新学年1
春休みが明けた新学期。
ユイ達は二年生へと進級した。
「一年は早いわね」
「また皆一緒だと良いのにね」
周囲が、クラスが上がったり下がったりで喜怒哀楽している中、これまでと同じHクラスの名簿を見るが、そこにはユイだけでなくルエル達三人の名前も載っていなかった。
「無いね……?」
「もしかして、下のクラスに落ちたのかしら?」
「げっ、まじかよ………」
顔面蒼白なゲイン。
ユイ達は自分達の名前を探して下のIクラスの名簿を見たがそこにもなく。
ならばと、一つ上のクラスのGクラスの名簿に目を通すがそこにも載っていない。
「無いわね……」
「うん………」
ユイは嫌な予感を感じつつ、FクラスEクラスと段々遡っていき、Cクラスの所で漸くルエルとゲインの名前を発見した。
「一気にCクラス……」
「でも、ユイとフィニーの名前はここには無いわよ」
そして更に遡り、とうとうAクラスの名簿に名前を発見した。
ユイはそこに自分の名前があるのが信じられず、目をこすり再び見る。
しかし、幻で消える事なくユイの名前は存在していた。
それでも尚、いやいやこれは気のせいだと、こめかみをほぐし三度目………。
うん、きっと研究のし過ぎで疲れているのだと現実逃避し、別のクラスの名簿を再び確認しに行こうとした所で、ルエルの拳骨が脳天を直撃した。
「何度見たって一緒よ、現実を認めなさい」
「っ……。でもルエルちゃん!
ついこの前までHだったのに、普通Aになる!?」
「まあ、前代未聞でしょうけど………そこん所どうなのよ、フィニー」
一斉にフィニーに視線が集まった。
一年の時に、フィニーがクラス分けの操作をしたのはユイ達の間では周知の事実だ。
「残念ながら、今回は魔王様の協力が得られなくてね」
「やっぱり黒幕はレイス様だったのね」
「そりゃあ、あの人なら学園相手でも裏操作できそうだけど」
「どうして今回は無理だったのよ」
「もう必要無くなったから、らしいけど詳しくは知らないね。
でも、ユイだって悪いんだよ。試験で満点取ったりしてさ。
あれだけ目立つことしたら、どっちにしろ下位のクラスにはならなかったと思うよ?」
フィリエルが戦争に行くと知って頭が一杯で取ってしまった夏休み明けの試験。
それだけでなく、ユイはクラス分けに大いに影響を及ぼす春休み前の試験でも、運悪く直前にフィリエル帰還の知らせを聞き、それで頭が一杯となり同じ過ちを繰り返してしまっていた。
どうもユイは、一つの事に集中すると、他が疎かになってしまう傾向があった。
自分自身でそれが分かっているだけに、反論の言葉も無い。
「パパなら今からでも何か方法知ってるかも………」
どうしてもAクラスに行きたくないユイが通信用の魔具を起動しようとしたその時、声を掛けられた。
「カーティス、ちょっと来い」
「トラちゃん?悪いけど今大事な用があるの」
「こっちも重大な用だ」
そのまま職員室へ強制連行されたユイは、そこで待っていた凶悪顔のバーグに顔を引き攣らせる。
「私なにかしましたっけ?」
合宿の時に、散々叱られた経験からまた叱られるのではとびくびくする。
「身に覚えのある事でもあるのか?」
無いかと聞かれれば全く無いとは言わないが、ユイは身の安全のため勢い良く首を横に振る。
「まあいい、聞きたい事があるのだが………」
「それより、どうして私がAクラス何ですか?きっと何かの間違いです!」
「いいや、間違ってはいない。
合宿での実力を見て、カーティスは十分Aクラスでやっていけると私は判断した」
よりによってユイのAクラス行きを推したのはバーグだったようだ。
合宿でお菓子に釣られて存分に発揮してしまったユイの実力を、目の当たりにしたが故の揺るぎなさ。
クラス分けには関係無いと、お菓子に釣られてやりたい放題した事が悔やまれる。
それならばと、縋るようにトラヴィスに視線を向ける。
「トラちゃん何とかしてよ。私今まで通りトラちゃんのクラスがいい」
「俺にそんな権限あると思うか?」
「全く」
「もっと気遣えよ」
そこは即効で答えた。
そもそもそんな権限があったら、下位のクラスを担当していないはずだ。
「それよりも質問なんだが……。
その、なんだ、王宮からフィリエル殿下と婚約したと報告があったのだが、間違いないんだな?」
まさかそれをここで聞かれると思っていなかったユイは少し驚いたが、すぐに返答する。
「間違いありません」
そう言いながら、小指の紋様を見せる。
すると、二人は何とも言えない表情を浮かべた。
「まじか………」
「むう……」
「何か問題でも?」
「いや、嘘の報告があるはず無いのだが、まさかと信じがたくてなぁ………。
まあいい、確認が出来たので学園内での王族の特権を教えておこうと呼んだんだ」
簡単に言うと、王族には食堂や図書館などの共有の施設に専用の個室があり、ユイもその場所を使っても構わないという事だった。
そして、他にも幾つか優先的に出来る権限があるのだとか。
「因みにその特権の中に、好きなクラスを選べるってのは?」
「あるわけないだろ。
第一、王族の婚約者が下位のクラスなんて、他に示しがつかんだろうが」
全くもってその通りだ。
レイスもそう思って今回は関わらなかったのだろう。
フィリエルとの婚約に反対でも、その辺りはちゃんとしていた。
「基本的に学園内では他の生徒達と同様の扱いをするからな」
「はい、むしろその方が気が楽です。
でもそれなら、特権なんてそれに反しているのでは?」
「生徒同士で身分の上下はないと言った所で、王族相手には不可能だろう?
