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花の国  作者: 蜂子
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姉の結婚と薔薇

 姉が結婚した。そう聞いたのは、本人の口からでも本人からの手紙でもない。近所のおばさんたちからだった。

 王都ネモフィラから少し離れたセントポーリアという町に私は住んでいる。私が住む国、フリティラリアは花の国として有名だ。このセントポーリアもいたるところに花壇があり、花が植えられ整備されている。

 セントポーリアは王都も近いことから、王都にはみんなよく出かけるし、また人で賑わう美しい町だ。私はあまり行かないけれど。

 私はここで花屋の売り子をして生活している。花屋の売り子は花の国だからかとても高倍率なのだ。フリティラリアには王都に近いほど、多くの花屋がある。売り子を勝ちとるのも戦いだけれど、花屋を営むのも日々、生き残りをかけた戦いだ。

 花の国で有名なフリティラリアだけど、豊かで清らかな水の国でも有名だ。セントポーリアの女神の湧き水はフリティラリア100選に選ばれるほどの有名な水汲み場である。


「そうそう、 ローズ様の結婚式素敵だったわよね」

「ええ、素敵だったわ」

「え?ローズ様?」

 そんな会話が聞こえてきたのは町の水汲み場だった。

 私はローズ様、結婚式、まさかと思い聞き返してみた。そうすると案の定、話をしていたおばさんたちから考えどおりの答えが返ってきた。

「あら、メグ。知らないの?この間、王都で王太子様とローズ様のご結婚式が行われたのよ」

 そういって、近所のおばさんたちはつい先日、王都で行われた王太子様とローズ様の結婚式について嬉しそうに衣装がああだったとか、詳しい話まで教えてくれた。

 たぶんそうだったんだと思う。ローズ様が結婚、という言葉にそうなのかと納得する反面、やはり驚きは隠せなくて私の頭のなかは混乱していた。つまり、おばさんたちの話は半分くらいしか頭のなかに入ってこなかったからよく覚えていないのだ。

 最近もっとも幸せな結婚式を挙げたローズ様ことローズ・M・クラインは、花の様な容姿に、鈴の様な声を持ち、器量良しと言われる、私の血の繋がった姉である。

 姉だってことは嬉しそうに話してくれたおばさんたちも知らないし、誰にも言ったことはない。

 姉の結婚式を町の噂で聞いたように、私は一年ほど姉と連絡さえ取っていない。けして不仲だからというわけではない。どちらかというと、仲はいいほうだったと思う。ローズ様の妹の私が一人小さな家で暮らして、姉とも連絡を取らない。それにはもちろん理由がある。


 といっても、姉が結婚したとしても私の生活は変わりはしなかった。それは喜ばしいことなんだろうけど、連絡すらとっていなかったし、気になりはするけど何か特別な行動をするつもりもなかった。

 朝起きたら、水汲みをしなくちゃいけないし、朝ごはんを食べたら仕事をしなくちゃいけない。仕事が終わったら、時間をみて買い物にも行かなきゃいけない。買い物が終わったら、夕ごはんの準備。ひとり暮らしの私の一日は忙しい。

 私としても、一年も連絡をとってなかったのにこの状況で連絡をとるなんて浅ましいと思うから連絡なんてしたくない。それに、仕事だって上手くいってるし、ここまでひとりでやってきたのだから。

 それに、素直に喜べない私もいた。

 まぁ、連絡を取るにしてもこんな小さな家に住む一介の娘の私の手紙なんて、未来の王妃の彼女に届くはずがないのだ。

 

 特別なことをしないといっても、姉の結婚式の話を聞いた後は姉とまだ一緒にいたころを思い出すことが多くなった。思い出すと一年前の私はすごく夢見がちで純粋で、馬鹿だったと思う。

 最初の半年は夢だと思った。最後の半年に、私は現実を理解し始めた。そして現在、私は現実を知っている。

 楽しくない思い出というわけではないけれど、自分がまだ青かったころを思い出すと気分はあまり良くない。

 仕事も進まない。

 これもすべてあいつのせいだ。

 そう思いながら薔薇の花の棘をとる。

「いった!」

 なんの呪いなのか、勢いよく指に棘を刺した。

 ぽつりと落ちた血は鮮やかにバケツの中の水に溶けた。

 

