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プロローグ 何時かに続く話

 見渡す限りの草原の中を、道が一本走っている。


 大型の馬車が余裕を持ってすれ違える程度の太さと、頑丈な舗装をされたその道は、ランス王国東部辺境に位置するコルナブール市と市の所有する地母神殿を結ぶ、市にとっては生命線とも言える道だった。


 平時なら、地母神殿の地下で勝手に湧き出るモンスターを相手に腕を磨く冒険者や、地母神の恵みとして産出されるマナ結晶を運ぶ馬車が行きかうこの道に、今日は一つの集団を除いて人影が見られなかった。


 集団は道の真ん中にある木陰で涼んでいた。


 真夏に比べれば日差しは幾分和らいだとは言え、昼下がりのこの時間の気温は薄着でも汗をかく。日差しを木陰で遮り草原を撫でるそよ風に涼をとるのは、中々に心地の良い物だろう。


 奇妙な事だ。


 道に人通りの無い事も、頑丈に舗装された道に木陰が出来る事も、その木陰を作っている何本もの蔦が絡まってできた木がその下で横たわる虎から生えている事も。


 集団の中心、虎を枕に寝転がっている男の傍らのカードから、喧々囂々と男女の会話が流れていた。


「……とにかく!この大発生は当コミュニテ『ケセラセラ』が片付けさせてもらいます!」


「はぃ、よろしくお願いしますぅ」


 怒りに満ちた少女の声とは対照的な、今にも消え入りそうな男の声。どうやら何らかの折衝があり、少女が勝ったようだ。


「ふー、これだからお役所仕事は!お待たせしました。トールさん、オッケーです!」


「はいよ。ナタリア、ご苦労さん!」


 男が応え立ち上がる。中肉中背、二十歳前後の日本人男性を100人ほど集め、平均値を取ればこんな男が出来上がるだろうか。尤も、黒い髪と黒い瞳に首から下は黒い革鎧と黒尽くめの上に、右手に全長が身の丈を超える長さの大太刀をたずさえた姿は、この世界でも中々にかぶいたものではあったが。


「シロ、頼む」


 トールが前を向いたまま、傍らに声をかけた。


「了ー解!」


 トールの横で座っていた白いコボルトが立ち上がり、軽く地面を蹴る。と、コボルトの左右から土の壁が立ち昇った。壁は見る間に幅を広げ、彼方に見える地母神殿へ円を描いて差し迫る。あっと言う間にトール達と地母神殿を対の極とした円形の闘技場が出来上がった。


 闘技場の出現を待っていたかの様に、地母神殿の正門が弾け飛ぶ。


 中からぞろぞろと現れたのは異形の魔物モンスター達、人の様なモノ、獣の様なモノ、無機物とも有機物とも付かぬ奇妙なモノ達の行進は、こぼれる水のように石畳の白と草原の緑を侵していった。


「マーシア、全滅させない程度に蹴散らしてちょうだい」


 魔物モンスター達が即席の闘技場の7割程を埋めた辺りで、トールから少し離れた場所で本を読んでいた女に声をかけた。


「……分かった……」


 マーシアと呼ばれた女は本から顔も上げず、ただ右手を上げ魔術を放った。


 右手から上空に放たれた光弾は数条に分裂し、魔物達の上で更に無数に分裂して雨のように魔物を襲う。一つ一つの光弾が着弾すると同時に爆発し、周囲を巻き込んで被害を及ぼした。この魔術で半数以上の魔物がマナ結晶に変わる。


 しかし、魔物達は続々と地母神殿からあふれ出し空隙を埋めていく、それまでの者達よりも更に力強い足取りで。


 マーシアの魔術は、地下迷宮の上層で発生する低級な魔物の掃討が役目もあったようだ。


「ジャニス、後ろは任せた」


「任された!」


 応えたのは女の声。だが、立ち上がったのは身長2メートル近い金属の塊。肌は殆んど見えない、しかし確かに女性的な体型の蒼みがかった鋼色の全身鎧は、左手に巨大な盾と右手に巨大なハルバードを構え、数歩進んで他の者達を守るように陣取る。


