いい湯だな「ア・ハハン」編 28 〜プレシャスが語る真実〜
ブクマ╰(*´︶`*)╯ありがとうございます。
神シロは下界を眺めながら目を細める。
「いよいよか、あの話が紡がれるな」
その言葉にトランザニヤが黒銀の瞳をカッと見開き下界に落とす。
「アカリちゃんやジュリちゃんにも、聞かせた方が良いかもな」
その言葉に女神東雲も黙って頷くだけだった。
ーーその頃、ゴクトーはプレシャス邸の一室、
囲炉裏ばたのある部屋に通されていた。
◇(主人公ゴクトーが語り部をつとめます)◇
「さて…そろそろですかな」
プレシャスの低く穏やかな声が響く。
彼が注ぐ酒は、ただの飲み物ではなく、
この場に集まる者を繋ぐ象徴のように思えた。
お猪口を受け取ると、皆それぞれの仕草で触れる。
アカリは指先で軽く縁をなぞり、何か思案するように目を伏せた。
ミリネアは慎ましく両手で持ち、香りを楽しむようにそっと息を吸い込む。
一方で、ノビは慣れない動作にどこかそわそわしながらも、
嬉しそうな笑みを浮かべていた。
パメラは少し気だるげな表情を保ちつつも、目は僅かに柔らかく揺れていた。
「では…語り尽くしましょう。ほっほ。乾杯!」
プレシャスが掲げる言葉に皆が応じる。
けれど、その「乾杯」という言葉の意味を知らない者もいた。
戸惑いの表情を見せるミーアとアリー。
プレシャスは微笑を浮かべ、丁寧に説明を添える。
「乾杯とは、『ヤマト』の風習でしてな。
仲間たちや友との再会、祝いの場で心を一つにするための音頭です。
さあ、皆様もどうぞ」
その場に広がる和やかな空気の中で、
最初の一口がそれぞれの唇を濡らす。
アリーは恐る恐る口をつけ、
「おちゃけは…苦手にゃ…」と顔をしかめた。
そんな中、プレシャスは優しい目を向けながら、
「無理はいけません。隣のアカリさんに譲られるのも良いでしょう」と促す。
他方のアカリは既に一口目を飲み干していた。
彼女の凛とした横顔からは、その酒の味を確かめるような表情が浮かぶ。
「美味しい。好きな味ですわ」と短く言う彼女に、
アリーはどこか安心したように笑みを返した。
一方で俺は瞼を閉じ、口内に広がる燗酒の深い味わいを楽しむ。
思わず「いいな」と漏らすと、
隣に座るミリネアがプレシャスに、
「身体も心も温まりますね」と静かに微笑んだ。
プレシャスはサリに目で合図を送り、
大きなお猪口を手に取ると燗酒を一気に”ぐびぐび”と飲み干し、
豪快に声を上げる。
「ぷぅはーーっ!」
その隣でサリは控えめにお猪口を口元に運び、上品に“くい”と一口。
次いで空いた徳利に古酒を注ぎ足し、
湯気の立つ鍋の中に"チャプン”と沈めた。
その音が部屋の静けさに溶け込む。
静寂の中、アカリが緊張を湛えた真剣な表情で口を開いた。
「あのぅ……翁。突然で、失礼かもしれませんが、
ナガラという者をご存知でしょうか?」
その問いにプレシャスは、手元のお猪口をヘリに"トン”と軽く置いた。
そして表情は穏やかながらも、鋭い視線をアカリに向ける。
「もちろん知っておりますよ。
ナガラさんは、ワタシの命の恩人ですからね。
ですが…………なぜその名を?」
プレシャスがそう返した刹那、ジュリが勢い良く口を挟む。
「ネーとわたしの兄様なの……」
「「!!!」」
その言葉にプレシャスとサリは目を丸くしながら、
無言でアカリとジュリを見つめていた。
暫しの沈黙の後、プレシャスが口を開いた。
「なんと……ナガラさんの……いや、巫代のご兄妹とは……
それで、なぜその話を?」
アカリは視線をプレシャスに向けながら答える。
「実は……先程、うちのダー様が巨大なワイルドボアと戦闘になったのです。
その際、ダー様が念話でボアと会話したところ、
