HIKARI
自分の学校の文化祭で書かせていただきました。
「生きゆくもの」の”意志”をもとにして作られた作品です。
――季節は夏から秋に変わるころ。藤本湊は部活が終わり、自分の家へと一人、帰宅しようとしていた。
『ねぇ、湊。僕ね頑張ったんだと思うんだ。
絶対、負けない。
勝ってやる。
全てに、ひとりでできることはすべて。
って思いながらさ、この六年間生きてきたんだよ。
僕は、暗い暗い闇の底から、まるで急な階段を駆け上がるように、光を目指してきたんだよ。
けど、そんなことは無謀だったんだ。闇に堕ちたものはもう二度と光へは行けない。闇から抜け出すことなんてできないんだ。
湊はどう思う? 闇に堕ちてしまった人でも、光の中に行けると思う? 』
そんなメールが来たのは、ちょうど夕方六時頃、俺は下校中だった。俺は変なこと言うなぁ~と思いながら返事を書いた。
『俺は、戻れると思うぞ。
でも、一人では無理だ。闇から抜け出すためには、光にいる“誰か”に手を差し出してもらわなきゃな。』
湊は一度読み直した後に送信ボタンを押した。
「ふぁ~ねむ…………。ん?うわぁ~真っ赤!! きれいだなぁ。明日は晴天かな?」
そう、夕焼けを見ながら一人ぼやいていると、携帯が鳴りだした。
「どうしたんだ? 突然あんなメールよこして。」
発信者は桐生翔。さっきのメールの差出人だった。
「…………なぁ、翔。俺はさぁ、変わりたかったんだよ。
俺の人生は自分で決める。俺は自分のやりたいことをして、自由に生きたかった。もう、誰かの命令で動くのが嫌だったんだよ。」
俺は何も言えなかった。翔が今まで親の敷くレールの上を走っていたことは知っていた。けど、急にこんなことをいう理由が分からなかった。
「俺が甘かったんだろうね。今までだって自分の意思を尊重できるときはあったんだから。やらなかった自分の考えが甘かったんだ。」
そこまで言うと、翔は息継ぎのためか、それとも返事を待っていたのか、両者との間に沈黙が続いた。
「湊。夕陽きれいだね。真っ赤だよ。空が血に染まってるみたい…………」
その瞬間、湊は嫌な予感に襲われた。
――何か、とんでもないことが起こる。
そう感じた。
「オイ。何言ってんだよ。きれいな夕陽がかわいそうじゃねぇか。おまえ今どこにいるんだ? 」
「どこだと思う? ここからだと綺麗な街並みが見えるんだ。もう部活も終わったんだね。周りがだんだん静かになっていくよ…………。」
俺は、翔がどこにいるか考えた。
――街並みがきれいで、夕陽が見えて、高い所にいて、部活が終わったかどうかを知っている…………。
俺はピンときた。
――翔は、学校にいる。
「お前、まだ学校にいるだろ? 帰んないのか? 」
「湊、よくわかったね。俺、学校にいるよ。……さっきの話の続きなんだけどさ、俺、もう嫌なんだ。光も、闇も、もう嫌。俺さぁ、――。」
湊は、翔が何を考えているのか少しだけわかったような気がした。それは、一番否定したい考えだったけど、それを否定することができなかった。
――あいつは、翔は自殺しようとしている……。
「俺、今から学校行くよ。お前、そこから動くなよ。」
湊は翔が話しているのにもかかわらず、湊に命令した。そして、今来た道を全速力で戻りだした。
――翔、道を間違えんなよ! お前は昔の俺と同じなんだ!
「あぁ、大丈夫。俺、今は動く気ないから。この夕陽が落ちて闇が空を覆いつくすまではね。」
湊は翔がそう言っている間にも、今、翔がいる場所を考えていた。
――翔は確実に高い場所で夕陽を見ている。三階か、四階か、それとも、……。
「そういえば翔、お前荷物どうしてたんだ? もう見回りの人が来る頃だろ? 」
湊は学校に向かって走りながら聞いた。
「荷物は見つからないところに置いてあるから大丈夫。これに、ここはきっと見つからないだろうから大丈夫だよ。」
湊は、その発言から一つの場所を導きだしていた。
――…………屋上…………翔は本当に…………。
湊は信号につかまって立ち止まっていた。
――急がなきゃいけねぇのに! なんでここに信号があるんだよ!
湊は目の前の現実にむかついた。空を見上げると、さっきまで真っ赤だった空もだんだん色を薄くしていた。きっとあと十分もしたら空は闇に染まるだろう。
――早く変われよ!
