第11話 試練の扉
洞穴の奥を進む。
モンスターを倒しながら、
あの門があった場所まで辿り着く。
扉の前に立つと、足が止まる。
(……入ったら、戻れない)
おそらく、この門に入ったら、
何かしらの条件を達成しない限り、
外へは出られないのだろう。
大きく深呼吸する。
ナイフを確認する。
ポーチに上級回復薬が入ってる。
スキルポイントも、まだ使っていない。
(準備は、できてる)
でも、手が震える。
(……なんで私は、潜っているんだろう)
頭にふと、そんな言葉が浮かび苦笑する。
最初は現実にファンタジー世界ができたことが
嬉しかった。
でも、途中からは何かに追われるように
潜っていた気がする。
選べるようになりたかった。
自分で、決めたかった。
それが、理由だったはずだ。
(この先を進んだら、何か分かるのかな……?)
扉の前で両頬を叩き、覚悟を決める。
(……行こう)
私は扉に手を置き、押す。
ゆっくりと開いた。
***
後ろで扉が閉まる音がする。
中はとても広い。
一度戻り、扉を押すもびくともしない。
(……やっぱり戻れない)
ボスを倒すまで解放されないのだろう。
元からそうなると予想していたため、
ダメージは少ないが、動揺はやはりする。
扉の先に、目を向ける。
——巨大な影。
玉座に座るその個体は、
扉が開いたことに困惑しているようだが、
こちらにはまだ気づいていない。
心臓の音が、うるさい。
早速、鑑定を飛ばす。
⸻
【個体鑑定:ゴブリンジェネラル】
レベル:10
スキル:【指揮】 / 【剛力】
状態:正常
⸻
私と同じ、レベル10。
手が、震える。
でも——ここまで来たんだ。
深呼吸をして、意識を落ち着かせる。
もし、危険だと判断したら、
迷わず【縮地】を取る。
そう心に決めた。
ジェネラルはまだ気づいていない。
近づくために、さらに闇に紛れるのを意識する。
行こう。
そう自分に言い聞かせて、玉座の裏に回り込む。
巨大な影は、こちらに背を向けていた。
柱の間に立つそれは、
通常のゴブリンより一回り以上大きい。
分厚い筋肉に覆われた腕。
非常に豪華な大剣を、上に投げて遊んでいる。
扉のことは勘違いと
完全に警戒を解いているようだ。
しかし、ただ座っているだけでも、
周りの空気が重く感じられる。
気づかれたら、かなり厳しい戦いになる。
足音を立てないよう、ゆっくりと距離を詰める。
五メートル。
四メートル。
三メートル。
その時。
ゴブリンジェネラルの耳が、わずかに動いた。
(……気付いた?)
心臓が跳ねる。
だが、奴は振り返らない。
完全に察知されたわけじゃない。
(……今なら!)
私は、一気に地面を蹴った。
無音のまま加速し、ナイフを、逆手に構える。
狙うは——首。
振り下ろす。
——入ったが。
(硬い……っ!)
手応えは、肉というより岩に近い。
手が痺れる。
(……筋肉が厚すぎる。深く斬れない)
でも——出血はしてる。
致命傷じゃなくても、ダメージは与えられる。
(なら、何度も斬り続ければいい)
直後、ジェネラルが低く唸り、
大剣を凄まじい速さで振り抜いた。
「……グ、ォ……!」
空を裂く暴力的な一撃。
背後で石床が粉々に砕け散る衝撃音が響いた。
直撃していたら、私は今頃死んでいただろう。
でも——遅い。
緑色の首筋から噴き出す鮮血。
先制の一撃を叩き込んだ。
その事実が、決定的な差となる。
(私の方が……速い!)
もう一度、背後へ滑り込む。
ジェネラルは必死に逃れようとするも。
逃がさない。
全力でナイフを突き立てる。
——ゴリッ。
骨を削る鈍い感触。
致命傷には届かない。
だが。
「——ギァアアッ!!」
ジェネラルが、
鼓膜を震わせるような怒声を上げた。
肌を刺すような凄まじいプレッシャーを感じる。
(くる……っ!)
ジェネラルは、太い指をこちらに向けた。
——仲間を呼ぶ【指揮】の予備動作。
私は反射的に身構えた。
…………。
だが、何も起こらない。
静寂。
緑色の顔が、唖然としたまま
指を突き出して固まっている。
当然だ。周囲に、仲間はいない。
助けに来る仲間など、どこにもいない。
「……終わりだよ」
私は一気に距離を詰める。
ジェネラルは絶望を浮かべ、
死に物狂いで大剣を振り回す。
ただ、その軌道はあまりにも単調だった。
その隙をつき、喉元へ最後の一撃を叩き込む。
確かな骨を断つ感触。
ゴブリンジェネラルの身体が、ぐらりと傾く。
そのまま——崩れ落ちた。
ナイフを握ったまま、その場に膝をつく。
……終わった。
しばらく、その場から動けなかった。
心臓の鼓動だけが、耳に響く。
やがて、震えが遅れてやってくる。
(……勝った)
無傷。
信じられないほど、あっさりと。
ゴブリンジェネラルの身体は、
光となって消えていった。
ホッと一息つく。
結局、スキルを取らなかったなと思っていた
次の瞬間。
——空間が、歪んだ。
(……え?)
ボスがいた場所に、黒い裂け目が生まれる。
ゆっくりと、それは形を成し——
ゲート。
見慣れたはずのそれが、今までとは
明らかに違う存在感で、そこにあった。
視界に、文字が浮かぶ。
⸻
【条件達成】
・ソロ
・無傷での撃破
・ゴブリンジェネラルの討伐
【特別ゲートが解放されました】
【ゲートに入りますか?】
⸻
思考が、止まった。
(……条件?)
そういえばと石碑のことを思い出す。
『満たす者、理の選択を許さん』
『勇気ある者、異なる器を授けられる』
『されど|其の選択、平坦なる道にあらず』
先に進むと異なる器をもらえる。
異なる器は分からないが
条件を見るに相当良いものだろう。
しかし、先ほどの戦闘でも、
一つ間違えれば危うかった。
この先はきっと、
それ以上の困難が待ち受けている。
ここが何かの分岐点な気がした。
今まで通りの平穏な暮らしをする生活。
そして……さらなる深淵へと進む道。
「ふぅ……」
一呼吸置く。
ここが選択の時だ。
***
その場でしばらく悩んだ。
頭はここで引けと言っている。
ここはゲームじゃない。
死んだら、もう戻れない。
でも、心が何かを叫んでいる。
——引くな、行け。
この先、力が必要な時がくる、と。
(……選べるようになりたかったんだ)
自分で決めたかった。
——なら、答えは決まってる。
頭が何と言おうと、
私の心は前に進みたがってる。
それが、私の選択だ。
……この先に進もう。
ここが、運命の分岐点だ。
深呼吸を一つ。
震える指先で、私はその選択肢に触れた。
【YES】
――視界が、白に染まった。