ナガラ兄様が翁と一緒にこの地に訪れていたと聞いた、と……」
そう言ってアカリはこちらに視線を寄越す。
その言葉にプレシャスは驚きを隠せない。
まじまじと俺を見つめるプレシャスが、さらに問いかけてくる。
「ゴクトーさん……まさか、生き神様にお会いになられたのですか?」
「ああ、あのエロ爺さんに聞いた」
そう答えると、プレシャスは声を抑えつつ笑みを浮かべた。
「ほっほ、エロ爺さんとは、なかなかに辛辣ですな……
ですが確かに、生き神様はこの地の守り神です。
そういえば、ナガラさんもかつて……」
「ああ、師匠がここで、腕試しをしたって話だよな」
そう零すと、プレシャスは再び目を丸くした。
サリも口をパカッと開け、驚きを隠せない様子。
「ゴクトーさん……今、あなたが着ている浴衣。
それは……ナガラさんが、かつて愛用していた物ですよ」
プレシャスの言葉に、俺は無意識に自分の浴衣の袖を見つめた。
師匠の記憶が鮮やかに甦る。
かつての笑顔が脳裏に浮かび、
胸の奥に会いたい気持ちが"グッ”と押し寄せてきた。
「師匠のこと……もっと詳しく教えてくれ!」
「私からもお願いします!」
「ナガラ兄様のこと、もっと知りたい……」
俺は勿論、桃色姉妹のアカリとジュリも勢い込んでーー
プレシャスに詰め寄った。
「わかりました。
では少し、ワタシのこともお話ししましょう。
そしてナガラさんのことも……」
ゆっくりとそう言いながら、
プレシャスは鍋から徳利を一本引き上げ、自分のお猪口に注ぎ足した。
燗酒を”ぐびぐび”と飲み干した後、サリに声をかける。
「サリ、酒をもう二、三本持ってきなさい」
「わかりました」
サリは静かに立ち上がる。
温かな灯火の中、師匠ナガラの物語が今、始まろうとしている。
星々が少しずつ色を失い、夜が深まっていく。
ーーけれど、囲炉裏の灯りは、俺たちの輪を優しく包んでいた。
囲炉裏端の火は揺らめき、一瞬の静寂が部屋を包む。
サリが部屋を出ると、プレシャスは静かに口を開いた。
「長くなりますが……よろしいですかな。
ワタシは『バギンズー』の一族として、
この地に至るまで、長い旅路を歩んできました。
最初の話を始めるなら、故郷『ゴマ』からが良いでしょうな……」
プレシャスは少し杯を傾け、目を閉じて昔を思い起こすように語り始めた。
「『ゴマ』という国をご存じですかな?
エルダードワーフが治める国です。
ワタシの父は行商人で、
異国の商人と取引をしては家を空けることが多かったのです。
だから、ワタシは兄と母と三人で暮らす日々が普通でした。
ある日、久しぶりに帰ってきた父が突然こう言ったのです。
『旅の支度をしろ』と。
ワタシは友達と離れるのが嫌で……家を飛び出しました。
まだ何も知らぬ子供でしたからね。
家に戻ると、父が取引していた商人とその配下のごろつきが、
家に入っていくのを見ました。
恐る恐る窓から覗いたワタシは、
思いもよらぬ光景を目にすることになったのです……
父が、母が、兄が……目の前で無惨に……」
プレシャスの声が震え、涙が頬を伝った。
それでも一息つくと、酒をぐいっと飲み干し、再び紡ぎ始めた。
「ワタシは怖くて震えながら走り、逃げました。
ただ逃げるしかありませんでした。
それからというもの、街から街へ、ただ残飯を漁る日々が続きました。
一人ぼっちで、銀貨ひとつ持たず、未来も希望も失ったまま……
そして……捕まりました奴隷商に、ね。
そこから馬車に押し込められ、幾日も揺られました。
行き着いた先は『ファルダット自由国』。
その地で何とか隙をついて逃げ出し、ある船に忍び込みました。
その船が、ワタシを『ヤマト』へと連れていったのです」
