模擬戦編 13 〜お前が『暗殺者』だろッ!〜
クロニクVSイブ Σ('◉⌓◉’)
ーー天上の神々が天空城からの呼び出しで、
神シロとトランザニヤが不在の中、女神東雲が雲間から下界を覗く中。
ゴクトーたちリリゴパノアと、
イブ率いる護衛師団長たちとの模擬戦がーー
いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
◾️(女神東雲が語り部をつとめます)◾️
「妾の出番じゃな……」
闘技場の中央で待つ黒龍ーー
クロニクを一瞥し、ポツリと零すイブの視線が鋭さを増す。
「では、勝ち残ったリリゴパノアの副将と、イブ姫、前へ!」
エリナの声が鍛錬場兼闘技場に響いたその瞬間、場の空気が一変した。
重苦しい緊張がピリピリと肌を刺し、
逃げ場のない圧迫感がじわじわと場を支配していく。
イブが静かに、羽織っていた鮮やかなヒジャーブの上着を脱ぎ捨てる。
顕になったのは、戦士としての均整が取れたしなやかな肢体。
その腹部には魔力補助の臍ピアスが妖しく煌めく。
歩むたび豊かな胸を弾ませる黒革製のコルセット。
腰には二振りのタガーを帯びたベルトを装備していた。
「姫様……本気を出されるのですか?」
キキの問いに、イブが短く頷く。
ストレッチをしながら中央へと歩み出すその背中からは、
隠しきれないほどの威圧感ーー紫の【覇気】が立ち上っていた。
観戦する一同に【覇気】そのものは見えずとも、
その重圧に固唾を飲む。
中央に立つクロニクがニヤリと口角を上げ、
燃え盛るハルバードを静かに構えた。
「これが姫の本気、というわけか……!」
その瞳に宿るのは、戦士としての興奮と黒龍としての誇り。
一方でイブが冷徹な視線をクロニクに向け、低く零す。
「負けるわけにはいかんのじゃ」
「――始め!」
エリナの合図が響いたーーその刹那。
「【レビテーション・フライ】!」と唱えるイブの姿が宙に躍る。
瞬間的にクロニクが、
紅蓮の炎を纏わせるハルバードを渾身の力を込めて横一閃。
ボォ༄༅༄༅༄༅༄༅
灼熱の斬撃が、イブめがけて一直線に飛ぶ。
その炎に対して、イブがすかさず手を翳す。
「【バルム】!」
紫の炎と紅蓮の炎が中空で交錯ーー紫の炎に軍配が上がった。
紅蓮の炎をひと詠唱で横に躱したイブが続けて紡ぐ。
「【ボッシュナム・シャドウ】!」
その瞬間、イブの姿が霧のように薄れ、闘技場の影へと溶け込んでいく。
「……消えた?」
クロニクが目を見開き、警戒を強める。
だが、次の瞬間――。
シュッ! という音とともに、地面の影から黒き刃が鎌首をもたげる。
クロニクが反応するよりも速く、影の斬撃がその脇腹を容赦なく引き裂いた。
「ちっ……!」
クロニクが咄嗟にハルバードを旋回させ、追撃を弾き飛ばす。
キーンという高い金属音が響き渡り、火花が散る。
その巧みな槍捌きには、死の淵をくぐり抜けてきた者の気迫が宿っていた。
観戦している師団長たちが、固唾を飲み、
あまりの速さに目で追えず、ただ火花が散る音に肩を震わせる。
ビシッ ビシッ!
だが、イブは冷酷そのものーー
クロニクの身体に赤い切り筋が滲んでいく。
ガキィ!
