぴりぴりとしている。


 ある程度仲の良い集まりが出来ているものの、やはりライバル関係という意識があるのか、和やかな雰囲気は皆無。

 そして休み時間の会話は必要最小限で、ほとんどが教科書を開いて勉強しているのだ。

 和気あいあいと休み時間にお喋りをしているユイ達の方が、このクラスでは浮いていた。



 心の底からHクラスのゆるさが懐かしい。

 Hクラスならば、休み時間に入った瞬間に大騒ぎだというのに、同じ学園でありながらこの差は何なのだろうか。



 魔法学園は入る事自体が難しく、例え下位のクラスであろうと、入れただけで優秀な人物であると言える。


 下位のクラスの者も、誰もが子供の頃から優秀だと、もてはやされていた者達だった。

 だが、小さな世界では飛び抜けて優秀でも、大きな世界ではその他大勢であっただけのこと。


 その事に気付いてしまった入学式。


 大きな絶望が襲った事だろう。

 だが、時間が経つにつれ、学園には入れたし、まっいっか、というように変化した為、存分に学園生活をエンジョイしているのだ。


 実際、下位のクラスであろうと、学園に入れれば、その後の就職先で困るような事は無い。

 諦めの境地に到った彼らと違い、まだ折れていないAクラスの人間はより高みを目指そうと必死なので、仕方が無いと言ったら仕方が無いのだが、あのゆるさを知っているユイには苦痛でしかなかった。



「よし、明日からはサボろう」


「駄目だからね、ユイちゃん。

 合宿の時に先生達に怒られたの覚えてるでしょ」


「またバーグ先生が、凶悪顔をさらに凶悪にして追いかけてくるよ?」


「あの時は凄かったな」


「他の学園の教師も説教に参加していたしな」



 前代未聞の合宿のサボりに、三学園の教師が揃って怒り狂ったのである。

 その時の事を思い出してユイ以外はしみじみと何度も頷いた。



 暫く談笑していると、廊下の外がざわざわと騒がしくなってきた。



「なんだ?」


「さあ」



 不思議に思っていると、教室の扉からセシルとカルロがひょっこりと顔を見せた。



「ユイ、帰るぞぉ」


「あっ、はーい。…………兄様が迎えに来たから、皆また明日ね」



 フィリエルとの婚約が決まってから、ユイは一人で行動する事を控えるように言われていた。

 登下校は勿論の事、外へ出掛ける時は必ず兄と行動するようにと。


 手早く帰り支度を整え、フィニー達に別れを告げ教室の外に出た瞬間、セシルの腕に飛び付く一人の女子生徒がいた。



「お兄様、私に会いに来てくれたのね!」



 甲高いその声に、セシルは嫌そうに眉をひそめ、勢い良く腕に絡みつく手を振り払った。

 その勢いで、ルエルから我が儘女と評されたアデルは、甲高い叫び声を上げ僅かに後ろへ飛ばされる。



「きゃ!何するのお兄様!?」


「馴れ馴れしく触らないでくれるかな」



 廊下にはセシルとカルロの姿を見ようと教室から出てきた沢山の生徒がおり、そのやり取りを興味津々で見物していた。



「ちょうど良い。この中にCクラスの奴いるか?」



 カルロが問うと、該当した者達が困惑した表情でおずおずと手を上げる。

 カルロはその生徒達に向かって、大きく声を張る。



「もう俺達とオブライン家とは何の係わりも無い。

 こいつが俺達の名を出したからと言って、俺達が動くことは無いから気にしなくて良い」


「何言ってるのよ、お兄様!

