第5話 行いを見よ
日曜日の朝、自室の布団から、身を乗り出す。
カーテン越しの光が、
部屋の床に細く伸びている。
昨日までの疲れは、
身体の奥に残っているが、不快ではない。
リビングに行くと、
父がソファーに腰掛け、ニュースを見ていた。
「……今日も朝早いな」
それだけを気まずそうに言い、私を見ない。
「……うん。少し出かける」
「……そうか」
短いやり取りだけでそれ以上、何も聞かれない。
テレビでは、淡々とニュースが流れている。
『政府は、各地で確認されている裂け目、
通称ゲートについて、内部に凶暴な複数種の
モンスターが存在することを発表しました』
『一般人が内部に立ち入ることは極めて危険だと
判断し、発見しても近づかないよう、
注意を呼びかけています』
父は、コーヒーを一口含んだ後、
悩まし気に私を振り向き、
確認するように一言だけ言う。
「……危険なことはするなよ?」
「......うん」
それだけ返すと、
それ以上は何も言われなかった。
誤魔化したことに、少しだけ罪悪感が湧く。
信頼しているのか、踏み込む気がないのか。
たぶん、その両方だ。
(……ごめん)
心の中で謝って、私は玄関に向かった。
***
玄関を出たところで、身体に違和感を覚える。
意識した動きより、半拍分だけ前に出る。
身体の反応だけが、先に行っていた。
ふと思い出す。
そういえば、レベルが上がってからは、
身体の調整をしていなかった。
家の近くで、軽く身体を動かす。
意識した動きより、少し大きい。
(……ゲートに入る前に、整えよう)
呼吸を整え、そのまま道を進む。
***
近場のアウトドアショップで、厚手のパーカーを
中心に、動きやすい服と丈夫な手袋を選ぶ。
防具、と言えるほどではないが、
少しでも怪我を避けるための選択だ。
使わないに越したことはないが、
包帯と消毒液、簡易テーピングも揃える。
慎重すぎるかもしれない。
それでもいい。
準備はもう大丈夫。
私は小さめのリュックを背負い、
山道へ向かった。
***
入る前に身体の感覚を、もう一度整える。
意識と動作を重ね、余分な力を抜く。
昨日と同じことを繰り返す。
それらを確認してから一歩、
ゲートに踏み込んだ。
***
ゲートに入ると、洞穴内部に戻ってくる。
外よりも冷たい空気が、
より緊張感を呼び覚まさせる。
最初に出てきたゴブリンは、昨日と変わらない。
細かい調整をしながら、
前日に進んだ地点まで到達する。
感覚は安定している。
(……行ける)
足を止めず、そのまま奥へ進む。
***
警戒しながら通路の先、開けた空間を歩く。
天井が高く、柱が等間隔に並んでいる。
戦闘跡らしき痕はない。
その中央には、
以前見た石碑と似たものがあった。
明らかに、自然物ではない。
削られたように平らな面で人為的に
整えられた形だが、苔や摩耗が進み、
いつの時代のものかは分からない。
——この空間だけ、切り取られたみたいだ。
古代にあるような幻想的な光景に感動しながら、
表面の文字を読む。
石碑の表面には、文字が刻まれていた。
⸻
『力を見るな、行いを見よ』
『それは、意志か……それとも、仕組みか』
『見抜けぬ者は、同じ一撃に倒れる』
⸻
(……意味は、よく分からない。
でも、頭の片隅に引っかかる)
石碑の近くには、水路があった。
水が流れる音がするだけで、辺りは静かだ。
一度情報を整理するために、
柱を背に、思考を巡らせる。
『力を見るな、行いを見よ』
これは相手の力だけを見るのではなく、
行動を把握せよ。
そう考えるのが自然だが、断定はできない。
それ以降が分からない。
——ただ、無視していい言葉じゃない気がした。
とりあえず記憶にとどめ、先に進む。
先ほどの言葉の意味を推測しながら歩いていると、
目の前からゴブリン二体と、
ゴブリンアーチャーが一体現れる。
私はすぐに柱の裏に隠れて、様子を窺う。
こちらには気づいていない。
昨日と同じ、遠距離から倒すと決め、
遮蔽物で個体の視線を切るのを意識する。
アーチャーの視線が泳いだ。
気を逃さず、地面を踏み込み、
一気に弓持ちに近づく。
今……!
