師弟コンビ後編〜戸惑うノビ〜
「古の風よ、我が願いを聞き届けよ。星辰の導きに従い、未来の扉を開け、見えざる道を示せ。【Eldritch・ Manatee】現れよ、我が前に!」
神シロは詠唱する。
目の前に突然、一枚の地図が現れる。
その姿はまるで薄い霧のように淡く、しかし確かな輪郭を持つウインドウのようだった。
地図には土地や街道、魔法の遺跡、そして不気味に光る魔族のアイコンが描かれている。
中央には、ゴクトーたちの現在地を示すマーカーが静かに点滅している。
触れると地図の一部が拡大され、詳細な情報や隠された秘密が浮かび上がる仕組みだ。
黒銀の目の友こと、トランザニヤが目の前の地図を眺める。
「『カルディア魔法国』か……国の範囲やら国名も変わっていくな……」
(*ズードリア大陸MAPのイラスト)
「そりゃ、多少、種族間での争いは……ま、あるだろうがな」
神シロは地図を眺めて答える。
「あなた、これって便利ですわね。あなたの力を使って、常に新しい地図が更新されて……」
神シロの妻、女神東雲も笑みをこぼし、地図を眺める。
同じく、顔を寄せニヤリとしながら神シロは紡ぐ。
「ま、これもゴクトーたちがダンジョンで見つけた、あの地図と同じ仕様にしておるが……奴ら気づいておらんようじゃ」
「そのうちきっと、気づきますよ」
そう言って女神東雲は、神シロの肩にそっと手を伸ばした。
神シロはトランザニヤと目を合わせると、二人とも息をつく。
神々は下界を覗き込んだ。
「あら、面白そうですわね」
女神東雲は細い指先で、淡く光る地図の一点をそっとタップする。
瞬間、霧のような地図が波紋を広げーー視界は街の一角へと吸い込まれていった。
映し出されたのは、豪奢な店舗の中で、鎧と格闘する一人の若者の姿ーー
ノビである。
***
一方、その頃ーーここはサンドル・デ・パート高級店。
下の階ではノビがあたふたと動き廻りながら、装備選びに悪戦苦闘していた。
「ちょっとこれ……あわねんさ……寸足らづ……!」
ノビが着せられた鎧は明らかに小さく、肩がぎゅうぎゅうに締め付けられている。
腕をバタバタさせながら「ごれ、鎧じゃなぐで拷問具なんさ!」と、半ば本気で訴えるノビ。
そんな彼の前で、イケメン従業員は冷静に次の装備を差し出した。
「こちらの『*グリーン・タートル』の胸当てではいかがでしょうか?」
ノビは両手を腰に当て、少し偉そうに首をかしげる。
「……その『グリーン・タートル』ってのは? 甲羅みてぇなやづ?」
「ええ、動きやすく、防御力も高い一品です」
イケメン従業員がそう言うや否や、ノビは胸当てをひったくるように受け取る。
「それ!あでてみるんさ……おぉ、これならばいいかも!」
ノビが胸当てを装着し、鏡に映る自分の姿をじっくり眺める。
すると急にポーズを取り始めた。
「なぁんだ、これでオラも勇者様みてぇに……お、似合ってるんさ!」
だが、無防備なお腹がほんのりはみ出していることに気づき、急いで胸当てを下に引っ張るノビ。
(*ノビのイラスト)
「やっぱちょっと!? 」
「『グリーン・タートル』のヘッドギアもございますが……」
イケメン従業員は微笑みを崩さず、さらに選択肢を提示する。
ノビは顎に手を当て、まるで大きな決断を迫られる大臣のように考え込む。
「……頭も守らねぇとまずいから……それもお願いするんさ!」
イケメン従業員が取りに行こうとする後ろ姿に向かって、ノビがまたつぶやく。
「しっかし…すんげーとごろだなっ……!」
彼の目に映る店内は、どれもこれもピカピカに光る豪華な装備ばかり。
「こんな剣で……ものすんごい値段なんさ!」
言いながら、陳列されている剣を触ろうと手を伸ばした瞬間、
「お客様、それは触らないようお願い申し上げます!」
遠くから声が飛んできた。
ノビは慌てて手を引っ込め、周囲をキョロキョロ見渡す。
