【鼓動震雷(ビート・サンダー)】と揺れるノビ
「やっと、七星の武器がお披露目だな」
黒銀の目の友こと、トランザニヤがつぶやく。
「誰が持つかのぅ? ちゃんと七星の武器に”選ばれれば”良いがの」
桃髪の赤い目の神、シロが眉をひそめる。
「大丈夫ですよ、あなた……あの子たちなら」
女神東雲は苦笑していた。
神々は期待を膨らませ、下界を覗き込む。
その頃、ゴクトーは大部屋の前で、ジュリ、ノビの三人でドアを開けようとしていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
トントントン。
ジュリがノックする。
”ガチャッ”
その瞬間ーー花のような香りが鼻に絡み、眩暈が俺を襲った。
意識はふわっと遠のき、目はぐらぐら霞んでいく。
いかん……【妄想スイッチ:オン】が……
思いながらも俺は自分の”癖”の世界に入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「この石鹸や、シャンプーの香り……ふふふ、わたし大好き」
(*ゴクトーの妄想キャラクター、妄想鼻の妖精)
鼻の『香りん』が頬を朱くして、つぶやく。
「これは危険地帯だぞ!主よ、オレに何をさせる気だ?」
(*ゴクトーの妄想キャラクター、妄想眼”死線”)
”死線”が目を見開き問う。
「旦那、今日はしんぞうさんも居やすから、どうぞ、遠慮なく」
(*ゴクトーの妄想キャラクター、妄想心臓)
胸の『江戸っ子鼓動』が揉み手でニコリと笑う。
一堂に会した俺の妄想”パーツ”たち。
「”死線”サーチだ……」
「あいわかった」
”死線”が部屋を眺める。
「報告する……まずはパメラだが、濡れた紫髪、スラリと伸びる美脚が美しいぞ......主。爪先には紅いペディキュアがつややかに光っている。紫のタンクトップ、気をつけねば……あれも魔物と化すかもしれぬ」
「ふむ。そうか」
「『黒薔薇』……あれは厄介だな。紫のタンクトップには薔薇が咲き誇っているんだが、カモフラージュの如く、脇から覗いているぞ。棘の鋭い黒薔薇がほくそ笑んでる……。何かを狙ってるようだぜ、主」
「そんな危険なのか……?」
「こいつは厄介な案件だ……何しろその『黒薔薇』は『爆弾』の破壊力を持つ”GODDクラス”だ、主」
”死線”が声をひそめる。
「そこを離れろ!……次はアリーをサーチしてくれ」
「アリーか、お言葉だが、主よ……可愛らしいドット柄のパジャマ姿で、危険度は皆無だが?」
「そうか……次はアカリだ」
「彼女にもサーチは必要なのか?主よ」
”死線”に改めて指示を出す。
「アカリの、あの『猛虎キラン✧』の目には、気をつけろッ!」
「あいわかった」
「アカリは洗い髪をポニーテールでまとめているぞ。
桃色U字キャミソールからは、白い肌が覗いて何とも艶やかだ」
次の瞬間、”死線”の声が低くなった。
「 だが気をつけろ……彼女の谷間からのぞいてくるーー
『青の蝶、紺の蝶、ペイズリー姉妹』。綺麗な姉妹たち……だがな……油断するなよ、主」
「死線さん、死線さん……うふふ」
(*ゴクトーの妄想キャラクター、蝶の妖精ペイズリー姉妹)
「そんなにか?」
「ああ、彼女たちは【むにゅっ】との魔法を使うからな……」
”死線”が肩をすくめた。
「ご苦労だったな、”死線”」
「はい、長ーい。さっさと……妄想は終了よ」
鼻の香りんが釘を刺す。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
『妄想図鑑』に『香りん』、”死線”が吸い込まれるように収まった。
「旦那、ペイズリー姉妹は、あっしが図鑑に連れて行きやす」
『江戸っ子鼓動』はそう言って指で印を結ぶ。
ペイズリー姉妹は、不安げにその美しい翅を広げ、飛び立とうとした。
目をカッっと開いて『江戸っ子鼓動』が詠唱した。
「《具現想霊》ーー【神代警告魔法・鼓動震雷】!!」
その瞬間ーー「何するのよ?」「きゃっ!」と。
その言葉を残し、ペイズリー姉妹が霧のように図鑑に消えた。
「では、あっしはこれで」
そう言い残し、『江戸っ子鼓動』も『妄想図鑑』に、吸い込まれるように収まった。
俺は意識を戻し、我に返った。
「長ッ! でも……不思議な感覚だ……」
つぶやきながら焦りで気が動転する。
マジで、現実と妄想の区別がつかない。
これって、何かが変わりつつある予兆なのか?
