ピョンな再会
「おい、シロ。前のめりになるなよ。落ちるぞーーまた、あの時のように」
トランザニヤが神シロの首元を掴む。指先に、過去の記憶が滲む。
「ははは、ついな。……あの時も、風がこうだった」
「あなた、まずは握り飯をどうぞ。トランザニヤ様も、よろしければ」
東雲が差し出す握り飯は、刻の粒を包んでいた。
神々はそれを頬張りながら、過去と未来の狭間を見下ろす。
地上では、まだ誰も気づかぬ“選ばれし瞬間”が、静かに脈打っていた。
ーーその頃、ゴクトーたちはギルド支部を出てビヨンド村のメイン通りを歩いていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「さて、宿はどうする? それと……ダンジョン踏破で得た戦利品の分配も、ノビをまじえて……やらないと」
「ノビの奴、何もしてないじゃない。ついて来ただけでしょ、ゴクちゃん」
俺の言葉に悪戯っぽい目を向け、パメラは口端を上げる。
彼女はふっと息をつき肩をすぼめた。
一方で影のリーダー、
ーー名付けるなら『デス姉』こと、アカリが促す。
「とりあえず、私たちが泊まっていた宿屋はどうかしら?広いし、部屋も空いているはず。みんなで泊まれるわ、問題ないわ」
その言葉にはどこか説得力がある。 自然と仲間たちも頷く。
その表情はアカリの思惑など、疑う余地もないほど。
しかし、アカリの今の言葉ーーどこからその確信が湧いてくるのか不思議だ。
さりげない口調のその裏で、彼女の目の奥が艶かしい光を放っていたことは伏せておいたほうが良さそうだ。彼女の心の中だけは、なぜか俺の例のスキルで読めないしね。きっとアカリのあの目は俺しか気づいてないし、仲間たちはアカリの言葉に従うことに慣れてきているからな。
まぁ、しかし、なんだ。ダンジョン攻略してからというもの……
俺も考え方が変わってきているのかもしれないな。
師匠と二人の時は、こんな感情はなかったしな。
上手く表現はできないが、全体を見るようになったと言うか、少し大人になったと言うか……これも仲間たちがいるっていう、安心感がどこかそうさせているのかもしれない。
仲間たちの行動を俯瞰して見るようになってきたのも、事実だ。
そんなことを思いながら、ふと空を見上げる。
三日月が雲の絨毯を従え、まるで気持ちよさそうに微笑んでいるかのように見える。風が少し冷たくなってきたメインストリートに俺は、しばし立ち止まっていた。
「お腹空いたにゃ」
「ご飯食べに行くよ!へんダー」
アリーとジュリは手を繋ぎ先頭を歩きだす。
その姿は見ているこちらも和む光景だった。
ふと、アカリが俺の横に寄り添い囁く。
「また同じ宿なら、次はもう少しだけ……」
「っえ?」
彼女の声は村の喧騒に掻き消され、よく聞こえなかった。
アカリがじっと見つめ口角を上げる。
照れて前方に目を向けたさ。
横を歩く桃色の髪が風で靡く。
俺の鼻に桃のような甘い香りが漂う。
良い香りに気分はじんわり昂揚していく。
だが次の瞬間、ジュリが振り返った。
「やった!同じ宿なら、わたしにもチャンスが!」
彼女が両手を上げた。
なんの? なんのチャンス?
怖いんですけども……。
思ったが口には出さない。
当然だろ?
苦笑するしかない。
そんな中、アリーが再び手を繋ぎ、笑みをこぼす。
彼女は垂れ耳を動かしてジュリに一言。
「ジュリねぇ……スカート靡いてりゅ」
アリーは答えながら眠そうな目をこする。
「いいの、別に見られても……」
ジュリは頬を朱く染める。
何で……?
おい、また、俺の妄想が暴走するだろ……。
思わず不安に駆られた。 耳がじんわりと赤くなるのがわかる。
胸の奥に引っかかるものを、誤魔化すように歩く。
違うこと、違うこと……と。
一瞬、宿屋の女将さんの顔を思い浮かべた。
宿に行ったら、「ふん」ってされるな。
ツンデレ猪か……。
そう思う俺の目尻はきっと下がっていただろう。
その時ーー"ぐぅぅぅぅぅぅ”
誰かの腹が大きく鳴った。
「腹、減ったな」
仲間たち、ひとりひとりの顔をじっと見つめた。
ししし、アリー、お腹、ペコペコって顔だな。
アカリ、毅然としてるが頬が朱いぞ。
ジュリの眉はくっつきそうだし。
さっきから、パメラ、何かを考えているようだが……。
まぁいっかっ!