クロニクが弾いた瞬間の隙を見逃さない。
「その程度で防げると思うとるのか……そこだ!」
クロニクの背筋に嫌な寒気が走る。
「っち!」
次の瞬間、クロニクの背後に陽炎のように現れると、
躊躇いなく二本の黒いタガーをその腰に突き刺した。
「――ぐっ……!? 毒を塗る隙なんて、いつあったんだ……!?」
驚きを顕にクロニクが苦悶に呻き、振り返ろうとする。
だが、イブの姿はすでにない。
突き刺された箇所から、どす黒い痺れが全身を駆け巡る。
「う、ぅ……息が……くっ……苦しい……!」
クロニクの身体から力が抜け、崩れるように地面へと沈んでいく。
顔は不気味な紫色に染まり、目の焦点が急速に失われていく。
「それまで!」
エリナの悲鳴のような制止が響く。
咄嗟にミーアが【エルフの涙】を手に飛び出そうとするが、
「心臓の鼓動を遅らせる猛毒じゃ」と、
影の中から現れたイブがそれを制する。
彼女が冷徹な手つきで解毒薬を取り出し、
クロニクの口元に押し当てた。
クロニクの顔色が僅かに戻る。
虫の息で、しかし弱々しく笑みを浮かべた。
「……強ェな、イブ姫さんよぅ……降参だ……」
イブが静かに見下ろし、冷ややかな吐息を零す。
「妾の勝ちじゃな。これが『暗殺者』の力じゃ」
その言葉には、姫としての気高さと、
暗殺者としての容赦なさが混在していたーー。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
闘技場に静寂が戻りつつある中、
見守っていたメンバーたちが胸を撫で下ろす。
イブもクロニクも、本当に容赦ないな……
だが、あれが彼らの本気のぶつかり合いなんだろうな。
俺は内心に沈めながら口を開く。
「アカリ……ジュリは、相当疲れているみたいだから、頼む」
「ダー様、お任せください!【不浄なる死を屠る再生】!」
頷きながら淀みなく唱えた。
彼女の周囲にふわりとした薄桃色の魔法陣が浮かび、
クロニクの身体を【鮮やかな桃色の光】が包み込む。
その光は切り裂かれていた傷や刺し傷を完全に癒し、
黒い肌を元通りに戻していった。
これはナガラ師匠か、母親からの直伝だろう。
通常の治癒は組織が繋がる際に痛みが走るが、
この魔法は痛みという感覚そのものをーー
「キリング(抹消)」して、一瞬で完治させる神代魔法だ。
「……何じゃと……アカリンも【再生治癒魔法】が使えるのかぇ……?」
イブが信じられないといった表情で、コクンと頷くアカリを見ていた。
息を切らせていたジュリがアカリに肩を預け、
安堵の表情を浮かべる。
一方でミーアに抱えられるクロニク。
「やっぱり、人型じゃオイラもこの程度だな」
クロニクが軽く口元を緩め、ゆっくり立ち上がる。
「これが試合じゃなかったら、オイラ死んでたかもな……」
まだ疲労の色は濃いものの、彼の目には力が戻っていた。
「【ヒール】!」
俺が短く唱えると、コガラを抱いたミリネアが一歩下がる。
クロニクの身体が柔らかな【薄い緑色の光】に包まれ、
細かな傷跡も少しずつ消えていく。
(……治癒魔法も使えるの? 本当にこの人……人族なの?)
驚きに満ちたエリナの目が俺に向けられる。
スキルで内心が伝わる彼女の胸がプルンと揺れ、俺の頬に触れたが、
今はそれどころじゃない。
そんな中、クロニクが照れくさそうに頬を掻く。
「痛ぇ……し、苦しいし……でもよ……。
イブ姫さんよぅ、アンタ……やるじゃねぇか!」
その言葉にイブが目を丸くした後、照れたように目をはぐらかす。
「龍が相手じゃからな……毒で麻痺させんと、と思うたのじゃ。すまんのぅ」
「謝ることはねぇよ。『暗殺者』か……それがアンタの強みだろ?
すげぇな……十分過ぎるぜ。なぁ、兄貴もそう思うだろ?」
クロニクが俺に目を向ける。
場にふわっとした風が流れ込み、エリナのオレンジの髪が靡く。
仲間たちもその風が、何を意味するのかーー
まるでわかっているかのように、気持ちよさそうな笑顔を見せる。
誰も異論はないようで、全員が無言で頷いた。
「ああ。確かに白兵戦では、無敵かもしれないな。歓迎するよ」
「……やったのじゃーー! 妾は殿に認められたのじゃ!!」
喜びを隠さないイブが突然俺に飛びつく。
ぷにゅぷにゅとした感触が顔に押し当てられ、
甘酸っぱい柑橘系の香りが俺を包む。
イブ……お前の胸、柔らかすぎだろッ!
クイーンスライムみたいですけども?
深緑が鮮やかです……ってか、違うだろッ!