プレシャスはその時の記憶を懐かしむように、遠くを見つめながら続けた。
「『ヤマト』は美しい国でした。
見るもの全てが輝いていて、ワタシの心を震わせました。
でも、ワタシには何もなく、誰もいない。
食べる物も無ければ、寝る場所もありませんでした。
飢えと疲労で立つことさえできず、
鼻をつく魚の腐った臭いの漂う路地に座り込み……
動くことさえできなくなったワタシは……
もうここで死ぬのだと思いました。
ーーその時です。
『どうしたんだい、こんなところで座り込んで』
そんな優しい声が聞こえたのは……
顔を上げると、そこには一人の青年が立っていました。
彼は懐から竹の皮に包まれた握り飯を取り出し、
竹の皮を剥がすと、ふわりと湯気と米の香りが立ちのぼり……
『旨いぞ、食ってみろ』と言ってくれたのです。
ワタシは涙しながら、それを夢中で頬張りました」
プレシャスは鼻を啜りつつ、酒を一口含んで紡ぐ。
「あれほど美味しいものを食べたのは、生まれて初めてでした。
食べ終えると、彼は麦茶を差し出してくれました。
その冷たさがまた格別で……忘れられません。
その後、彼はこう言ったのです。
『見たことのない子だな、どこから来たんだい』と。
ワタシは小さな声で『ゴマ……』と答えると、
彼は笑いながらこう続けました。
『ほう、それは知らない国だな。
握り飯が気にいったなら、もっと食えよ。
腹が満ちれば話もしたくなるだろうから』と……」
プレシャスはふと笑みを浮かべ、どこか愛おしそうにその声を再現した。
「彼はワタシを旅籠に連れて行き、
一緒に風呂に入り、ワタシの身体を綺麗にしてくれました。
それだけでなく、浴衣や草履まで用意してくれて、
『……泣いてんじゃねぇよ、チビ。ったく……ほら、飯食って元気出せ。
生きてりゃなんとかなる。男だろ。頑張って生きるんだ。
困ったらオレがなんとかしてやる』と言ってくれました。
その人が……ワタシの命の恩人、ナガラさんでした……」
その言葉を聞いた瞬間、部屋は静まり返った。
俺は黙って燗酒を飲み干し、桃色姉妹がそっと涙を拭うのが視界に入る。
他の仲間も、目を潤ませながらプレシャスの話を聞きいっていた。
一方で戻ってきたサリが自分の頬に落ちた涙をそっと袖で拭き、
黙ったままプレシャスの空いたお猪口に燗酒を注ぐ。
プレシャスは「暗い話でしたね。もう少しだけ、お付き合い願えますか」
と言ってまた一口、燗酒を流し込む。
俺は無言で頷いた。
パチパチッ
静かに揺れる囲炉裏端の火を眺めながら、
プレシャスが再び紡ぎ始めた。
「泣いていたワタシに、ナガラさんは名前を聞いてきました。
ワタシは親から呼ばれていた『チビスケ』と答えると、
彼は笑いながらこう言ったんです。
『そうか、チビスケ。オレは巫代だ。よろしくな』と。
その後の数ヵ月間、ワタシは『ヤマト』で過ごしました。
旅籠の代金は全てナガラさんが工面して、
食事や身の廻りの世話も全て、彼が面倒を見てくれたのです。
その間に、ワタシの知る限りのズードリア大陸の話をしました。
ナガラさんも『ヤマト』のことを色々教えてくれて、
互いに話は尽きませんでしたね」
プレシャスは「ははは」と軽く笑い、口をさらに動かす。
「ある日、彼が見せてくれたんです。
『これを見てくれ、チビスケ』と。
それはそれは見た事もない、美しい二振りの刀でした。
そして彼はこう言いました。
『これはなッ!
七星の武器、名刀ーー【桜刀】って代物なんだ。
国宝級なんだぞッ!
……それとな、父から名前も貰ったんだ!
これからオレを長良と呼んでくれ』と。
そして数週間後のことです。
彼はワタシに尋ねました。
『なぁチビスケ、一緒にズードリア大陸に行かないか?