 何があったか分からないけど、お父様には私から言ってあげるから、帰ってきて」


「兄だなんて呼ばないでくれるかな。

 俺もカルロも、君を妹だなんて思ったことは一度も無いんだ」



 その明らかな敵意と嫌悪感の籠もった視線と口調に、周囲から「やっぱり仲悪いんじゃない」といった呟きがちらほら聞こえてくる。

 これまでの行い故か、二人に突き放されているのを目にしても、誰一人アデルに同情を寄せている者は見受けられなかった。


 だが、そこでカルロの話は終わらず、カルロは様子見をして立ち尽くしていたユイを引き寄せる。



「但し、こいつに手を出したら、ただじゃ済まないぞ」


「賢い君達なら、俺達とフィリエルを敵に回して、まともな学園生活が送れると思わないよね」



 殺気とも言える底冷えするような視線を向けられた生徒達は、まだユイの存在を知らなかった者も、首がもげそうなほどぶんぶんと首を縦に振った。

 その中で、すでにユイに文句を付けていたAクラスの一部の生徒は青ざめるのを通り越し、蒼白になりながら体を震わせていた。



 予想通りの反応が返ってきて満足した二人は、一転して、それはもう女性がうっとりするような優しい笑みをユイへ向ける。



「よし、じゃあ帰ろうかユイ」



 カルロに手を引かれ帰ろうとしたが、怒りの形相をしたアデルが立ち塞がった。



「その女は誰なの!?」


「俺達のたった一人の妹だよ」


「妹……っ、あなたが悪いのね!私のお兄様を返してよ!!」



 冷ややかな眼差しを向ける兄二人とは違い、兄が大好きなユイは、兄を取られるアデルの気持ちも分かり、発せられるその言葉に胸の痛みを感じる。


 だが、続くアデルの言葉にそれも別の感情に塗り替えられる。



「お母様が言っていた、下賎な前妻の子供ね!?

 オブライン家から追い出されたくせに、お兄様達をかどわかすなんて、何て浅ましい親子なの!」



 母への侮辱の言葉に怒りが湧くも、それを爆発させたのは、ユイよりセシルが速かった。



「なら、妻子があると分かっていながら愛人関係となり子を産む母親と、軽々しく人を侮辱する子は賤しくないとでも言うの?

 それに、俺達の母親を下賎と口にするのは、母や俺たちの中に流れる尊きエルフィン王の血を侮辱するのと同義語だ。

 この事は陛下に報告させてもらう。

 後日陛下から正式な抗議があるはずだ」


「なっ、どうして陛下が出てくるのよ」


「分からないなら、君のお母様に教えて貰うと良い。

 自分がどれだけ軽率な言葉を発したかをね」



 後ろでアデルが「お兄様!!」と叫んでいるが、我関せずその場を去る。



「あれで良いの、兄様?