王族専用の場所を作った方が、周りも安心するし、王族の方々も周りを気にせず集中出来る。
安全面においてもな」
確かにとユイは納得した。
「ほんと、どうしてお前が王族と結婚なんか………」
「好きな人が王族だっただけですよ。
トラちゃんも早く可愛いお嫁さん出来たら良いのにね」
「おうおう、それは惚気か?それとも俺に喧嘩売ってんのか?」
かるーい冗談のつもりが、予想以上に目がまじだったので、慌てて職員室から退散する。
トラヴィスにこの手の冗談はまずいとユイは肝に銘した。
そして、クラスの変更を諦め、重たい足取りでやって来たAクラス。
憂鬱な気持ちで扉を開け中へ入っていくと、騒がしかった教室内がぴたりと静まり返り、針のような視線がユイへ突き刺さる。
ユイを見ながらひそひそと交わされる言葉は、内容は聞こえなくても好意的なものでは無いと雰囲気で分かる。
これから毎日こんな視線を浴びるのかと思えば、鬱陶しくて仕方が無い。
試験で悪い点を取ればまた下位のクラスに戻れる筈だと思うも、先程バーグが言っていたように、王族の伴侶となるべき者が明らかに劣っていては、周囲から侮られる。
遅かれ早かれ実力を出さざるを得ず、Aクラスへとなっていたのだろう。
本気で逃亡したいが、生活が一変すると分かっていてフィリエルを選んだのはユイ自身だ。
甘んじて受け入れるしかない。
だだ、クラスにユイ一人ではないのが幸いだった。
すでにクラスに来ていたフィニーと、今年も同じAクラスのイヴォ、ライル、クロイスの元へ向かうと笑顔で迎え入れてくれた。
「おっはよう、ユイちゃん。一緒のクラスで嬉しいな」
ユイもライル達と同じクラスは嬉しいが、Aクラスという事に素直に喜べない。
「おはよう」
「機嫌最悪だな。これでも食っとけ」
機嫌が悪いことを察したイヴォがすかさず飴を渡し、ユイは口に放り込む。
教室に入って早々、クラスで成績上位者のイヴォ達と仲良く話すユイに、教室内からの視線が強まり、ひそひそ話だった小さな声が大きくなっていく。
「ちょっと何様よあの子」
「リーフェのくせに、どうしてあんな奴がAクラスにいるのよ」
「教師に金でも握らせたんじゃないのか」
攻撃的な言葉がユイにも届くが、それと同時に、「止めとけって」と影口を諫める者や、友人が悪し様に言っていても、それに参加せず自分は関係ないと示す者がいた。
その生徒達を見てみると、多くがユイもどこかで見たような顔ぶりだった。
同じ中等出身の者や中等の大会の対戦相手。
そして、まだオブライン家に居たときに通っていた学校でユイを虐めていた者達。
貴族は魔力も多く、幼い頃から教師を付けるので、必然的に成績が良く、上位クラスでは庶民出身より貴族出身の子供達の方が多くなる傾向にある。
このクラスも貴族が六割以上おり、当然、以前はユイも通っていた貴族ばかりの学校出身も多く、ユイも朧気に知っている者が多かった。
普段ならば我先にと突っかかっていきそうな貴族の子達はユイに関わろうとせず、現在積極的に影口を叩いているのは、庶民出の者がほとんどだった。
その事をイヴォ達は不思議に思う。
「やけにあいつら静かだな」
「そうだよね。無駄にプライド高いから、我先に突っ掛かって来そうなのに」
「口出し出来ないようにしめたからね」
物騒な言葉がユイから飛び出し、ユイに視線が集まる。
「はあ、何?しめたって何!?」
「まだ貴族の学校に通ってた頃に、リーフェだ何だと虐められてたって話したでしょう?
