浮気をした王太子殿下にこれからは愛ではなく義務で接すると言いましたら、土下座されました。
何て酷い。何て悲しい。何で何で何で?
レジェンシア・アルフェルト公爵令嬢はそれはもう、ベルク王太子殿下を愛している。
5年前からの婚約者なのだから当然だ。
銀の髪に碧い瞳のそれはもう美しいベルク王太子。
歳は18歳の彼は勉学も剣技も優秀で、貴族が皆行くという王立学園でも、皆の憧れの的だった。
彼の婚約者として、未来の王国の王妃になる身として、相応しくなるように、日々努力してきた。美しさも勉学も、マナーも、率先して王宮に通い王太子妃教育も受けて、完璧な令嬢になるように、努力してきたのだ。
それなのに、ベルク王太子は最近、男爵令嬢ミレーユ・ルシドと一緒にいる姿を見かけるようになった。
ベルク王太子だけではない。
側近の騎士団長子息や、宰相子息も、ミレーユを取り巻くように、傍にいて。
ピンクブロンドの髪の男爵令嬢ミレーユはそれはもう、庇護欲をそそる可愛らしい令嬢で。
レジェンシアは傷ついた。
ものすごく愛しているのだ。ベルク王太子殿下の事を。
この婚約は政略だと解っているけれども、それをすっ飛ばして、もの凄く愛している。
婚約を結んで5年間。沢山、プレゼントもしてきたし、愛していますわと、愛も伝えてきた。
ベルク王太子は、レジェンシアが愛を伝えるといつも。
「婚約者として君の事を好ましく思っている」
と、返してくれていたのだが。
どう考えても、婚約者としての義務として付き合ってくれているとしか思えなくて。
レジェンシアはとても寂しく思っていた。
それを今回のこの仕打ち。
男爵令嬢と一緒にいるベルク王太子はとても、嬉しそうで。
あんな風な微笑みを自分に向けてくれたことがあっただろうか?とてもモヤモヤして。
イライラしながら、メイドのマリーに髪を梳かして貰っていたら、
マリーが、
「お嬢様はベルク王太子殿下のどこが好きなのですか?」
首を傾げて聞いてきた。
「それはもう、文武両道、常に王国の事を思い、人間的にも優れたお方だからこそ、わたくしはベルク王太子殿下に心を惹かれているのよ」
「でも、最近の王太子殿下は、お嬢様の事を大切にして下さっていますか?」
「そ、それは……そう言えば誕生日も忘れられたわ。この間、わたくしの誕生日だったのに。いつもなら、義務でカードと何かしらプレゼントが公爵家に贈られてきたのに、学園でも、男爵令嬢と共にいる事が多くて」
「文武両道、常に王国の事を思い、人間的にも優れたお方でも、婚約者を大切にして下さらないお方って、はっきり言って屑ではありませんか?」
「マリー、貴方、言うわね。でも、この婚約は政略。それにわたくしはベルク王太子殿下を愛しているわ」
「屑でもですか?いっその事、政略と割り切ったら如何です?」
「それが出来れば苦労しないわ」
「でも、どちらにしろ、この結婚から逃げられないのでしょう?男爵令嬢とやらに、夢中になられても王太子殿下はお嬢様と結婚しますよね?男爵令嬢なら王妃様になれないでしょうし」
「それはそうでしょうけれども」
「愛妾の一人や二人、覚悟をしないと」
「わたくしは、ベルク王太子殿下の唯一になりたいの」
「お嬢様。そんな調子では王妃様になれません」
「そうよね。わたくしが馬鹿だったわ。これからはもっとしっかりしないと。なんの為にわたくしは王太子妃教育を受けてきたのかしら。自分の心に蓋をして、政略と割り切ってわたくしはベルク王太子殿下とお付き合いするわ」
ベルク王太子殿下の事はものすごく愛しているのだけれども、でも、マリーの言う通りだとレジェンシアは思った。
元々、義務でしか、ベルク王太子殿下は自分に接してはいないのだ。
この婚約は、結婚は政略。もっと割り切らないと。
レジェンシアは、翌日、王立学園の廊下で、ベルク王太子がミレーユと仲良さげに歩いて来るのに出くわした。後ろには宰相子息や騎士団長子息もベルク王太子達に付き添っている。
レジェンシアは取り巻きの令嬢達と共に、歩いてきたら、ベルク王太子が、
「私の事が気になるのではないのか?私はミレーユに今や夢中だ。先行き、ミレーユを愛妾に迎え入れようと思っている。勿論、王妃はレジェンシアしか考えられない。レジェンシアは私の事を愛しているから不本意だろうけれども。私の一番は今やミレーユだ。君の事は仕方がないから義務で結婚してやろうと思っている。そもそも、私と君の結婚は政略だ。それなのに、私の事を愛しているだなんて。私に愛されると思うな」
レジェンシアは扇を手に、
「解っておりますわ。わたくしと貴方は政略。どうぞ、愛妾の件はお好きなように。ただし、わたくしが子を産むまで、愛妾には子を産むのは許しません。当然でしょう?わたくしが王妃。王妃の子が優先されるに決まっております」
「ちょっと待った。私の事を愛しているのではないのか?今の私の言葉で傷ついているのではないのか?解っている?本当に?」
「勿論。今までのわたくしが愚かだったのですわ。わたくしに対する態度は今まで通り義務で。わたくしも義務で仕方なく、王太子殿下に接することに致します。わたくしが子を産みましたら、子を産んでもらっても結構ですわ。ご用が無いのでしたら、失礼致します」
