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1-3  ツリークライミング!


 深い森の中、早朝の木漏れ日に草花が照らされ朝露が煌めく、風に枝葉がざわめき何処かで鳥が美しい鳴き声をあげていた。


 静かな朝の森の風景。そんな中、場違いな人影が一つ、両足を投げ出すように地面に座っている。


 黒い髪と黒い瞳、黄みがかった肌を簡素ながら仕立てのいい服に包んだ十を少し越えた位の少年、貴城透のこの世界の姿だ。


 透の周囲には食い散らかされた果物の残骸と、緑色の蔦が何本も散乱していた。


 蔦は太い物と細く葉の付いた物の二種類があるが、そのどちらも一端を透の背中に発していた。


 木々の間を風が流れ、透の髪と蔦の葉を揺らす、透はまだ動かない。


「はぁ、こんな事をしてても埒が明かないな」


 透はシャツを脱いで背中の上の方、肩甲骨から僧帽筋あたりに手を伸ばして触る。その手に感じるのは、皮膚の下を細く硬い何かが根を張っている様な感触。


 手を進めると、手触りが滑らかな皮膚からざらつく木の皮の様な感触に代わる、そして其処から細長い何かが伸びていた。その何かを伝って行けば、散乱している葉の茂った細い蔦と葉の無い太い蔦にたどり着く。


 蔦を軽く引っ張って見る。


 透に痛みは無い。


 今度は強く引っ張ってみる。


 違和感はあるが、やはり痛みは無かった。完全に癒着してるようだ。


 透は静かに地面に両手と膝をつき、頭を項垂うなだれた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 はぁ、寄生されちゃった物は仕方が無い、まずは状況確認だ。


 背中に意識を向け、肩、首、背中の周辺の骨を動かしつつ違和感を探る。多少皮膚が突っ張るが、筋肉にも骨にも異常はなく動かすにも支障は無い。これなら根っこの方は邪魔にはならないな、蔦の方は引きずる訳にもいかないから体に巻きつけておこう。


 周囲はっと。


 寄生蔦の所為か周囲にはあまり木が生えていない、お陰で僅かながら空が見える。時間をかければ大凡おおよその方角くらいなら分かるだろう。


 ロープの代わりは手に入ったが、わざわざ木に登る必要はあるかな?


 地図には地形も縮尺も載っていないが、上から見れば多少なりとも地形を把握できるかもしれない。それにこのクラスの森を上から見るのは気持ち良さそうだ。


 よし!登ろう。


 残っていた果物を朝食にして、歩きながら背の高そうな木を探す。昨日登ろうとした木は既に何処に在るのかも見当が付かない。蔦を探して歩き回ったり果物の香りに釣られて彷徨った所為だ。


 辺りで一番大きそうな木に当たりをつけて、体に巻きつけていた蔦の内太い蔓の一本を木の幹に回す。


「さて、いけるかなっ!?」


 回した蔦を両手で引っ張り、体を上手く固定できる事が確認して、足で体を押し上げ、タイミング良く蔦を引き上げる。それを繰り返し、木を登っていく。


 おおよそ8メートル程登り、やっと一番下の枝に手が届いた。片手で蔦を束ね持って、もう片方の手で枝を抱え込み、枝の上に這い上がった。


 枝に腰掛け一息入れる。3階のベランダ位の高さからの一望は、残念ながら他の木に邪魔されて見晴らしはよくない。しかし、高い視点から見下ろす光景は中々スリルがあり楽しい。


「よし、行こうか」


 蔦を駆使して登り、枝の上に這い上がる。その地道な作業を繰り返し、順調に登っていく。


「やっと半分ってところか?」


 頂上付近まで後半分程。此処まで来ると枝も増え、場所によっては枝伝いに登る事もできる。両手両足を使い、最低でも手足の3箇所は木に触れさせ慎重に登る。


 そして、目線より僅かに上にある枝に右手をかけた時……。


「うぇ?」


 右手に感じた、木の皮では在り得ないヌルリとした手触りにとっさに手を引っ込める。かろうじて足場にしていた枝から落下する事は無かったが、バランスを崩し木の幹に寄りかかる事で何とか体を支えた。


