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Ⅰ話

「ん……?ここは……」



私は少し硬めなベッドの上で目を覚ました。



全身が痛い。それに、なんだか身体を上手く動かせない。特に足。



少し考えて、思い出した。あぁ、私、刺されたんだわ。


 

どのくらい前の出来事なのか、正確には分からないけれど、目を覚ます前、私は夜道で通り魔にあった。



私は22歳の会社員。大学を出て、普通に就職して、恋人もいたりなんかして、でも家族とは仲悪くて。



あの日は別に、そんなに夜遅く出歩いていた訳じゃなかった。確か、9時半。



仕事自体は早く終わったけれど、長らく更新されていなかったWeb小説が更新されたのをネットで知り、会社のトイレで読んでいた。



前から応援していた作品で、1年前に急に更新が止まった時には、本当にもどかしい思いをした。



作者の仕事の都合なんかもあるんだろうけど、せめて、次の話はいつごろに出していただけるのかだけでも知りたかった。



一切の音沙汰が無いまま、1年が過ぎた今日この頃、通知ボタンは赤く光っていたのだ。



1年間、更新されていなかっただけあり、追加された部分の文字数は10万字を超えていた。



家のPCの前にたどり着くまで待てるわけなかった。



大興奮でスマホ画面にかじりついた私は、数時間トイレにこもることになった。



更新分は読み終えたし、さあ帰ろうと家路に着いた数十分後。私は襲われた。今でも、あの感覚は全身が覚えている。



後ろから口を抑えられたかとおもえば、反対の手で首にナイフを当てられ、「動くな」と低い声で脅された。



金目的なのか、それとも暴行目的なのか、男は私の手からスマホを取り上げようとした。



スマホを手放したらマズい、と本能的に感じた私は取られまいと必死にスマホを握り、叫んだ。



しかし、叫ぶという行為は男を動転させるには十分だったようだった。男は持っていたナイフを私の左腰に刺して、走って逃げて行った。



なんで、刺したんだ……黙って逃げればいいものを……!!!


 

今どき珍しい真っ暗な道だったから、よく見えはしなかったが、出血量はまずいことになっているだろうと察知していた。



でも、アドレナリンが出ていたせいか、痛みはあまり感じなかった。これは幸いだった。



そこから先の記憶がないから、死んだ、と判断して良さそうだ。あーあ、せめてあの小説が完結するまで生きていたかった。

 


ふと、辺りを見回す。知らない部屋だ。人は一人もいない。ただ、カーテンからの暖かな日差しが、私の膝の辺りを照らしている。



ベッドは硬いけれど、部屋の内装は随分と豪華だ。西洋風の家具に、至るところに施されている金細工、何だか見たことあるようなないような……



上体を起こし、足を床につけてみる。問題なく歩けそうだ。



一応、刺された部分を見てみる。傷一つ無い。



急に知らない部屋から出るのは少し怖いので、とりあえず窓に近付いて外を見てみる。カーテンは何故か私の家にあるものだった。



さぁっとカーテンを開くと、窓ガラス越しの外の景色が私の目に飛び込んできた。



その衝撃は、腰を刺された時のそれを凌駕していたと思う。



「フランソワ……??」



窓の外で、外の庭園で、私が死ぬ直前に読んでいた小説の主人公であるフランソワが花を眺めていた。



まさか、まさか、まさか、



少しずつ、鼓動が速くなる。口も乾いてきて喉が張り付く。



「読んでいた小説の世界に……転生……??」



状況が掴めてきた。とりあえず鏡を探す。私は誰を乗っ取ったんだ?



まさか、悪役令嬢とか……??それとも、メイド??いや、豪華な部屋が与えられているんだから違うか……じゃあ……



夢中になって部屋中を探し回っていると、さっき、探したはずの机の上に手鏡が置いてあった。



バッと鏡を掴んで、そこに写り込む像を確認する。



「……私……???」



そこには、中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界観には似ても似つかない、22歳会社員の私が写っていた。



え、いや……これ大丈夫なの……??



私が読んでいたWeb小説に転生したのだとしたらおかしい。



私が読んでいたのは、気弱令嬢に異世界転生した超ザルOLが、酒の強さとおつまみ料理で宮廷を無双する話だ。



そして、この話に異世界召喚のような設定はなかったはずだ。



異世界転生モノってオリジナルが登場していいものだっけ??



てっきり超絶美少女になってるかもしれないと期待していただけに、がっくりと肩を落としてしまう。



しかし、あそこに居たのは確かにフランソワだし、せっかくならちょっとばかり会いに行ってみよう。



自分の地位が分からない以上、無礼に当たる行動になるのかもしれないが、しょうがない。



普通こういうのは、目覚めた時には使用人がいて、ざっくり世界観を説明してくれるものなのに。



はぁ、とため息を着き、スーツ姿で扉を開ける。間取りは大体わかる。読んでいた小説なのだから。



フランソワは転生者だし、もしかしたら仲良くなれるかもしれないな、なんて思いながら私はフランソワがいた庭園を目指した。

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