その時、湊の心の奥で一つの疑問がわき、彼の心を凍らせた。
『俺、行ってどうするんだ? 俺にあいつを止める資格があるのか? 』
それは、信号が青になって、横断できるはずの湊の足さえも止めた。
「ッ! そんなことを今考えている場合かよ! 」
湊はそう声に出して言うことで、その考えに嵌ることを逃れた。
「翔っ! 今のお前は昔の俺と同じなんだっ! だから、……だから! 」
湊は再び走り出した。
「あぁ、…………湊、俺が何をしようとしているのか分かっちゃったんだ。…………おいでよ、湊。湊には俺の最後を見ててほしいな。」
そういった翔の声は、輝くような茜色が退いて夕闇の拡がる空に、淡々と響いた。
「お前っ! …………翔、ゼッテェーそこ動くなよ。俺が行くまで動くなっ! 」
「うん。わかった。待ってるよ。でも、早くしてね? そんな遅くまでは待てないから。」
翔がそういった時には、湊はもう学校についていた。
部活を終えた生徒たちが、どんどん帰って行っていく。
湊はその中を一人、校舎の方へと向かった。
「あ、湊。もう着いたんだね。ここから見えるよ。」
湊は息を切らせながら、屋上に向かって走っていった。
「ハァハァ…………翔。闇と光の違いって分かるか? 」
湊は翔の答えを待たずに続けた。
「それはな、まぁ俺の考えなんだが、…………独りが独りじゃねぇってことだと思う。」
湊は、そこまでいうと、残りの屋上までの階段を一気に駆け上った。
「翔、今、お前の心は独りなんだな。」
そう言って、湊はいつもなら鍵がかかっていて開かない扉の前に立ち、呼吸を整えた後、冷たいノブを回し、ゆっくりと押した。
「…………そうかもしれないね。俺、きっと独りなんだ。」
そう言った翔の言葉からは、何の感情も読み取れなかった。
湊が扉を開け切ると、そこにはフェンスの内側に立って、夕陽を眺めている翔の後ろ姿が見えた。
――いた……。
「翔、もう電話……切るぞ。」
「あぁ、着いたんだね。分かったよ。」
湊はそう聞くと、電話を切った。そして、翔のそばへと歩いて行って、隣に立った。
「…………空が闇に染まるね。湊、俺もう行くね? 」
湊は、そう言って歩き出そうとする翔の手をつかんだ。
俺は、まだ翔に何をすればいいのか分かっていなかった。ただ、今この手をつかまなかったら、一生後悔すると思った。
「…………、俺さぁ、今、お前に何て言えばいいのか正直わかんねえんだよ。けど、今この手をつかまないと一生後悔するって思ったんだ。」
「別に何も言わなくていいんじゃない? 俺はもう自殺するって決めたんだからさ。湊、俺はね、大いなる空へ飛んでいきたいんだ。鳥が鳥籠から自由に羽ばたくみたいにさ。」
湊は、翔の気持ちが、心が自由を求めているのだと気付いた。そして、それは、闇から抜け出さない限り、得られるものではないだろうと思った。その瞬間、湊は翔に何をすればいいのか、分かったような気がした。
「翔、俺がメールに書いたこと覚えてるか?
『闇から抜け出すためには、光にいる“誰か”に手を差し出してもらわなきゃな』
もし、お前がまだ闇から光へと行きたいと思ってるのなら、お前が闇から抜け出すために俺が光の中にいる“誰か”になってやるよ! だから、…………自殺なんてやめろ! 」
その瞬間、翔の肩が震えた。
「湊、…………今そこで言っちゃいけないだろ! 俺は悩んだ末のこの道なのに、…………。」
「別に今悩んだっていいだろ! まだ戻れるんだから……まだ、後戻りできないわけじゃないんだよ!! 」
湊がそう言った時に、翔の全身の力が抜けたのが分かった。
「湊…………俺、まだ光に行きたいって思ってもいいのかなぁ? 湊は、俺が抜け出せるまで、俺に手を差し伸べていてくれるの? 」
そういいながら、翔は振り向いた。
「お前…………」
振り向いた翔の顔には、涙が一筋流れていた。それを見た湊は、今まで掴んでいた手を放し、右手で、翔の右手を握った。
「あぁ。俺が、お前がどれだけ長い時間がかかったとしても、闇から抜け出せるまでは手を差し伸べててやるよ。…………翔、“自由”に、なろうぜ? 」
それを聞いた翔は安心したように笑い、湊が握っていた手を放した。
「こんなことしてたら気持ち悪いっつうの! 」
「うわっ! それが今まで自殺しようとしてた奴のセリフかよ! ひでぇなぁ。」
そういった二人はどちらからともなく笑いだした。
「あ、そういえば、なんで俺と、昔の湊が一緒だったんだ?? 」
「……………………………………………………」
翔の最後の質問には沈黙で返した湊であった。
「さ、帰ろうぜ? 『たった今から翔は光を目指します』ってな! 」
そう湊が言ったのを最後に二人は屋上を去って行った。
END
やっぱ、自分はこういった作品を書くのは向いてないんですかね………