5 兄、ナガラ
神々は下界を覗き込む。
「ここからは天の声として、このシロが紡ごうぞ!」
黒銀の目の友は愉快そうに笑っていた。
◇
彼女たちはズードリア大陸から遠く離れた島国で育ち、平穏な日々を送っていた。
ある日、姉が耳にした名前は「ナガラ」。
その名は大陸で唯一の『SS級』冒険者として知られ、その噂はあまりにも大きな影響を与えていた。
ある日突然、姉が言い出した───。
「私は冒険者になる」と。
その言葉に妹は驚き戸惑いながらも、姉と共に国を離れる決意をした。
◇
『ヤマト』の国はズーラシア大陸から海を挟んだ島国。
独特の文化と”武士”の治める国で、この国は”鎖国”していた。
『ヤマト』の国を治めるのは、大将軍の神代正嗣。
この国は代々、神代家が『ヤマト』の国を治めていた。
姉妹の【巫代家】は、『ヤマト』の国でも名家の家柄で神代家の分家に当たる。
魔力にも恵まれた【神代一族】の中でも特に、【刀術】と【扇子舞踊術】を合わせた、その固有の技術───【舞刀術】は国中で有名だった。
この家の父母は国の中で重要な役職を担っていた。
父は『筆頭家老(ヤマトの国の要職)』。
母は国最高位の『医師』で【御典医(ヤマトの大将軍を診る医師)】として名を馳せていた。
だが、【巫代家】には男子に恵まれなかったため、養子を迎えることが決まった。
その養子は異国から来た人物で、すでに二十歳を超えていた。
人柄も素晴らしく、父は【舞刀術】、母からは【薬学】をみっちり仕込まれる。
そして、【神代魔法】まで伝授され瞬く間に、その実力を磨き上げていった───。
ある日、呼ばれた御前試合。
ナガラが圧倒的な実力を見せたのだ。
⸻此奴の器量と才覚……いずれ、この『ヤマト』を……
背負うことにもなるやもしれんな……。
『ヤマト』国主、大将軍神代正嗣は思いながら「さらに、鍛錬に励むが良いぞ」と、表情を変えることなく、自ら携えていた【桜刀】を差し出す。
「将軍様、もう『ヤマト』には、やり合う奴も、いねぇがな……はっはははは」
跪くことさえせず、泰然自若のナガラは拝領した。
***
名家である『巫代家』も、いくつかの【桜刀】を所有していた。
父は、【桜刀】を前にナガラに諭した。
「お前に教えておかねばならんことがある。 古の時代から、数えるほどしか存在しない⸻『刀匠鍛治師』たちによって鍛えられた【桜刀】。それは神より賜りし受け継がれた技術なのだ」
父は続けた。
「その技術は流派に分かれ、特に⸻『兼松桜流』、『黄金桜流』だけは……心に留めおけ」
その言葉はナガラの胸に残っていた。
【桜刀】は、ただの刀ではなく、魔力を宿した伝説の武器としても知られていた。
使用者の魔力に応じて切れ味を増し、時には【属性魔法】すら纏う『魔刀』だった。
その刀は”彼の地”……異国『トランザニヤ』にも渡っていた。
ナガラは父から傑作、細身の刀身が白く輝く⸻【黄金桜一文字】。
さらに、城主から賜った黒曜に閃く⸻【兼松桜金剛】を手にしていた。
この二振りの刀は国宝級、まさに『ヤマト』では至宝であった。
──当時。
姉が物心ついた頃、妹はまだ幼く教育を始めていなかった。
だが、彼(養子)がいた。
学んだことを姉妹に優しく教え、やがて彼女たちの“最初の先生”となった。
「兄上、この字は何と読むの」
アカリがスカートの裾をそっと摘まんで、立ち上がった。
ナガラは天を仰いで、ふっと笑う。
「アカリちゃん……これは朱里って読むんだ。君の名だぞ」
「にーに、わたちにも」
ジュリが背伸びして、覗き込む。