 その後も何回か刺してしまった。それに見兼ねたのか、店長が休憩の合図を出してきた。

「マーガレット、指が絆創膏だらけになる前に休憩入っていいわよ」

「はい、すみません」

 さすがにこれだけではクビにならないだろうけど、いつもは出来ていることだから少し凹んでしまう。

 お昼ごはんのサンドウィッチを食べながら、フリティラリアに来たころを思い出していた。

 私こと、マーガレット通称メグはフリティラリア出身ではない。十六歳のときに三歳違いの姉とフリティラリアの地にたどり着いた。いや、むしろ迷い込んだ。

 今はマーガレットと呼ばれているけど、本当はマーガレットという名前じゃない。お姉ちゃんも本当はローズっていう名前じゃない。そう。それはフリティラリアで初めて名前を聞かれたとき、あいつが勘違いしたときから私はマーガレットになった。

 あいつと会ったのは庭園だった。ロマンチックな雰囲気っぽく感じるだろうけど、実際私にとってはロマンチックでもなんでもなかったと今では思う。そう、私にとっては。

 家のリビングで足元が光ったと思ったら、目の前は花だらけだった。隣には姉がいて、思わず手を握ってしまった気がする。ふと、視線を感じて見てみると、紫色の瞳を見開いたあいつがいた。

 最初は困惑したあいつと私たちだったけど、フリティラリアがあるこの世界では、異世界からの迷い人はときどきいるらしく、状況を把握したあいつはすぐに落ち着きを取り戻した。まだ状況がつかめなかった私たちは落ち着けやしなかったけど。

『名は?』

 たしか、こう聞かれたと思う。落ち着きはしたが、警戒はまだしていたあいつはかなりぶっきらぼうだった。

『めぐ・・・です』

 増田めぐ、それが私の本当の名前だった。でも、あいつはなぜか愛称と勘違いした。

『マーガレットか』

『え?いえ、メグです』

『メグはマーガレットの愛称だろう』

 そうしたら、増田マーガレットじゃないか!違うから!そんな叫びもあいつには聞こえていなかった。

 あいつはすでに姉に意識が向いていたんだから。

『貴女は?』

『姉のそうびです』

『そうび?珍しい名前だな』

『えっと、あぁ、あれです。私たちのところではこの花をそうびとも呼んでいて・・・』

 姉はきょろきょろと周りの花壇を見渡して、薔薇を指差した。

『ああ、ローズか!良い名前だな』

 笑いあう二人、その時すでに私は蚊帳の外だった。

 良い雰囲気ってこういうことを言うんだろう。

 それからあいつは姉をローズと呼び、私はメグ、マーガレットと呼ばれるようになった。最初はマーガレットと呼ばれるのは本当に嫌だったけど、今では慣れた。姉は彼らが呼びやすいんだから良いんじゃないかしらと言って気にしていなかった。

 そんなこんなで、あいつの加護の元、新しい生活を始めた私たちだったけど、一年前に私はその加護の元から抜けた。フリティラリアに来て、一年たったときだった。異世界に来て二年経ち、十八歳になった今もこの行動は後悔はしていない。これがあったからこそ、今の私がいるようなものだから。

 私は弱かった。気付かなかった。子供だったんだ。早く気付けばこんな気持ちなんか引きずらなくてすんだのに。


「馬鹿みたい、なんで思い出しちゃったんだろ」


 サンドイッチはすでに無くなってしまっていた。もう仕事に戻らなくちゃいけない。

 あいつのことなんて思い出したくも無かった。アスター・クォーツ・フリティラリア。このフリティラリアの第一王子、つまりは未来の王様。姉の夫になった奴のことなんて。

 思い出したくも無かったのに――

 


 ちくり、ちくり。薔薇の棘が私の心に刺さって抜けない。

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