ツッコミを胸中に沈めるがーー『江戸っ子鼓動』は鎮まらない。
暴れ太鼓を持ち出して、乱れ打ちでもしそうな感じだ。
「『妄想図鑑』は、開くなよ」と命じ、
匂いに敏感な俺は、昂揚する心を落ち着かせる。
そんな俺の思考を遮るように、ふと鋭い視線と気配が感じられる。
(……今、一瞬だけ、もの凄い魔力の大きさを感じた……。
アタシの気のせいかしら……?)
内心が俺に伝わるーーエリナの目の色が変わった。
「いいなぁ……アタシも、こんな大物と一緒だったらなぁ……」
その言葉にイブが飛び降りて、エリナを真っ直ぐに見つめる。
「そう言うなら、妾と一緒にそなたもパーティに入れて貰えばええんじゃ」
次の瞬間、場が凍りつく。
「「ええーーっ!Lustの【美神】をメンバーに!?」」
「ギルド本部の監視対象なのに!?」
アカリ、ジュリ、そしてパメラまでもが驚きの声を上げる。
ノビやクロニク、ロカベル姉妹も無言のまま呆然としていた。
……こんな空気じゃなかったはずなのに。
イブさんや……まさに『暗殺者」だな……
そんな有名人を入れたら目立ち過ぎるだろ……!
ベタつく汗が浮き出るのを感じながら、
内心に沈める俺は、イブに視線を向ける。
「まぁ、どうするかは、殿次第じゃがな。妾は歓迎するぞぇ」
イブが零しながら目をはぐらかし、悪戯っぽい仕草で肩をすくめた。
エリナの瞳に一瞬、閃光が宿る。
彼女の心の奥底で何かが、揺れ動いているのが伝わってきた。
……さて、どうする……?
これ以上目立つと、厄介事が増えそうだが……。
次にどう動くべきかーー俺は思考を巡らせた。
「その呼び名はやめて……アタシよりもっと有名な……
【七つの大罪】と呼ばれる冒険者が、ここにも一人いるわ。
Envyの【神の能力】ーー
ミリネア・ロカベルがね!」
エリナの静かな声が響く中ーー。
「「「「「「「「「ええええええええっ!」」」」」」」」」
全員が驚きに目を見開き、声を揃えて叫ぶ。
名を挙げられた本人、ミリネアだけは呆然と立ち尽くしていた。
「ミリネア、そんなに有名だったのか……?」
「そ、そんな呼び名が…確かに冒険者だった頃、
『ゴット・スキル』とは呼ばれていましたがーー。
【七つの大罪】って、一体なんでしょうか?」
ミリネアが顔を真っ赤に染め、戸惑ったようにこちらを見る。
「この大陸で一番有名なーー冒険者が『SS級』のナガラ氏なのは、
みんなも知っているわよね?
でも、その前に存在した伝説のパーティ、
『Strongess』と名乗っていたパーティのことは?」
エリナが穏やかに微笑みながら全員に問いかける。
皆、言葉に詰まり、ただ首を横に振るしかなかった。
「『Strongess』のパーティメンバーは、
リーダーのナガラ氏をはじめーー
スミス、ギャニス、コーデリアス、ノリム、
オブニビア、ファメラ、アルセド、ミルザック……」
名前が次々に挙げられるたびに、一同の顔色が変わっていく。
「そ、そのギャニスって……オイラの親父と同じ名前だ」
クロニクが頭を抱える。
「アルセド? うちの父様と同じ名前だけど?」
ミーアが驚き、目を丸くする。
「オブニビアって、『フィルテリア』の長老さんの名前じゃ……?」
アカリが零すと、アリーがすぐさま応じる。
「そうにゃ! 僕のお婆ちゃんにゃ!」
「コーデリアス……それっで、前学院長の名前なんさ!」
ノビがつぶやくと、パメラが頷く。
ふと、イブが口を開く。
「ノリム……妾のお祖母様と同じ名じゃ」
一方でパメラもポツリ。
「あたいの母さんもファメラっていうわん…」
そんな中、エリナが続ける。
「ーー最年少のナガラ氏を除き、
全員が既に引退した伝説の冒険者たちよ。
今はその彼らに変わってーー
彼らに最も近いと言われる七人の冒険者がいるのよ。
……恥ずかしいけど、アタシもそう呼ばれてて……
コリン聖教の教えにもある【七つの大罪】とはーー
『七星の武器を操り、神にも等しい力を持つ者』
決して持ってはいけない力ーーそう教えに記されたの……。
それが【七つの大罪】と言われる所以なの…… 」
エリナの言葉に全員が固唾を飲む。
そして場の空気が重くなる中、エリナがさらに紡ぐ。
「本部の緊急要請には、必ずと言って良いほど呼ばれる猛者たちよ。
引退したと思われているミリネア・ロカベルと……
【神の使徒】と呼ばれるククード……あの人以外はね……!」
イブ、さらには師団長たちまで、顔を見合わせ困惑する。
そんな中、ミリネアだけが何かを考えながら唇を動かす。
「『七星の武器』……と関連があるのですね。
ワタクシが【七つの大罪】の一人って、事実でしょうか?」
ミリネアの問いにエリナが頷く。
「そうよ。あなたも、その一人なのよ」
エリナの言葉に、ミリネアの頬が赤く染まり、視線を逸らす。
「そ、そんな話……ワタクシはただの……考古学者ですが……」
「いいえ、ミリネア女史。あなたは、間違いなくその一人よ」
場がしんと静まる中、誰も言葉を発しなかった。
俺は思わず頭を抱えた。
……なんで有名人ばっかりッ!
