再会と流行
また来る、とアスターは言った。
その言葉通り、アスターは私の家に再び訪れた。ちょうど、花屋に出勤しようドアを開けた瞬間にアスターのプラチナブロンドが目に入ったから、これがデジャブかと思ってしまった。
そんな私は追い返すべく、ドアの前で応戦している。
「もう来ないでって言ったはずです」
「帰れとは言われたが、もう来るなとは言われてない」
少しイライラしたようなぶっきらぼうな口調も変っていない。いつもそうだった。姉にはもっと穏やかに話すのに、私と話すときは口調が少し厳しくなる。
十分くらいこのやり取りとにらみ合いをしている。
しかし、このまま居座られると困る。だって、相手は自国の王子様で、しかも姉の結婚相手で、未来の王様なのだから。
王家と関わりがあるだなんて知られたらここにいられなくなるかもしれない。
そうこうしているうちにぽつぽつと家の前に人が立ち止まってきた。近所の人たちも少しいる。
これ以上は見られると後が面倒なので、早く帰ってもらわなきゃいけない。
それに、仕事がある。遅刻するわけにはいかない。
相手の要求を聞いて、それを呑めばいいんだろうけど聞いたら負けな気がする。
「メグ、帰るぞ。ローズも待っている」
アスターが私の腕を取る。
分かっていた。アスターが私を探しているのは姉のためだってことくらい。
アスターと姉がいるところへなんか戻りたくない。幸せそうな二人を見たくない。
(嫌よ)
私の頭に浮かんだ言葉。
この世界での私の家はここだ。
「私の家はここよ」
腕を振りほどきながら言う。
もう、王子様だとか野次馬なんか気にしていられなかった。
「マーガレット!」
アスターが咎めるようにマーガレットと呼んだ。
「マーガレットじゃないわ!私、仕事に行かなきゃいけないの。どいて」
そう言って走り出した。
アスターの呼び止める声が聞こえたけど、足は止まらなかった。
止めなかった。
その後、数日経ってもアスターが訪れることはなかった。
強制的に連れ戻されなかっただけ良かったんだろう。
姉には元気にしていると伝えるだけにして欲しい。
町の人たちの追及も「知り合いに似てたらしいの」と言えばもう追求はされなかった。
やっと平穏が訪れた私は今日も仕事に勤しむことにした。
「すみません、花をくれませんか」
店の奥で作業していると、男性の声が聞こえて店先に出る。
「はい。どれになさいますか?」
笑顔で対応しながら、頭の片隅でおおおと感嘆する。
「どれがいいかな。おすすめはありますか?」
はにかみながら言う彼は一般的な茶色の髪に瞳。それに男性が花を買いに来ること事態ないわけではない。私を感動させているのは青年の服装だ。巡回騎士の制服を着ている。
巡回騎士とは名前の通り、町を巡回して町の安全を守る騎士のことだ。日本で言うとおまわりさんのようなもの。
巡回騎士は男女ともに人気がある。騎士というものはみんな憧れるものだし、騎士になるというのは王国で認められた名誉のあることなのだ。まぁ、でもはっきり言って巡回騎士はすごく高給取りというわけではない。それは王宮勤めの騎士とかに比べたらで、一般よりも給料は良い。
そしてなんと言っても、制服がかっこいい。灰色を基調とした制服は襟や袖に黒いラインが入っていて、胸には王国のエンブレムが飾られている。そして、黒いブーツ。
コレと言って好みの騎士はいないが、制服を着こなす彼らは目立つし女の子の憧れの的で目の保養だ。
「そうですね・・・プレゼントですか?」
「ええ、彼女の」
そう言って嬉しそうに話す彼の笑顔を見てついつい私も笑顔になる。
「その方のイメージは?」
「こうふわってしててかわいいっていうか・・・」
話を聞いているうちに隣の店先あたりに女の子が数人集まって、きゃぁきゃぁ話している。
「巡回騎士だわ」
「素敵よね!あー、私も花束プレゼントされたいわ」
「だめよー、たしか彼はリリィの恋人よ」
えー残念と女の子達が言う。脈が無いとわかると女の子たちはいなくなっていった。
立っているだけで女の子たちが集まるのだ。やっぱり巡回騎士って目立つ。
「リリィっていうんだけど」
のろけた顔で巡回騎士の青年が言う。
リリィというとあの水汲み場近くに住んでいる彼女だろうか。たしかにふわっとしてて可愛らしい。そういえば、巡回騎士の恋人がいると言っていた。そして結婚も考えていると。
「では、お名前と同じ花はどうですか?今、記念日やプロポーズに贈る方が花と同じお名前だったとき同じ名前の花束を贈るのが流行っているんです。花と同じお名前じゃなかったときはローズ様にあやかって薔薇の花束なんですが、どうですか?」
そういいながら、百合の花を勧める。
彼に話したとおり、記念日やプロポーズに彼女と同じ名前の花を贈るのが流行っている。しかし、名前が花の名前じゃない人もいる。そのときは薔薇の花束なのだ。
噂では王太子様がローズ様にプロポーズしたときに名前と同じ薔薇の花束を渡したとか何とか。
(アスターのくせに・・・)
なんだかんだいって、彼らは私の中からいなくなってくれないのだ。まだ新婚だから周りからの噂が絶えない。わたし自身から話題を振らなくても話す近所のおばさん。そして女の子達。
自分で話を切り出して思い出しておきながら、少し気分が悪くなった。
でも、そんな気持ちも目の前の彼の言葉により、心の奥へ隠れた。
「じゃぁ、そうしようかな。百合をお願いするよ」
「かしこまりました」
リリィに気に入ってもらえるように可愛い花束をつくってやろう。
そう思いながら、私は腕まくりをして百合の花を手に取った。
その後、彼はリリィちゃんにプロポーズしてOKもらいました。