第1話 ひとりきりに触れた声
昼休みの教室は、少し苦手だった。
机と椅子がきちんと並んでいても、
僕の居場所だけが、どこにも見つからない気がして。
誰かの笑い声。
廊下から聞こえる足音。
窓の外の空さえ、遠い世界のように思えた。
僕はいつも、一人でいた。
図書室のすみっこや、保健室のベッドの端。
誰の声にも混ざらず、誰の視線にも引っかからない場所を探していた。
「白羽って変なやつ」
「ちょっと暗いよね」
「軟弱そう」――
そんな言葉が、いつからか僕の輪郭になっていた。
ほんとうのことは、誰にも言えなかった。
たぶん、一生、誰にも。
僕は、男の人を好きになる。
そのことが、自分自身をいちばん遠ざけていた。
“こんなの、普通じゃない”
“誰にも知られたくない”
“そんなふうに思う自分なんて、消えてしまえばいい”――
心の奥で、何度も何度も、そうつぶやいていた。
誰にも近づかず、誰にも期待せず。
そうしていれば、壊れることもないと思っていた。
その日も、僕はひとりだった。
教室を出て、図書室の前で立ち止まる。
中から声がして、引き返す気にもなれず、
窓辺の隅に立ったまま、空を見ていた。
淡い雲が流れていて、春の風がそっと頬に触れた。
なのに、僕の心だけが、冬のままだった。
「……ひとりになりたいときって、あるよな」
その声が、やさしく背中に触れた。
振り向くと、そこにいたのは担任の柚木先生だった。
柚木先生は、いつも静かな笑顔をしていた。
誰かを焦らせることも、急かすこともなくて。
その目の奥には、ほんの少しの寂しさと、あたたかなやさしさがあった。
「白羽、無理に馴染もうとしなくていいよ」
そう言って、先生は少しだけ目を細めた。
「しんどいときは、しんどいままでいいんだ。
笑わなきゃって思わなくても、ちゃんとここに居てくれるだけで、えらいよ」
たったそれだけの言葉だった。
でも、その“たったそれだけ”が、胸の奥を小さく震わせた。
「……ありがとうございます」
ほんとうはもっと、何かを言いたかった。
でも、声がうまく出せなかった。
だからただ、そのぬくもりだけを、そっと胸にしまった。
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