いい湯だな「ア・ハハン」編 27 〜弾かれる頬と囲炉裏ばた〜
雲間から顔を上げる神シロが白鬢を撫でつける。
「全く、見ちゃおれんな」
その言葉に、妻の女神東雲はしばし沈黙。
ーーそして、ぷるぷると肩を震わせる。
次の瞬間、彼女は眦を吊り上げ、神シロの鼓膜を突き破らんばかりに一喝。
「あなたああああ! 自身の趣味がダダ漏れですわよ!!」
その絶叫は凄まじい衝撃波となり、雲を裂き、巨大な竜巻となって地上へと突き刺さった。
吹き荒れる神罰級の暴風。
下界の人々が祈りを捧げる暇もなく、空からは神シロの性癖を具現化した異形の気象――”女体雷光”が降り注ぐ。
地上が未曾有の天変地異に蹂躙される中、当の神シロはどこ吹く風で白鬢を弄り、傲然と言の葉を落とした。
「……ふん。様式美というものが、わからんのか」
天上の痴話喧嘩が招いた地獄絵図を前に、
トランザニヤはただ、その黒銀の瞳を丸くするしかなかったーー。
ーーその頃ゴクトーは、源泉の湯の試練になんとか耐え抜いていた。
◾️(神シロが語り部をつとめます)◾️
バシッ! バシッ!
往復ビンタの音が、静寂の森を切り裂いた。
温泉の湯気が立ちこめる中、パメラは目の前でへこたれるノビを乱暴に抱き起こしていた。
「おい……貴様!一体いつまで!」
彼女の低く響く声には怒りが滲み、ノビの頬はすでに真っ赤に腫れ上がっている。
それでも、彼の視線はどこか虚ろでーー
いや、むしろ熱を帯びていた。その理由は、間近に迫る「それ」にあった。
「ハッ…先生……まさにその胸、バ…バケモン……」
浴衣からあふれんばかりのパメラの『爆弾』ーー
否、圧倒的な存在感を放つ化物に、ノビの顔が吸い寄せられていく。
「貴様ああああああああ〜!!また、胸を!」
怒り心頭に達したパメラは、再び渾身の力を込めたビンタをノビにお見舞いする。
バシッ!
音が響き渡り、ノビはよろめきながらも地面に倒れこむ。
しかし、彼の表情は驚くほど清々しく、
まるで恒例行事を満喫しているかのようだ。
「へへっ…痛くねぇんさ…」
頬をさすりながら、ノビは苦笑いを浮かべる。その様子を見て、パメラは憤慨しながらも呆れたように息をつく。
「本当に懲りないカエルだな!貴様はあああああ!」
そう怒鳴るパメラだが、その目は僅かに潤んでいた。
(…バカな奴。でも、あの時の私も、誰かにあんなふうに真っ直ぐに見られたかったのかもしれない…)
彼女の胸中からは、自分に向ける無垢な好意ーーノビの気持ちが微かに伝わってくる。
それでも、立場や年齢差、そして彼の直向きさが、それを受け入れることを拒ませる。
ノビは立ち上がり、赤く腫れた頬を摩りながら周囲を見廻すと、ようやく状況を思い出したようだ。
「あの化物は? 風呂はどうじたんさ?」
彼の素朴な訛り混じりの声が場の空気を和ませる。
それを聞いたパメラは、再び苛立ちを覚えながらも口元に笑みを浮かべる。
「森へ帰ったわん。風呂?ええ、とてもいい湯だったわよ…ねぇゴクちゃん♪」
パメラはゴクトーに視線を送ると、挑発するような微笑みを浮かべながら、片目をパチッとウィンクさせる。
ゴクトーの顔が一瞬にして真っ赤に染まった。
彼は何かを言い返そうとしたが、言葉が喉に詰まったまま動けずにいた。
その様子を見たノビは、がっくりと肩を落とす。
ノビはパメラにいやらしい目線……と見せかけて、
実は“強くて綺麗な人”として、学院時代から憧れているのだった。
「もう風呂さ入ったの?…オラも先生と入りたがった……」
そうつぶやくノビを、パメラは容赦なく睨みつける。
「誰が!貴様と入ると言った!」
だが、次の瞬間、彼はゴクトーの変わった髪色に気づき、驚きの表情を見せる。
「ノビ貴様は余計なことを考えずとも良い!