「それじゃ、行って来る」


 仲間たちに声をかけ、大太刀を左手にトールが走り出す。


 一番手前の魔物スケルトンウォーリアーまで一気に駆け、抜刀一閃、黒い刃は魔物を逆袈裟に一刀両断した。


 初撃の勢いを殺さず、更に周りの魔物を屠る。僅かに空いた間隙かんげきで呼吸を整え、左手の鞘を手品の様に何も無い空間にしまった。


「先ずは三つ!」


 トールは足を進める、まるで無人の野を行くかの如く気安い。


 トールは大太刀を振るう、振るわれる刃は軽やかで柔らかい。


 どれほど速い魔物の攻撃もトールの体に触れることは無く、どれほど素早い魔物もトールの攻撃からは逃れられない。


 間を殺せば魔物の攻撃はトールに触れることは無く。


 間を生かせば魔物はトールの攻撃圏内の内となる。


 呼吸の外れた魔物の行動は見当違いのものとなり。


 呼吸を合わせたトールの動きに導かれて魔物達は刃の餌食となった。


 間と呼吸を制すれば全てがトールの意のままになる。


 後は大太刀を振れば事が足りた。


 速く強く打つ必要は無い、身のこなしのままに振り、相手に触れる瞬間に手の内を締めて刃を通せば、魔物の身は断たれ、頭を割られ、臓腑が抉られた。



 ・



「998,999,1000っと!千体切り達成!……しかし、まだ結構居るなぁ……。んー、熊次もやる?」


 最初の一体から千体目までにかかった時間はざっと20分程、実に1秒に一体の速度で倒した計算となる。


(おおぉ!兄貴、ありがてぇ)


 周囲に誰もいないトールの問いかけに、トールの体の中から答えがあった。


「んじゃ、大物が出てくるまでな」


(あいよ!)


 トールはその場でクルリと反時計回りに一回転しつつ、左手で刃を一閃。ふわりとした斬撃は、トールを中心とした半径2メートル内の全ての魔物を両断する。


「いいぞ」


 トールの身に着けている黒い革鎧の右腕の表面に、黒い毛が生えた。それは見る間に広がり膨れて、一抱え程になると、鼻面生まれ、更に目を開き、口が裂け、熊の頭に成る。


 ずるり、と頭に続いて胴が生え、脚が抜け出る。人の右腕から体長3メートル程の熊が抜け出る様は、この世界においても素晴らしくシュールな光景だった。


「ガァッハーーー!」


 熊が魔物を襲う。


 ただし、熊の攻撃は爪でも牙でもなく、鋭く打ち込まれたのは鋭い掌底。練られた剄は打たれた胸ではなく反対側の背中を爆裂させ、魔物を死に至らしめた。


 熊の手の構造上拳を握る事はできないが、掌、手の甲、手刀、腕刀、肘、肩、背中。体のありとあらゆる場所を使って剄を放ち、魔物を沈めていく。熊にこそあるまじき姿だが、拳士として見るなら一流の姿だった。


「おー、楽しそうだねぇ。こっちも後は手早く片付けますか!」


 その言葉と共にトールの体が膨れ上がる。爆ぜるように伸びた下半身は革鎧ごと首の無い四足獣に変化し、上半身も二回りは大きくなって革鎧に肉の筋が浮き出た。


 大太刀を右手一本で構え、左手を何も無い空間に差し込むとそこから緋色の刀を抜き放つ。


「るぅぅオォォゥゥゥ!」


 咆哮を上げて透が駆け、二刀を振るう。先程までの優美な太刀捌きとは違う、荒々しい斬撃はしかし、先程までと変わりなく美しい切断面を見せ、瞬く間に大量の魔物達をマナ結晶に変えていった。


 ・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・


 ・・・・


 ・






 トクトクと、重さのある液体が宙をこぼれる音が響く。


 トールの手にある杯に透明な酒が満ち、月を写す。


 祝勝会は宴もたけなわ、街の方々で嬌声や大発生を無事乗り切れた事を祝う声があがっていた。そんな中、灯りもつけない部屋の窓辺で一人、トールは月を肴に酒をなめる。


 煌々と輝く月は巨大で美しい。


(あの時も、こんな良い月だったな)


 トールの脳裏に、この世界に来る前に見た末期まつごの月がよぎる。




 ちなみのこの話は5章か6章あたりの後に入る予定…………そこにたどり着くまで何年掛かるか。(苦)


 生きている限りは続けます!


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