死神
第8層『月下の密林』、そこは超上空に浮かぶ密林地帯だ。
空を埋め尽くさんばかりの巨大な満月が照らす中、その高度ゆえにやや低重力で、真っ直ぐ上に跳ねれば1.5メートル程度は浮かぶ。また、この円形に浮かぶ森から1歩出れば、真っ逆さまに落下し、魔法もスキルも意味をなさない闇に呑み込まれて命を失い、森の頭を抜けて上空に顔を出せば、空を旋回しているブラッドオウルに捕まり命を失う。
何より厄介なのが、高所にあるせいで空気はもちろんのこと、それ以上に魔素が薄いのだ。そのため熟達した魔法使いだとしても魔法を使うことは困難を極める。
そんな8層に、俺たちは7層にあった大穴を降下もとい自由落下し、地面へ衝突する寸前にリカの<重力操作>によって着地した。が、しかし、着地した大木の根の上から一歩も動けずに居た。
何故か。
それは目の前の人間から決して目を逸らせないからだ。奴が放つ黒々とした殺気に当てられて、気を失いそうになるのを俺は必死に堪える。
「さて、さっさと終わらせよう。世界の敵よ、死を覚悟しろ」
そう言って、エレナは口角を上げる。笑ったというよりも嗤った、正義という名の大衆に肯定された暴力を執行する喜びを俺はそこに感じた。彼女が着る漆黒の冒険服、それは月に照らされ、背中から斜めに伸びる大鎌の柄も相まって、もはや死神にしか見えない。
待ち伏せされていたのだ。まるでいつ、どこから俺たちが降りてくるのかを知っていたかのように。が、それがどうやって為されたのかを考えている暇はなかった。
「来る!!」
シズクが叫んだ、それに被せるようにエレナはスキルを詠唱する。
「<黒死斬><聖天誅覇>」
「っ<瞬歩>!!」
スキルを口にしながら右手で背中から禍々しく鎌を抜きとる、左手で上空に何かを放つ。たったそれだけのエレナの予備動作で、俺は本能的にスキルを発動させていた。その場に留まる、防御する、立ち向かう、他のどの選択肢も死以外無いと直感したのだ。
そして、それは正しかった。
俺がスキルを発動させる、マサトが加速陣が付与された靴で駆ける、シズクが<超加速>と唱える、リカが超短距離転移魔法を展開する。各々が生にしがみつく本能によって回避を行った次の瞬間、
──ドォォンっ!!
まさしく神速、目で捉えようとすることすら烏滸がましいと思わされるほどに高速の斬撃が襲った。
それを俺とマサトは右に、リカとシズクは左にそれぞれ間一髪のところで避ける。ぱらぱら──と切断された俺の数本の髪が月に照らされて輝き舞うのが見えた。
「くそっ、前より強くなってる!」
大鎌に抉られ受け止めきれなかった大地が、まるでそこにはずっと何も無かったかのように綺麗さっぱりに斬り取られ、代わりに深い深い闇が広がっているのを見て、俺は確信する。エレナ・ブラッディはシズクをも優に超える化け物だと。
が、今の一撃で終わりなはずもなかった。<聖天誅覇>、そう唱えて左手を上空にあげたあの攻撃、それに備えるようにシズクとリカも上空に防御を張る。
「<防壁>×200!」
「<空間断絶>」
魔素が薄いはずなのに、それでもリカが構築した数え切れないほどの半透明の魔素の盾と、シズクが空間丸ごと削り取った不可侵領域。それを俺が視認した時、ふと、何かがその奥、宇宙のもっと向こうから光ったのが見えた。
──なんだ、今の?
俺は目を凝らす、そうしている間にもその光は輝きを増していく。
──白い光……真っ直ぐに直線的に、それがどんどん延びて……いや、違う! 降ってきている!?
真っ白に光る柱だ。それが、まるでスポットライトのように月しか無いはずの闇空から、高速で迫っていることに俺は気付いた。
「何か、光が降ってくrっ」
が、俺の言葉が聞こえる音速よりも速い光速で、エレナの攻撃はシズクとリカの二人を襲った。光柱は、リカが真上に張ったはずの魔素の壁を何も無かったかのように貫通し、シズクが切り取った空間すらも乗り越えて、二人を閉じ込める。
「「きっ、……ぎゃぁああぁああ!!!」」
二人の断末魔のような悲鳴があがる。その光の強烈な熱のせいか、2人の皮膚が溶け、目玉が溶け、骨が熔け始めていた。
「……っ<治癒>! <治癒>! <治癒>!」
「させないよ、<超加速><翼迅><聖刃>!」
──マズいっ!
音すら置き去りにするほどの速度で、エレナがこちらに迫ろうとしているのが視界の端で見える。
が、この回復魔法を止めるわけにはいかない。
<治癒>を重ねがけしているが、だが、それでも二人は完全に治癒されない。光の融解速度に、ギリギリで超回復が勝っているおかげで、少しずつ治ってはいるものの、いつまでこの光があるか分からない以上、途中で< 治癒 >は止められない。止めれば、即二人は死亡してしまう。
だが、俺の頭を狙って、確実に死ぬ軌道で振るわれる鎌。やむを得ないのか……!? と二人の回復を俺が諦めそうになったその時、
「こっちこそ、邪魔される訳には行かない」
ばすっ──何かに包まれるような音が、エレナの斬撃を防いだ。
「なっ!?」
少し後ろを伺えば、虚空でエレナの大鎌が完全に停止している……こんなことができるのは、
「マサト!」
「防御は一旦任せろ、まずはその二人を死なせるな!」
無限に追加される空気の壁に、さすがのエレナも余裕の表情を崩している。
が、それでも、絶体絶命なのに変わりはなかった。