「いや、待て。君は私の事を愛しているのだろう?愛しているって何度、私は聞いたことか?おかしいのではないのか?その心はどこいった?」
「あら、裏切られたのは王太子殿下ではありませんか。わたくしは義務で仕方なく、貴方様と結婚して差し上げますわ」
「それはあまりにも寂しいのでは?」
「あら、私に愛されると思うなって言いましたわ。わたくしも、そのお言葉そのままお返しして差し上げます。わたくしに愛されると思うなですわ。どうぞ、そちらの愛妾のお方と思う存分、愛し合って下さいませ。わたくしは義務で貴方様と結婚し、義務で貴方様の子を産み、義務でいずれは王妃になって。そうですわね。わたくしは義務で子を教育し、未来の王国の後継者足るようにするつもりですけれども、義務を通り越して愛情をもってしまうかもしれませんね。なんせ、わたくしの子ですもの。わたくしは子供には目いっぱいの愛情を注ごうと思いますのよ」
ベルク王太子はミレーユから身を離した。
ミレーユがなんか喚いている。
ベルク王太子は、レジェンシアに、
「君は私を愛しているだろう?焼きもちを焼いてくれているだろう?」
「だから、義務でと言ったではありませんか。今までのわたくしが愚かだったと。婚約者を大事にしない人は屑だと気が付いたのです。まだ義務で結婚して差し上げると言っているわたくしはとても優しいのではないかと。どこぞの王国では美しい屑の王子さまは、辺境騎士団という美しい男性を愛する団体に捧げられたそうですわ。辺境騎士団は悩める女性の味方だと」
「いや、違うだろう?奴らは単に自分の欲を優先しているだけの、屑の上の屑だ」
「婚約者を大事にしない屑よりは余程良いと思いますわ。では、ご機嫌様。ご用のない限り、話しかけないで下さいませ」
「すまなかったっ」
いきなり、ベルク王太子は土下座した。
ここで土下座とは何か?
注釈:王国の有識者による説明では、東の島国で伝わる最上級の謝罪スタイルだと言われている。
傍にいたミレーユが、
「何で謝っているの?謝る必要なんてないじゃない」
側近達も、
「そうですよ」
「謝る必要なんて」
ベルク王太子は身を起こして、レジェンシアの手を取って、
「未来の王妃であるレジェンシアに冷たい態度を取られるなんて耐えられない」
側近が、
「でも、レジェンシア嬢を愛するつもりはないって」
ミレーユも頷いて、
「私を愛してくれるのでしょう?私、愛妾でもいいわぁ」
ベルク王太子は叫んだ。
「気が変わったんだ。私を愛している女に私が冷たい態度を取るのはいい。だが、義務だと言い切られてしまったら、あまりにも悲しいではないか」
レジェンシアは呆れて、
「貴方様の我儘にはお付き合いできませんわ」
ベルク王太子は、
「これからは心を入れ替えよう。君、一筋に愛そう。だから、今まで通り、私の事を愛しておくれ」
「信じられませんわ」
「お願いだから、許してくれないか?」
「わたくし、浮気をした屑は許せませんの。それでは失礼致しますわ」
レジェンシアは思った。
何て、気が楽になったんだろう。今まではずううううっとベルク王太子殿下の事ばかり考えてた。
生活の中心はベルク王太子殿下だった。
何か憑き物が落ちたかのようにすっきりした。
これからは、王国の為に生きよう。
未来の王妃として、しっかりと自分の出来る事をしよう。
恋する心を生活の中心にしては駄目だ。
でないと、
自分の心をズタズタにしたベルク王太子。
一生、彼の事は許せないだろう。
それでも、きっと……生まれてくる子は可愛い。
その子に愛情を注いで、よき母になろう。
そう思うレジェンシアであった。
レジェンシアはその後、ベルク王太子と結婚して、王太子妃となった。
王子を二人産んだ後、ベルク王太子に側妃や愛妾を勧めたが、ベルク王太子はガンとして、レジェンシア唯一を大切にし、愛してくれた。
王子達にも良き父として接して。
ある日、婚約者が決まった息子に聞かれたことがある。
「浮気はしてはいけないと、婚約者を大事にしろと、父上に言われたのですが」
レジェンシアは息子に向かって、
「婚約者は大事にしなくてはいけないわ。貴方はいずれ王国の国王になるのですから。」
「父上は母上にいまだ許されていないって、浮気をしたから。だから、浮気をするなって言われました。婚約者は大事にしようと思います。それで、母上は本当に父上を許してはいないのですか?」
「国王陛下を許したか?さぁ、どうなのでしょうね」
今日はレジェンシアの誕生日だ。
両手いっぱいのプレゼントを持って、にこにこしながら部屋にやってくる国王ベルク。
とっくに、許しているだなんて、言わない方がいいのでしょうね。
レジェンシアは立ち上がると、愛する夫に向かって、
「まぁ義務で沢山のプレゼントを有難うございます。とても嬉しいですわ」
ちょっと、悲しそうな顔を、ベルク国王がしたので。
「今度、陛下の誕生日では、わたくしから愛の籠ったプレゼントを差し上げますね」
そう言ってやったら、ベルク国王に抱きしめられた。
互いに歳を取って、死ぬまで、ベルク国王はレジェンシアに沢山の愛情を注いでくれた。レジェンシアもベルク国王に沢山の愛情を返した。
国王陛下の治世はとても平和で、国王夫妻はとても仲が良かったと、王国の歴史書に綴られている。