ワイバーン討伐編 4 〜ワイバーンの調理とキッカケのひとこと〜
「まぁ、アカリもなかなか、積極的ですわね」
下界の様子を眺め見る女神東雲の口から、そんな言葉が漏れ出した。
黒銀の瞳を見開き、つぶさに観察していたトランザニヤの頬がなぜか赤くなったのを見逃さない神シロは、黙って口角をニヤリと上げた。
「まぁ。ワシの器量を色濃く継いだのは、アカリの方じゃな。
その点ジュリはシノに似て……」
その言葉尻を蹴飛ばすように、
女神東雲が眉根を寄せーー口角をへの字に下げた。
「ええ、ええ、魔力と性格はわたくしに似てますとも。
でも才能はーーわたくしを遥かに凌駕しておりますわよ!」
二柱の会話にトランザニヤが困り果てた表情で口を挟む。
「アカリちゃん、ジュリちゃん、二人とも違う魅力を持った姉妹だよ。
果たしてゴクトーは、どちらを選ぶかな?」
その言葉に女神東雲が顔を上げ、パッと目を見開き口を開く。
「あら、トランザニヤ様、華もおりますからーー」
そう言って女神東雲は再び下界を見下ろす。
その瞳はどこか確信めいた光を宿していた。
ーーその頃ゴクトーは、ハゴネの崖に突然現れた黒龍をーー
たった一人の力で屈服させていた。
◾️(女神東雲が語り部をつとめます)◾️
「ダー様、この黒龍……どうなさるので?」
少し赤くなった目元を伏せながら、それでも凛とした声でアカリが言った。
桃色の髪を軽く抑え、知性を宿した瞳がゴクトーを見つめていた。
それまでガタガタと膝を震わせていたノビが、
空気を読まず目を輝かせて勢いよく口を開いた。
「しだっけ、ゴクどーさんって、ごんなに強かったの?」
訛り混じりの素直な反応は、どこか微笑ましい。
冒険者としてはまだ未熟だが、純粋な情熱を抱えているのがノビの強みだ。
「「ははは」」
周囲からも笑いが漏れる。
そんな中、アリーが嬉しそうに飛び跳ねる。
「……さすがにゃね! ゴクにぃ!」
そう言いながら垂れ耳はピクピクと動き、
モフモフの柔らかな尻尾を振り、”彼女らしい”無邪気さを見せていた。
普段は機敏で冷静な姿を見せるが、この時ばかりはーー
年相応の少女のようだった。
彼女の姿に仲間たちにも自然と笑みが浮かぶ。
だがーー。
「グオォォォオォ……ッ!!!」
これまで崖を揺るがしていた黒龍の咆哮が、
突如として苦しげな悲鳴へと変わった。
金鎖に繋がれたまま、身を震わせる黒龍。
その巨大な漆黒の鱗が、内側から発せられる鈍い光に包まれる。
一瞬の静寂ののち、凄まじい「音」がハゴネの山間に響いた。
それは、巨大な存在が急激に縮んでいく際に生じる、
空気が軋むような異音だった。
「ひぃっ、な、なんんさ!?」
ノビが目を丸くして叫ぶ。
金鎖に締め付けられた巨大な体が、
ボロボロと鱗をこぼしながら、みるみるうちに縮んでいく。
――いや、縮んでいるというよりも、何かに「吸い込まれている」ようだった。
その体から、漆黒の魔力が大量に溢れ出し、螺旋を描きながら周囲へと霧散していく。
魔力切れ――。
これほどの巨体を維持するための魔力が、枯渇してしまったのだ。
「ゴクにぃ! あ、あれ見て!」
アリーが指をさす先で、黒龍の体はすでに、牛ほどまでになっていた。
見る影もなくなり、異形な「生き物」から、どこか「置物」のような、
無機質な印象さえ感じさせる。
最後に「プツン」と、糸が切れたような音がした。
溢れ出していた魔力が完全に消えると、そこには――。
「……はにゃ?」
アリーの垂れ耳がピクピクと動く。
崖の上、先ほどまで巨大な黒龍が横たわっていた場所には、
金鎖にグルグル巻きにされた、抱えられるほどの大きさの、
真っ黒な――トカゲのような生き物が、気絶したまま転がっていた。
一方でうっとりしたパメラが艶やかな唇を動かす。
「ゴクちゃん♪ さすがよね。ぅふふっ」
そう言って『爆弾』を揺らしながら大きくジャンプ。
その声色には艶があり、含みを持つ挑発的な笑みがゴクトーを襲ったーー。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
ゴクリ。
パメラさんや……”ブルン”ジャンプ、今度からはやめて……
崖から落ちるだろうおおおおお!