それともーー呪詛めいた呪いでも受けたのか?
魔族にでも、なっちまうんじゃないか?
しかし、不思議だ。
今、現実で起こってることが、俺にしか見えないなんてーー。
俺は不安と困惑の中、思考だけが空回りし、ただ立ち尽くしていた。
次の瞬間、風に煽られたのか、ドアの閉まる音がガチャッとした。
思わず驚いてビクッと身体が動く。
そんな中、呆然と立ち尽くす俺にジュリが声をかける。
「ちょっと、へんダ──そこで、なに突っ立てるのッ!」
彼女に肩を叩かれ、俺は自分を取り戻したように部屋に入る。
その瞬間、目の前の光景に頬は熱くなり、耳に熱が籠った。
一方、横顔を見ていたジュリが口を尖らせる。
気が気でない俺は、一度大きく息をつき、改めて部屋を見渡す。
最初に目を引いたのはパメラ。彼女はソファに優雅に腰掛けていた。
俺と目が合うと眉をひそめ美脚を組む。
ノーメイクでも整った顔立ちの彼女ーー棒立ちになっているノビに視線を這わせる。
どこか柔らかく、包み込むかのような視線でノビを見つめる。
瞬間、ぎこちなさを漂わせるノビに、俺は何となく苦笑した。
そんな中、モフモフの耳がピクリと動く。
アリーが少し眠たげな表情で目をこする。思わず「ヨシヨシ」と頭を撫でた。
「にゃ……そんなに見りゅにゃ……恥ずかしいにゃん……」
そう言って彼女が尻尾を立て、背を向ける。
垂れ耳を朱く染めているのが愛らしい。
愛でるのも束の間、俺は微かな視線の圧を感じる。
そしてーーアカリと目が合う。
「……恥ずかしいですわ」
挑発するような目だった彼女は、目尻を下げた。
一瞬、胸の『江戸っ子鼓動』がピクリと動く。
動くなよ……鼓動。
心で命じながら大きく深呼吸。
胸を押さえ仲間たちの姿をもう一度眺めた。
パメラ、大胆な色気だよなッ!
アリーは無邪気で可愛いのは結構だ。
アカリの品格ある美しさは、ちょっと怖いがな。
ジュリさんや……その悪戯っぽい仕草、気になるんですけども……。
……ってか、純情、真っ直ぐだなッ!ノビッ!
だが、全て、異なる魅力……。
いい仲間たちって、感じだよな。
思いながら出会ったことにーー胸中では密かに感謝していた。
目が合う仲間たちにも笑顔がこぼれ、恥ずかしくなって目をふせる。
そんな俺を他所にアカリは、つややかな声を出す。
「揃ったわね……始めましょう」
彼女は凛としていたが、その表情は柔らかい。
俺は戦利品の『宝箱』を『アイテムボックス』から引っ張り出す。
次の瞬間ーーノビはその光景に目を見張った。
次々と現れる宝物の数々ーー白金貨、宝石、魔石、武具、魔導具まで。
部屋の広さがたちまち、戦利品で一杯になった。
まるで即席の宝の山が出現したかのよう。
ゲコリ、見つめていたノビが唾を呑む。
(場違いな気がするんさ……
ごんな凄いものの中に、オラが混ざっていいのか?)
ノビの気持ちが俺に伝わる。
このスキルは、たまに俺を悩ませる。
ノビの表情には驚きと緊張の色が滲み、交わっているように感じた。
(でも……もしかしだら、オラにも、何かすごいものがもらえるのがも……
いや、もらっぢゃいげない……)
純真無垢のノビの気持ちが伝わってくる。
そんな俺を他所に、ノビが宝の山を再び見つめる。
「しだっけ……」
一言漏らして、ため息をつき肩をすぼめた。
他方、その声に反応したかのようにアカリが声を出す。
「ノビ、緊張しなくていいのよ。これは私たち全員で手に入れたものだから」
彼女がチラっとノビを一瞥し、わずかに口元を緩めた。
「ゲコココココ!(緊張しまづよ!)」
ノビがカエル語で軽く返事をして、飛び跳ねた。
仲間たちはーーカエル語が理解できないようで、その”鳴き声”で吹き出した。
(凄いんさ。みんなこんなに堂々として、オラなんがと、全然違う……)
ノビの内心は、訛りがひどくなっていた。
仲間たちの顔を眺めるノビに、俺は苦笑して一言。
「ノビ、そのうちお前も慣れるさ……」