鬱陶しかったから、虐めてこないように潰したの。
それから怯えて近付いてこなくなったから、その時の事覚えてるんじゃない?」
「いや、でも相手は貴族だよ?そんな事したら………」
「ライル、忘れてると思うけど、私も伯爵令嬢」
権力をかさに報復されたら、という心配はユイの言葉で霧散した。
ライルから「そう言えば……」といった小さな呟きが聞こえ、ユイはむっとする。
そんなに自分は貴族の令嬢に見えないのかと。
「いやいや、冗談だよ。
何処からどう見ても伯爵令嬢にしか見えないよ」
機嫌がさらに下降したユイに気付き、ライルは慌てて否定するが、横からイヴォとクロイスが追い打ちを掛ける。
「いや、見えないだろ」
「貴族の令嬢が、こんなに食べ物に貪欲な筈が無い」
「せっかく俺がフォローしてるのにっ」
機嫌が最高潮に悪くなる所へ、ユイの機嫌を更に悪くする者達が教室へ入ってきた。
シャーロット・チェンバレイ侯爵令嬢。
恐らく彼女がこの教室で一番爵位が上なのだろう。
彼女が入ってきた瞬間、取り巻きがわらわらと彼女の周りにご機嫌伺いに集まっていく。
だが、それと同時にそれに向かわず、嫌そうにしかめた表情をした者が居たのをユイはしっかりと見ていた。
「やっぱり一部に嫌われてるのね」
ユイの呟きに、ライルは苦笑する。
「特にあの番犬がねぇ。
ご主人様が大事なのは良いけど、行き過ぎて、ちょっとした事でも噛み付いてきて、もう大変。
でも侯爵令嬢相手じゃ、誰も文句なんて言えないからさ。
ご主人様の方も、注意しているようでしきれてないし、関わりたくないってのが結構いるよ」
そんな話をしていると、シャーロットがユイに気付いたようで、こちらへと向かってくる。
「うわぁ、来ちゃった」
「ユイちゃん、心の声が出てるよ」
シャーロットとステラは、ユイがAクラスになりたくない一番の要因だった。
思わず嫌そうな声が漏れ、ライルが慌てて嗜める。
聞かれたりしたら、また番犬が噛み付いてくる。
内心嫌で嫌で仕方が無いユイにシャーロットはにこやかな笑みで話し掛けてくる。
この時ばかりは、感情の分かりづらい無表情で良かったとユイは思った。
そうでなかったら、あからさまに嫌な顔をしていただろう。
「まあ、ユイさん。またお会いできて嬉しいです。
リーフェでありながらAクラスに入れるなんて、よほど頑張られたのね、凄いわ。
今年一年お互いに頑張りましょうね」
一瞬嫌味かと思え無くない言葉だが、本人は至って真面目に賞賛しているようだ。
「よろしくお願いします………」
本当は宜しくしたくない………。
さすがに心がこもっていないのが分かったのか、番犬……もとい、ステラが噛みつく。
「お嬢様に対して何て態度なの!?
どんな手段で落ちこぼれのあなたがAクラスに入ったかしれないけれど、侯爵令嬢たるお嬢様にまず挨拶に来るのが礼儀でしょう!?
お嬢様に足を運ばせておいて、お詫びの言葉ぐらい言うべきだわ」
面倒くさい……。
早速噛み付かれたユイに、一部から哀れみの目で見られる。
先程まで言いたい放題言っていたにも関わらず、そんな目で見られるという事は、よほどステラに迷惑を被っていたという事なのだろう。
ユイはこんな教室でやっていける気がしなかった。
「ちょっと聞いているの!?」
そんな事を考えている間にも騒ぐステラ。
すると………。
「うるさいよ。そんなに喚かないでよ」
苛立たしげな声の主はフィニー。
一瞬何を言われたか分からない様子のステラだったが、直ぐに我に返り恐ろしい形相で睨み付ける。
今まで侯爵令嬢の側付きであるステラにそんな言葉を掛ける者は居なかった。
周囲から息を呑む音が聞こえてくる。
そして、ユイ達もまた、目を見開いた。
「何ですって!?無礼にも程があるわ!」
「はっ、無礼?無礼なのはどっちなのかな?