胸中思いながらも後ずされないこの状況。
揶揄われているのは、わかってはいる。
だがーー。
艶っぽい視線で抱きつくパメラに、動揺するのは当然だ。
その時ーー。
バサッ! 「ピィーーーッ!!!」
コガラの鳴き声に一瞬ビクッと肩を動かし、
パメラがようやく”ハグ”をやめた。
思わずコガラに念話を送る。
《「コガラ、グッジョブ!」》
《「あるじ? グッジョブって、なーにー?」》
《「良い仕事したって褒めたの!」》
《「コガラはねぇーーあるじをまもるのーー」》
《「ありがとな、コガラ」》
「ピィ!」
コガラが嬉しそうに短く鳴いた。
(随分とお利口なのねん、コガラちゃん……。
うちのバカ弟子も、少しは見習ってほしいもんだわね)
パメラの内心が”心読”スキルで伝わる。
妖艶な目で俺とコガラを一瞥し、パメラが踵を返した。
ほっとしながら息をつき天を仰ぐ。
暗雲が立ち込めていた空がーー明るさを取り戻す。
きっと黒龍の魔力が枯渇したためだろう。
ふと目を向けると、黒龍が顎を動かした。
「このまま、息の根を止める気か!」
その刹那ーー青空に向けてパッと挙がる緑の手。
「しだっけ……黒龍を、逃がしてやりてぇんさ」
ノビの声が崖上に響いた。
その声はハゴネの山間に木霊しながら広がっていく。
この一言に、爽やかな風が俺たちの頬を撫でる。
一瞬の沈黙のあと、爆笑が沸き起こった。
仲間たちが腹を抱える。
「優しいね、ノビ。うちも黒龍は、初めて間近で見る」
ミーアは興味なさげに淡々と答えながらも、鋭い目を俺に向ける。
普段は控えめだが、その瞳の奥には彼女特有の獰猛な観察眼が光っていた。
族長の末っ子として育てられたハイエルフのプライドが、
そう簡単に崩れることはないのだろう。
……ミーアさんや、
”獲物”に向ける視線の圧が怖いんですが……。
そう思いながらも状況を整理し、周囲を見渡す。
崖上には50体近くのワイバーンが横たわっている。
クンクンとワイバーンに鼻を近づけるアリー。
「ワイバーンの肉にゃ……食べれるのは久しぶりにゃ!」
食いしん坊の彼女が嬉しそうに飛び跳ねる。
「ワイバーンのお肉って、お宝よね? 久しぶりに食べれるの? ぅふふっ」
パメラはそう言って『爆弾』をわざと左右に揺らしてみせる。
「先生!しだっけ、お宝……たくさんあるんさ!」
爆弾につられ、ノビの弾むような声に仲間たちの口元も綻んでいく。
そんな中、ジュリがやや興奮気味に口を尖らせ、俺を見上げる。
「へんダー! ワイバーンの解体はどうするのよ?」
その声とツンデレの性格からは想像もできないが、
戦闘中には、その魔法で俺たちは幾度となく救われてきた。
だが、今は嫉妬心に満ちた"彼女らしい瞳”を閃かせている。
なんでそうなる……?
ジュリさんや、またその目。
やめて……凹むから。
胸中に沈めながらも口を開く。
「……俺がやるよ」
そう答えるとミリネアが静かに頷き、
『アイテムボックス』から調理道具を取り出した。
その手つきには無駄がなくーー
次に行うべき手順を完全に把握、流れるような職人の動きを見せた。
思わず口から溢れる。
「ワイバーンはやったことないが、ブラック・ロック・バードと一緒だろ?」
俺の問いに、ミリネアがそっと黒縁の眼鏡をかけ直し頷く。
「ええ。ワイバーンもブラック・ロック・バードも、基本は変わりませんわ」
ミリネアは静かにそう答えると、テキパキと調理用具を広げていく。
その姿は、先ほどまでの激しい戦闘を微塵も感じさせない、
冷静沈着なプロの料理人そのものだった。
彼女は恥じらいを帯びた頬を朱く染めながら、ただ俺の言葉に集中している。
いや、それ以外のーー余計な事を考えないようにしているのかも知れない。
その仕草はどこか色っぽく、真剣な表情がその美しさを一層際立たせる。
俺は彼女を見つめながら、
これから始まる未知の味への期待に、胸を躍らせていた。
一方でアカリが『万能巾着』から薪を取り出し、
「ダー様、こちらをお使いください」
と燃えやすいように積み上げていく。
俺も愛刀【兼松桜金剛】を手に取り、ワイバーンの解体に取り掛かる。
黒曜の刃が、陽光を反射して鈍く光る。
その一振りには、ただの切れ味を超えた力ーー俺の魔力を宿らせた。
スパ スパ スパ スパッ!