素敵よん…ゴクちゃん。その髪色、似合ってるわ〜ん♪」
その言葉とともに、パメラは『爆弾』を揺らしながら、艶やかにゴクトーへ歩み寄った。胸元の『爆弾』が視界を支配する中、ゴクトーは必死に目を逸らそうとするが、逃げ場はなかったーー。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
プレシャス翁邸へと戻る道中、
夜風が頬を撫で、冷たさとともに僅かな心地良さを運んでくる。
意識を失っていたノビを起こし、俺たちはゆっくりとプレシャス翁邸という拠点への道を歩み始めた。
頭上には煌めく星々が瞬き、静寂に包まれた夜の景色が俺たちを優しく見守っているようだった。
ノビはまだぼんやりとした様子だが、一歩ずつ確かに足を運んでいる。
その背中を眺めながら、俺はふと、この旅の軌跡や、これから先に待ち受ける未知の冒険を思い描いていた。
冷たい風が吹き抜ける度、旅の疲れを思い出すが、それでも足取りは途切れない。
この夜道を越えた先には、温かな明かりが灯る拠点が待っている。
それが、今の俺たちにとって何よりの励みだった。
コガラはミリネアに抱かれながら、彼女の胸の温もりを感じつつ、心地良さそうに体を丸めている。
その微笑ましい光景に、アリーは優しく笑みを浮かべ、尻尾でそっとコガラの頭を撫でていた。その仕草は、まるで優しい姉が弟を愛おしむよう。
「ピ〜〜〜ピ〜〜♪♬」
愛らしい声で、コガラが零す。
「モフねぇ、ちゅき」
その言葉に思わず口元が緩んだ。
「コガラ、本当に可愛いな……」
俺がそう漏らすと、すかさずミーアが口を挟む。
「アリーちゃんも……可愛い……」
〝♡〟の目をした彼女は甚平姿のアリーを愛おしそうに見つめながら、ゆっくりとその頭を撫でた。その表情はどこか恍惚としていて、心の底から慈しんでるのが伝わってくる。
そんな穏やかな光景を横目に、アカリが冷静な口調で促す。
「急ぎましょう」
凛とした彼女の一言が、仲間を現実へ引き戻す。
アカリと俺が先頭に立ち、足元を『明灯の魔導具』で照らしながら歩く。
コガラを抱えたミリネアとミーア、手を繋ぐジュリとアリー、そしてパメラとノビの『師弟コンビ』ーー仲間たちと歩くこの時間は、妙に心地良い。
プレシャス翁邸が見えてくる頃、まるで合図でもするように、足元を照らしていた紫光がふっと消えた。
標の様に明かりを漏らす勝手口へと足を向ける。
アカリが控えめに挨拶をする。
「ただいま戻りました…」
その声を聞きつけサリが現れた。
「遅いので心配しました」
頭にタオルを巻き、白地に赤の柄が配らわれた浴衣姿でサリが出迎える。
その柔らかな微笑みには、家族を思いやるような温かさが滲んでいた。
「父は「遅いな」と心配していましたが、今はお風呂に入っています。もう直ぐ上がってくる頃かと思います。
囲炉裏で川魚を炭火で焼いておりますので、どうぞこちらへ……」
彼女に案内され、囲炉裏のある部屋へと足を運ぶ。部屋に足を踏み入れた瞬間、香ばしい匂いが鼻腔を擽った。
囲炉裏の周りには刺さったままの岩魚や山女が、ゆっくりと炭火の熱で焼かれている。
脂が皮から滲み出し、炭に落ちる度に”パチパチ”と音を立てる。
その音は心地良く、どこか癒しを感じさせた。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、囲炉裏の炎だけが静かにゆれていた。
そんな囲炉裏をぼんやりと眺めていたが、コガラの可愛い声が響く。
「ピ〜〜〜〜♪♬ おきな でちゅ!」
その声に我に返り、改めて目の前の光景を見つめる。
プレシャス翁も浴衣姿で囲炉裏に座り、
微笑みながら静かにこちらを見上げた。
「どうぞおかけください。源泉はくつろげたようですね。ほっほ」
その穏やかな声が、今宵の静けさに溶け込む。
囲炉裏の炎が揺らめく中、プレシャスが静かに口を開いた。
「サリ……酒の用意を。例の酒器を持ってきなさい」
柔らかな声で命じられると、サリは軽く頭を下げて部屋を後にした。
引き戸がトンと音を立てて閉まる。
俺は囲炉裏を囲む座布団に腰を下ろした。
ミリネアが俺の隣に座り、ミリネアの胸にコガラが顔を埋めて丸まくなる。