そう思いながら口を開く。
「飯屋、いや、食堂……探そうか」
仲間たちは目を輝かせ、一斉に頷く。その瞬間、仲間たちの表情にも安堵の色が滲む。
目の端に気つけば、風がゆっくりとたんぽぽ草の銀の綿毛をふんわりと浮かす。墨色に染まった空に、ぼんやりと浮かぶ月がまるでスポットを当てるかのようだった。
俺は大きく深呼吸して 、「行こう!」と声をかけ、食堂を目指した。
「任せてにゃ!」
アリーが鼻先をピクっと動かし先導。
俺たちも後に続く。
苔むした石畳を抜けて細い路地に入る。
土壁が続くビヨンド村の住宅街。
石鹸の匂いがまだ残る、魔法の絨毯や柄物のシャツが干してある。
キョロキョロと眺めていると、後ろを歩くパメラが俺を揶揄う。
「ゴクちゃん、”派手なやつ”は干してないわよん!」
振り返ると彼女は悪戯っぽい目つきで笑った。
「別に……なんだよ……」
恥ずかしくなった俺は、彼女から目をはぐらかす。
一方、アリーの後ろを歩くジュリは振り返って、「ククククク」と、噛み殺したような笑い声を漏らす。
さらに、俺の隣を歩くアカリまで口を開く。
「リーダー様のお眼鏡に叶うのは、どんなのかしら?」
彼女が超速の早口で小さく囁く。
顔には血が昇り、目がぼやけたさ。
フラフラで歩く俺を見てーー仲間たちは笑っていた。
しばらくすると、先頭のアリーが動きを見せる。
クンクン
ピクピク
フリフリ
アリーが大きな看板を見つけて声を張った。
「ここがいいにゃ!『ムッキムッキの食堂』にゃ!」
その声に仲間たちも歩みを速める。
その大きな看板には、筋肉質の腕にフライパンが握られてるイラストが描いてあった。店の前に着いた瞬間、アカリがつぶやく。
「凄い、これって魔獣のかしら?」
店脇の路地に山積みになってる骨を見て、彼女が首を傾げる。
確かにすごい数だ。
店の中から賑やかな笑い声と、良い香りがする。清潔感もあるし間口も広い。
メニューも豊富そうだ。流行ってるんだな。
店を眺め、喉が鳴った俺は自分の腹を押さえる。
そんな俺を他所にアリーが笑みを浮かべ「ここに、すりゅ!」と、店に入った。
(*食堂のイラスト)
それに従い、俺たちも食堂に入る。
「いい匂い、間違いにゃい」
アリーはつぶやき、鼻をひくつかせ目を輝かせる。
同時に、俺たちの入店に気づいた従業員が軽く会釈する。
「いらっしゃいませ。五名様ですか?」
紺色のエプロンが良く似合う、金髪の若い女性が迎えてくれた。
「こちらへどうぞ」
木目が美しい長テーブルに案内されて、席に着く。
メニューを開き、仲間たちが料理を選び始める中、店内を見廻した。
「しかし、冒険者が多いな」
独り言ちる。
賑やかに談笑する何組かの客。
テーブルには光る兜や剣が無造作に置かれていた。
俺の言葉など無視して「すみませーん!」と、せっかちなジュリが店員さんを呼ぶ。
「はぁ──い。ちょっと!お兄ちゃん… 注文取ってきてっ!」
先ほどの女性の声が聞こえた。
「が…… サー…んさ…」
かなり小さな声。
ん? 聞き覚えがあるな。
気のせいか……ノビがここにいるわけないよな……。
思いながら息をつき、肩をすくめた。
そんな中、ひとりの女の子が俺たちのテーブルに近づく。
「お決まりですか?」
顔にはそばかすーー彼女は茶髪の髪を揺らし笑みをこぼす。
赤いエプロンをした女の子は、どうやら店の手伝いのようだ。
ジュリがメニューを見ながら口を開く。
「オックス牛のハンバーグとホロホロ鳥のグリル、アリーとシェアする」
彼女が目尻を下げ、少し早口で注文する。
一方でアカリがメニューを見つめ、「私は……」と、言葉を止めた。
その瞬間、そばかすの彼女は、微笑みながら優しく説明する。
