志は志(こころざし)を常に
一等居住区とは神をはじめ貴族などが住を構える、すなわち各区の中枢都市である。その中心には神居が有り、区を統制する神が住まう。
時雨は門番に案内され、神居の長い廊下を歩き、空奈師の元へと向かっていた。
「それにしても長い廊下だな。」
全長は150m程あってもよさそうである。
「つか、何で手錠なんか……」
時雨の両手には頑丈な鉄の手錠がはめてあり、さらに上から何重にも鎖がつけてある。
「貴様は重罪人、そのくらい当たり前だ。」
「何もしねぇよ。鎖までつけやがって。」
「元神に一般の罪人と同じ手錠をかせるなど失礼ではないか。」
その言葉には精一杯の皮肉が込められていた。周りの4、5人は苦笑までしている
「もし何か不穏な動きがあれば、貴様はあやまたず殺す。」
「へぇへぇ。」
耐えろ、耐えろと心中で必死になって自分を押し付けた。
「着いたぞ。」
目の前には薔薇の描かれた鋼鉄の扉がある。
「悪いけど、手がこんな状態なんでね。開けてもらえます?」
今度は時雨が精一杯の皮肉を返した。
「そうだったな。すまん、すまん。今の赤子以下の貴様には到底開けられるはずも無かったな。フハハハハ。」
要領が悪いながらも精一杯込めた皮肉が通じなかったことに、悔しさまで湧いた。苦笑などでは無く、本気で笑われている。実際こんな鉄格子などやろうと思えば壊す事など実に容易であった。とうとう反論する気まで失せた。
「悪いが俺たちでさえ、入ることは許されていないのでな。開けられないのだよ。」
極め付けまでされてしまった。
「まぁいい。」
時雨は右足を上げ、扉を蹴り飛ばした。そこにいたのは、寝床に横たわる15歳程と見られる少女だった。
「空奈師美穂菜、話が有る。」
「50租。」
租とは装輪の通貨。租の下には兎があり、1租は1000兎である。銭湯に行くには、およそ100兎要る。
「何の事だ?」
いきなりそんな大金を申され意味が分からなかった。
「50租でわらわと一発どうじゃと言っとるのじゃ。」
「冗談なら場を考えて言ってくれ。」
「ふん、じゃから笑いの通じぬ男は嫌いなのじゃ。いったいわらわに何用じゃ、この罪人め。」
「相変わらず酷い言われ様だな。だがそんな事はどうでもいい。今俺はこのすぐ近くの村を歩いて来た。言いたい事は分かるよな。」
少しの沈黙があり、空奈師はこう答えた。
「鶏はどう足掻こうと鶏。虫はどう足掻こうと虫。あるものは何をどうしようとそのものに変わりは無い。それが森羅万象、世の定だ。それなら、愚民はどう足掻こうと愚民。そうだと思わんか?」
余りにも非情な言葉に時雨は酷い怒りを覚えた。
「確かに生まれ育ちは己々変わり様の無いもの。それは永久に変わらないかもしれない。だが、生物にはそれぞれ平等に生きる権利がある。無駄な命などこの世には存在せん。」
「ならばぬしは一度たりとも神としての特権に優越を感じた事が無いと言いきれるのか。」
「それは……。だが少なくとも貴様の様に自らの食物を作ってくれる農民層の者に害を加えた事は無い。俺はそうして逆に支えられてもきた。ある爺さんは俺にこう言ってくれた。私は時雨様の土地に生まれて幸せでしたと。俺が言うのは、私利私欲に呑まれ自分がいったいどれだけの人に助けて貰ってきたのかも理解できぬ様な輩に人の上に立つ資格は無いという事だ。」
時雨は言いきった。
「くだらん。」
返ってきたのはまるで今のやり取りは無かったかの様な返事だった。
「世なぞ身分があって初めて成り立つ。ぬしの言う通り愚民には愚民の役割があるのだろう。だが所詮愚民は愚民だ。いいか、今まで上に立ってきた者の言う平等なぞただの偽善に過ぎんのだ。」
「偽善でもなんでもいい。なんと言われようとどう思われようと、お前のやっている事は絶対に間違っている。」
微動だにせず、それでいて真っすぐな目で時雨は言いきった。しかし論が済んだところで空奈師はこう言った。
「やれ。」
今回は「最近の自分」というのをテーマに書いてみました。特に廊下でのところです。最近は嫌な事が多かったもんで。まぁ、でもあれですね。上手く書けるとスッキリしますね。
そして通貨なんですが、1兎は1円です。50租と言えば5万円ですね。空奈師さんは相当の度胸がありますね。(笑)