その向かい、上座にはプレシャスが座り、手招きされたミーアが翁の隣に座った。
翁は静かな微笑みを浮かべながら俺たちをじっと見据える。
囲炉裏の左手には、ジュリ、アカリ、アリー、が並び、右手には仏頂面のパメラが座っている。その左隣には、場違いな程ニヤニヤとした表情のノビが堂々と腰を下ろしていた。
パメラがあからさまに眉をひそめるが、ノビは気づいていないのか、それとも気にしていないのか。
どちらにせよ、その図々しさに俺は思わず口元が緩んだ。
「失礼いたします」
サリの控えめな声が響き、引き戸が静かに開かれる。
手にしたお盆には、酒瓶と美しい酒器と繊細な意匠が施された美しい酒器が並んでいた。お盆を置いた手が、一瞬パメラの肩に触れた。
そのさりげない仕草に、パメラの眉間が少しだけ緩む。
彼女はそれを丁寧にプレシャスの前に置くと、引き戸をトンと微かな音を立てて閉じ、そのまま静かにプレシャスの隣にへと腰を下ろした。
「皆様、これはヤマトの酒器で、徳利とお猪口といいます。徳利にこの古酒を注ぎ、湯で温めて燗酒としていただきます。味わいがぐっと深まり、身体も温まりますよ」
プレシャスは穏やかな口調で説明しながら、徳利に酒を注いで鍋の湯にそっと浸した。湯気が立ち上り、芳醇な香りが囲炉裏を囲む空間に漂う。
「岩魚や山女も、囲炉裏で焼けてちょうど良い頃合いです。是非、お酒のお供にどうぞ」
サリが続けて勧めると、アリーが恐る恐る手を伸ばした。
「熱っ……! いただくにゃ!」
串に刺さった山女を慌てて持ち替えながら、アリーは熱さを吹き飛ばすように息を吹きかける。そして”カプリ”と一口齧ると、その顔がパァと明るくなった。
「あっちー!!にゃけど美味いにゃ~ん!」
思わず声を上げたアリーは、急いで『アイテムボックス』から水のボトルを取り出して飲む。その様子に俺は思わず笑いが込み上げた。
「しだっけ、オラも」
ノビが山女を串ごと二本取り、一本をパメラに差し出す。
「先生、食べましょう」
「貴様……余計なことを……!」
小声でつぶやきながらも、パメラは頬を朱に染めて受け取った。
その様子に俺はますます笑いを抑えられない。
一方コガラが可愛らしい声を出す。
「ピ~~~♪♬♪ おいちい においでちゅ!」
俺は岩魚を手に取り、少し千切ってコガラの口元に運ぶ。
「ピ~~~♪♬ピ~~~♪♬」
満面の笑顔で美味しそうに頬張るコガラを見て、俺も自然と頬が緩む。
その後も囲炉裏端では賑やかな声が飛び交った。
ミーアとジュリは息を吹きかけながら岩魚に齧りつき、アカリとミリネアも同時に山女を手に取って口にした。
「熱っ! でもこの山女、美味しいわ」
アカリが一言漏らすと、ミリネアが続ける。
「本当に美味しいですね。岩魚も山女も臆病でなかなか捕れない魚だと聞いていおります。貴重ですよ、ご主人様も是非……」
彼女の勧めに従い、俺が手を伸ばしたその時ーー。
「ピピィ~~~!」
軽く喉を鳴らすように鳴いたコガラが零す。
「あるじ もっとたべまちゅ!」
コガラの愛らしい表情に思わず苦笑い。
「可愛いけどな……とほほ……」
俺の足元でコガラが満足げに食事を続ける。
その小さな体のどこに、これ程の食欲が詰まっているのか、全くわからない。
囲炉裏の火は静かに揺らめき、酒の香りと湯気がゆっくりと広がっていく。
ふと、プレシャスが静かに立ち上がった。
鍋から慎重に徳利を取り出すその動作は、
どこか儀式めいた雰囲気を漂わせている。
それを見守るサリは、手際よくお猪口を並べ、
一つ一つ丁寧に酒を注いでいった。
プレシャスの低く穏やかな声が響く。
「さて……そろそろですかな」
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも『続きが気になる!』『ゴクトー頑張れ!』と思ったら、
下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援お願いします!
その一票がランキングを押し上げ、更新の原動力になります╰(*´︶`*)╯♡
引き続きよろしくお願いします・:*+.\(( °ω° ))/.:+