「オックス牛の煮込みシチューがオススメです。パンと、とてもよく合いますよ」
その口調と笑顔に俺もつられる。
アカリとパメラも軽く頷き、同じくそれに決めた。
その時、店の入り口の方から爽やかな風が舞い込む。
入り口に立つ青年が口を開く。
「毎度──っ!!ご注文の品をお持ちしましたぁ───っ!」
厨房の方へと声を掛けた、野菜の入った籠を重そうに抱える好青年。
彼は野菜農家か、八百屋さんなのだろう。
なんて思っていた矢先。
「あ───!」
彼が俺と目が合い声を上げた。
「 ……ああ、あの時の……薬屋まで、案内ありがとうな」
魔は空いたが俺は、思い出しながら答えた。
「へへ、またなんかあったら言ってくれ、オレはハッパ・クレソン。よろしくな」
「ハッパ・クレソンか……名は体を表すだなッ! 俺はゴクトーだ」
クレソンと握手を交わす。
そんな中、厨房の方から野太い声がする。
「今、行く」
”筋肉ムキムキ”のスキンヘッドが姿を現した。
「おお、クレソン待たせたな」
「いえ、マスターこれ、頼まれてた野菜……」
その中年の男に注目が集まった。
紺色のエプロンで手を拭きながら話す中年の男。
パメラがじっと見て口を開く。
「垂れ目に口髭、白いタンクトップにジーンズ、サンダルに素足って、ちょっと、渋いわねん」
彼女の目が爛々と輝く。
仲間たちはパメラの揺れそうな『爆弾』を見て、息をついた。
「野菜の値段交渉だな」
二人を眺め、俺が素っ気なくつぶやく。
ーーやがて。
料理が次々と運ばれてきた。
周囲には酸味まじりの甘い香りが漂う。
俺は唾を呑み、妄想。
(*ゴクトーの妄想妖精)
鼻の『香りん』に”こちょこちょ”とされた。
オックス牛のシチューは塊の肉がゴロゴロ。
ポテトやキャロット、インゲン豆といった野菜類も入っている。
シチューの上には、滑らかな白いクリームもかかっている。
アリーがフォークを握り、頭を「カクッ」とさせる。
「お腹、空いたにゃ!」
彼女はどこか待ちきれないご様子。
「ふふふ……アリー、お腹空いたわよね。さぁ食べましょう」
アカリがアリーの頭を撫でながら、柔らかな目を向けた。
パメラの顔もジュリの顔も、その瞬間ーー笑顔だった。
俺たちは息を合わせるように声を出す。
「「「「「いただきます!」」」」」
皆でお祈りを済ませ、勢いよく食べ始めた。
ジュリが肉にナイフを入れる。 その瞬間、肉汁が溢れ出す。
アリーは口の周りを赤く染め笑顔を見せながらフォークを伸ばす。
俺たちは美味い料理に夢中になった。
誰もが黙々と食べる。
料理が減るのが早い。
俺が最後の一口を飲み込む頃には、仲間たちは満足そうに目尻を下げていた。
しばらくして、仲間たちが席を立つ。
*お花摘みの順番待ちをしてる仲間を眺める。
「アカリねぇ早くにゃ! ジュリねぇが漏れりゅ!」
「恥ずいから…アリー、やめて!」
ジュリが頬を朱に染め小声でつぶやき、うつむく。
苦笑しながら席を立ち会計に向かったさ。
先ほどの綺麗な金髪の女性が伝票を差し出す。
「こちらになります」
「美味かった。シチューとパン、絶品だったよ」
硬貨が入った小袋を取り出す。
「ありがとうございます。全部で銀貨十七枚です」
「残りはチップに……ごちそうさま」
金貨一枚を手渡し頭を下げる。
俺たちは食堂を出て歩みを進める。
すぐに肉屋の看板が目に入る。
道理で見覚えが……。
思ったその瞬間、ノビの実家のパン屋を見つけた。
店先には『OPEN』の札。
俺は立ち止まって中を覗く。
だが、人影はなかった。
メイン通りには屋台の準備をする、商人の姿をチラほら見かける。
香ばしい香りと派手な盛り付けが、行き交う人々の目と鼻をくすぐる。
先頭を歩くジュリとアリーがふと足を止める。
