尊敬
視点:エレナ・ブラッディ
「歩み続ける者、そう俺は呼ばれている。エレナ・ブラッディ、お前も俺のことはそう呼べ」
「歩み続ける者……?」
呼ばれている、誰から? 目の前の人物の正体を知っている人間……ならば首相だろう。
耳から入る領主……いや、歩み続ける者の全ての発言に対して自動的に疑問が生まれる。今の疑問はすぐに答えが出たが、だがそれはさっきの世迷言のような領主の正体についての話を事実であると仮定して生まれた答えだ。
この豚のような無能で金にがめつい男が、[転生者の篝火]という話を。
──ただ……
ただ、実はその話が嘘だとは言いきれない、思い当たる節はあった。
それは私がこんな辺境領主に会うように内閣に指示されたこともそうだし。そもそも現役時代、世界最強の一指に数えられていたほどには自分でも言うのはなんだが貴重な人材である私に対して、国の命令で、こんな何も無い場所に、取ってつけたような魔物被害対策室という立場が与えられたという事実もそうだった。
ずっと不可解ではあったんだ。だから、この領主がただの領主では無いという話は否定出来なかった。
「はっ、まだ困惑してるみたいだな。まぁ疑問は一旦すべて飲み込め」
歩み続ける者はそう言って、机から葡萄酒を取り出す。それを2つのグラスに注ぎ、1つは私の前に置いた。まだそれと同じようにパンも前に置かれる。
正直、酒はあまり好きな方では無いが、しかし酒を飲まねば受け入れるのが困難な事実というものがあることも知っていた。
私がワイングラスを手に取れば、歩み続ける者は満足気に頷く。
「お前はあの御方に愛されている。全てを話して協力するようにあの御方は仰られた。だから話す、真実を」
「あの御方、というのは……?」
「急くなよ、まずは歴史の話からだ」
***
3時間ほど経っただろうか、既に日は橙に染まり始め、部屋も赤く照らされていた。
「少し長くなったな、まぁ仕方ない。理解出来たか?」
聞かされた話は、到底一度で受け止め切れるほどの内容では無かった。今までの全てが覆され、世界を見つめる瞳が丸っきり変わってしまうかのような、それほどの事実だった。
が、この話をきちんと咀嚼するのは後でいい。今はこの方に迷惑をかける訳にはいかないのだから。
だから、私は大きく頷いてこう答える。
「はい、理解出来ました。歩み続ける者様」
「っ、様付けで呼ぶのは辞めてくれ……そんな大層な人間じゃない」
歩み続ける者様は困ったようにそう言うが、私としては例えそれが本人の頼みだろうが、それは出来ないことだった。
当たり前の話だ、百年前からずっと世界を守り続けている偉大なる方を、どうして呼び捨てに出来ようか。
「いえ、呼ばせてください。私は心から尊敬しているのです、敬称を付けないなんて、私が私を許せません」
「はぁー……じゃあもういい。それで、お前の役割も分かったな?」
「はい。世界に仇なす魔王シズ……エイミー・レンブラントと裏切りの篝火リューロ・グランツ、そして魔道国王リカ・ローグワイスを殺す。全て私にお任せ下さい。必ずや世界を救ってみせます」
私は胸に拳を当て語気を強くして言う。
そう、あの三人を殺さねばならない。特にエイミー・レンブラントとリューロ・グランツは絶対に。それこそが、神様が、歩み続ける者様が与えられし私への試練。
「よし、それでいい。ならば、まずは奴らがお前をここに帰した謎のスキルについて調べよう」
「私に……?」
「あぁ、エレナ・ブラッディに真実を明かすことの他に今日の目的はそこにある」
奴らが私を帰した……それは3層からの転移石の話? いや、それならば歩み続ける者様も把握しているはず……。
「分からないか、やはり認識自体に効果を及ぼしているようだな。俺もアイツらに言われなければ気付かなかったということは、転生者以外の全員に効果が及ぶものと考えられるか……?」




