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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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兄、ナガラ

 




 神々は下界を覗き込む。



「ここからは天の声として、このシロが紡ごうぞ!」


 黒銀の目の友の表情は、曇ったままだった。






 ***





 アカリとジュリはズードリア大陸から遠く離れた島国で育ち、平穏な日々を送っていた。

 ある日、姉のアカリが耳にした名前は義理の兄の名「ナガラ」。その名は大陸で唯一の『SS級』冒険者として知られ、その噂はあまりにも大きな影響を与えていた。


 ある日突然、姉が言い出したーー「私は冒険者になる」と。

 その言葉に妹ジュリは驚き、戸惑いながらも、姉とともに国を離れる決意をした。





 ***




 『ヤマト』の国はズーラシア大陸から海を挟んだ島国。


 挿絵(By みてみん)

(*ズードリア大陸マップ。ヤマトの位置)


 独特の文化と”武士”の治める国で、この国は”鎖国”をしていた。


 『ヤマト』の国を治めるのは、大将軍の神代正嗣(カミシロマサツグ)

 この国は代々、大将軍職を務める*神代家が治めていた。


 アカリとジュリ姉妹の【巫代(ミシロ)家】は、『ヤマト』の国でも名家の家柄で神代家の分家にあたる。


 魔力(マナ)にも恵まれた【神代(カミシロ)一族】の中でも特に、【刀術】と【扇子舞踊術】を合わせた、その固有の技術ーー【舞刀術】は国中で有名だった。


 この姉妹の父母は、国の中では重要な役職を担っていた。


 父は『筆頭家老(ヤマトの国の要職)』という重鎮。

 国ではNO2の地位に就いていた。


 母は国最高位の『医師』で【御典医(大将軍を診る専門医師)】として名を馳せていた。

 だが、【巫代家】には男子に恵まれなかったため、養子を迎えることが決まった。その養子は異国から来た人物で、すでに二十歳を超えていた。

 人柄も素晴らしく、父は【舞刀術】、母からは【薬学】をみっちり仕込まれる。

 そして、【神代(カミシロ)魔法】まで伝授され瞬く間に、その実力を磨き上げていったーー。



 ***


 ある日、呼ばれた御前試合。   

 ナガラが圧倒的な実力を見せたのだ。


 此奴の器量と才覚……いずれ、この『ヤマト』を……

 背負うことにもなるやもしれんな……。


 『ヤマト』国主、大将軍神代正嗣は思いながら「さらに、鍛錬に励むが良いぞ」と、表情を変えることなく、自ら携えていた【桜刀】を差し出す。


挿絵(By みてみん)

(*ナガラのイラスト)


