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1-6  遭遇


 透がこの世界に転生して、4度目の夜が明けた。


 湖の水面に反射した朝日が透を起こす。二度目の樹上の朝は昨日の様な醜態は無く、するすると木を降りて湖で顔を洗う。


「今日もいい天気だ」


 木の実を朝食にして、透は柔らかな日差しと心地の良い陽気の中、湖沿いを北西方面に走る。ジョギング程度のペースだが歩きとは段違いの速度で距離を稼ぎ、太陽が真上にかかる前に目的地である湖の西部北岸に着いた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 っふー。大体ここら辺で目的の位置に来れたかな?


 今日はここで一泊して、明日の早朝に妖精の隠れ家に出発するとしよう。今夜こそは焚き火に当たって温まりたい所だ、時間もあることだし、枯れ木が無ければ生木ででも焚き火をしたい。


 焚き火に使えそうな草や木を探しながら、ついでに動物の糞や足跡を探す。水辺だから、森の中よりは獣の痕跡は見つけやすいはずだ。


 昼過ぎまで探して、運よく立ち枯れた木を見つけた。さらに、食み跡の有る草まで見つかったので、肉の予感に心が躍る。


 木の実の昼食をとりながら、地面と睨めっこ。食み跡があるって事は、それをつけた動物が居るって事だ。足跡を探すが、狩人的な技術も経験も無い俺では良く分からない。


 木の実を齧りながら屈んで地面を調べていた俺の背中に、生暖かい感触。

 

「ぬぐぉぅ」


 その不快感に思わず悲鳴を上げてしまった。慌てて飛び退き振り返れば、一匹の猪が俺の臭いをかいでいた。


 肉だ!


 猪は、慌てて飛び退いたお陰で取り落とした木の実をぽりぽり齧っている。ふむ?妙に警戒心の無い猪だな?体長は1メートル程、体重は分からんがそこそこ肥えている。下顎から立派な牙を二本生やし、顔つきはかなりいかつい。


 石斧を見る。俺の今の力で思いっきり叩きつけても、猪を一撃で仕留める事は無理だな、そうなれば怒った猪は俺を襲うだろう。猪の突進は大の大人でも吹っ飛ばし、牙の一撃は高い貫通力を持つ。……襲われたら死ぬなぁ。


 なめられてるのか……なめられてるんだろうなー……ならば!


「夕顔さん、任せた!」


 夕顔の太い蔦を3本とも猪に投げつける。蔦は軟体動物のように宙を踊り、捕食動物のように猪に絡みついた!猪は苦鳴を上げ、ジタバタと暴れる。


「はっはっは!夕顔さんの力を思い知ったか!」


 我ながら小物っぽいが、そんな事はどうでも良い。今は肉だ!


 しかし、猪が一向に静かにならない。それどころか、夕顔の蔦にかじり付き今にも噛み千切りそうだ。


 猪は首が太い、夕顔でも力だけでは絞め殺す事は出来ないのか?このままではまずいな、夕顔も含めて脅威を感じなかったからあんなに無防備だったのかもしれない。かと言って、この肉を逃がすも惜しい、猪の首にかかっている蔦を掴み、地蔵担ぎで締め上げてやろう。


「く、重!」


 我慢だ!これも肉の為!流石に自重で締め上げられれば猪も堪らないのだろう、激しく暴れたが、やがて事切れた。


 南無~、感謝して食わしてもらうから、成仏してくれ。


 猪を引きずりながら、立ち枯れた木に向かう。


 立ち枯れた木に着いたら、先ずは猪の首を切り血を抜く。本当なら吊るしたい所だが、時間も無いので地面に放置。蛇の時は飲んだ血だが、今回は肉も内蔵も食い切れないほど有るから血液まで飲む必要は無い。と、体に纏わり着いている葉っぱの有る蔦の一本が、体から離れ猪の首筋に巻きつく。やがて、緑色だったその蔦が血を吸い黒紫に変わった。寄生だけではなく吸血もするのか、この蔦は。


 多少引く所が無いでも無いが、猪の血抜きは夕顔に任せて、俺は枯れ木の方を始末しよう。直径10センチはある幹は乾いて硬く、石斧で叩いても倒せそうに無い。本体は諦め、枝を出来るだけ取り払い、薪にして火を着ける。


 さて、火が大きくなるまでに猪を解体しよう。猪を仰向けに寝かせ首から縦に石斧で腹を裂き、胸と股から足の方へ皮を切り裂いて皮をはぐ。次に腹膜を切って内臓を取り出す、心臓と肝臓を適当に小さくして枝で作った串に刺し、焚き火であぶる。その他の内臓は一旦皮の上で放置、肉の分割に移る、と言っても切れ味の悪い石斧ではある程度肉を切り離し、脚を切り落とした所で手詰まりになった。あとの骨に残った肉は焼きながら削ぐとしよう。


 日が暮れ、肉の焼ける良い匂いが、森の中を漂う。焚き火で炙った猪の肉や内臓に舌鼓を打ち、串に刺しては肉を焼き、焼けたら食って、また串に刺す、永久運動の様なそれを続けても、猪肉はまだまだあった。保存のしようも無い為、食べれるだけ食べて、後は森の掃除屋に任せよう。


 しかし、こんな森の中で肉の焼ける良い匂いを立てていれば、当然ながらその匂いに釣られる者が居る訳で……


 森の奥、右手の方で、暗闇の中で光るものが、二つ、四つ、八つ。


 揺れて近づくそれが、本体を現せば狼が6匹。唸り声を上げながら、焚き火の光が届く辺りまで近づいてくる。


 枯れ木に猪はついてると思ったが、幸運の揺り返しで狼6匹は出しすぎじゃないのか?