姉妹はその養子をまるで本当の兄のように慕い、親しくしていた。
ナガラは姉妹たちの面倒見もよく、特にアカリに丁寧に教えていた。
「そこから魔力を高めるんだ」
「こう?」
「そうだ。ゆっくりやればいい」
不器用な笑い方を見せるその養子は、魔法や【舞刀術】を教えてくれた存在でもあった。
また、父からも名を継ぐことを許された。
『ナガト』より、ふた文字取って、その時から彼の名は『ナガラ』となった。
***
ナガラはさらなる高みを目指し、父に武者修行の旅に出ることを願い出る。
「この世を見聞してまいれ!」
許しを得てナガラが旅立ってから既に、十五年もの月日が経っていた。
母の死と父の体調悪化を、知ってか知らずか⸻彼は戻らなかった。
そして、時代は静かに動き始めていた⸻。
***
『巫代家』の家督を継ぐはずだったナガラが戻らない。
家老を務める『金剛家』が事態を動かした。
家老の次男が『巫代家』の長女を娶る縁談を強引に進め、婚儀は目前に迫っていた。
⸻嫁入りの三日前。
「家督を継いでくれるなら、うちに住めばいいのに!」
妹ジュリはぶつぶつと文句を言いながら、姉アカリの嫁入り支度を手伝っていた。
「『巫代流舞刀術』や『神代医師薬学』、『神代家の歴史』の巻物、さらに『神代魔法書』の秘伝書、『大判金貨』、黄金桜流の【桜刀】、【黄金桜千貫】まで、こんなに持っていくの?ネー」
嫁入り道具には『巫代家』の家宝や書物が含まれていたのだ。
「任せたわ!」
アカリの声にジュリは頷く。
忙しなく準備するジュリをよそに、アカリの姿が急に見えなくなった。
一方で、巫代家に詰めていた『金剛家』の武士達が話をしていた。
「この間、久しぶりにな、ナガラ殿の名を聞いたぞ」
「ほぅ、それは真実にござるか?」
「ああ……ナガラ殿、大陸一の冒険者になったらしいぞ」
「わしらでは太刀打ちできん、猛者やったからなぁ……納得だぎゃ!」
「しかしなぁ、冒険者に、どれほどの価値があるというのだ?」
「わからん……でも、あの御仁、異国出身だと聞いたが……」
「そうだがな……あの、ナガト殿の名を譲り受けたほどなのだぞ!」
「巫代の家を継げば、この国の大将軍にも、なれたやもしれんのに……」
会話を偶然耳にしたアカリが驚愕する。
彼女の表情は、まるで何か特別な瞬間を捉えたかのように輝く。
大きな赤碧の瞳は驚きで見開かれ、まつ毛がほんのり震える。
彼女の口は軽く開き、息を飲み込む。
額に手を当てて、考えるように黙り込む。
手帳の角を指でなぞりながら、
「兄様なら、どうするかしら……」
口に出した瞬間、アカリが動いた。
アカリは妹のジュリにすぐさま駆け寄り───突然宣言。
「冒険者になって、ナガラ兄様を探すわ!」
眉は少し上がり、期待と興奮が入り混じった表情を見せた。
その時、ジュリの顔に浮かんだものは───キョトン。
驚きだった。
「っえ? ちょっと待って、お嫁入り、どうするの!?」
ジュリが眉に皺を寄せ慌てる。
彼女は姉の性格をよく知っていた。
「ネーの意志は、曲がらないわよね」
話が終わると、ジュリはため息をつき、月を見上げた───。
◇
アカリは過去を振り返り、想いに浸る。
「ナガラ……あの兄様は今、何処にいるのだろう?」
アカリの言葉にジュリは目を伏せた。
「あの人が生きていたら……」
二人の胸に去来するのは再会への淡い希望だった。
これが姉妹が旅を始めた目的であり、そして姉妹が胸に抱く願いだった。
冒険者となり養子の兄を探し出すこと……。
それこそが、姉妹の運命を変えたことの始まりだった。