「っっっ!」


 ヌルリとした手触りのした枝の上から、逆三角形の蛇の頭が姿を現す。色は木の肌と似た茶色、頭の大きさは今の俺の手でも一掴み出来る程度、体長は体が枝の上にあるため判別できないが、枝の太さもそれほど太くないため長くても2メートルと言った所だろう。


「お休みの邪魔をしちゃったかな?」


 俺の低姿勢な声にも係らず、蛇は無情に威嚇音を鳴らす。その金色の目は俺から外される事は無く、ゆっくりと鎌首をもたげてゆく。


 逃げるには場所が悪すぎる、しかも体勢は崩れたままだ。今襲い掛かられたら逃げようが無い。


 そんな事を思っているうちに、蛇は俺に向かってその身を躍らせた!


 大きく広げた蛇の口が、俺に向かって落ちてくる。蛇の口は倍ほどの大きさにも開かれ、その上顎から生えた二本の牙はてらてらと光っていた。


 生命の危機に集中力が高まり、極度の集中に世界がスローモーションに変わった。その粘るような世界の中、俺は目の前に迫る蛇の口から顔を逸らしつつ、咄嗟に出した右手で蛇の頭を捕まえた。


 しかし、不安定な枝の上、さらに体勢を崩した状態で無理な動きをすれば、当然そのつけが発生する。


「うわっ、ほっ、った」


 悪あがきも虚しく、体はどんどん傾いでいく。 


「やば!」


 覚悟を決め、体を反転させ、視点を下に向ける。着地できそうな枝を捜す。最悪でも地面は腐葉土で柔らかい、五点接地で衝撃を逃がせば骨折すらせずに済むかもしれない。その為には恐怖で目を閉じないようにしっかりと目を見開く。


 しかし、足が枝から外れることは無かった。体が水平近くまで倒れた所で背中を何者かがつかみ上げ、落下を阻止してくれていた。


「助かった……?」


 微妙な均衡を保った状態から、何とか枝に身を寄せへたり込む。背中に目を向ければ太い蔦が上の枝に絡みついて体を支えていた。


「助けてくれたのか……?背中に張り付いてるだけかと思ったら、以外に役に立つじゃないの!」


 安堵からの軽口だが、その言葉に気を悪くしたのか蔦は力なく枝から外れ、重力に引かれるままに落ちた。当然繋がっている俺も引っ張られる訳で、危うく落下しかかる体を、枝にすがりつく事で支える。


「ちょっ!すまん、悪かった!助けてくれてありがとう!」


 必死の感謝に機嫌を直してくれたようで、蔦はするすると這い上がり、上の枝に巻きつき体を支えてくれた。


 う~む、それなりの態度を示せば協力してくれる、と言う事かな?


 む、む、む……。絞め殺され掛けた事も寄生された事も非常に腹立たしいが、現状、駆除ずる方法は無く、たとえ蔓を根元から切り落としても、根が体の中まで侵食している以上どんな悪影響があるかも分からん。


 となると、仲良くやって行く方が良策か。機嫌を損ねて首でも絞められた日には逃れようもないしな。


 悶々と悩みつつも、答えはすでに出ている。


 現状では敵対的でも無く、無碍な扱いさえしなければ協力的ですらあるのだから、こちらから喧嘩を売る必要はない。


 問題は俺の心情のみ。まぁ恨み憎しみで殺され掛けたのではなく、獲物として捕食されそうになっただけ(・・)だから殺され掛けた事は水に流すとしよう。


「これからは運命共同体だ、よろしく頼む」


 敬意を込めて蔦にそう言うと、蔦も答えるように軽くうねった。




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