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花の国  作者: 蜂子
4/5

巡回騎士と制服

『メグ、今日のお昼はティーナベーカリーのスペシャルサンドにしない?』

 そう店長に言われて、二つ返事で飛び出した花屋。今はその帰りだ。

 ティーナベーカリーはこの界隈では美味しいと評判のパン屋で、スペシャルサンドは一番人気のサンドである。だけど、このスペシャルサンドはティーナベーカリーのパンたちの中でもいいお値段のランキング上位なのだ。

 私くらいのお給料だとそんなに頻繁に食べれないのが実際のところで。でも、今日は店長がお金を出してくれたので食べれるってわけ。

 パン屋から花屋までの道のりをスペシャルサンドを抱えながら鼻歌交じりで歩く。

 もうすぐ自分が売り子をしている花屋というところで、近くに女の子たちが数人、遠巻きに集まっているのが見えた。

「どうしたんだろう」

 そう思い、近づいてみると店から巡回騎士と店長が出てきた。

 女の子たちが色めき立つ。

(巡回騎士ね・・・目立つものね)

 出てきた巡回騎士のプラチナブロンドが風で揺れる。どこかで見たことがあるプラチナブロンドだ。

 あれはと近づいてみると、背を向けていた巡回騎士がこちらのほうを振り向いた。

「ア・・・アスター!?」

 それはアスターだった。いつもの貴族の服や宮廷の騎士の制服じゃない。

 ここ一年で見慣れた巡回騎士の制服を着ているが、あれは絶対にアスターだ。

 私はその名前を呼んですぐにはっとなって口を紡ぐ。

 だけど、二人は私の声をちゃんと耳で拾っていた。

「メグ!」

 店長とアスターの声が重なる。

 あらあらあらと言いながら店長が私の手をとった。

「メグ、この方メグを探してたんですって」

 店長が笑顔でこれがうちのマーガレットですなんて言っている。

 私といったら、アスターの顔と巡回騎士の制服を交互に見上げて、口を開けっぱなしの状態だ。

「ちょっと、あの子の知り合いなの?」

 女の子たちが不満げに話している。

 その声に少々飛んでいた意識が戻ってくる。

 視線が痛い。ここから逃げ出したい。

「ご、ごめんなさい!店長、もう少し休憩いただきます!」

 そう言って、スペシャルサンドを店長に押し付けて、代わりにアスターの手をとって走り出した。

 若いわねーという店長のつぶやきを聞き流しながら。


 少し走って、人通りのない裏道に入る。

 息を整えないまま、振り向きざまに叫んだ。

「その制服どうしたの!」

 本当に色気のない切り出しだ。しかしそんなことも言ってられない。

 あんな、この町には浮くようなすごく仕立ての良い服を着てきたかと思えば、次は巡回騎士の制服だなんて!目立つに決まっている。むしろ、すでに目立っていた。

 似合う似合わないの問題じゃない。いや、似合ってるんだけど!

 アスターの顔を見やる。たぶん私の顔は今、般若のような顔だろう。

「変装しないと城から出れなかったんだよ」

 アスターが少し困った顔をしながら言った。

「なら、無理にお城から出なくても良いじゃないの」

 無理をしてまで私を連れ戻す価値なんかない。

 だけど、変装してまで私に会いに来てくれたと思うと心が嬉しそうに鼓動する。

(だめよ、めぐ)

「無理してまで来る必要はないのよ」

 だって、私はここから離れる気はないし、姉とアスターのところへ戻る気もないのだから。

 しかし、その言葉になぜかアスターはむっとしたようで一瞬、いつもより眉間にしわが寄った。

「無理してなんかない」

 まだ握ったままだった手がアスターの強い力で握り返される。

 アスターの紫色の瞳が私を見つめる。数秒もしないうちに私は目を逸らした。

 いつからだっただろう、アスターの瞳を見れなくなったのは。姉とアスターの隣にいるのが辛くなったのはいつからだろうか。

「と、とにかく目立つ格好では来ないで。巡回騎士もいつもの服もダメよ」

 言い訳がましいかもしれないけど本当なのだから仕方がない。

 それに今はアスターの瞳から逃げ出したかった。

「目立つのか?」

 なぜだと言わんばかりにアスターが聞いてきた。

「だって、巡回騎士は女の子に人気だから目立っちゃうし、いつもの服もすごく仕立ていいから悪目立ちしちゃうのよ。駄目よ、嫌だわ・・・」

 訳を言ううちに顔が火照ってきた。恥ずかしい。とっさに片手で口を押さえる。

 なんで駄目なんだろう、なんで嫌なんだろう。どうして口に出してしまったんだろう。

 自分で墓穴を掘っている気になってきた。

 でも、これならアスターももう来ないだろう。庶民の服まで着て来る必要はないんだもの。

「そうか・・・」

 アスターが悩んだ顔をしてつぶやいた。

 なのに手は握り返されたまま。握り返された手が熱い。手を引いてもアスターの手は離してくれない。

「とにかくね!次、そんな服で来たら絶対に会わないからね!」

 思いっきり腕を振って、手を振りほどく。

 少し強引だったけど、頭が混乱してそれしか思いつかなかった。


「ぜ、絶対によ!?」

 捨て台詞のように言って、私は花屋まで逃走した。

 

 握っていた手がまだ熱い。 

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