「おにゃかいっぱい。眠いにゃ」
「ほら、いい子いい子」
アリーがつぶやき、その”照れ耳”をジュリがそっと撫でる。
俺は一軒の屋台に目を止めた。
「これ、いくらだい?」
『青い魔石がついたアクセサリー』を手に取り店主に尋ねる。
店主が「そうだね……」と、言った矢先。
俺の腕を掴んだアカリが口を開く。
「私たちの”宝物”とは比べられないですわ……早く、宿屋に行きましょう……」
その声はどこかつやっぽい。
彼女の目が前方を見据える。
一方で屋台を覗き込んでいたパメラが口を挟む。
「ゴクちゃん、急ぎましょ」
彼女が言った、その瞬間。
「せんせ─いっ!待っで──っ!」
その声に仲間たちも一斉に振り返る。
「待っでーー!」
「ノビっー!」
ジュリが笑いながら手を振る。
アリーが目をこすりながらモフモフの尻尾を振る。
その時、ピョ────ン。
ビヨンド村のメイン通りには、宙に浮くノビの姿が人の目を引く。
大きな布油紙袋を抱え、猛ジャンプでこちらに着地。
跳びきったノビが手をつき、肩で息する。
その表情はまさに『カエル顔』。
「ケロ。ケロ?ケロケロケロ!(先生、なんで?若返ってるんさ!)」
ノビがカエル語を話しながら目を丸くした。
不思議だが、俺はカエル語もなぜだか理解できる。
ピキ
瞬間、パメラが青筋をたて片眉を吊り上げた。
「貴様、なぜ、ここにいるのがわかった?」
彼女がノビをギラリと睨む。
「はぁ…はぁ…妹のサーシャに、ごれ……持ってげって」
息も絶え絶えな声でノビが布油紙袋を差し出す。
アカリがそれを受け取る。
「パンね…」
彼女は中を覗き込み一言。
ノビは、なおも息を切らしながら続ける。
「チップ弾んで貰ったがら、お礼にって……」
「貴様、どういうことだ。説明しろ!」
さらに皺を寄せたパメラが、ノビを見つめる。
「オラ、実家に帰れないんさ……妹のサーシャがあの食堂で働いでるがら……
だから手伝って、賄い、食ってたんさ……で、あの食堂はうぢのパンをつがってるんさっ!」
「なるほど……貴様が実家に戻れない理由がそれか……」
パメラが腕を組みノビを見下ろす。
だがーー「ところで貴様、時間はあるのか……?」
「な、なんでづか?……オラはただ、パンを届げに来ただげなんさ……」
ピキピキピキ……
次の瞬間ーー「貴様はァ……黙って、ついてくればいいんだああああああ!」
ブルルン
「しだっけえええええええ!」
ノビの声がメイン通りに響く。
「ノビたん、くりゅくりゅって……目が回らないか心配にゃ……!」
アリーが垂れ耳をはためかせつぶやく。
メイン通りの村人や商人たちは口を大きく開いて、ノビの飛んで行った方向を見ていた。
だが、間を置くとすぐにピョ───ン。
「先生、若返ったせいで威力が増じでるんさ!」
ノビが戻って「ケロッ」と言った。
そんなノビにパメラが一言。
「ふっ……時間があるなら貴様もついて来い。ゴクちゃん、いいわよねん……?」
彼女が表情をいきなり変えた。
一方で唖然としていたジュリが声を漏らす。
「ギャップが……すごい」
彼女が言葉尻に「ククククク」と、噛み殺したような苦笑を添える。
瞬間、ニヤッと笑うパメラ。
彼女がちょっとした威圧感を放ちながら声に出す。
「これからがお楽しみなのよん、ゴクちゃんが持ってる、その”お宝”がね!」
彼女はそう言うと頬を朱に染め、俺をチラ見する。
俺は肩をすくめ息をひとつつく。
その瞬間、風が頬を撫でた。
紺色に変わった空を見上げ眺める。
ーーその時。
七つの流星群が目の端に映った。
そしてーー俺は口元を緩めた。
「ししし……ノビ、攻略した宝は山分けだ!」
*お花摘みーーお手洗い。トイレ。




