艶っぽい「おねいさん」の呪い
天上から下界を覗く神シロが零す。
「どうやら、例の奴らが動き出したようだぞ」
「マジか……こんなにも早く魔族が……」
黒銀の目の友こと、トランザニヤの瞳が赤く閃く。不穏な空気が流れる中、神々は再び下界を覗き込んだ。
――その頃、ゴクトーは薄暗くなりつつある、ビヨンド村をまだ彷徨っていた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ありがとう、助かったよ」
「もう日暮れだ。早めに帰りなよ」
西に沈む茜が紺空に変わり、星々が煌めき始める。村の若者に案内され、ようやく目的地に着いた。
お礼に金貨を一枚手渡す。
「……ふっ、 お主、礼をわきまえてるな」
顎に手を添えつつ、口元が綻ぶ若者の仕草は、まるで老齢の貴族のようだ。
その話し方ッ!
内心のツッコミはお得意。
ニコニコ笑いながら、若者はそのまま去っていく。
年寄りか?……ったく。
思いながらも彼の背中を見送った。
「ここかぁ」
看板には『ロカベルの魔法薬材と薬店』。窓ガラス越しには、薬材がびっしり並ぶのが見える。
道のり……。
長かったんですけども?
苦笑しつつため息をつく。
「ヤバイ時間がない!」
思わず漏れ出る言葉とともに、慌てて店の扉を肩で押す。
カラン
ようやく辿り着いた、って感じだ。
その瞬間――若葉のみずみずしい清涼感が漂った。まるで、山中の澄んだ空気の中にいるような感覚さえ感じる。
大きく息を吸い込むと気分までほぐれていく。
薬草とともにハッカ油の爽やかな香りが、妙に心を落ち着かせた。
気を取り直し、店内をゆっくりと見渡す。
ガラス瓶に光が差し、緑や琥珀色がきらめく。見渡す限り、薬瓶や薬草が所狭しと並んでいた。
――その時、カウンター越しで、頬杖をつく女性が俺に声をかけてきた。
「いらっしゃい。探し物かしら?」
しっとりとした、つややかな声と美貌――白衣をスラリと纏っていた。美しいウェーブが効いた緑色の髪を掻き上げ、長い耳にかける滑らかな白い手が印象的。彼女の髪の香りが漂い、その刹那、爽やかな香りがバニラのような甘やかな香りに変わった。
美しく潤うエメラルドの瞳で彼女が俺に近づく。
柔らかな笑みを浮かべる、その美女――「おねいさん」は、初見にもおくびれず。
「ふふふ。顔を真っ赤にして……可愛い坊やね。……魔法回復?体力回復かしら? 麻痺や毒の回復ポーションも揃ってるわよ。それとも……若いのに――「あれ」が欲しいの?」と艶かしい唇を動かした。
最後の一言――艶やかな声の中に含まれる揶揄するような響き。
バウンッ!
見つめる彼女の視線に胸の『江戸っ子鼓動』が跳ね上がった。
「おいッ!」
思わず小声で零しながら胸を押さえた。
この感じ……どこか懐かしい気もする。
この綺麗なおねいさんは、一体何者……と、思わずその美に当てられ妄想眼”死線”を床に落した。
「ふふ。坊やね」
彼女の艶っぽい声に顔を上げた。
わざとだろう、いや、わざとに違いない。
彼女が、これみよがしに短い白衣を捲りあげ、俺を見つめる。
たわわッ! それも全身レースの赤ッ!
迫力の谷間とインナー装備の威力は、俺の妄想眼“死線”から理性を簒奪するには十分すぎた。
あれっ? 目が。 目が霞む。身体が宙に浮く感覚。
目の前がゆらゆらと揺れ出す。意識が遠のいていく。視界がぐにゃりと歪み、カチッとした音とともに、俺は自分の癖の世界へ入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「うふふふ……」
谷間から覗く魔物『蛾・メッシュ』が北叟笑む。強敵を目の前にして、俺の奥歯がギリっと音を立てる。
真紅の刺繍柄のような翅には、二つの目が怪しく閃く。
威嚇なのか……?
思う隙さえ与えずそれは翅をばっと広げた。
「ふっ…… 「ジョウヨク・フクロウ」の笑みのようだな……」
つぶやきつつも握る拳に汗が滲む。
張り詰めた緊張が漂う中――バフッン、バフッン!と煌びやかな鱗粉を放つ。
次の瞬間――チラリ///
『蛾・メッシュ』がこちらを見る。
「…っ!……「ナマメカシ」のスキルかっ!」
また、チラリ///
「……くっ!」
漏らしつつ肩が震え、膝が崩れ落ちた。
「ふふふ」
『蛾・メッシュ』はどこか含んだ笑みを浮かべた――。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
「旦那、あっしにお任せを!」
そう言って『江戸っ子鼓動』が、『蛾・メッシュ』の襟元をぐいっと掴むと、スッと吸い込まれるように『妄想図鑑』に消えていった。
俺は意識が戻り、我に返った。
「はっ! 艶っぽいな……蛾・メッシュだと?」
滲む汗が目に入り、まともに息すらできない。
「何か言った?」
耳を傾ける綺麗なおねいさんは、ただ笑みを浮かべ、俺の顔をじっと見つめ続ける。どうやら俺の小言――妄想も見えては、いないようだ。
少しの気まずさが残りつつも、あえて俺はここで声に出した。
「あれ以外のポーション……五本ずつください……」
もちろん、うつむきながらだ。 察してくれッ!