力任せではなく、無駄のない動作で解体を進めていく。
「切れたぞ」
既に何度も繰り返してきた手順だが、その様子を静かに見守る仲間たち。
山間から吹く風を強く感じたのか、ジュリが杖を振るった。
「【メル・ファイア】!」
"ボォ──ッ༄༅༄༅”
炎が巻き起こり薪に火がつく。
アカリがその火を手慣れた様子で調整し、
燃え盛る炎が安定した熱を生み出す。
俺は解体したワイバーンの肉をステーキサイズに切り分け、
肉厚の部位を念入りに選びながら素早く手を動かす。
「ダー様、そのお肉、少し薄くした方が火の通りが均一になりますわ」
見ると、アカリが『万能巾着』から取り出した厚手のフライパンを構え、
調理を始める準備を整えていた。
彼女の桃色の髪が風に靡き、炎の中で静かに揺らめく。
一方でジュリもその隣で火加減の調整を手伝い、
アカリと短い言葉を交わしながらフライパンの配置を確認していた。
二人の息の合った様子は、冒険の場だけではなくーー
日常の細やかな場面でも絶妙な同調を見せる。
アカリの手際とジュリのサポート、さすが姉妹だ。
感慨に耽る俺を他所にミリネアは香辛料を一振り、また一振りと丁寧に加え、
調理を進めていく。
その動きに一点の迷いもなく、
『ゴッド・スキル』としての彼女の誇りを深く感じさせた。
一方、パメラが少し離れた場所で、
『アイテムボックス』に手を入れながら何かを探っていた。
彼女は小さなサンドル製のミニチュアテーブルと椅子を取り出す。
「これでどうかしらん♪」
パメラは満足げに微笑み、右手を上品に掲げると魔法を詠唱した。
「【メガント】!」
低く柔らかな声が響いた瞬間、
ミニチュアだったテーブルと椅子がーー
豪華なダイニングセットへと姿を変えた。
上品さを醸し出す家具。実にパメラらしい洗練された趣味だ。
彼女はその美しい指先でテーブルを軽く撫でながら、
挑発的な目線をこちらに向けた。
「ゴクちゃん、どう?」
「先生?ごれは?」
「貴様は見てないで、早く調理の準備をしろ!」
「は、はい!しだっけ!」
パメラの言葉に慌てて反応するノビが、
椅子を丁寧に揃えている姿が微笑ましい。
そんなパメラは「【レビント】!」と補助魔法を唱える。
するとフライパンが薪の上で宙に浮いた。
"ジュウワッ”
火の上で焼ける肉の音が響き、次第に香ばしい香辛料の香りが漂い始める。
それぞれが和やかに調理を進める中、
気がついた黒龍も目を細めてその様子を眺めている。
その琥珀の瞳には、静かな興味と羨望が混じっているようだった。
醤油が焦げる甘い匂いが混ざり合い、さらに食欲を刺激する。
音に続くふわ〜んとした香ばしい匂いに、
アリーがとうとう耐えきれなくなった。
「もう我慢できにゃいっ!」
食いしん坊アリーの鼻は、焼けた肉の香りに敏感だった。
『アイテムボックス』から自前のフォークとナイフを素早く取り出し、
ピカピカに磨かれたそれを嬉しそうに握りしめる。
一方でミーアが優しく注意するーー
「アリーちゃんったら、落ち着きなさい♡」と。
だが、アリーの耳は彼女の声より、肉の香りに反応しているようだった。
「あぁ……ミーア、これ絶対美味しいにゃ……」
そうつぶやくアリーが鼻を鳴らして、興奮気味に目を輝かせる。
次の瞬間、"バサバサ”と白い翼がアリーの肩に降り立つ。
「モフねぇ!コガラもたべるーー!」
コガラの"コトバ”とその無邪気な様子に俺もつい口元を綻ばせるが、
突然の黒龍の言葉が場の空気を引き締めた。
「……おい、そこにいる妖精龍、お前、ギャラン叔父にそっくりだな」
その言葉に驚き、問い返す。
「ギャランを知っているのか?」
「当然だろ! これでもオイラは龍皇一族、五龍皇子の一人、
黒龍ギャニスの息子だぞ!」
「……そうか。それなら教えてくれ、龍皇一族のことを……」
俺は冷たく言い放つと、黒龍の目をじっと見据えたーー。
「お腹空いた……続くにゃ!」
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