身内や知り合いにいるんだよ……。
そう思っていたーーその矢先。
話題が自分に向けられたことに困惑しつつ、
ふとミリネアが口元を引き締める。
「『七星の武器』の話はさておき……
エリナ殿は『美神』と、呼ばれるほどの冒険者なのに、
どうして、ワタクシのことを知っていたのですか?」
「伝説を追うのが、アタシの趣味なの」
エリナが静かに微笑み、ミリネアに答えた。
そんな中、いても立ってもいられず、言葉が口から滑り出す。
「師匠を知ってるなら……もっと詳しく話を聞かせてくれないか?」
「師匠って……誰のこと?」
俺の問いにエリナが首を傾げる。
「ナガラ師匠だ。
俺を冒険者にしてくれた恩師で……アカリとジュリの義理の兄さんでもある」
その瞬間、場の空気が一変した。
「「「「「「えええええぇ!?」」」」」」
仲間以外が驚愕し、声を上げた。
(通りで、尋常とは思えん能力と魔法を操る訳じゃ……
全くこのお方は……)
内心が読める俺をイブが目を細め、じっと見つめる
(ナガラ氏の弟子だったなんて……さっきの魔力の大きさ、
只者じゃない訳だわ……)
わかりやすいエリナも納得したように頷く。
心読スキルに手を焼きつつ、周囲を見ればーー
師団長たちが目を見開き、俺を凝視している。
そんな中、イブがいつもの柔らかな声で尋ねてくる。
「殿……〝或る男〟とは、ナガラ氏のことだったのかえ?」
「ああ、そうだ。俺の師匠で……突然いなくなったんだ」
俺が応えると彼女が黙り込んだ。
ふとエリナが口を開く。
「そういうことだったのね……。
本部がアタシたち『七つの大罪』を、SS級に昇格させてーー
直轄にしようとする理由がわかったわ!」
「本部直轄になると、何か不味いのか?」
俺の問いにエリナが大きく息をつく。
「大陸中のギルド支部からの依頼を、
全部受けなきゃいけなくなるのよ。忙殺されるって訳!」
そんな中、クロニクが軽く笑いながら口を挟んだ。
「ははははは……そりゃ大変だな。自由がなくなる!」
その言葉にエリナが少し寂しげに、言の葉を落とした。
「そうよ……だから羨ましいなって、思っちゃうの」
その言葉に、俺も思わず黙り込む。
エリナの表情には、どこか寂しさが滲んでいた。
その姿を見てクロニクが口を開く。
「うちに入るなら……実力を見せてくれ」
エリナに向き合い、そう言うとニヤリと笑う。
「何なら今すぐにでもーー」
「ほう?」
エリナが強気で身構える中、クロニクがハルバードに炎を纏わせる。
イブが「どうどうどう」と、まるで馬を往なすように二人を止めた。
一方でクロニクの視線がミリネアに向けられる。
「【七つの大罪】と呼ばれる実力がどれほどのものか、見てみたい……。
それにーーうちにも、そう呼ばれるミリネア姫がいる。
ミリネア姫、すまんが……エリナ嬢と模擬戦をしてみてくれ!」
その場が一瞬にして凍りついた。
仲間や師団長たちが息を飲み、二人の反応を待っていた。
クロニクや……なんでそうなる……?
お前が暗殺者だろッ!
俺は冷や汗を掻きながら、
内心ツッコムしかなかったーー。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




