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第9話 TPOというものがありまして

「このたびはご協力いただき、ありがとうございました」


 騒動から間もなく。通報を受け、警官が駆けつけた。

 七海(ななみ)がうまく経緯を説明してくれたらしい。花梨(かりん)はひととおり事情聴取を受けたのみで、すぐに解放される。


「いえいえ、こちらこそ。お疲れさまです」


 七海は警官を見送ると、ベンチに座る花梨をふり返った。


「ゆうちゃんのことですが。暴行を受けているので、念のため病院で処置をしてもらうことになりました。警察のほうから、ご家族に連絡がいくはずです」

「そうですか……」

「よし! それじゃあ花梨さんも、帰りましょうね。近くに車回してきますんで」

「……あの、私」

「あんなことがあった直後なんだから、女の子ひとりで帰らせるわけないでしょ。ちょっと待ってて。社長ー、また変なやつがこないか、見張っててくださいよ?」

「言われなくても」


 星夜(せいや)と簡単に言葉を交わしたきり、七海は足早に行ってしまった。

 何事かと遠目から様子を見物していたやじうまの群れも散り、駅構内には花梨と星夜が残されるだけ。


(う……気まずいわ……)


 腕組みに仏頂面と、近寄りがたいオーラ満載の星夜が、無言で目の前にそびえ立っているのだ。無理もない。


「なぜ、無茶なことをしたんだ」


 相手は幼いこどもを殴り、誘拐した男。花梨だって、危害を加えられる寸前だった。星夜の追及も、当然である。


「……身のほどをわきまえず、ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」


 なにも、言い訳などできない。

 花梨はうなだれ、か細い謝罪を絞り出した。


「っ……ちがう」


 そのとき、花梨の頭上にかかる影がゆらぐ。


「こんなことが、言いたかったんじゃない……」


 星夜の声が、ふるえた気がして──

 思わず顔を上げてしまった花梨は、星夜が視界から消えるさまを目の当たりにする。


「…………え?」


 妙な圧迫感。遅れてつたわる人の体温。


「きみが無事で、よかった……」


 息を吐き出すようにつぶやく星夜の声が、近い。

 抱きしめられているのだと花梨が気づいたのは、そのすぐあとだった。


「た、鷹月(たかつき)さまっ……!」

「いやだ、離さない」


 とっさに身を引こうとした花梨だが、むしろ抱擁が強まる。どうやら、星夜のごきげんを損ねてしまったらしい。


「人目がございますので……っ!」

「そんなこと知るか」

「鷹月さま!」


 はっきり言って、星夜らしくない。

 すねたこどものような星夜にぎゅうう、と抱きしめられるたび、花梨はかぁっと顔が火照るのを感じた。


「……きみがSOSに気づかなかったら、どうなっていたことだろう」


 花梨の肩口に顔をうずめたまま、星夜がぽつりとこぼす。


「人を呼ぶあいだに、あのままどこかへ連れ去られていたかもしれない。きみの勇気ある行動が、ゆうちゃんを救ったんだ。それはわかっている。だが……」


 ふるえる星夜の声は、気のせいなどではなかった。

 ともすれば痛いほどに花梨を抱きすくめながら、星夜は吐露する。


「……俺を呼んで、ほしかった」


 切実な声音に、はっと、花梨は息をのむ。


「きみが急に駆け出して、焦ったなんてものじゃなかった。きみはしっかり者で、なんでもひとりで解決しようとするから……怖い。俺の知らないところで、よくないことにまき込まれるんじゃないか、俺の前からいなくなるんじゃないかと思うと……怖いんだ」


 堰を切ったようにあふれ出すのは、星夜の本心。


(いつも落ち着いていて、余裕のある彼が……)


 そんな星夜が花梨の前では──花梨だけに、ありのままの気持ちをさらけ出している。


「……花梨さん」

「っ……」


 かすれた声で、花梨を呼ぶ星夜。

 そのあまりの熱っぽい表情に、花梨はどきりと固まってしまい……

 やけに星夜の顔が近いと思っていたら、ふに、と唇にやわらかいものがふれる感触が。


「……え? 鷹月さま……」

「花梨さん……花梨」


 ほほをつつみ込まれ、こわばった唇をふさがれる。


「……んっ」


 あまりに一瞬のことで、花梨は言葉を失う。

 まばたきするほどの、ささやかなふれあい。だが夢ではない。


「俺にとって、きみという存在はこんなにも大きなものなんだ」


 ぐっと、抱き寄せられる。星夜の胸に顔をうずめさせられた花梨は、どくんどくんと足早に脈打つ鼓動を、間近で耳にする。


「俺を呼んでくれ。どこにいても、なにがあっても、俺のすべてをかけて、きみを守ると約束する」


 否応なしに、花梨の視界へハート型の『好感度ゲージ』が映り込む。

 それは真っ赤に色づき、どくんどくんと、星夜の鼓動に共鳴している。


(え……私……いま、キス、されて…………キス!?)


 ようやく状況を飲み込んだ花梨は、ぼんっと頭が爆発してしまいそうなほどの恥ずかしさに見舞われる。


「鷹月さまっ!? あのあのあの……!」

「……そういう顔は、しないほうがいい」

「どういう顔ですか!」

「隙だらけで、ちょっかいをかけたくなる、かわいい顔だ」

「かわっ……!?」

「かわいい。このまま連れ帰りたくなるな……」

「ちょっ、やめてくださ……七海さーんっ!」


 なぜだろう、鷹月星夜という青年のキャラが、すばらしく崩壊しているのは。

 いや、いろいろとたまりかねて本音がもれてしまっただけで、「かわいい、かわいい……」とふだんから脳内で連呼していたのかもしれない。

 そうと勘ぐってしまうほど、星夜からのスキンシップが急激に悪化した。


「うぉい! ちょっと目ぇ離した隙になにやってんすか!」


 ほどなくして、七海が戻ってきたのが幸いだった。

 ぺしぃんっ! と七海のチョップが脳天を直撃し、星夜がふてくされる。


「空気の読めんやつだな」

「あんたは、TPOをわきまえろー!」


 ふざけた言動をしている一方で、実際は七海のほうが常識人だったよう。ところかまわず花梨を抱きしめようとする星夜の襟ぐりをつかんで、吠えていた。


「なんだ、ただのリア充か」


 通りすがりの一般人にも、半目を寄こされる始末。


「鷹月さまの、ばかぁ……」

「えっ」


 恥ずかしさのあまり顔を覆った花梨の発言により、顔色を変えた星夜がまた面倒なことになったのは、すぐあとの話。

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