その夜、ふたりは静かに旅支度を整えた。
風に揺れる障子の音が、まるで出発を促すかのように響いていた。
「……ジュリ、もう後戻りはできないよ」
「うん。だけど、ネーと一緒なら、どこへでも行ける」
アカリはそっと妹の手を握る。
月明かりが差し込む縁側に立ち、ふたりは家を振り返った。
「私たちの旅は、ここから始まる」
その言葉とともに、姉妹は静かに門をくぐり抜け、見慣れた町並みを背に歩き出した───。
だが、その運命はすでに、見えぬ影に注がれていた。
大陸の裏側……誰も立ち入らぬ禁域の地で、ある存在が目覚めつつあった。
⸻その者の名は、かつてズードリアに災いをもたらした魔王の末裔ガーランド三世。
彼はふたつの光の気配を感じていた。
かつて自らが断ち切った“希望”のような気配を。
黒き霧が渦巻き、大地が唸り声を上げる。
彼の復活は、決して偶然ではなかった。
季節は夏の夕暮れ、空は柔らかな金色の光に包まれていた。
姉妹は、穏やかな笑い声を響かせながらゆったりとしたひとときを楽しんでいる。
姉のアカリは優雅な微笑みを浮かべ、長い桃髪を風になびかせながら、妹のジュリの話に耳を傾けている。
妹のジュリは無邪気な笑顔を輝かせ、純粋な好奇心と無垢さをその表情に映し出していた。
彼女たちは遠い異世界の国で育ち、古き良き時代の風習に触れながらも、無邪気な冒険心を胸に日々を過ごしてきた。
二人の絆は深く、互いにとってかけがえのない存在だった。
その時───突然、
彼女たちの平和な時間を打ち破るかのように、遠くの空に黒い雲が渦巻き始めた。
いきなり雷鳴が轟き、空が暗く沈む。
稲妻が鋭く地面を裂き、空気に緊張感が漂う。
閃光が眩しく瞬き、まるで空そのものが破裂しそうな錯覚さえ覚えた。
その瞬間───二人は眩暈を感じ、足元が崩れるように揺らぎ、意識を失ってしまうのだった──。
***
次に彼女たちが目を開けたとき、世界は一変していた。
見知らぬ場所に立っていたのだ。
周囲にはかつて見たことのない建物や風景が広がり、七色に光り輝く街並みはどこか懐かしさと神々しさを同時に感じさせた。
空には異様に歪んだ雲が浮かび、冷たい風が彼女たちの肌を撫でた。
アカリは驚きと戸惑いの表情を浮かべ、
「ここは……?」とつぶやきながら周囲を見回した。
ジュリは何かの直感を覚えたように、顔を険しくし、目を細めた。
「ここは……10年前に来たあの時と同じ場所」
彼女の声は静かだが確信に満ちていた。
彼女たちが瞬間的に感じ取ったのは、魔王の呪詛によって引き起こされた時空の”ねじれ”だったのだ。
そう、魔王の闇の呪詛による攻撃は、二人を10年前へと巻き込んでしまったのだ。
彼女たちの冒険は、未来だけでなく過去にも遡り、運命の歯車を狂わせてしまったのである。
彼女たちは、失われた時間の中で新たな運命と向き合わねばならない。
その時、ひときわ強い予感が胸に迫った。
魔王の暗い影は、どこかに忍び寄っている。
過去の未知の時代であっても、彼女たちの周囲には確実に危険が忍び寄っている。
姉妹は、お互いの目を見つめ合い、未来を変えるための決意を静かに固めた。
涙を飲み、恐怖に打ち勝ち、未知の時代に足を踏み入れる覚悟を胸に抱き、彼女たちは新たな冒険の第一歩を踏み出した。
果たして、彼女たちの運命はどうなるのか。
魔王の呪詛の闇に抗い、世界と自らの未来を守るため、二人は静かに、だが力強く歩み続けるのだった───。
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