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下衆

「……ここで目覚める、か」


 魔道国の裏にある山岳地帯、その谷深くの洞窟でわしは目を覚ました。自動的に選ばれるスペア、優先度最低のここで目が覚めるということは、つまりユリウスの言っていたことが、魔道国が破壊されてスペアが破壊されているということが、本当だということだ。


「<転移(テレポート)>」


 まずは国の真上、空に転移する。普段は結界の点検としてしか使わない座標だ。


「これは……」


 街のあちこちから火の手があがり、真っ赤な点がそこら中にちらばっているのが空中からでもはっきりと分かる。建物の大きさがてんでばらばらに変化していて、やはりそれも所々赤く染まっていた。その赤が何か、知りたくもなくて目を逸らす。


「<転移(テレポート)>」


 パリッ──砕けた床材を転移した足が踏みしめる。次に転移したのは王城という名前の研究所、その大広間だった。円形、半径15メートルほどの、各研究室に繋がる大広間は見る影もないほどに破壊の限りを尽くされていた。


「よぉ、遅かったなァ……リカ・ローグワイス!!」

「……『膨縮王』リュウイチか?」


 姿勢が悪い、不気味な程に線の細い痩せた青年が広間の中心に佇んでいた。目にかかる黒髪越しにでも分かるほどの深い隈と、()()()()光る唇が白い肌を余計に浮き上がらせる。が、それよりも注意を引いたのはリュウイチの足元を覆うように敷かれている薄布だ。


「あァそうだ……全く全く、本当に待ちくたびれたぜ。テメェの部下も張り合いがねぇしよぉ」


 その布の一端を、リュウイチは掴む。


「<収縮(シュリンク)>」


 ばっ、と勢いよく引っ張って、それと同時にその布は空中で急速に縮みハンカチへとなった。


「は……?」


 顕になったのは7つの……いや、7人の白衣と上半身。ただ白衣は、白衣とは思えないほどに黒々と赤く染まっていた。その光景に目が奪われる、言葉に出来なくなる。現実と焦点が合わなくて、息の仕方を突然に忘れる。


 足元に転がる研究服の男……あれは、まさか……。


「ただ、良い色には咲いたなァ」


 男はそう言って、首を、まるで道に転がる小石を蹴るように自然体に、ただただ軽く蹴った。その顔がこちらを向くのと同時に、掛けていたであろう銀縁のメガネが吹っ飛ぶ。


 そして、その上半身しかない彼と目が──


「ひっ……」


 ──目が合う。


 知っている。

 歪んで苦悶に満ちた表情、それは知らない。

 だがしかし、シワのよった眉間も、鷲鼻も、むすっとしている口も、全部知っている。


 ──レイモンド……だ。


 レイモンド・ランカストフォール。言葉遣いこそ汚いが、それ以上に気が利いて優秀な同僚だった。浮遊動力炉の効率改善のため何度も言い合いをした、時に殴り合いにもなった。最終的にメイラの進言で二つの案を併せたものを採用することになったのが懐かしい。


 ──その隣はっ!?


 気付けば、足が勝手に動いていた。7つの体に寄り添ってやらねばならない、誰なのか確認しなければならない。責任感なのか後悔なのか、自分でも説明できない感情のままに体が動かされる。

 リュウイチは少し下がって、わしを止めない。ただ、ニヤニヤとこちらを見ていた。


「ラン……ドリュー、ランドリュー……じゃないか」


 レイモンドの隣の、少し太ったその男はランドリューだった。


 ランドリュー・ロウグラット。

 いつもピリついている研究所のムードメーカーだった。家が裕福だったが決して貧者を見下すようなことをせず、逆に裕福がだったがために得た幅広い知識を惜しげも無く貧者の為に活かした。彼の提案した経済政策が無ければ魔道国は国として成り立っていなかっただろう。何度もランドリューには助けられた。


「メイラ、イーラ、バザーガ、ナーリア、ミリシアタ……みんな、なんで……」


 メイラ・プリノーチス。

 微笑んだその表情が花のような子だった。それにまだまだ幼かった。だからか、研究優先で問題アリとされてきた捻くれ者たちも彼女には頭が上がらなかった。レイモンドがよくメイラにお菓子をこっそりあげていたことが広まった時は、それはそれは面白かった。


 イーラ・ビリッカ。

 建国時から支えてくれている親友で、そして誰よりもアイデアマンだった。帝国に当たり前にあった工学技術を彼女が魔道国に伝えてくれたから、魔道具研究が始まった。都市のインフラも市民の生活も、全て彼女が頭の中だけで組み立てて発明した魔道具が無ければもっと酷かっただろう。イーラは、わしが居ない間のリーダーとしてもよくやってくれていた。

 

 バザーガ・フラット。

 変なやつだった。自分で開発した完全栄養食を食べながら、自分で開発した服を着て、自分で開発した部屋に閉じこもって、自分で開発した魔法式で魔法を発動していた。ただバザーガ独特の魔法式があったからこそ、他国が絶対に解除出来ない結界術が完成したのもある。「安心しないでください、ぼくはぼくだけだから」ってよく言っていた。彼の彼にしか出来ない話を聞きながら飲む夜の珈琲が好きだった。


 ナーリア・メフィス。

 お喋りな子だった。だけど、お喋りしながら心理魔法を仕掛けてくる油断出来ない子でもあった。彼女曰く、わしは背徳的でありながらも唯一合法的に摂取できる女の子らしい。ナーリアと目が合う度に全力で追いかけっこをした。彼女は心理魔法学を活かした魔道生物とのコミュニケーションが得意だったから、一度レースが始まれば、わし対彼女と魔道生物連合の勝負で、結局最後には捕まっていた。


 ミリシアタ・タンクローズ。

 ナーリアに捕まった時、そこからいつも助け出してくれたのがミリシアタだった。半機半人の彼女は極端なまでの合理主義であり、かつ天然でもあった。おっ、という閃きを口にすることもあれば、一般的常識も知らないこともあった。ミリシアタはイーラを尊敬していて、いつもイーラの後ろを歩きサポートをしていた。ミリシアタはバザーガの勧めで、その左手をコーヒーメーカーにしており、文字通り腕を振るって珈琲を淹れてくれた。


「楽しんでくれたかァ? でも、そこにあるのは使用済みのアートさ。確かにいい色だったがなァ」


 自分の真後ろに、いつの間にか薄汚い口をきく男が立っていた。反射的に杖を握りしめ、魔素を体に取り込む。杖に意識を集中させる。


「だから、テメェにも見せてやるよ、キレーな花火だぜ。<膨縮(スウェル)>」

「リカっ……逃げろ……早く」


 苦しげな第三者の声。攻撃しようと振り返った視界、そこには見知った同僚の一人がリュウイチ捕縛された状態で現れていた。


「オウサっ!?」


 <収縮(シュリンク)>で隠してたんだ! 


 一瞬でそう悟る。


 人質を取るように、リュウイチはオウサの首に片手を置きながら、もう片方の手で手首を持った。


 そして、


「<膨張(スウェル)>」

「ギャァアアアアアアァァァアァァ!!!!!!」


 パァンっ──何か水風船が弾けるような音が鳴った直後、絶叫の中でぽとり、と誰かの手首が落ちた。


「お前、おまえぇぇえぇ!!!」


 オウサの無くなった手首の部分から鮮血が弾ける。自分の手が、髪が、目が、その血で染まっていくのが許せなかった。


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