「将軍様、もう『ヤマト』には、やり合う奴も、いねぇがな……はっはははは」


 跪くことさえせず、泰然自若のナガラは独特な笑い声をあげて拝領した。




 ***




 名家である『巫代家』も、いくつか【桜刀】を所有していた。


 父は、【桜刀】を前にナガラに諭した。


「お前に教えておかねばならんことがある。 古の時代から、数えるほどしか存在しないーー『七星の刀匠鍛治師』たちによって鍛えられた武器【桜刀】。

 それは神より賜りし、受け継がれた技術なのだ」


 父は真剣な眼差しで続けた。


「七星の武器の中でも、特にーー【桜刀】の『兼松桜流』『黄金桜流』だけは……心に留めおけ」


 その言葉はナガラの胸に残っていた。


 【桜刀】は、ただの刀ではなく、魔力(マナ)を宿した伝説の七星の武器としても知られていた。


 使用者の魔力に応じて切れ味を増し、時には【属性魔法】すら纏う『魔刀』。

 ナガラは父から傑作、細身の刀身が白く輝くーー【黄金桜一文字】。

 さらに、城主から賜った黒曜に閃くーー【兼松桜金剛】を手にしていた。


 この二振りの刀は国宝級、まさに『ヤマト』では至宝であった。



 ***



 ーー当時。


 姉が物心ついた頃、妹はまだ幼く教育を始めていなかった。


 だが、ナガラ(養子)がいた。

 自分が学んだことを姉妹に優しく教え、やがて彼女たちの“最初の先生”となった。


「兄上、この字は何と読むの」


 アカリがスカートの裾をそっと摘まんで、立ち上がった。


 ナガラは天を仰いで、ふっと笑う。


「アカリちゃん……これは朱里アカリって読むんだ。君の名だぞ」


「にーに、わたちにも」


 ジュリが背伸びして、覗き込む。


 姉妹はその養子をまるで本当の兄のように慕い、親しくしていた。


 ナガラは姉妹たちの面倒見もよく、特にアカリに丁寧に教えていた。


「そこから魔力を高めるんだ」


「こう?」


「そうだ。ゆっくりやればいい」


 不器用な笑い方を見せるその養子は、魔法や【舞刀術】を教えてくれた存在でもあった。


 また、父からも名を継ぐことを許された。


 『ナガト』より、ふた文字取って、その時から彼の名は『ナガラ』となった。


 ナガラは、さらなる高みを目指し、父に武者修行の旅に出ることを願い出る。


「この世を見聞してまいれ!」


 父からの許しを得てナガラが旅立ってから既に、十五年もの月日が経っていた。


 けれど、母の死と父の体調悪化を知ってか知らずかーー彼は戻らなかった。


 そして、時代は静かに動き始めていた。



 ***



 アカリは過去を振り返り、想いに耽る。


「ナガラ……あの兄様は今、何処にいるのだろう?」


 アカリの言葉にジュリは目を伏せた。


「あの人が生きていたら……」


 二人の胸に去来するのは、再会への淡い希望だった。


 冒険者となり養子の兄を探し出すこと……。


 彼女たちは遠い異世界の国で育ち、その土地の風習に触れながらも、日々を過ごしてきたのだ。


 二人の絆は深く、互いにとってかけがえのない存在なのは言うまでもない。



 ***

 

 旅立ちのきっかけはこうだった。


 『巫代(ミシロ)家』の家督を継ぐはずだったナガラが戻らない。

 家老を務める『金剛家』が事態を動かした。


 家老の次男が『巫代家』の長女を(めと)る縁談を強引に進め、婚儀は目前に迫っていた。



 ーー嫁入りの三日前。



「家督を継いでくれるなら、うちに住めばいいのに!」


 妹ジュリはぶつぶつと文句を言いながら、姉アカリの嫁入り支度を手伝っていた。


「『巫代流舞刀術』や『神代医師薬学』、『神代(カミシロ)家の歴史』の巻物、さらに『神代魔法書』の秘伝書、『大判金貨』、黄金桜流の【桜刀・黄金桜千貫】まで、こんなに持っていくの?ネー」


 嫁入り道具には『巫代家』の家宝や書物が含まれていたのだ。


「任せたわ!」


 アカリの声にジュリは仕方なく、大きく息をつき頷く。


 忙しなく準備するジュリをよそに、アカリの姿は急に見えなくなった。


 他方で、巫代家に詰めていた『金剛家』の武士達が話をしていた。



「この間、久しぶりにな、ナガラ殿の名を聞いたぞ」


「ほぅ、それは真実にござるか?」


「ああ……ナガラ殿、大陸一の冒険者になったらしいぞ」


「わしらでは太刀打ちできん、猛者やったからなぁ……納得だぎゃ!」


「しかしなぁ、冒険者に、どれほどの価値があるというのだ?」


「わからん……でも、あの御仁、異国出身だと聞いたが……」


「そうだがな……あの、ナガト殿の名を譲り受けたほどなのだぞ!」


「巫代の家を継げば、この国の大将軍にも、なれたやもしれんのに……」



 会話を偶然耳にしたアカリは驚愕する。


 彼女の表情は、まるで何か特別な瞬間を捉えたかのように輝く。

 大きな赤碧の瞳は驚きで見開かれ、まつ毛がほんのり震える。


 彼女の口は軽く開き、息を飲み込む。

 額に手を当てて、彼女は考えるように黙り込んだ。

 そして顎を指でなぞりながら、


「兄様なら、どうするかしら……」


 そう口に出した瞬間、アカリは動いた。

 妹のジュリにすぐ駆け寄りーー突然宣言。


「冒険者になって、ナガラ兄様を探すわ!」


 眉は少し上がり、期待と興奮が入り混じった表情を見せた。

 その時、ジュリの顔に同時に浮かんだのはーー唖然と驚き。


「っえ?  ちょっと待って、お嫁入り、どうするの!?」


 ジュリが眉に皺を寄せ慌てる。

 けれどそれも束の間。彼女は姉の性格をよく知っていた。


「ネーの意志は、曲がらないわよね」


 話が終わると、ジュリはため息をつき、月を見上げた。


 それこそが、姉妹の運命を変えたことの始まりだった。


 その夜、ふたりは静かに旅支度を整えた。


 風に揺れる障子の音が、まるで出発を促すかのように響いていた。


「……ジュリ、もう後戻りはできないよ」


「うん。だけど、ネーと一緒なら、どこへでも行ける」


 アカリはそっと妹の手を握る。

 月明かりが差し込む縁側に立ち、ふたりは家を振り返った。


「私たちの旅は、ここから始まる」


 その言葉とともに、姉妹は静かに門をくぐり抜け、見慣れた町並みを背に歩き出した。


 だが、その運命はすでに見えぬ影に注がれていた。

 大陸の裏側……誰も立ち入らぬ禁域の地で、ある者の鋭い目が怪しく真紅に光る。

 ーーその者の名は、かつてズードリアに災いをもたらした赤髪のガーランドの末裔、魔王となったガーランド三世。


 彼は七色の眩い気配を感じていた。

 かつて自らが断ち切った“希望”のような気配を。


 黒き霧が渦巻き、大地が唸り声を上げる。

 彼の復活は、決して偶然ではなかったのだ。


 