 多分彼女、私がフィリエルの婚約者だとか知らなかったと思うよ」


「だろうね」



 アデルはクラスで我が儘放題しているせいで、友人と言える存在などいない。

 今日学園中で話題になっていた、フィリエルの婚約も、自分の兄達が王家の血を引いていた等の噂も、教えてくれる者がいなかっただろう。


 だが、そんな事はどうでも良いのだ。



「あれだけ多くの者が知っていたのに、知らなかったは通らないし、王家の血を継ぐ王子の婚約者を下賎と侮辱した事実は、変わらない。

 あの場にいた多くの生徒が証人だよ」


「でも、学園内だったのが残念だな」



 カルロが悔しそうに呟く。



「それでも十分効果はあるさ」



 学園内では一応平等となっている為、身分差による処罰が出来ない。

 王族を侮辱したとしても、不敬罪で捕らえる事は出来ず、精々抗議文を送りつける程度。


 とは言え、あれだけ大勢の前でフィリエルの婚約者であるユイを侮辱すれば、嫌でも話は流れる。

 信用問題に関わり、王家に敵意を表すような家と関係を持つのは足踏みするはずだ。



「只でさえ、俺達がいなくなって大変なのに、馬鹿のせいで、さらに加速するな」


「自業自得だ」


「…………彼女と何かあったの?」



 そもそも会うことの無いユイは、母を侮辱された事への怒りしかないが、セシルとカルロの見せる敵意はそれだけが理由とは思えないものがあった。



「ユイは知らなくても大丈夫だよ」


「耳が腐るからな」



 にっこりとそう言われれば、うんと頷くしか出来ない。



 それにしても、二年生になってから、面倒な女にばかり関わっているような気がするユイだった。

 今日は厄日だろうか………。




 カーティス家の馬車に乗り込み、三人が向かったのは、カーティスの家ではなく、祖父母のいるパン屋だった。


 婚約した以上、パン屋で暮らすのは色々と問題があるだろうという事になり、本格的に住まいをカーティス家に移す事になった。

 その為、この家にあるユイの私物の整理をしに来たのだ。



 オブラインの家とは違い、贅沢の出来ない生活だったが、感情を見せない子供に、馴れるまで根気良く接してくれていた優しい祖父母との楽しかった生活。

 もうこれからは、焼きたてのパンの匂いで目が覚める事も、朝早く起きて手伝いをする事もない。

 ここで暮らしたのはオブライン家を出てからの僅か数年だったが、ユイにとって濃密で充実した時間であった。


 分かってはいた事だが、急激な生活の変化に、戸惑いと物悲しさを感じてしまう。



「ユイ、大丈夫か?」



 ユイの僅かな表情の変化に気が付いた二人が心配そうに窺う。

 ユイは大丈夫だと良いながら薄く笑うが、きっと強がりだということは伝わってしまっているのだろう。



 パン屋に到着すると、普段ならば夕食のパンを買いにくる主婦で忙しくしているはずのパン屋が閉まっていた。

 不思議に思いながら中に入り、居住場所となる奥へ進んでいくと、そこには………。



 祖父に縋り付き泣き叫ぶ、年嵩の男性の姿。


 男性の服装から、かなりの地位にある者だと予想できるのだが、幼児顔負けの大号泣を披露する大人を前に、三人は掛ける言葉も忘れ呆気に取られた。


 どこか遠いところを見つめ、されるがままになっていた祖父が漸く三人の視線に気付いた。



「おお、待ってたんだぞ、三人共」



 祖父は未だ泣いている男性を構わず、べりっと引き剝がし、ユイ達の元へ寄る。



「……あの人は良いの?」



 ユイは、引き剝がされた勢いで後ろに倒れ込む男性を指差す。



「あの馬鹿には構わなくて良い。鬱陶しいから放っておきなさい。

 まったく、あれのせいで今日は店を閉めるはめになってな。

 ………お前のせいだから、残ったパンは全部弁償してもらうぞ」



 最後の言葉は、男性に向かって投げかける。


 何気に酷い扱いだが、男性は気にした様子も無く、寧ろ「また師のパンが食べられるなんて感激です」と、文句どころか逆に喜んでいた。


 すると、傍観していたセシルとカルロが男性を凝視すると、直後何かに気付き、ぎょっと目を剥いた。



「お、おおおお祖父ちゃん!?その方って………」


「兄様知り合い?」


「いや、知り合いじゃないけど……」

 


 やけに動揺した兄二人にユイは首を傾げる。

 


