堤真人 第一話
時間を元に戻す事なんて出来ない。そんなことは、今年20になる堤真人にはよく分かっていた。
今、堤真人が立っている場所は、夏の日差しが照りつける横断歩道の手前のタイルの上。歩道橋の入り口と、粉を吹いたガードレールのそば。堤は太めのスケータージーンズのポケットの中に手を入れ、改造エアガンの感触を指で確かめた。
高校を卒業してすぐに就職した、自動車メーカーでの仕事を辞めてから、堤はしばらく気の向くまま町をふらついていた。やがて遊ぶ金がなくなると、家にこもってインターネットの掲示板やチャットに熱中する日々を送っていた。
母親は真人に甘く、真人がおとなしい声で金をせびると、タバコ代くらいはいつでも楽に真人にくれる。父親は、真人が幼いときに自衛官を退職し、今は長距離トラックの運転を仕事としている。そのせいで父親は殆ど家にいないし、父親の存在は真人の中でかなり希薄な物だった。
横断歩道の信号が赤から青に変わるまでの間、堤は、緊張をほぐす為に頭の中で音楽を流し始めた。高校一年の時にテニスで県大会に出場したときにはがくがくと無惨に震える自分の腕の震えををこうやって沈めたものだ。真人が自分で考えついたメンタル・コントロールの一つだった。
堤がこれからしようとしてしている事は、堤の人生を大きくねじ曲げてしまうに違いなかった。