 姉のアカリは優雅な笑みを浮かべ、長い桃髪を風になびかせながら、妹のジュリの話に耳を傾ける。

 妹のジュリは無邪気な笑顔を輝かせ、純粋な好奇心と無垢さをその表情に映し出しながら姉に話しをしていた。


 その時ーー突然、彼女たちの平和な時間を打ち破るかのように、遠くの空に黒い雲が渦巻き始めた。

 いきなり雷鳴が轟き、空が暗く沈む。


 稲妻が鋭く地面を裂き、空気に緊張感が漂う。


 閃光が眩しく瞬き、まるで空そのものが破裂しそうな錯覚さえ覚えた。


 その瞬間ーー二人は眩暈を感じ、足元が崩れるように揺らぎ、意識を失ってしまうのだった。




 ***


 

 次に彼女たちが目を開けたとき、世界は一変していた。

 見知らぬ場所に立っていたのだ。

 周囲にはかつて見たことのない建物や風景が広がり、七色に光り輝く街並みはどこか懐かしさと神々しさを同時に感じさせた。


 空には異様に歪んだ雲が浮かび、冷たい風が彼女たちの肌を撫でた。


 アカリは驚きと戸惑いの表情を浮かべ、


「ここは……?」と、つぶやきながら周囲を見回した。


 ジュリは何かの直感を覚えたように、顔を険しくし目を細めた。


「ここは……ヤマトなの? 違う国みたい……」


 彼女の声は静かだが確信に満ちていた。


 母より以前、聞いたことがあった。


『古代魔法には時空を捻じ曲げる、禁じられた呪詛がある』と。


 彼女たちが瞬間的に感じ取ったのは、呪詛によって引き起こされた時空の”ねじれ”ではないかと。


 その呪詛は、姉妹をパラレルワールドに巻き込んだ。それは今までのヤマトとは似てるようでどこか違う。


 彼女たちの冒険は、運命の歯車を狂わせてしまったのである。

 しかし失われた時間はもう戻ってはこない。

 新たな運命と向き合わねばならないのだ。


 運命の糸に手繰り寄せられてるような……


 その時、ひときわ強い予感がアカリの胸に迫った。

 暗い影は、確実に忍び寄っている。


 姉妹はお互いの目を見つめ合い、未来を変えるための決意を静かに固めた。


 涙を飲み、恐怖に打ち勝ち、未知の世界に足を踏み入れる覚悟を胸に抱き、彼女たちは新たな冒険の第一歩を踏み出した。


 果たして、彼女たちの運命はどうなるのか。

 しかしこれがその後、宿命を背負う姉妹たちのーー狂ってしまった歯車を噛み合わせることになるとは誰も知らない。いや、天上から覗く神々だけは知っていた。


 時空の”ねじれ”に抗い、世界と自らの未来を変えるため、二人は静かに、だが力強く歩み続けるのだったーー。









【文中補足】


 * 神代家および関係家系図(ヤマト国)


 ■ 神代家かみしろけ


 ヤマト国を統べる本家にして、大将軍職を代々務める。

 武と魔を司る“神代の血脈”を継ぎ、【神代魔法】および【舞刀術】の源流を成す。現当主は以下の通り。

 • 大将軍 神代正嗣 (かみしろ まさつぐ)

 ヤマト国の現国主。武芸・政務・魔導のすべてに通じる稀代の将。

 威厳と慈悲を併せ持つが、時に冷徹とも評される。



 ■ 巫代家みしろけ


 神代家の分家にして、文と医を司る家柄。

 古より神代家に仕え、政務・医術・儀式に通じる名門。

 家紋は“桃桜と月環げっかん”。


 • 当主 巫代長門(みしろ ながと=ナガト)

 神代家筆頭家老。温厚ながらも決断力に富む。

 家督を継ぐ男子に恵まれず、のちに養子を迎える。

 

 • 正室みしろ 巫代美里みさと

 ヤマト随一の名医。御典医として大将軍家を診る。

 薬学と魔術の融合理論を体系化した人物。

 

 • 養子 長良(ながら=ナガラ)

 異国より迎えられた若者。文武両道にして才覚抜群。

 後に「SS級冒険者」として大陸に名を轟かせる。

 家督継承を許され、【黄金桜一文字】【兼松桜金剛】の二刀を授かる。

 

 • 長女 朱里(あかり=アカリ)

 巫代家の嫡女。才気と理知に満ちた女性で、母譲りの医術と魔導に秀でる。

 後に冒険者となり、義兄ナガラの行方を追う。


 • 次女 樹里(じゅり=ジュリ)

 姉を慕う快活な少女。魔導士として天賦の才を持ち、【多重魔法】を自在に操る。姉と共に“宿命の旅”に出る。



 ■ 家老 金剛家こんごうけ


 武を尊ぶ将家。代々、神代家の武門を統べる。

 巫代家とは古くから姻戚関係を持つ。

 巫代家の家督継承問題に際して、長女アカリとの縁談を進めた。



 ■ 家老 巫代松浦家みしろまつうらけ


 巫代家の分家。

 長門の妹・茅野(かやの=カヤノ)が嫁いだ家であり、医術と呪術の両面に精通する。古文書や魔導書の管理を担う“文の家”。






















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