意味もわからず、ただ注文を告げ、見上げたその瞬間、「おねいさん」と目が合う。
「か、かわいいわね」
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、口元に手を当てて笑った。その言葉と仕草に背中にも、じっとりとした汗が滲む中、大きく息を吸い込む。
その目ッ!
やめてほしいんですけども。
思いながら視線を窓ガラスに向けた。
対面の店の松明に火が灯る。ゆらゆらと揺れるのをじっと眺めながら時を稼いだ。冷静になる余裕が少しできた。
この時、ふと師匠の言葉が頭を掠めた。
『エルフは見た目に反して、年齢が大きく違うからな。はっはははは』
そう言ってたのを思い返した。その反動からか、なんとなく口が勝手に滑った。
「騙されるもんか……」
「っえ?」
「いや……何でも……HAHAHA」
小さく漏れ思わずコリン語で苦笑するしかなかった。
そんな俺を他所に、一方の綺麗な「おねいさん」は、どこか上機嫌だった。
「用意するわね。ちょっと待ってて」
彼女はカウンターへ戻り、短いスリットから網目の美脚を覗かせる。
色っぽすぎるだろ?
ここ、薬屋だろッ!
息つく暇もあったもんじゃない。
鼻唄まじりに、「おねいさん」が豊かな胸元を揺らしつつ、薬瓶を並べ始める。
カウンターに置かれる独特な形状の小瓶。その中には、色とりどりの液体が揺れていた。
さすがにこれくらいの色分けならわかるぞ……。
ん?……でも……と、思いながらも小瓶を凝視した。
ふと、彼女が口角を上げ上目遣いで言葉を紡ぐ。
「全部で金貨三枚ね。おまけも付けとくわ。た~くさん買ってくれた、アタシ好みの坊やにね……ふふふっ」
そのしゅんかん。
↑もはや漢字にもならない……俺の妄想の動揺だ。
「坊や」って! ガキ扱い、すんじゃねぇ!
心の中で叫んださ。
つややかな声が響く中、彼女の唇には意味深な笑みが浮かんでいた。その表情はどこか妖艶さを感じさせ、周囲の空気を一変させる。
金貨三枚を慌てて渡し、『アイテムボックス』に放り込んだ。その時、彼女の表情が一変した。
「気をつけて……割れるわよ……アタシの薬たち……」
そう言って息をつき、肩を下げる。その顔は微かにだが、翳りが見えた。
どうしたんだ?
そう思いつつチラリと彼女を見やる。
すると「おねいさん」は、柔らかい笑みを浮かべながら唇を動かした。
「また来てちょうだいね~。 次は『特別なサービス』もしちゃうから〜」
言い終えるとパチッとウィンクを俺に寄越す。まるで、「魅惑の魔法」にでもかけられたようだ。
心、奪われたよ。 見りゃわかるよな。
狼狽える俺を他所に、次の瞬間――chu♡
色っぽい投げキッスが俺の♡(ハート)に「呪い」をかけた。
いや、麻痺の魔法か?
解けるのか……俺っ!
深呼吸して気を落ち着けるが、固まった。
……っく! こ、この「おねいさん」……。
侮れねぇ!
俺は彼女から目をそらしつつ、なんとか言葉を絞り出す。
「ど、どうも……」
カラン
駆け足でその場から逃げ出した。
心の中の余韻と言いますか……なんと言いますか……。
そう思いながら振り向き、しばらく佇む。
大きく息をつき、天を見上げ朧げな二つの満月を眺める。風は穏やかだが少し冷たさを感じた。
「魔性のエルフだな……」と口から思わず漏れた。
だがしかし、俺はこの時、まだ知り得なかった。この宿命の出会いが俺の運命を変えることを。
ふっと息をつきながら肩をすくめ零す。
「まあ……いいか」
――で、結局パンは買えなかった。だが必要なポーションは手に入った。
これでダンジョン攻略には困らないだろう。ちょっぴりの「満足感」が意気揚々と足を進めさせる。
そんな中、「方向音痴」――スキル発動。 冒険者としては致命傷とも言える俺の弱点だ。まるで道自体が変わったみたいに思える。
あれ? 宿の名前、なんだっけ……?
やっちまったか?
逡巡しながら冷や汗が額に滲む。途方に暮れながら路地を彷徨った。
ひたすら進む先の角に、大きく伸びる黒い影。
「ククク……」
噛み殺したような笑い声が耳を掠め背筋が凍る。身構えながら用心し、急いでその影に近づいた。
「嫌な【覇気】だ……」
初めて感じる異様な気配。何かに付き纏われてるような感覚だ。
だが、師匠のような柔らかく優しい【覇気】とは……まるで違う。
俺は注意深く周囲を見渡す。だが、そこには――誰もいなかった。肩をすぼめ、どこかほっとしながら、気持ちを切り替えつつ歩みを進めた。
やがて――朝方に見かけた小さな教会が目に入った。メイン通りに向かって大きく踏み出す。
「やべ!」
口から出た言葉とともに思わず苔むしる石畳にコケた。
かっこわりぃが毎度のこと。
膝に力を込め再び、歩き出した。
ふと、メイン通りの先に、赤と桃色の点が目に入る。
「ん?」
それは朝に通った酒場の付近だった――。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )
薬屋のおねいさんの装備は魔力付与された装備で、特殊なものです。




