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花の国  作者: 蜂子
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ワンピースとノック

 姉の結婚の話を聞いた次の日のことだった。

 火の日は売り子をしている花屋が定休日なので、私も休みだ。そんな私はいつもはあまりしないけれど、解れてしまったワンピースやスカートを直していた。

 紺色の少し古い型のワンピースを手に取る。懐かしいそのワンピースは私がセントポーリアに着いた時に唯一持っていた洋服だった。

 あのころは、あの場所から逃れたくて仕方が無かった。

 このワンピースと元の世界で持っていたもの、といっても携帯電話くらいだけど。それらを持ってセントポーリアにたどり着き、運良く花屋の売り子になれた。これは一番の幸運だった。

 でも、無謀なことをしたと少し反省はしている。

 もうクタクタになってしまったワンピースを見るとこの一年は結構大変なものだったなと思い出す。

 売り子として雇ってもらえたけど、住むところもなかったし持ち物も全然無くて、店長や近所のおばさんたちにはとてもお世話になった。

 花の名前だって一から覚えなくちゃいけなかったし、仕事も思ったよりも重労働だった。

 今では、花の名前も覚えたし、アドバイスだってできるようになった。それに、ちょっとしたブーケだって作れる様になった。

 このワンピースはアスターから貰ったものじゃない。アスターが私に与えてくれたものは、お屋敷に全部置いてきた。ドレスも髪飾りも全部。

(だって、本当は私のものじゃないもの)

 それはアスターのお金で、お屋敷で生活するためにアスターが与えてくれたもので。お屋敷から出るっていうのに、持っていくなんて泥棒と同じだ。だから、このワンピースはお屋敷のメイドのお古のワンピースと私が元の世界で来ていた洋服とを物々交換したものだ。

 この世界での女性はスカートが主流なので、パンツスタイルの女性は全然いない。だから、ジーンズで屋敷を出るわけにはいかなかった。

 生活に少しずつ余裕が出てからはあまりこのワンピースも着なくなったけど、なぜか捨てる気にはなれなかった。


 アスターはお城の外にお屋敷を持っていた。ネモフィラの郊外というか、お城が少し遠くに見えていたから、中心街からは離れていたと思う。

 私たちはそこでお世話になっていた。

 アスターはお城に住んでいたから毎日一緒というわけではなかったけど、よく様子を見に来てくれていた。今更だけど、あんなに頻繁に来て公務は大丈夫だったんだろうかと思う。

 私たちが会ったのはそのお屋敷で、お城ではなかったためか私はアスターの父親でもある王様や王妃様には会ったことはない。本来は異世界から来たということと、アスターにお世話になっていることから会うべきだったんだろうけど、アスターが会わせなかったんだから理由はわからない。

 姉と私はそこで貴族が受けるような教養を受けさせてもらっていた。習慣なども教わったから、セントポーリアでも不信がられることなく過ごせている。

 あと、花と同じ名前をつけるのがこの国では流行っているらしく、マーガレットという名前も街に溶け込むひとつになった。かなり不本意だけど。

 アスターの家族といえば、数回だけだけど弟のヘレニウム様には会ったことがある。あまりアスターとは似ていなかったけど、オレンジがかった金髪が印象的だった。

 アスターはプラチナブロンドだった。光に当たるとキラキラ光るし、きれいだった。

 そういえば、姉がいなくなったあのお屋敷はどうなっているのだろう。王太子妃になった姉はお城に移り住んだだろうし、もう住んでいる人はいないのだろうか。お屋敷にいた人たちはこんな私でも優しくしてくれた。私は逃げてしまったけど。

『メグ』

 アスターの私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 少し感慨深くなってしまった頭を振って、考えるのをやめた。

(私にはもう関係ないわ)

 

 黙々と針を通していると、ドアがノックする音が聞こえた。

(誰だろ・・・)

 家に訪問者が来るのは少なくない。近所のおばさんがお裾分けに来てくれたり、セントポーリアで仲良くなった女の子たちが来たり。

 針と糸切バサミを裁縫箱に仕舞ってからドアに向かう。私がゆっくりなのはいつもと同じどおりなのに、ノックの主はイラつき始めてノックの仕方が粗暴になってきた。

 コンコンコンと控えめだったのが今はドンドンドンとドアを叩く音になりかけてる。

「はい、はい、はーい」

 急かさないでよと愚痴をこぼしながら、ドアを開ける。いつもは近所のおばさんも女の子たちもこれくらいだったら怒ったりしないのに。

 ドアを開けて最初に目に入ったのは、太陽にあたって輝くプラチナブロンドだった。

 私はこの髪の持ち主を知っている。

「あ・・・」

 アスター。

 目の前にいるのは私が逃げた人だった。

「メグ、探した」

 一年ぶりに聞くアスターの声は記憶に残っていた声と変らなかった。

 呆けている私の髪をアスターの指が触れる。

「メグ」

 呼ばれた名前に、はっとしてアスターを突き飛ばしてしまった。

「帰ってください。私貴方のことなんて知りません」

 半分条件反射でそう言って、ドアを閉める。

(なんで、今更。どうしてバレたの)

「おい、メグ!」

 アスターが足をドアに挟んできた。だけど、私はかまわずドアを思いっきり閉める。アスターの足が引っ込まないので、ドアが閉まらない。

 思わず脛を蹴ったらさすがのアスターも足を引っ込めた。欠かさず、鍵を閉めた。

 痛かっただろうと少しだけ申し訳なくなったけど、アスターが強引だから悪いんだ。

「メグ、開けてくれないか」

「帰って」

 アスターがドアを叩きながら懇願する。

 でも、私はドアを開ける事は出来ない。ぐるぐると考えがめぐって、頭が混乱する。

 結婚報告か、それとも連れ戻しに来たのか。でも、結婚報告で終わるわけが無い、私はお屋敷から勝手に出て、姉は王太子妃になったんだから。

 私が無言でいると、ドアの叩く音が静かになっていった。

「また来る」

 ドア越しにため息が聞こえて、足跡が遠ざかる。

 アスターは帰ってしまったのだろうか。鍵を開けて、少しドアを開けて外を見る。

(アスターいない)

 

「アスター・・・」

 アスターは姉のところに帰った。

 清々するはずなのに、どうしてこんなにも苦しんだろう。



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