「……づ、づみません……ちょっと見でただけなんさ……」
小声で弁解しながら、再び陳列された装備を眺めては目を輝かせるノビ。
しばらくして戻ってきた従業員が、もうワンサイズ大きい甲羅の胸当てとヘッドギアを手に持って微笑む。
「お待たせしました。こちらでサイズが合うかと思います」
「おぉ、ありがとうございまづ! 早速被ってみるんさ!」
返事もそぞろにノビがヘッドギアを受け取り被る。
だが、微妙にずれて片方の目が隠れてしまう。
彼はヘッドギアの違和感を感じながらつぶやく。
「……なんか、視界が狭いんさ」
クスと笑う従業員が静かにノビのヘッドギアを位置を直す。
するとノビは満面の笑みを浮かべた。
「これで完璧なんさ! しだっけ、もう敵なしだな!」
だがその直後、ノビが勢いよく腕を振った拍子に、近くの装備スタンドにぶつかりそうになった。
瞬間、慌てた従業員がすかさずそれをキャッチする。
「お客様、どうぞお気をつけて!」
「……づ、づみません………」
店内に響くノビの声と慌ただしい動きは、どこか滑稽で愛嬌があり、それを見守る従業員達は少し口元を緩めたが、次の瞬間真顔に戻った。
すったもんだの挙句、ようやく全ての装備が揃い、
「ふぁ────ぁ」と。ノビは満足げに大きく欠伸をしていた。
一方、イケメン従業員は額に滲む汗を拭いながら、疲弊したような笑みを浮かべる。
「ご満足いただけて、何よりです」
その声には安堵の色が滲んでいた。
「いくらで?」
ノビが自慢の『アイテムボックス』を覗き込みながら、真剣な顔で問いかける。
しかし、イケメン従業員は手を軽く振りながら、爽やかに答えた。
「姫様から頂きますので、どうぞお気になさらず。こちらでお待ちください」
「ありがとうございまづ……」
ノビは何となく恐縮しながら、装備品を次々と『アイテムボックス』にしまい込む。
「オラも偉くなったもんだなぁ……」
誰に言うでもなくつぶやきながら、案内された商談用ソファに腰を下ろした。
「これ、間違いねぇ。*オックスの皮なんさ」
そうつぶやくと、ふかふかのクッションが沈み込むのを感じて、身体を預ける。
一方で、役目を全うしたイケメン従業員は階段を登り、さっさと二階に行ってしまう。
「お、置いてくの……?」
ノビの手は空を切り、周囲を見渡せばーー誰もいない。
しばらくして、別のイケメン従業員が静かに現れ、手際よくお茶を運んできた。
黒のスーツにきっちり身を包み、まるで絵画から抜け出したような立ち振る舞いでテーブルにカップを置く。
「ごゆっくりどうぞ」
その言葉を残し、すっと立ち去る従業員。
「ど、どうも……あ、あり」
ノビは手を挙げて礼を言おうとするが、相手はすでにいない。
テーブルには香り高いお茶が湯気を立てている。
ノビは少し首をかしげながらカップを手に取り、香りを確かめた。
「なんだろさ?……こんな香りのお茶……初めて飲むんさ」
口にすると、何とも言えない高級感が広がる。
それでもどことなく落ち着かない。
「こんなお店だから……そりゃ……豪華なんさ……」
ノビは一口飲むごとに妙にしんみりしてくる。
ふと周りを見渡せば、自分一人がポツンと取り残されていることに気づく。
「先生は、まだかなぁ……?」
誰もいない空間に向かって叫ぶが、当然返事はない。
静まり返る店内でノビは気まずそうにお茶を啜りながら、次の瞬間にはすっかりその香りに心を奪われていた。
「美味ぇなこれ……でも寂しぐなるんさ……」
独り言を続けるノビの姿は、どこか哀愁漂う。
けれど、どこか笑えるものだった。
展示されている置き魔時計の針音が、チックタックと店内に響く。
次の瞬間、ゴォ~ンゴォ~ンと鐘が鳴り、短針が*『月のオクロック』6を示す。
その音とともに、店の二階からパメラが降りてきた。