 焚き火の光が邪魔で森の奥がよく見通せない、俺は立ち上がり、石斧を持って焚き火を背にする。


「猪肉を渡しただけでは、済まないんだろうなぁ」


 何と無く、俺ごと晩御飯にしたそうな気配が解る。俺一人で対応できるのは精々1匹、夕顔の太い蔦は3本、細い蔦には戦闘力が無い様だから、残る二匹に俺が襲われて詰みか。


 俺は石斧を構え、夕顔も太い蔦を揺らめかせ、狼を威嚇する。此方が手詰まりでも、それを悟られなければ打つ手は有る。俺は緊張を高めるが、狼は距離を置いて襲ってくる様子が無い。ここに来て躊躇する理由は何だ?


 試しに石斧を振り上げてみる、狼は特に反応を見せない。狼が回り込もうと位置を変えると、それに反応して夕顔の蔦がピクリと蠢く。途端に、位置を変えようとした狼が動きを止めて、元の位置に戻った。


「そうか、夕顔さんが怖いんだな?」


 なんて役に立つ運命共同体だ!今まで獣に襲われなかったのも夕顔のお陰かな?


 とは言え、このまま睨めっこをしていても始まらない。ゆっくりと肉の塊に近づく、手探りに持ったのは内臓の一部、主に消化器官だ。明日にでも湖で洗って、朝食にしようと思っていたが、狼にくれてやろう。


 手に持った内臓を投げる。落下地点から狼が飛び退き、警戒するように内臓に鼻を寄せた。


「それをやるから今日は諦めろ」


 と、言った所で狼に言葉が通じるはずも無いが。


 狼達がが此方に目線を向け、内臓を見る。それを数度繰り返し、やがて内臓を咥え、森の暗闇に帰っていった。


「あ~やばかった」  


 へたり込みはしなかったが、力を抜き焚き火の方へ目を向ける。


 そこには足を抱えるように座った白い犬が、涎を垂らさんばかりに、肉を凝視していた。


「一難去ってまた一難か……」


 むぅ、ぱっと見には犬と判断したが、犬に体育座りなんて出来るはずも無く、良く見れば白いコボルトだった。此方にも目もくれず、肉を凝視し続けている。


「ふむ?」


 切り落とした猪の脚の一本を持ち上げ、コボルトの顔の前で左右に動かす。それに合わせて顔を動かすコボルト。かわいいじゃないか。


 焚き火の程よく焼けた肉の串をとり、生の脚と並べてコボルトの前に差し出してみた。コボルトの顔は両方を行ったり来たり、やがて焼けた肉の串に鼻を寄せ、その匂いに顔を蕩けさせる。


 焼けた肉の串を挟んで睨めっこ、コボルトの視線は肉に集中しているが。ふむ……、物は試しだ。


「よし、食べていいぞ」


 その言葉にコボルトは目を輝かせ、串に飛びつく。あやうく、串でコボルトの喉を突きそうになり、慌てて腕を引いた。


 すぐに食べ終えたコボルトが、俺を見て目をキラキラ輝かせている。もっとくれと?


「ふむ、まて!」


 途端に、この世の終わりのような表情でうずくまるコボルト。何このかわいい生き物。


 焚き火で炙っている肉を食い、串に肉を刺し、また炙る。焼けた肉のいくつかを手にとって、コボルトの顔の前に差し出す。コボルトの表情が絶望から一転、その顔を歓喜に輝かせる。


「よし!」


 コボルトが手に飛びつき、肉をむさぼる。舌が掌を舐めるのがこそばいい。


 一人と一匹の宴は続く、結局、一晩で猪の肉の殆んどを食べきってしまった。我ながら良く食えたもんだ。残ったのは猪の頭、これは焚き火に放り込んで、かぶと焼きにするか。一晩ゆっくり焼く事で、明日の朝の朝食に丁度良いだろう。


「さて」


 目に見えるほど腹を膨らましたコボルトが、まったりとしている。微笑ましい光景だが、そのままにして置く訳にもいかない。なにより、コボルトは妖精だ。妖精の隠れ里まで案内してもらえるなら手間が省ける。


「コボルトさん、君の名前を教えてもらえるかな?」


「わふぅ?」


 コボルトに声を掛けるとこっちを向いて首を傾げる。うん?言葉が分かってない……と、言う事もないか、肉を食わせた時はきちんと反応していたし。


「名前だ!君は他の人からなんて呼ばれてたんだ?」


「くぅ~ん……」


 困ったように眦を下げるコボルト。むぅ、これでは虐めている見たいじゃないか。まてまて?まさか名前が無いのか?


「名前が無いのかな?それならシロと呼んでも良いかい?」


「わっふ!」


 白い体毛をしているからシロ、安直に過ぎる気がするが、本人も喜んでいるようなので問題ないかな。しかし、言葉を喋らないのはどうしてだろう?妖精族は俺と一緒で、有る程度の知識を得て発生するとこの世界の知識にはあるんだが。


 まぁいいか。こちらに来て、流されに流され続けている気もするが出来る事をするしかない。幸い明日には妖精の隠れ里に到着できる予定だ、こいつも一緒に連れて行けば、事情も分かるだろう。


「シロ、おいで」 


 シロに声を掛けると、シタシタと此方に身を寄せる。そのまま抱き寄せ、もふもふの抱き心地を堪能しながら眠りに落ちた。


 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・


 ・・・・


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