ナイフが突き刺さり、背後に倒れた。
二体のゴブリンを視界に移す。
一匹が仲間を見た後、怒声をあげる。
腕を持ち上げ、棍棒を構えた。
(……距離はまだある)
その刹那。
ゴブリンとの距離が——予兆もなく詰まった。
視界に、膨れ上がる黒い影。
……は?
加速のタメ、すらなかった。
反射的に身を捻るも、
振るわれた棍棒が頬を掠める。
「……っ!」
着地。
無理やり踏ん張った足首に、鋭い激痛が走った。
顔が引き攣り、冷や汗が地面に落ちる。
(……今の何?)
それでも、歯を食いしばり、
痛んだ足で地面を蹴る。
視界がゴブリンに迫り、ナイフを振り下ろした。
残る一体を凝視するも、
そちらは、普段と変わらない。
最後の一体を処理し、戦闘は終わった。
アドレナリンが出ていたのか、足首に、
先ほどよりもズキズキとした痛みが主張する。
その場で、ポーチから
簡易テーピングを取り出し、足首に巻く。
(……今のは、明らかに不自然だ)
親指を顎に当て、熟考する。
少し前に見た石碑の言葉が、頭をよぎる。
『力を見るな、行いを見よ』
『それは、意志か……それとも、仕組みか』
(あれは……これのことを警告していた?)
このまま続けるべきじゃない。
——今日は、ここまでだ。
私は、来た道を引き返した。
***
帰宅後、ベッドに腰を下ろし対策を考える。
(スキルで何か対策できるかもしれない)
そういえば、と思い出し、ステータス画面を開く。
⸻
【所持スキルポイント:1】
【獲得可能スキル】
気配感知 | 足場生成 | 縮地 | 集中力強化 |
鑑定 | 麻痺耐性 | 身体操作 | 物真似 |
罠感知 | 水中呼吸 | ・・・
⸻
画面を見ながら、候補を複数決めていく。
探していると、ふと、あるもので目が止まった。
詳細を見る。
⸻
【縮地】
消えるようなスピードで移動することができる。
移動できる距離や使用回数はスキルレベルに
依存する。
Lv.1では、
・移動距離:5m
・再使用可能時間:10分
⸻
(……モンスターもスキルを持っている?)
あの時の瞬間移動したような、
急な動きはこれで説明がつく。
石碑の文を思い出す。
『それは、意志か』
ここは、おそらく、モンスターも
スキルがあることを教えていたのだろう。
もしかしたら違うかも知れないが
そう考えるのが自然だ。
——問題は、戦う前にそれを見抜けるかどうかだ。
『それとも、仕組みか』
そして、こちらの文。
まだ、その全体像までは理解できていない。
——だが理解しないといけない。
漠然とだが、そう思った。
考察しながらも、他にもスキルを見ていく。
⸻
【身体操作】
自身の身体の動きを微調整することができる。
筋力や速度が上がるわけではなく、
動作の誤差やズレを抑えることに特化する。
Lv.1では、
・身体能力上昇時、身体の違和感を軽減
・踏み込み、回避、体重移動などの
基本動作のブレが減少する
⸻
レベルが上がる度に、
身体の違和感を感じていたため、かなり欲しい。
悩まし気な視線を向けるも、続きを見ていく。
⸻
【鑑定】
対象の基本情報を知ることができる。
スキルレベルに応じて、
より詳細な情報を得られるようになる。
Lv.1では、
・対象の名前や種族、スキル、状態が分かる。
⸻
今の戦闘スタイルを考える。
敵に気づかれる前に倒す。
事前に敵が持つスキルを知れるのは、
相性がかなり良い。
欠点は強力な敵を倒す手段が、今はないことだ。
縮地を取り、あの動きができるようになるのは
魅力的だが、使用回数がひっかかる。
身体操作も欲しい。
レベルアップ後のズレを解消できそうだ。
(……欲しいけど)
今でも調整できないわけじゃない。
今日も、実際になんとかなった。
画面から視線を外す。
選択肢は、もう揺れていなかった。
【スキルポイントを1消費し、鑑定を取得しますか?】
一度、私は目を瞑り、
棍棒が迫った瞬間を思い出す。
理解できない速度。
敵を知らなければ、次はない。
目を開けて、鑑定をタップする。
⸻
【スキル獲得:鑑定 Lv.1】
⸻
ホッと一息吐く。
——次は、より理解してから進む。
そう決意し、そっと目を閉じた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
天音が手に入れた【鑑定】が、
これから物語をどう変えていくのか。
少しでもワクワクしていただけましたら、
評価やブクマ、感想などで応援いただけると嬉しいです。
執筆の大きな力になります。