だいたい、学園内では身分の貴賤なく平等に学問に従事する。
入学式で一番の最初に聞かされるのに、そんな事も忘れちゃったのかな?」
どこか馬鹿にしたような話し方のフィニーに、ステラは怒りから顔を紅くする。
一触即発の雰囲気に、周囲の生徒は息を殺し、シャーロットはおろおろとしながら見守っていたが、彼女と喧嘩をするのはまずいと慌てたライルが間に入る。
「ちょっと落ち着いてよ、ね」
「邪魔しないでよ、ライル。
じゃないとあの事この場でバラすよ?」
「あの事ー!?あの事って何!?
………じゃなくて、彼女と喧嘩はまずいよ。ユイちゃん達も止め………」
ユイ達に助けを求めようとしたライルだが、すでにユイ達はフィニーから距離を取っていた。
「諦めろ、こうなったら誰にも無理だ」
珍しくキレたフィニーは、誰にも止められない。
触るな危険、である。
イヴォの言葉に、ユイとクロイスはこくこくと肯き、ライルはがっくりと諦めた。
「さっきから聞いてれば、キャンキャン吠えてうるさいの何のって。
法を司る省の長官たるチェンバレイ侯爵の家の使用人のくせに、学園の校則も守れないの?」
どんな時でも浮かべているにこにことした笑みは今は無く、鬱陶しげに話すフィニーに、負けずと応戦するステラ。
「校則と言えど、お嬢様が侯爵令嬢である事実は変わらないわ!
実際に、学園内でも身分の差は切っても切り離せないもの。
そういうものを含めて円滑に交流が図れるようになるのも、学園で学ぶべきものの一つじゃない!」
「だったら尚の事、君の方が身分もわきまえない無礼者じゃないか。
ユイは伯爵令嬢だよ。それも現宰相の娘でもある。
そのユイに、爵位もない一介の使用人がそんな暴言吐くのは無礼じゃないのかな?」
「宰相の娘………」
フィニーの言葉にステラは驚きに目を見開いた。
ユイとは以前同じ学校だった為に、ステラもユイの出自は知っていた。
そしてその後、母親共々伯爵家を追い出され平民となった事も。
だが、その後再びユイが伯爵令嬢になった事は知らなかった。
レイスの娘となってからも、社交場には一切顔を出さなかったし、ユイ自身が率先して伯爵令嬢だと話す事もなかったからだ。
先程までユイに散々文句をつけていた生徒は、宰相の娘だと分かって顔色を悪くする。
「やべっ」
「まじかよ」
身分を重要視するなら、ここでユイに詫びるべきなのだが、ステラは尚も声を荒げる。
「私は侯爵令嬢にお仕えする者として、当然の過ちを指摘しただけよ。
それに今あなたが言ったのでしょう、学園内は平等だと!」
「そうだね、だったら侯爵令嬢への無礼に文句を言われる筋合いも無いよ。
まさか自分に都合の悪い時だけ、学園内は平等だとでも言うつもりじゃないよね?
法を遵守するチェンバレイ侯爵の、家に使える者が自分の都合よく規則を変えて良いのかな」
ステラは反論しようと口を開けるも、言葉が出ず唇を噛み締める。
「あ、あの申し訳ありません。
ステラには私からちゃんと注意しておきますので……」
見かねてシャーロットが口を挟んだが、その程度で止まるフィニーではない。
「あなたも悪いんでしょう?
使用人一人満足に諫められる力量がないのが」
「なっ、お嬢様を貶めるような言い方を……」
「誰がそうさせているんだよ。
侯爵令嬢でありながら、使用人にやりたいようにさせて、満足に嗜める事も出来ない。
侯爵家は使用人に、身分が上の者への言葉使いも教えていないのかとね。
そんな評価を大切なお嬢様や侯爵家に与えてるのは、他ならない自分だって事に、いい加減気付くべきじゃ無いのかな。
貶めているのは僕じゃない、君だよ」
「………っ」
怒りからか羞恥からか、顔を赤くし肩を震わせるステラ。
あの番犬に反論する余地すら与えない、完全勝利。
Aクラスの生徒の中に、フィニーには逆らうなという暗黙の了解が生まれた瞬間だった。