三話
「ねぇ、」
ある夜、私の病室にフランソワが訪ねてきた。
私は産後ということもあって、病院のベッドの上で安静にしているのだ。
「体調は良くなった??」
「あ、うん!だいぶ!」
「そっか。良かった。」
そう言う割には、フランソワの声は寂しげで、エメラルドの瞳は少し、揺れていた。
「じゃあ、もうじきお別れだね。」
「お別れ……?この病室と??確かにそうだけど……」
珍しい。フランソワはこういう物言いは滅多にしない。白か黒かハッキリと付けるタイプなのに。
釈然としない私の様子を見て、フランソワはふぅと息をついて私のベッドに腰かけた。
「体調、ここに来た時に比べて良くなったでしょ?」
「ここに……っていうのは、この病院?そりゃ、入院した時には赤ちゃんがいたんだから……」
身重の時に比べれば確かにだいぶ良くなった。しかし、フランソワは真剣な目を向けてこう言った。
「違う。この世界に来た時。」
どくり、と心臓が音を立てた。
「この……世界……」
「そう。3年くらい前だったよね。」
なん……で……
どうして彼女がそのことを把握しているんだろう……
そもそも、お別れって何……??
嫌な汗が頬をつたう。フランソワは構わず続ける。
「この世界に来たばかりの時、動きにくかったでしょう。」
「……確かに、身体が全体的に張っているっていうか、思い通りに動かない感じはした……」
「じゃあ、なんで今ではそれが解消されてるんだろうね。」
私は腕を回してみる。なんの違和感もない。代わりに、左腰がズキズキと痛み出した。
「それに、左腰の、それ。治ってきてはいるんだよ。」
泣きそうな顔で私の腰を指さす。
おそるおそるめくってみると、明らかに帝王切開とは違う場所に、縫い跡があった。
「だからね、あなたは元の場所に戻れるんだよ。」
「元の……場所??」
元の……地球?日本?ってこと??
ずっと感じていたおかしさ。不気味さ。普通の異世界転生ではない。これは期限付きだった。
「……戻りたくないよ……」
「えっ??」
フランソワが拍子抜けな声を出す。
どうしようも無いことだと、うっすら気付きつつあったけれど、きっとこの気持ちは彼女に伝えなければならない。
「私、すごく楽しいの。ここでの暮らし。ずっとここにいたいって思う。でも、私まだ死んでなかったんでしょう?きっと、病院の人が頑張って治療してくれているんだろうね。」
フランソワが下を向き唇を噛む。
そう。私は気が付いていた。私は、まだ死んでいなかった。きっと生死の境をさまよっている最中なんだろう。
そして、快方に向かっている私はもうじき、目を覚まさなければならないんだろう。
「ここでの暮らし、フランソワのこと、みんなのこと、忘れない。」
とうとう、フランソワは大粒の涙をポロポロと零しながら私の腕に飛び込んできた。
異世界転生の終わり方なんて、こんなもんだ。
転生後の世界で生きて行ければいいんだろうけど、実際は物語みたいに上手くいかない。
「私だって!!本当は!!もっとここにいて欲しいのに!!!」
腕の中のフランソワを撫でながら、窓から見える月を眺める。
どうか、私が居なくなったあとでも、この世界のフランソワや、みんなや、我が子が幸せに暮らせますように。
夜空に、月に、そう願った。