「ガーラント国軍の最高司令官であられる、大元帥閣下……じゃあ……」


「らしいな」


「………はぁ!?」



 あっさりと肯定する祖父とは違い、ユイは珍しく声を荒げ驚いた。




***




「…………お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません」


「いいえ、お気になさらず」



 凛々しい佇まいで頭を下げる目の前の男性は、とても先程祖父に縋り付いていた人と同一人物とは思えない。


 大元帥は徐にユイの前に片膝を突き跪いた。



「この度はご婚約おめでとうございます。

 大元帥として、フィリエル殿下の幸せを願う者として、心よりお喜び申し上げます」


「あ、ありがとうございます」



 まだ、こういった対応に馴れていないユイは、戸惑いつつお礼を述べる。



「ほら、用事が済んだならとっととパンを買って帰れ」


「お、お祖父ちゃん!」



 大元帥相手に尊大な態度を取る祖父を、ユイ達は慌てて嗜める。

 だが、当の大元帥は全く気にもとめていなかった。



「いえいえ、良いのですよ。昔はこの程度の八つ当たりは日常茶飯事でしたので。

 ああ、なんとも懐かしい……」



 じーんとしている大元帥を前に、祖父の眉間の皺が深くなっていく。



「年寄り共が周りの迷惑も考えずに馬車で押し掛け、店前で号泣するわ、興奮し過ぎてその場でぶっ倒れるわで、店を開くどころでは無くなったんだぞ。

 やっと落ち着いたと思ったら、今度はお前だ。

 じじい共に泣きながら縋り付かれるこっちの身になってみろ、文句も言いたくなる」



 婚約が決まってからは、この家には帰っていなかったので、騒動を知らなかったユイ達は顔を引き攣らせた。



「近々王宮である夜会に顔を出すと、他から話は行ってるはずだろう?」


「ええ、勿論聞いておりますよ。

 しかし、夜会ではこうしてゆっくり話など出来ないでしょう。

 すでに隠居した者達が、現在の当主を押し退けて出席すると息巻いているそうですから」


「げっ……」


「そもそも、師が悪いのです!誰にも行き先を告げず、突然行方を眩ませるから。

 一言仰って下されば、何処までもお供致しましたものを」



 力説する大元帥を見る祖父の目は非常に醒めている。



「だからだろう」



 言ったが最後、軍のほとんどの人間が付いて来ていたかもしれない。

 そんな事になれば、やっと争いが終わったのに国は大混乱だ。



「テオの治世が安定するまでは、他の地域や国を転々としていたからな。

 只でさえ後継者争いで、人手不足に陥っていたのに、優秀な人材を連れて行けるか。国が滅びるわ」


「なら、お店を構えられた時に便りの一つでも下されば、皆で盛大にお祝い致しましたのに………」


「営業妨害だ」



 今回の騒動を見れば、どうなるかなど目に見えている。

 大量の祝いの品を持ってきた挙げ句、店が小さいなどと文句を付けて、周辺の土地を買い取り、豪邸のような無駄にでかい店を建てられかねない。



 ただただ驚き一杯で、祖父と大元帥のやり取りを静かに聞いていたユイ達。

 そのやり取りの中で、カルロには引っかかる言葉があった。



「あのさ、お祖父ちゃん。師って何?」


「テオが王位に就く前、後継者争いがあった頃、お祖父ちゃんが軍を纏めていたのは聞いただろう?

