第6話 見えること 見えないこと
朝日がカーテンの隙間から顔を覗かせ、
眩しさで目が覚める。
学校に行く前に、自室の机に座り、
改めてステータス画面を開く。
【鑑定 Lv.1】
取得したのはいいが、まだ把握しきれていない。
試しに、机の上に置いたスマホへ意識を向ける。
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【物品鑑定:スマートフォン】
状態:正常
⸻
(……物にも使えるんだ)
別の物はどうだろうと思い、
今度は少し前から角が欠けている机の端を見る。
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【物品鑑定:机】
状態:損傷(軽微)
⸻
それ以上の情報は出ない。
性能や材質、いつ壊れたか、
そういった細かいことは分からない。
(……最低限って感じか)
何でも分かるわけではないらしい。
分かることと、分からないことの線引きが
はっきりしている。
その感覚を頭に入れたまま、家を出た。
***
教室に着くと、
ゲートの騒ぎが嘘だったみたいに、
教室はいつも通りだった。
「一昨日出たモヌハンの新作のゲーム、
マジですごくね?」
「今日の放課後、カラオケ行こー?」
話題はバラバラで、笑い声も混じっている。
「なあ、最近ゲートのニュース減ったよな」
「もういいだろ。正直、俺ら関係ないし」
「関係ない」で終わらせられる距離。
そこまでのものじゃない、という顔。
先週までは、ゲートの話ばかりだった。
ニュースでも、SNSでも、
あれほど騒がれていたのに。
(……もう、こんな感じか)
棍棒が振り下ろされる瞬間の圧、
緊張感のある命のやり取り。
それらと、目の前の日常との温度差に、
疎外感を感じる。
そんな会話を、机に顔を伏せながら
聞いていると、咲が話しかけてくる。
「天音、おはよー、……最近いつも疲れてない?」
咲が、何気なく言う。
「咲、おはよ……運動始めたからね」
私は気怠げに返事を返す。
嘘ではない。
ただモンスターを倒しているだけだ。
「……疲労感が抜ける程度にしなよ」
咲はそれ以上何も言わず、
自分の席に戻っていった。
(……変だったかな)
気づかれた、というより、見抜かれた気がした。
ふと、隣の席のクラスメイトに視線を向ける。
一瞬だけ、鑑定を使った。
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【人物鑑定:福山 源】
種族:人間 スキル:なし 状態:異常?
⸻
(……異常?)
一瞬、身構えたが、次の瞬間、欠伸が聞こえた。
「昨日、ほぼ徹夜で寝不足なんよ……」
(寝不足、か)
どうやら「異常?」は、
即危険というわけじゃないらしい。
ホッとして、肩の力が抜ける。
鑑定は人間にも使える。
だが、分からないことも多いらしい。
***
帰宅後、リビングの椅子に腰を掛けて、
今日の情報を整理する。
【鑑定Lv.1】の現時点で分かることは、4つ。
名前、種族、スキル、状態のみ。
ただし、状態は曖昧で、
強さや危険度までは見えない。
(万能じゃない……だからこそ、使い方が大事だ)
そう結論づけ、支度を整える。
***
ゲートを抜け、洞穴の中へ入る。
相変わらず、無機質感を思わせる。
すぐに、ゴブリン一体を発見した。
足を止めて、反射的に鑑定を使う。
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【個体鑑定:ゴブリン】
スキル:なし 状態:正常
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(問題なし)
落ち着いて距離を詰め、ナイフを振るう。
昨日までとは異なり、スキルの有無が分かる。
後はスキルがきちんと分かるか、だ。
***
天井が高く、
柱が等間隔に並んでいる場所を通りかかる。
中央に、不思議な石碑があり、
スキル持ちのゴブリンと近くで遭遇した場所だ。
周囲から切り離されたかのように静かで、
水が流れる音しか聞こえない。
柱の奥から、何かの気配を感じたので
柱の裏に隠れる。
そっと、柱から顔を覗かせると、
その場で眠っているゴブリンがいたので
鑑定してみる。
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【個体鑑定:ゴブリン】
スキル:【縮地】 状態:異常?
⸻
やはり、モンスターもスキルを持っていた。
ただ、スキルレベルまでは分からないみたいだ。
私は、残念に思いつつ、
スキル名が分かるだけでも十分と思い直す。
そのゴブリンに近づき、ナイフで喉元を一閃する。
その瞬間、背後で地面に何か擦れる音が響き、
咄嗟にそちらを振り向く。
(――っ)
反応が、わずかに遅れる。
攻撃は届かなかったが、危なかった。
(……今のは)
鑑定に意識を割きすぎて、
いつもほど、周囲の警戒をしていなかった。
気配遮断の意識も。
新しいスキルを取り、
足元がおろそかになっていた。
(……気をつけよ)
そう思い直し、
三体ゴブリンがいる方にナイフを構える。
ゴブリンが、私を扇状に囲む。
一体が正面で棍棒を構え、
残りの二体が左右から回り込む。
逃げ道を塞ぎ、視線を誘導し、死角から突く。
(……揃いすぎてる)
動きが、妙に噛み合っている。
それは獣の群れというよりも、
元々の役割が決まっている連携を思わせた。
私は回避に専念しながら、
視界の端で鑑定を発動させる。
でも何故か——
⸻
【個体鑑定:ゴブリン】
スキル:なし 状態:異常(?)
⸻
どのゴブリンもスキルはなかった。
結果的に、問題なく全て倒せた。
最後の一体を倒すと、現場を支配していた
不自然な緊張感がふっと消えた気がした。
集団をまとめていた熱のようなもの。
それが消え、目の前の死体は、
ただの魔物へと戻っていた。
(……終わった)
戦闘が終わった瞬間、
視界が白く染まり、身体がわずかに軽くなる。
【レベルが上昇しました:5 → 6】
(……レベル、上がったか)
洞穴を流れる空気のわずかな振動や、
自分の心音の静かさが、
以前よりもはっきり感じ取れる。
周囲を把握する感覚が、少しだけ洗練された。
無事に倒せたことにホッと、一息つきながら、
ふと思い出す。
倒したゴブリンたちのステータス。
確か、鑑定では
「状態:異常(?)」と表示されていた。
(スキルがなくても、関係してる何かがある?)
誰か、あるいは何かが、
彼らの後ろで糸を引いているような、
複数のゴブリンが、
一体になったような連携した行動。
個々のスキルだけを見ればいい、
というわけじゃないらしい。
鑑定だけに頼り切るのは違う。
そう、はっきり理解した。
***
昨日見た、石碑の文を思い出す。
『それは、意志か…それとも、仕組みか』
「……まだ、分かっていないことの方が多いな」
洞穴の奥を一度だけ見つめ、引き返す。
次は、もっと注意深く進もう。
そう心に決めて、ゲートを後にした。