オレは冒険者になって、あの地を巡りたいんだ。
『異世界トランザニヤ物語』で読んだ、八咫鴉の話が好きでなぁ……』
彼が語る夢ーーその楽しそうな様子を見て、ワタシは即答しました。
『行きます』と。
ーーそして旅が始まりました。
船でズードリア大陸の『ファルダット自由国』に着き、
ナガラさんは冒険者になり、ワタシは商いの勉強を始めました。
なぜなら冒険者は怖かったんです。
人を失うのが、もう二度と……だから、商いの道を選びました。
その数年後、『コリン聖教皇国』に辿り着いた時、
ホビットの里があると聞き、ワタシは胸が高鳴りました。
いても立ってもいられず、ナガラさんにその里へ連れて行ってもらいました。
そこで出会ったのが、今は亡き妻のサリナーーサリとカブの母親です。
彼女の父親から【ダンガルフのグローブ】も、
結婚を機に譲り受けました。
そして、結婚したワタシにナガラさんは言いました。
『おい、いいことを聞いたぞ。
チビスケ、これからお前のことを"プレシャス”と呼ぶぞ。
コリン語で"貴重”とか"大切なもの”って意味らしいんだ』
ワタシはそれを聞いて嬉しすぎて泣きました。
その日からワタシはプレシャスを名乗るようになったんです」
話すプレシャスの目に涙が滲んだ。
部屋の空気がしんと静まり返る中、誰かの猪口を置く音がする。
外から吹き込む微風が囲炉裏の炎をパチパチっと弾けさせた。
揺れる炎の先からは焦げた匂いとともに、白糸のような煙が上がった。
「続けてくれ」
俺の言葉に頷くプレシャスは、ゆっくりとした口調で紡ぐ。
「それから妻サリナと、ナガラさんとともに長年旅を続けましたが、
サリナが身重になり、
彼は『何処かに家を建てるか?』と提案してくれました。
旅を続け偶然、この地に辿り着き、
温泉好きだったワタシたちは『ここがいい』と決めたんです。
ナガラさんも風呂好きで、それは喜んでくれました。
その晩のことでしたが、ナガラさんは笑顔でこう言いました。
『“生き神様”が守ってくれるってさ。ここなら安心だ』と。
ワタシたちは小さな家を建て、ナガラさんは旅を続けながら……
はぐれホビットたちをこの地に連れてきてくれました。
そうして、この里は出来たんです」
プレシャスはサリを見て、少し間を置き、嬉しそうに再び口を開いた。
「ナガラさんが帰る度、サリとカブは大喜びでした。
旅立つ時には、毎度大泣きでーー手がつけられなかったほどです。
それから10年ぐらいでしょうか、しばらく経ったある日ーー
久しぶりに帰ってきたナガラさんがこう言いました。
『なぁプレシャス、面白いチビと『コリン』で知り合ったよ。
孤児なんだが、オレに冒険者にしてくれって頼むんだ。
そいつはオレに似ててな。弟子にしようと思うんだ……はっはははは』と。
それからまた旅立ち、以来ーーナガラさんに会うことはなくなりました」
プレシャスは酒をぐいっと飲み干し、涙を袖で拭った。
「ワタシとナガラさんの話はここまでです。
まさか、あの時、話していたお弟子さんと妹さんが、今ここにいるとは……」
感慨深く髭を撫でつけ、間を置いたプレシャスが俺に尋ねてくる。
「ゴクトーさん、ところで……ナガラさんは今、どこにいるんですか?」
その言葉に肩を落として俺は答えた。
「わからないんだ……
二年前、突然、刀も荷物も置いたまま消えて……それっきりーー」
桃色姉妹もがっくりと肩を落とし、プレシャスとサリが驚きの声をあげる。
不思議な巡り合わせに、部屋の空気がしんしんと静まり返ったーー。
「眠くにゃってきたけど……続くにゃ!」
アリーがポツリとつぶやいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも『続きが気になる!』『ゴクトー頑張れ!』と思ったら、
下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援お願いします!
その一票がランキングを押し上げ、更新の原動力になります(*≧∀≦*)
引き続きよろしくお願いします♪( ´θ`)ノ