ノビが慌てて駆け寄り、
「先────生────!!オラも装備、揃いましたっ!」と。
慌てふためく様子で声を張り上げ、彼は金貨の入った小袋を出す。
(*イメージイラスト。魔時計の針は違うところを指してますが……)
「お金……先生が払っでくれるっで聞きたんさ。オラも金貨ならたくさん持っでますから……払いまづよ……」
そのノビの言葉を聞いた瞬間、パメラの笑顔が凍りついた。
「貴様!!ここの品々が、幾らするのか知っておるのかあああああっ!!」
雷のごときパメラの一喝に、店内が静まり返る。
見送りの従業員達は皆息を呑み、サンドルはただ唖然とするばかり。
しかし、ノビはいつものように「ケロッ」としている。
(*ノビが駆け出すイラスト)
「オラだっで、稼ぎはあるんさ!先生!」
その態度に、パメラは呆れつつも微笑みを取り戻し、優雅に片手で顔を隠しながら笑った。
「あら……わたくしったら、酷い言葉使いですわ」
そして優雅に笑いながら、「おほほほほ」と声を響かせ、店を後にした。
店の外に出たノビは、亜人メイドのリア・ムルから受け取った大きな布油紙袋の中身をチラリと覗き込み、立ち止まる。
その目に映ったのは色鮮やかな赤や黒、紫のレースや柄物の品々。
ノビは顔を真っ赤にしながら、店の方を振り返り深々と頭を下げた。
「ありがとうございましだ!」
その姿を見たパメラは、少し呆れながらも微笑み、振り返ることなく歩き出した。
ノビは慌ててその後を追いながら、小声で漏らす。
「でも、先生はいつもの感じが似合っでるんさ……せ、先生、この”派手”なの、必要だったの?」
その言葉にパメラは振り返ることなく、優雅な歩調を崩さずに答えた。
「当然ですわ。貴様ももっと、大人な女性のことを知りなさい……」
夕陽の中を『師弟コンビ』は、宿屋に向かって歩き出した。
どこか滑稽でーーでもどこか温かい二人の関係が、通り過ぎる人々の笑顔を誘っていた。
だが、黒い影が密かに近寄っていようとはーーこの時、二人はまだ知らない。
───
【文中補足】
『 *グリーン・タートル』ーーズードリア大陸全域の河川や湖畔に生息する『Aランク指定魔物』。その姿は顔はトカゲ、体は亀。爬虫類と両性類を合わせたような体で、体長1メージ(M)満たないものから〜数十メージになる伝説級のものまでいると言う。
*アイテムボックスーー所持者が持ち運べる「鞄」。収納魔導具。
現実より高度な魔法的性質を持つことが多い。
小さく見えるが、内部は広さが現実の体積を超える。
いわば「空間の歪み」を利用した超小型の*亜空間。
所持者が巾着を開閉するだけで、内部の収納物を取り出したり、追加でしまえたりできる。食料などは傷まず、そのままの状態で維持できる。
*亜空間ーー通常の物理法則が通用しない空間。
日常の空間とは別の、高次元や並行宇宙。
*『オックス』ーー巨人族たちが飼育する魔獣。美しい毛並みと力強い体躯を誇る巨大な魔牛。その上質な毛皮は高級品として知られ、交易品としても重宝される。
*オックスの産地ーー『カイド』。ドルバー海とマレー海がぶつかる『ドルマレー海域』に面した巨人が治める国。
*オクロックーーこの世界では、時間の単位と呼称が古代神暦に由来しており、人々は「オクロック(O’Clock)」という独自の呼称で時を読む。
かつて神々が天の鐘で昼夜を分けたと伝えられており、“鐘が鳴るたびに時が刻まれる”という神話的な信仰が根づいている。そのため、時刻を示す際には単なる数字ではなく、「◯オクロックの鐘が鳴る」というように“音と儀式”の意味が伴う。
1日=24ベル(Bell)
各ベルは1オクロックと呼ばれ、古代語では“アワ(Awa)”とも言う。
「午前・午後」の概念は存在せず、太陽と月の運行に合わせて
「陽のオクロック」「月のオクロック」と呼ぶ地域もある。




