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第24話 お話をしましょう

 西派の門を叩き、早くも三日がたった。

 星藍(シンラン)の稽古の相手は、(リン)がつとめていた。 

 柔和な笑みを浮かべている燐も、ひとたび剣をにぎればその頭角をあらわす。


 ──あれは、実戦慣れをしている動きだ。


 経験の差という壁に阻まれ、星藍はあと一歩のところで燐におよばずにいた。

 しかし同志と研鑽をかさねる日々は、星藍とって新鮮であり、悪くない居心地だったといえる。


 おのれに足りぬものは何か。

 どうすれば燐に勝てるのか。

 寝食も忘れて鍛錬に没頭するうちに、星藍は見覚えのない場所へやってきてしまった。


「……どこだ、ここは」


 鬱蒼とした森を抜けた先にある、ひらけた場所。

 そこでは清らかな泉が湧き、木漏れ陽が射し込む。

 なかでも星藍の目をうばったのは、青い空へ向かって凛と枝を伸ばす、桃の木だ。


「見事なものだ……」


 吸い寄せられるように、星藍は桃の木へ近寄ってゆく。

 幹へもたれるようにして草むらへ腰をおろすと、静かにまぶたを閉じた。


 すぅ……


 へそのあたり──丹田(たんでん)を意識して深呼吸をすると、星藍のからだに顕著な変化が起こった。


(……桃の木の、呼吸を感じる。心地いい気だ)


 人に限らず、動物も草花も、生きとし生けるものはすべて呼吸をしている。

 木の葉のささやきに耳をかたむけ、水面をなでる風の流れを感じる。

 それと同じように、桃の木の吐き出す息を使い、呼吸する。


運気調息(うんきちょうそく)──」


 風や草花と一体化したとき、星藍の体内は、清々しい気で満たされるのだ。


(自然と目が覚める朝のような清々しさだな)


 最後にひとつ呼吸し、星藍はまぶたを持ちあげる。

 すると、なんだろう。

 淡い色の何かが、ひょっこりと視界に映り込んだ。


 桃色の髪。ぱっちりとした硝子玉の瞳。

 なんとも可憐な顔立ちの少女に、のぞき込まれていた。

 忘れるはずもない。『彼女』を間近で目にした星藍は、しばらくのあいだ呆ける。


「桃の精……」

「はい?」


 いぶかしげな顔をした『彼女』が、うしろをふり返る。当然、だれもいない。

 向き直ると、桃の木の根もとに座り込んだ星藍は、やはり自分を見上げている。


「桃の精って、わ、私のことを言ってるの!?」

「ほかにだれが…………あ」


 そこでようやく、星藍は独り言をこぼしていたことに気づく。

 反射的に口を覆うが、時すでに遅し。


「そんな可愛らしいもんじゃないでしょう、あなた頭がお花畑なんですか!?」

「そう言われても、俺はきみの名を知らないし!」

愛花(アイファ)です! わかったらそんなこっ恥ずかしい呼び方はやめて!」

「不快に思わせたなら申し訳ない! 知っていると思うが俺は星藍だ!」


 かぁあっとほほを朱に染めて声を張り上げていた『彼女』が、どっとひざから崩れ落ちた。

 星藍のどこかはずれた返しを耳にして、肩すかしを食らったらしい。


「もしかして、天然さんですか?」

「そんなことはない」

「天然さんはみんなそう言います」


 星藍が大真面目に反論するものだから、『彼女』──愛花は早々にいろんなものを諦めたようだ。

 愛花はこほんと咳ばらいをして、星藍のとなりに座り直す。

 ちょこんととなりにおさまった小柄な愛花に、「ん"ッ……」と星藍は言葉にならない昂ぶりを覚えた。


(彼女が小動物のようだからって気を乱すな、星藍! この未熟者め!)


 星藍はおのれを叱咤し、地面を殴りつけたい衝動をなんとかこらえる。

 結果として、眉間に深いしわを刻んだ強面の男が、腕組みをして黙り込んだのだ。ふつうの者ならおびえてそそくさと逃げ出すところなのだが──


桃花生功(とうかせいこう)

「……ん?」


 愛花は変わらず、星藍のとなりにいる。

 そして硝子玉のように澄んだ瞳で、星藍を見上げてくる。


「あなたが今しがたおこなっていたのは、西派につたわる秘法です。……無意識のうちに体現したとすれば、天才ですよ、あなた」


 それは、どこかすねたような口調で。


「よい機会なので、お話をしましょう、師兄(しけい)

 

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