 特に軍に入っていた訳では無いんだが、やけに軍の奴らに懐かれてな……」


「師はとても強く、戦いに身を置く者にとって憧れの方でした。

 当時まだ若かった私は、近衛隊長であるガイウスと共に頼み込んで、色々と師事して頂いたのですよ」



 かの大元帥が自分達の祖父と師弟関係にあった事に、今日一番の驚きと僅かな疑いが過ぎる。



「お祖父ちゃんが大元帥の師匠………」


「全然想像出来ない………」



 自分達の祖父が、昔テオドールの右腕として軍を率いていた事は、つい最近知ったことだ。

 それですら、自分達みたいに双子がいたんじゃ無いの?っと半信半疑だというのに、武勇に秀で、兵からの絶大な信頼のある大元帥の師匠だという。


 パン屋での戦いとは無縁の穏やかな祖父しか知らないユイ達には、どれだけ本人や周囲から聞かされても、武器を持ったり、屈強な軍人を叱り飛ばす姿が全く想像が出来ない。


 出来るのは、めん棒を武器にパン生地と格闘している姿ぐらいだ。



 だが、大元帥の様子を見れば、明らかに祖父を上位者として対応している。

 それを見れば、どんなに信じがたくても信じるほか無いのだろう。

 それでも、やはり双子説は以前として頭の片隅から消えることは無い。



「お二人は軍を希望されているとか。

 師の御令孫であられるのですから、きっと師に負けず劣らずの実力をお持ちなのでしょうね。

 来年は殿下も入軍されますから、特別な訓練内容を考えねば。

 来年が待ち遠しい。これ程胸躍るのは久方ぶりです」



 大元帥の言う祖父の実力がどれほどのものか分からなかったが、恐らく大元帥の中でセシルとカルロの評価は必要以上に上がっているのだろう。


 よりによって、訓練が厳しいと評判の大元帥である。

 一体どんな無茶な訓練を仕掛けられるのか………。


 入軍は止めた方が良いんじゃないかと、二人は本気で考えた。



***



 ほくほく顔で大量のパンを持って、帰って行く大元帥を見送った後、ユイの部屋の整理に向かう。



 といっても、持って行く物はほとんど無い。

 カーティスの家で暮らすのに必要な身の回りの物は、既にあちらに用意されている。


 持って行くとしたら、思い出の品を数点と、僅かに置いていた学園での勉強道具ぐらいのものだ。

 しかし、持って行く必要の無い衣類等はこの後どうなるのかという疑問がユイに浮かぶ。

 処分するか誰かに譲る事になるのだろうが、それはそれで悲しい気分になる。

 もうここは自分の部屋ではなくなるのだと嫌でも実感させられる。



「ねえ、服とかはどうするの?」



 持っていたとしても、着る機会は無いだろう。

 伯爵家で着る服と、こちらで着る服とでは、明らかに質の違いがある。



「大丈夫、このままにしておくよ。この部屋もこのままだ」


「えっ……」



 目を瞬くユイの前には、にっこりと優しく笑う祖父母。



「だから、いつでも帰ってきたら良いわ。ここはあなたの部屋なんだから」


「周囲の体面やお祖父ちゃん達に迷惑を掛けるとか気にする必要は無い。

 王の癖にふらふらと他国まで出掛けていく奴も居るんだ。

 誰かに文句を言われたら、それを言ってやると良い。

 なんならお祖父ちゃんが文句を言ってやろう」



 奴とはテオドールの事だろう。

 確かに、テオドールはいつも供も付けず、普通に出歩いている。



 ユイに取っては安らぐ我が家でも、体面を気にする貴族からしたら、庶民的な暮らしは相手を貶める為の恰好のネタになる。

 自分の好きな場所を貶められる言葉を他者から言われるのが嫌だというのもあるが、警備の面もある。

 自分が来る事で祖父母に迷惑を掛けるのではと思い、もう来るべきでは無いと考えたが、祖父母はそれらを分かった上で気にするなと言う。



 良いのだろうか………。

 そう思うも、やはりユイはこの家が好きだ。



「……また泊まりに来ても良いの?」


「勿論だ、セシルとカルロと一緒にいつでもおいで。

 お祖父ちゃん達は大歓迎だ」


「ええ、いつでも泊まれるように、部屋の掃除もしておきますよ」



 これが最後という訳では無い。

 そう思うと、心が軽くなった。



「うん、また来るね」




***




 両手に大量荷物を持って、王宮へと戻って来た大元帥。


 高貴な血筋でありながら、若い頃からパン作りを好み、作っては身近な者に振る舞っていた師の、久方ぶりの懐かしい味。

 この楽しみを、同じ師を持つガイウスと共有しようと、ガイウスが居るだろう、王の執務室へと向かった。



 しかしそこには、王とガイウスだけではなく、王弟であるフェイバス公爵もいた。



「公爵もご一緒でしたか」


「ああ、兄上と少し話があって………。

 それより、あなたのその荷物は如何したのだ?」



 買い物帰りの主婦のように、大量の荷物を持った大元帥の姿は、何とも不釣り合いだった。



「これはガイウスと共に食そうと思いまして」


「食べ物ですか?」


「師の作ったパンです」


「オルソ様の所へ行っていらしたのですか?

 オルソ様のパンとは、懐かしいですな………。

 喜んでご一緒しますよ」




 それを聞いていたベルナルトとジェラールの目が、ぎらりと光る。


 叔父に会いたいと散々言い続けていた二人が、叔父の作ったパンを食べられる機会を見逃すはずが無く、大量にあったパンは、競うように四人のお腹の中に消えていった。






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